ワーホリ回想録
1999年12月14日
何の因果か、忠臣蔵の討ち入りの日にトロントに乗り込むことになった。
CAS
(一番安い!)で買った片道格安航空券のため、シカゴでの乗り継ぎである。
プロレス好きで、WWFをよく見ていたため英語は完璧と自信満々。
直前にあった英検3級の2次試験で落ちたのもすっかり忘れていた。
成田からシカゴまでの飛行機では、隣の席が大阪市役所の方だったので、ノック先生が
どうしただの、誰がズラだのと余裕をかましまくり。この余裕もすぐに崩れた。
シカゴに到着し乗り継ぎである。
入国カードの書き方がサッパリわからない。
ツアーガイドの日本人を捕まえて教えてもらいなんとか解決。
しかし、今度は入国審査の質問がサッパリわからない。
それでも日本語で押しまくり、なんとか乗り継ぎに成功。
無事トロントに着くが、今度も入国審査でひっかかる。英語が全くわからない。
日本語ができる審査官がいるという噂は何だったんだ?
ワーホリビザの推薦書を見せて、ようやく入国。
この時にアメリカの出国カードを返すのを忘れ、後日アメリカ総領事館へ返却に行く。
パスポートの滞在許可も最長期間にアメリカでされていた。
ボラれないようにブツブツ言いながらタクシーに乗る。
運ちゃんはターバン巻いたインド人。タイガー・ジェット・シンもトロント市民のため
一瞬本人かと思った。この日だけはホテルを予約していたのでホテルへ。
ホテル到着後にメールチェック。いろんな奴から来るわ来るわ。普段よこさんくせに。
全てのメールに返信。
今後の決定している行動は、翌日から3日間YHへの宿泊だけ。
あまりの英語のわからなさに初日で学校に行かないという決意が崩壊。
翌日のために空腹を我慢(英語が話せず飯が食えなかった)して寝た。
12月15日
一泊したイートンセンター近くの「BOND PLACE HOTEL」を出て、
日本で予約しておいたYHへ向かう。
ちゃんと行くと10分程度なのに、道に迷って4時間近くダウンタウンをさまよう。
道を聞こうにも英語がわからない。おまけに機内食以来何も食っていない。
それをみかねたのか、一人の紳士が案内してくれるような事を言うのでついて行く。
すると紳士は期待通り(?)にYHまで案内してくれた。助かった。
YHにチェックイン。部屋にはフランス人青年がいて話しかけてきたが、わからない。
言葉がわからないのになぜかこのフランス人青年と仲良くなった。
空手の道場にいた国籍不明外人ともなぜか仲が良かった(と、思われてた様子)
から、自分は外人に強いと勝手に確信。
腹ぺこなので、金に物をいわせれば何か食えると思い出動。しかし店に入る勇気なし。
勇気を振り絞ってking×yorkに出ていたHOT DOGスタンドでジェスチャーで意志表示。
そしてやっと飯にありつけた。
これが今後のTORONTO LIFEに関係するとはこの時知るよしもなかった。
その後、日本から開設しておいた銀行口座のカードを取りに行く。
翻訳ソフト入りノートPC持参。しかし、固定の住所が無いとカードは渡せないと言う。
どうせ語学学校に入ろうと昨日決めたので、日本から持参した本を見て学校へ行く。
一緒にホームステイを申込むと住所ができるから一石二鳥だ。
学校へ申し込みに行くが、ここでもノートPCが活躍。アジアンの女の子も申込みに。
ホストファミリーは2日後にわかるから電話してくれと言うが、他の受付嬢が俺には
無理と悟り翌日もう一度来るように筆談で指示。
この後はただフラフラして一日を終える。
12月16日
朝起きて飯獲得へ向かう。昨日なんとか食えたからもう緊張感はない。
そして無事飯獲得。というのも、McDonaldに行ったのだ。
これだとコンボの数字を言うだけで注文できるからだ。チップも気にしなくていいし。
「灯台もと暗し」と言う。トロントになじむと絶対行かなくなると思いCNタワーへ。
そういえば通天閣も東京に住んでから初めて行ったし、東京タワーは行ったことない。
タワーで例のフレンチと出会う。でも意識的に別行動。
他にやることも無いのでダウンタウンを一日ふらついてこの日を終える。
12月17日
朝一で昨日同様の行動に。そして学校へ。今日ホストファミリが決まっているはずだ。
異常な英語の出来なさのためか、態度がデカイためか受付嬢に完全に覚えられていた。
いずれにせよ、きれいな金髪のおねぇちゃんにおぼえられているのは悪い気はしない。
上記のため、用件を言う必要もなかった。明日ホームステイ先に行けと指示される。
この後は1日乗り放題バスで運ちゃんの説明をBGM代わりに市内観光。なぜかここでも
例のフレンチと乗り合わせた。
ストレスでかなりイライラしていたので、夜にガイドブックにヤバイと書かれている
地域に出かけた。売られた喧嘩は買うぜ!とばかりに。
殺気立っていたためか、喧嘩を売られるところか、俺の姿を見た者は早足で逃げる。
どうやら自分が一番あの場所のあの時間でヤバイ人物だったようだ。
いま考えると冷や汗ものの行動してるよな。
12月18日
ホームステイに昼から入る予定。やっと今日から飯獲得作戦を立てなくてすむ。
約束の時間に遅れないように早めにTTC(市営地下鉄)に乗る。
TTCのバスにも乗り継ぎがあるため早めに出たのだが、頻繁にバスのあるところだった。
そのため30分も早くホームステイ先に到着。
早くてもいいや。と思い呼び鈴を押すが全く反応ナシ。仕方がないので外をふらつく。
外は雪景色で気温も恐らくマイナスだったはず。マッチョバディーの俺もさすがにキツい。
約束の時間に再び行くが、またもや反応ナシ。しつこく押し続けるとやっと中から人が。
なんか眠そう。昼寝でもしていたのだろう。
家の使い方の説明を聞く。それにしてもスゴイ家だ。3階建てで地下室まである。
先客(?)でイギリス人男がホームステイでいた。ぼけ〜とせんと、お前が出てこいよ!
待ちに待った夕食でホストマザーと初対面。気の強そうな人だ。
北米の飯はマズイと聞いていたが、うまくはないが食えないレベルではない。
服は現地調達のつもりだったので3着しかないが、洗濯は週1とのこと。
ホストマザーにクリスマス明けに服を買ってこいと指示される。
日本の感覚ではクリスマス明けはクリスマスバーゲン後で高いイメージなのだが。
安心感からこの日は早々寝た。
12月19日
学校は明日からなのでひま。この家の朝飯はシリアルで、勝手に食ってくれスタイル。
シリアルは食った気がしないので、結局ホームステイ中に食ったのは2回だけだった。
家にいても仕方がないのでイートンセンターに出かける。
昼飯にフードコートで胡散臭い日本食を食うがマズイのなんの。
家に帰ると例のイギリス人男がいない。国に帰ったみたいだ。
そりゃそうだろ。キリスト教文化の連中にとってはクリスマスは一大イベントだからな。
こんなときに来た俺ってすごい迷惑かも。
晩飯も無事済ませ翌日に控えて早く寝た。
12月20日
今日から学校である。遅刻しないように暗いうちから出かける。
やはりまた早すぎた。一番のりだ。
説明を聞きクラスわけテスト。TOEIC形式の立派なやつだった。
俺を含めて日本人は6人ほどいた。申し込みの時に見たアジアンの女の子もいる。
テストの結果は当日中にわかるらしい。待ち時間に職員の先導で学校周りを散策。
そのあとフリーなのでフードコートで飯を食う。
座る場所を探しているとアジアンと南米系の女の子が俺に手を振っている。
どうやら同じ日の入校らしい。俺は全く覚えてない。
一人は日本人でもう一人はブラジリアン。英語での会話なのでサッパリわからない。
日本人の女の子がたまりかね日本語(大阪弁だった)で話してくれた。
食事の後、学校に戻って結果を聞きに行く。
日本人の女の子はずっと上のクラスで、ブラジリアンの女の子は俺と同じらしい。
こんなに差があって同じクラスなんて・・・。
こんなきれいな娘と机を並べられるのはうれしいが大変そうだ。
家に帰り、飯の後に念願のWWFの看板番組「RAW IS WAR」をオンタイムで見る。
日本での放送は3週間遅れだから、間が飛んでしまっているが問題なし。
英語はわからないのにWWFのマイクアピールがわかると言うことは、やはり俺は
英語がわかるのではなく、プロレスに詳しかっただけだと認識。
12月21日
今日から授業だ。今日も早目に出かける。一番乗りを続けるために。
当然一番乗りを果たす。
しばらくするとクラス全員集まり、担任らしき講師の指示で全員自己紹介。
例のアジアンの女の子もいる。彼女も日本人だった。
そのあと授業に入るがサッパリ、何を言ってるのかわからない。
当然作業ができない。
授業の後に担任にサッパリ、何一つわからないと知ってる限りの英語でアピール。
すると俺に特別に宿題を出すと言う。本を見ると中学1年レベルのものだ。
特別の宿題をやるか?と問われる。売られた喧嘩は買う主義なので当然受ける。
帰りにROYAL BANKまで行き、カードと通帳を取りに行く。
やっと自分の金が使えるようになった。でも小切手は後日郵送らしい。
家に帰り早速特別メニュー宿題を始める。でも日本人は異常に文法が強いため
簡単すぎ。まあ、しないよりマシと思いやる。
寝る時間以外はひたすら英語のお勉強をした。
12月22日
今日も一番乗り。
コリアンの女の子が「宿題やった?」と聞いてくる。
前日、何一つ聞き取れなかったので当然やってない。と言うよりも
宿題があったことすら知らない。
案の定、担任に聞かれるがそのことを伝えてかんべんしてもらう。
この日もサッパリ何を言っているのかわからない。
2日目にしてクラスですでに浮いている。(涙)
今に見てろよ! 英語で文句を言ってやる!
12月23日
今日は韓国人の女の子に一番を取られる。こいつ、昨日は遅刻寸前だったのに。
宿題は簡単なのだが、授業と言うより、何をしゃべっているのかサッパリ。
そのことを担任に伝えるとクラス変更を薦められた。
しかし、それを受け付けで言えるだけの英語力が無い。
仕方なくクラスの日本人男に受け付けまで一緒に行ってもらい通訳してもらう。
すると返答は、これ以下のクラスは無いと言う。
パンフレットには15レベルあると書いてあるのに、実際は7クラスしか無い。
人数が時季的にいないからだと言うが、それって詐欺に近いやん!
まったく、JAROに誇大広告で訴えるぞ!
と思ったが、カナダにJAROは無い。
結論は、追加の金を支払って個人レッスンに変更か、PCの教育ソフトで自習
してレベルについていけるように頑張るか。
この先1年滞在する予定なのに金をかけられない。
ということで、この日から一人、授業の後、学校が閉まる時間までPCで自習。
くたくたになって帰宅。ゆっくり休みたいがそうはいかない。勉強しなきゃ。
そう思って夕食まで勉強。今日も寝るまで勉強三昧のつもりだったのだが、
飼犬であるスコッティテリアのダッフィーがなついてしまい、遊んでやるはめに。
親元ではヨークシャテリアを飼っていたので、犬にはそれがわかるようだ。
この日から帰宅するとダッフィーがいつも待っていて、遊んでやるのが仕事に
なってしまった。こうなったら、日本語で仕込んでやる。
12月24日
日本流なら今日がクリスマスイベントのメインだが、こっちは関係なさそう。
明日はクリスマスで、来週もクリスマスウィークということで学校は休み。
つまり、今日が今年最後の授業だ。
相変わらず何を話しているのかサッパリ。これはまだいい!(良くはないが)
みんな、ボクシングデーの待ち合わせの話をしている。
もちろん俺は浮いている。
ボクシングデーと言うのはクリスマスの翌日のことで、クリスマスプレゼント
を開ける日。元々はメイドが主人からのプレゼントを開ける日だったらしい。
そのボクシングデーの週はボクシングデー・ウィークといい、どこの店も
セールをやる。半額から8割引が当たり前の激安で、26日の早朝から行列
ができるらしい。そして、27日にはいいものは売り切れて無いらしい。
家のおかぁちゃんが言うてたのはこの事だったのだ。
一人、誰とも口を利けない俺を見て、初日に一緒に食事をしたブラジリアン
の女の子が俺を誘ってくれた。本当は舞い上がるほどうれしかったのだが、
この時期、すごく落ち込んでいたので理由をつけて断ってしまった。
買い物に行くようにおかぁちゃんに言われている。
買い物に行って見つかったら何て言い訳しようか、今から悩みの種だ。
家でもおかぁちゃんにインターネットをやっていることに文句を言われる。
トールフリー(日本で言うフリーダイヤル)だと説明するが通じない。
この日から毎日小言を言われるようになる。
12月25日
今日はクリスマス。日本同様に軽く考えていた。
これがいろんな所に迷惑をかけるキッカケになるとは。
おかぁちゃんの小言に嫌になったのと、5週間しかホームステイを申込み
していないため部屋探しをする。
日加タイムス(日本語新聞)に載っている所にしらみ潰しに電話をかける。
どこも迷惑そうな対応で話にもならない。日本語で載せているくせに日本語
が全くと言っていいほど通じない。
でも1件だけ親切に、日本語で対応してくれた。どうやらこの人の物件では
なく、友達のカナディアンの部件らしい。そんなことは俺には関係ないので
部屋を見に行く約束をする。
ホームステイの契約で昼食は付かないので食事をしに出かけるが、マック
すら閉まっている。開いている店でなんとか食事。
イートンセンターですら、ほぼ全店閉まっている。
日本では考えられない。日本人なら店を開けて儲けようと考えるもんな。
やることも無いので家に帰る。すると、客が来ている。親類らしい。
おとうちゃんにすすめられてBudwizerをご馳走になる。
その後もゾロゾロと集まり、一族団らんの中に入れてもらってディナー。
今日はワインまで付いた。
本場のクリスマスを味わえるなんて、なんて俺は幸せなんだ。
食事をしながらいろいろと話しているが、サッパリわからない。
しばらく付き合うが、勉強があるので失礼して部屋に戻って勉強。
明日の買い物が恐い。
12月26日
俺にとっては恐怖のボクシングデーである。
朝起きて、昨日もらったプレゼントを開ける。Tシャツだ。
ホームステイなんてビジネスなのに、プレゼントをくれるなんて感激だ。
とにかく買い物にそなえて昼食を食べに行く。
でも開店と同時に行くとクラスメイトに会う可能性があるので、時間をずらす。
ふらついて時間をつぶしてから買い物。
無事だれにも会わずに済んだ。
この日はおとなしく過ごす。ただし、犬の散歩には行った。
12月27日
勉強しかやることが無いが、昼食を食わねばならないので、義務的に出かける。
つたない英語力で食える物はマックなど決まったものばかり。だからといって
ジャパレス(ジャパニーズレストラン)には行きたくない。
結局泣く泣くまたマックへ。
でも日本の物と違いサイズが2周りほどデカく、ドリンクのミディアムで日本のデカい
サイズ。Lサイズなんか注文したらバケツみたいなサイズが出てくる。
知人もいないし、勉強があるので家に帰って勉強。
深夜まで勉強して寝る。
12月28日
毎度おなじみの行動パターンだ。
でも毎朝行く韓国人経営のコーヒーショップの店員に顔をすでにおぼえられた。
東京でも有名ラーメン店の大将におぼえられるくらいに行き、いろんな所で常連に
なっていたからなぁ。自称、常連の達人。トロントでも発揮しはじめる。
いまではコーヒーのお代わりも自由にしていいと言ってくれるようになった。
昼食を食べにイートンセンターに出かける。今日は誰に見つかっても問題ない。
でも気持ちが沈んでいたので誰にも会いたくない。
しかし、こういう時にかぎって会うものだ。
なんと、例のブラジリアンの女の子と会ってしまった。無視したが声をかけられて
しまったので逃げ切れなかった。他にブラジリアンの双子の兄弟も一緒。
更に日本人の女の子もいる。ブラジリアンの女の子のホームステイ先に居る奴
らしい。彼女もワーホリで、現在は部屋を間借りしているだけらしい。
久々の日本語でうれしくなって、結構話し込む。
このあと一緒に今は亡きイートンセンターの安い映画館で映画をみんなでみる。
日本名では「プリティーブライド」というらしいが、正式には「Runaway Bride」
でもサッパリ英語が聞き取れない。当然つまらない。
この日はこれにて解散。
12月29日>
日本語新聞を見て先日連絡を取っていた所へ部屋を見に行く。
電話は日本人の女性が出たが、友達のカナダ人が自宅の地下室を貸したいとのこと。
約束の場所にその女性と持ち主のカナダ人が定刻より早く現れた。
カナダ人の名前はマイク。マイクの車で家へ。
まさに地下室だが、ちゃんと改装してあり、入り口は独自に設けてあるので、
アパートの下のフロアに住んでいるのと同じ。
家具類は一通りあるが、テレビと電話がない!
駅から遠いのも難点だが、家のまん前からバスがあるし、大型スーパーマーケット
のロブロウズがあるので不便ではなさそう。
全て通訳してくれたので、細かいことまで質問できて満足。
翌日、契約の意を電話で伝える。
12月31日
2日分は特に無いので省略。
今日で1999年が終わる。アンゴルモアの大魔王が地上に降りてくる訳でもなく、
第3次世界大戦が勃発する訳でもなく、北斗神拳と南斗聖拳が争うこともなく、
我が悪魔教(聖飢魔2)が地球征服を完了するだけしか大きな出来事はなかった。
悪魔教信者として、最後の大黒ミサに行けなかったことだけが心残りである。
デーモン小暮閣下の最後のお言葉は「地獄で会おう!」だったらしい。
ぜひ地獄でお会いしたいものである。
とりあえずいつものように昼食に出かける。
そして、日本時間にあわせて「閉めましてサヨウナラ」の電話をかけるが、どうも
Y2K問題の事故対策で国際電話は停止させているらしい。
残念ながら「閉めましてサヨウナラ」は出来なかったが、しばらくしてから日本に
電話してPCがY2Kで異常が出ていないかを確認。
無事との報告をうけて安心。
帰宅し、おかあちゃんの目を盗んで年賀メールをいろんなところに送信。
その後は予定がなかったのだが、おとうちゃんが夜に外を歩いてこいと言う。
理由は良くわからないが23時に出かけ、言う通りにした。
するとTTCは人でいっぱい。トロントにはこんなに人がいたのか。
みんなが降りるところで降りようと思い、みんなについていく。
シティーホール前かと思ったら、みんなはハーバーフロントに向かった。
日本式にカウントダウンをやるのかと思ったら、花火が上がりだした。
知らない間に2000年になったらしい。(泣)
大世紀末の一大イベントの瞬間を逃したショックは大きい。
ラッキーマンの第1話を見逃したのと、この瞬間を逃したことを思い残して死んで
行くのかと思うとつらいものがある。
花火が上がりだすと周りは「ハッピー・ニュー・イヤー!」を連呼。
中には服を脱ぎだすおねぇちゃんまで現れた。
新年早々といい物をみせてもらった。
花火はPLの花火には遠く及ばないが、なかなかのものだった。
花火が終わり、みんなはダウンタウンを行進。一緒に俺も行進。
トロントは屋外での飲酒は禁止なのだが、酒ビンをもった連中の多いこと。
酔っぱらって、手当たり次第に「ハッピー・ニュー・イヤー!」と言っている。
もちろん俺も被害者に。
ヤングストリートには箱乗りの車や、鳴り物を吹きながらの車が大量。
日本人も初日の出暴走なんか止めて、この程度にしてもらいたいものである。
ちなみに駐車してあるパトカーはみんなにボコボコにされていた。
今日だけ特別ダイヤでTTCが走っており、その最後の電車で帰宅。
明治神宮には行ければ行っていたが、このような元旦のお祭り騒ぎは大阪の
ラジオ番組の「MAKOTOのサイキック青年団」の「年越しサイキック」のイベント
以来である。
それ以外の元旦は職場での年越しだったからな〜。