その他の史跡・埋蔵文化財   このペ−ジでは越前・若狭紀行に直接関係ない内容も集めました。
清水谷遺跡(奈良県高市郡高取町)見えてきた飛鳥のルーツ!!              暖房施設付き5世紀後半の建物跡!!
                                                                                               国内最古の渡来人集落!!

   2001年の天皇誕生日の会見では、天皇自らが桓武天皇の生母・高野新笠(たかののにいがさ)は百済の武寧王の子孫だと続日本紀に書かれていることに触れ、注目された。かつて朝鮮半島からはたくさんの移住者によって大陸の進んだ文化や技術が日本に伝わってきた。司馬遼太郎は朝鮮のもので日本に入り込まなかったのは暖房施設のオンドルだけだと述べたが、そのオンドルや土壁を備えた建物や半島系の土器など5世紀後半の集落跡が高取町清水谷で見つかった。学者は渡来系の集団・東漢氏(やまとのあやうじ)の集落と見ている。「「5世紀は移住民の世紀」と説く山尾幸久・立命館大学名誉教授(古代史)は「渡来人が倭人社会に技術革新をもたらし、6世紀以降の構造変化をもたらした。この地に住んだ渡来人が雄略王権の権力基盤の重要な柱で、文献伝承を裏付けたと高く評価する。」(読売新聞)
  継体天皇皇后の手白髪皇女の母・春日大郎皇女(カスガノオオイラツノヒメミコ)は雄略天皇の娘なので、継体天皇の義理の祖父が第21代雄略天皇である。中国の正史「宋書」の「倭国伝」は5世紀の「倭の五王」に言及している。讃(さん)、珍(ちん)、済(せい)、興(こう)、武(ぶ)という5人の大王の内、武が雄略天皇であり、471年(?)の銘のある埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣に見えるワカタケル大王は雄略天皇と考えられている。その名にふさわしく決断・実行の人で対立する皇位継承候補者を一掃して王位についた。
      写真は2001年12月9日。ボランティアの人達の協力も得て発掘・調査が行われていた。間もなく、この遺跡跡に工場の建設工事が始まる予定で、遺跡を残すか否かは金の問題であるとのことであった。このような画期的な遺跡を保存することができないのだろうか。

発掘調査中の清水谷遺跡 建物の想像図(高取町資料から)