(2001/9/18)
以外に窮屈な大名生活
そばには四.六時中家来が付き添い、朝から晩までスケジュールがぎっしりー。旧広島藩主浅野家当主の浅野長愛さん(六三)=学習院中等科長・東京在住=に聞いた大名生活は、予想外に窮屈で身動きが取れなかったらしい。
「午前中はおおむね勉強時間。いろいろな人が来て軍学、儒教、日本の古典などを講義したようです。朝寝坊どころではない。日の出とともに起きていた」と浅野さん。午後はやり、馬術、剣道と武道漬け。その間に治世上の決裁があったり、家来がやって来たりで「自由時間がどれだけあったのですかね」。
食欲がない時でも、食事を断ろうものなら、担当の家来が飛んできた。何か自分に落ち度でも―と心配のあまりである。「ご飯にハエの死骸がが入っていることだって、たまにはあった。でも、そのことを口にすると台所奉行は切腹もの。そうかといって、すぐ後ろには小姓が常にいるから、捨てればすぐにわかる.仕方ないから、小姓に気付かれないように、ご飯と一緒に飲み込んだーと大祖父の長勳(最後の広島藩主、昭和十二年没)から聞きました。
就寝中でも、隣の部屋では家来が徹夜で番をしている。庭を散歩するだけなのに、家来がぞろぞろ、あとをついて来る。「家臣を手討ちにしたのは、広島藩は初代長晟の時の一回きり。それも自ら手を下したのではない.忍耐に忍耐を重ねていたのでは」と浅野さん。長勳自身が私に今のほうがいいよと言ったことがある。あの時代に生まれなくてよかったと思いますね。私は」
広島城四百年 中国新聞社編 「城下ウオッチィング」より転載
藩政・支藩

ひろしまおもしろがたり

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『基本資料』
広島市史・新修広島市史、
