*家族の一員に加わりました

犬を飼う前は、他の犬が散歩していても何とも感じなかったのに、コロが家へ来てからは、車を運転している時に散歩している犬を見ると、思わず速度を緩めて頬も緩んでいる自分を発見しました。たとえイヤな事があっても、人に八つ当たりすると差し障りがありますが、犬に八つ当たりしても尻尾を振って喜ぶだけです。これだけでも随分コロに救われてきたように思います。1人暮らしになってからは、家での話し相手は犬だけです。返事が返ってこないことは分かっていても話しかけてしまいます。顔を見るだけでも高ぶっている感情が鎮まり笑顔さえ出ますから、まさに犬は“人間を慰めるために犬座から使わされた、しっぽのある天使”だと思います。
私はお勤めしていたし、足も悪いので散歩させてあげられませんでしたが、その代わり父にはよく散歩させてもらっていたようです。父とコロが散歩している時、近所の人が
「朝夕2回も散歩させてもらえるなんて、幸せな犬だね」
と言ったら、タイミングよくコロが
「ワン」
と吠えたので、近所の人も
「やだ〜!この犬、人間の言葉が分ってるよ!利口だネェ!」
と褒めたと言います。
また、郵便局へ連れて行った時に、じっと父の足元に座っているので局員に褒められたとか、父は鼻高々に、そして嬉しそうに私に報告してくれました。父にとってもコロは“しっぽのある天使”だったのです。



'89.12.31 生後半年。父の膝の上で一人前にテーブルを囲む。

'91.1.20 今度は私の膝の上で、顎をテーブルに乗せて。
普段は家の中で自由に走り回っているので、それほど散歩の必要性はないのですが、喜ぶ姿を見ると多少困難でも散歩させてあげたいと思うのが親心でしょう。父の死後は電動車椅子とコロを紐で結んでの散歩を思いつきました。手動の車椅子は軽くてコロに引っ張られる可能性がありますが、電動車椅子なら重いので、どんなにコロが頑張ってもビクともしません。
「偉い犬だネェ」
などと通りすがりの人に何回も言われました。コロが車椅子より先に歩き、私は電動だから手で車輪を回しません。あたかもコロが車椅子を引っ張っているかのように見えるのでしょう。