『病は気から』という言葉は昔から言われていますが、この言葉は、ある患者さんにとっては非常に厳しく感じられる言葉です。と言うのは「あなたの病気が治らないのは、気がしっかりしていないからではないか」と言われているように感じるからです。この「気」は、そのような意味合いではなく、精神的状態と病気というものは非常に深い関係があるという意味です。
旧約聖書に、『喜びを抱く心は体を養うが、霊が沈み込んでいると骨まで枯れる』という言葉があります。これは、喜びを抱き楽しいという精神状態は、体にとって大変良いという意味であり、霊とは霊魂の霊ではなく、気持ちという意味です。気持が沈み込んでしまうと体がダメになってしまうという意味です。我国では江戸時代の医学者である貝原益軒先生の「養生訓」の中に、『心は体の主人なり』という言葉があり、やはり心というものが大切であると言っています。心とは精神状態という意味であり、精神状態が体をコントロールしているという事を言っているわけです。
我々の体は、30兆から40兆・50兆という天文学的な数字の細胞の集合体です。その体に精神的・身体的なストレスが加わったときに、その莫大な数の、細胞の集合体の体を維持するシステムがあります。そのシステムとは、「免疫系・内分泌系・精神神経系」の3つの系がスクラムを組み、ストレスに対応しているのです。私は、この中の1つの系に何らかの刺激を加えた時に、どのように系が動くかを調べれば、心と体の関係がある程度解明できるのではないかと考えました。
ストレスとして与える刺激は、楽しい刺激や悲しい刺激等いろいろあります。私は「楽しい笑い」というものに注目しました。例えば百人に「楽しい笑い」を提供した場合、95%以上の人は楽しいと感じてくれます。ですからストレッサーとしては非常に良いものと考えられます。
そこで、1995年から1998年までの間に計3回の「リウマチ患者さんに対する楽しい笑い」の臨床実験を、落語家の林家木久蔵さんに来ていただいて行ないました。
その目的は、リウマチ患者さんと健康な人との間に生体防御系をつかさどっている、神経内分泌系・免疫系に差が認められるものかどうかという事です。また「楽しい笑い」が、リウマチ患者さんと健康な人の神経内分泌系・免疫系に、どのような影響を与えるのかという事を調べました。第1回目は、女性のリウマチ患者さん26人、健康な女性37人を対象に、年齢も50才代の同じ位の人で行ないました。第2回目は、健康な方26人、リウマチ患者さんで落語を聞いた方28人、落語を聞かなかった方15人で、1回目と違う人で行ないました。 測定した項目は「落語の面白さの程度」「気分の程度」「痛みの程度」を調査し、落語を聞く前後に50ccづつの採血をして「神経系の物質」「内分泌系の物質」「免疫系の物質」を、それぞれ測定しました。 調査方法は0〜10cmの横の棒を引き、「落語の面白さ」の場合「0cm」は全く面白くなかった・「10cm」は非常に面白かったという記入方法で、0〜10cmの間に印を付けていただくものです。その結果、患者さんが平均9.4cm・健康な人が8.84cmで、少しの差はありますが、両方共に面白かったと言えるわけです。また「気分の程度」(フェイススケール)で、落語を聞く前は患者さん7.2cmが、聞いた後では2.7cmと激減しており、健康な人も7.2cmが2.4cmとやはり激減しており、両者とも気分が良くなるという事がわかりました。そして「痛みの程度」では、患者さんが落語を聞く前は4.73cmが、落語の後には3.12cmとかなり軽減しています。他に精神的な緊張度を示すアンケート調査では、リウマチ患者さんは健康な方と比較して精神的緊張度が高いという値が出ています。
「神経系」ではβエンドルフィンという物質で、楽しいとか気分が高揚しているとか、また痛み等に関与しているものが、健康な人に比較して下がっています。また交感神経から出る物質は高くなっています。これらの事から、リウマチの患者さんは健康な方に比べて、非常に精神的緊張状態にあり、痛みに対しても感受性が非常に強いと言えます。「内分泌系」では、コルチゾール値も健康な人の平均10.31に対し11.46と、これも高くなっています。このコルチゾールはストレスマーカーと言われており、ストレスの指標とされる物質であって、それが高いという事は精神が緊張状態にあるという事です。「免疫系」でも、やはり健康な人に比べ値が高くなっていて、これは患者さんの場合何かの刺激が加わって、体の中に免疫系が増加しているという事がわかります。
それからインターロイキン6=IL6(サイトカイン)という物質がありますが、普通体にとって1.80位必要なところ、リウマチ患者さんの場合30.4とかなり高く、これは体の中で炎症が進行している・バランスが崩れているという事が分かりました。特にIL6は、リウマチ患者さんが落語を聞く前では34.0だったのが、聞いた後では10.0と、3分の1に減った事は注目すべき事です。2回目の臨床実験時も、40が22〜23に下がっていました。健康な人は最初から正常値であって、ほとんど変化が見られません。また、落語を聞いた患者さんと聞かなかった患者さんでは、聞かなかった人は下がりませんでした。すなわち、楽しく笑った人のほうがIL6の値が確実に下がるという事が証明されました。
第3回目の時は、1回・2回目の調査に1項目を加え、楽しい笑いは免疫機能を高めて、ガンの患者さんにも良いと言われているが、本当であるかという事も兼ねて実験を行ないました。しかし癌の患者さんは免疫機能を抑制する薬を使用しているため、値が正確に測定できません。それで本当に「楽しい笑い」が、リウマチ患者さん・健康な方を問わずに免疫機能が上がるかどうかを調べてみました。その結果、癌の時に立ち向かう免疫機能の物質が、リウマチ患者さんの場合29.5が43.2へと、健康な方の37.5が43.6へと、同じくらいの値まで上がります。この事から、楽しい笑いは免疫機能を高めるという事が判明したわけです。異常値が正常化するのです。
楽しい笑いは過度のストレッサーによって乱れた神経・内分泌・免疫系のネットワークを正す作用があるという事が分かったわけで、とてもすごい事です。それでは、何故そのような楽しい笑いが、乱れた神経・内分泌・免疫系のストレッサーに対し、正常化する作用があるのか?また何故、リウマチの患者さんに「楽しい笑い」が必要なのでしょうか?リウマチの患者さんは痛み等で、精神的にも肉体的にも非常にストレスが加わって神経・内分泌・免疫系が乱れているわけです。全員が全員とは言えませんが、乱れている人が非常に多いのです。笑ってリウマチや癌が治るわけではありません。そのような経路がある程度、正常化することによって治療の効果が非常に高くなって来るという事です。
笑いには、くすくす笑い等いろいろありますが、お腹から大きな声を出して「ワッハッハ・・」と笑った時が、頭の中は真っ白になる時です。ワッハッハ…と笑いながら『今晩のおかずはどうしよう?』なんて考えません。楽しく笑った時には下がったIL6の値が、反対に大変な精神的ストレスを加えた時には、IL6の値が上昇するのか?それから、精神的ストレスの刺激がゼロの状態になった時には、IL6の値が低下するのか?
そこで、過度の精神的ストレスと全身麻酔を施行することによって、リウマチ患者さんの神経・内分泌系に与える影響について実験してみました。実験方法は、手術当日の全身麻酔直前で手術台の上に横たわった時と、麻酔をかけてから30分後の執刀直前に採血をいたしました。そして、前日の同じ時間帯にも採血しました。
結果は手術の前日には、IL6の値が約30位でしたが、手術台に横たわった時には、同じ時間にもかかわらず50までに上がってしまいました。ところが全身麻酔をかけて、わずか30分後に意識が消失すると、今度は20位までに下がってしまいました。これは精神状態が上がるとIL6の値が上がり、意識が無くなると下がるという事です。ですからリウマチ患者さんは、日常の生活において精神的ストレスがないように、なるべく心がけていただきたいと思います。また、あまりクヨクヨするなと言われていますが、それが正しいという事を是非とも認識していただきたいと思います。人間関係などで色々あるかと思いますが、その時には「笑い」などで紛らわせていただきたいと思います。
これまでの事から、精神神経・免疫系の総合作用を阻止する生理的現象は、「楽しい笑い」と「睡眠」という事になります。リウマチ患者さんも、痛んだり色々な精神的ストレスが現れた場合には、深い睡眠を是非ともとって下さい。夢を見ないで朝までぐっすり眠られると言う睡眠が良いわけです。最近は私の場合、リウマチの患者さんに「晩酌」を勧めています。
神経系・内分泌系・免疫系のバランスが取れている人は、色々な刺激が加わっても、あまり値に変動がありません。皆様方もリウマチの療養生活において、精神的ストレスがなるべく無いような生活に心がけていただきたいと思います。体ばかりでなく、心を重視した生活を是非とも送っていただければと思います。