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伊藤さやか 2006年11月22日

大量に届いたジャンク・メールを消去することが、日記更新する前の日課です。読まずに捨てられる運命のメールの中で、時々おやっ?と目を引くものがあります。

この半年くらいで届いたメールの中で、目を引いたタイトル(もしくは送信者)ベスト3
第3位「くまぇりだょ☆」
第2位「私の主人がオオアリクイに殺されてから、半年がたちました」
第1位「伊藤さやか」

ジャンク・メールの作者氏は、なんとなく存在していそうな名前で大量にメールを送りつけているだけで、伊藤さやかを知っているとは思えませんが、私にとっての伊藤さやかは「天使と悪魔(ナンパされたい編)」「Broken Generation」のアイドル、伊藤さやかです。LPは全部持っていると思います。

早速Yahoo!で名前を検索したところ、現役復帰して活躍中とのこと。女優として、ドラマ「サプリ」にも出ていたそうです。ぜんぜん知りませんでした!オフィシャル・ウェブには43歳の素敵な近影が出ていました。いい眼です。いい顔です。こういう顔をみると、私も老け込んじゃいけないな!と元気がでます。

ジャンク・メールのおかげで、伊藤さやかに再会できました。私の中のいい女ランキングに大きな変化?がありそうです。
 

FAST昔々 2006年10月21日

再結成バンド、FASTの練習候補曲CDをアンチにもらいました。KANSASは良い曲だけど、やはりキーが高すぎて、うちのバンドでは誰も歌えません。今後もFASTのレパートリーは70〜80年代のロック、それも農耕民族が好むシャッフルものが中心になりそうです。なにせ25年以上も前に一度解散したバンドです。

松江京店パンプキンで、ラストライブをしたのは1981年3月27日のこと。当日のライブ音源をMDに落としました。フラットしてばかりの自分の歌声は聞くに堪えませんが、選曲や曲のつなぎが無茶苦茶カッコ良くて、毎日車の中で聞いています。オールド・ファン(そんな人いるのでしょうか?)のために、当日のセット・リストを紹介します。(カッコ内はコピーした元ネタ)

 1.Footstompin' Music (Grand Funk Railroad)〜
 2.Southbound (Thin Lizzy)
 3.Dreams I Dream Of You (Creation)〜
 4.Bottle Of Red Wine (Derek And The Dominos)
 5.Starlight Serenade (Original)〜
 6.Summer Vibration '80 (Original)
   <<休憩>>
 7.Take It To The Limit (Eagles)11まで、アコースティック・セット
 8.Every Woman (Dave Mason)
 9.Everybody Has A Dream (Billy Joel)
10.Pumpkin Hour (Original)
11.歌謡曲メドレー (Candiesほか)
12.Sweet Sweet Surrender (Beck Bogert Appice)〜
13.Steppin' Out (?)
14.Heartbreaker (Grand Funk Railroad)
15.Highway Star (Deep Purple)
16.Take It Easy (Eagles)
17.Rock'n' Roll Medley (Uriah Heep Live)
   <<アンコール>>
18.Rock'n' Roll 蛍の光 (original)
19.チェリー・ブロッサム (松田聖子)
20.All Night Long (Eagles)

こんなライブを、もう一度やりたいですね。毎月1曲ずつレパートリーを増やし、旧ネタに加えていけば、一年後くらいには復活ライブができるかもしれません。いや、できます!絶対にやります。
 

ヴォーカリスト 2006年9月5日

ロックやPOPSを聴きはじめた頃、私にとっての「ヴォーカリスト」といえば、フレディ・マーキュリー(クイーン)、ブラッド・デルプ(ボストン)、トミー・ファンダーバーグ(エアプレイ)、ロバート・プラント(レッド・ゼッペリン)といった、艶と張りと高音超人ヴォイスの持ち主か、ロッド・スチュアート、ジャクソン・ブラウン、サッチモのような、渋味のある歌声の持ち主でした。例えば、財津和夫や荒井由美のようなアーティストは、詩も曲もセンスも良いのですが、超人ヴォイスでもなく、渋味も希薄、それほど歌が上手いわけでもなく、決してヴォーカリストではありませんでした。

先日のライブBGM用に編集した80年頃ヒット曲MDを車で聴いていますが、財津和夫や荒井由美の曲が実に良いです。しみじみと、しみじみと、心に染み入ってきます。この年齢になって気がつきました。実は二人とも素敵なヴォーカリストだったのです。
 

2006年7月23日 キャンディーズ

先日NHK-BSで放映していたキャンディーズの特番をみました。NHK「レッツゴー!ヤング」の冒頭で、ランちゃんが会場に向かって、
「ヤングの皆さ〜ん!」
と呼びかけたりと、臭いくさい「ツッコミどころ」は満載でしたし、そういう場面に素直に熱くなっていた、当時の自分が恥ずかしくはありますが、78年4月4日の後楽園ファイナルでの「つばさ」の熱唱には、大粒の涙が流れました。日本歌謡史においては、「新御三家」「花の中三トリオ」と、聖子・明菜「たのきんトリオ」の隙間を繋いだ貴重な存在ですし、私個人にとっても、中学高校の多感な時代のアイドルであったキャンディーズは特別な存在です。

感想をいくつか。
(1)思っていた以上に三人の歌(特にハモリ)がしっかりしている。
(2)いつ見ても、本当に可愛い(私はずっと「ミキちゃん派」です)。
(3)MMP(ホーン・スペクトラム)の新田さんが、やたらと格好良い。
(4)演奏は、キメの丁寧さや緊張感を要求される、現代の打込み中心の演奏と違って、やたらと各楽器の音数が多く、ゴチャゴチャしている割に薄っぺらいが、時折驚くようなグルーブ感が押し寄せてくる。
(5)紅白歌合戦におけるスクールメイツの踊りは、何とかしてほしい。
(6)「見ごろ食べごろ笑いごろ」における、伊東四郎、小松政夫との絡みは絶品!当時、「クサ可愛い」というジャンルがあったのですね。
 

醒めてしまう瞬間 2005年12月10日

大好きな歌手やバンドでも、突然興味が失せてしまい、聞かなくなる瞬間ってありませんか?

例えば、長渕剛。「巡恋歌」「祈り」「順子」の頃は、久しぶりの王道フォークの出現に喜んだものですが、「ろくなもんじゃねえ」に失望、その後の任侠〜右傾化?路線にあわせ、どんどんと説教がましくなるにつれて、まったく聞かなくなりました。

例えば、サザンオールスターズ。「女呼んでブギ」「思い過ごしも恋のうち」の頃は、まさに僕らの時代の音楽だと熱狂したものですが、「ミス・ブランニューデイ」の緻密な打ち込みに失望。KUWATABANDやソロ・ワークスに佳曲がありますが、サザンとしてCDを買うことはなくなりました。

例えば、浜田省吾。ちょうしかんじ君と二人で奏でる、「君と会うまでは」みたいな、甘いアコースティック・ラブソングは大好きでした。「終わりなき疾走」の唐突なイメージチェンジにもはじめは好意的でしたが、後輩たちが狂喜してコピーするのをみるうちに、なんだか醒めてきました。

世間の評価がまちまちな間はのめりこむけど、それが幅広く大衆に受け入れられてしまうと、どうでもよくなってしまう。これはB型の特質なのだそうです。他人と同じことは嫌い?あまのじゃく?どうにもややこしい性格です。

同じように聞かなくなったアーティストに、ユーミンとチューリップがありますが、これはそれぞれ別の理由があります。ユーミンに対する私の評価は昔も今も(荒井も松任谷も)ずっと高いままなのですが、あまりにも佳曲が多すぎて、お腹いっぱいで、フォローしきれないというのが実態です。シャングリラだって、別に元歌を知らなくても十分に感動できるので、今更何十枚もアルバムをレビューするのはちょっと…という気持ちです。チューリップは、屋外ライブが豪雨に見舞われたり、ソロアルバム「宇宙塵」を製作したりするうちに、財津さんがどんどんと内省的になっていったことと、宮城さんが加入してからまったく違う音楽になってしまったことから、聞かなくなりました。
 

ミュージカル・バトン 2005年7月24日

1.Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
52MBありました。ほとんどが、岩井ポチ君にもらった「トロピカル4」楽曲です。最近練習に参加していませんが、松江に帰ったらバンド活動を再開したいです。

2.Song playing right now (今聞いている曲)
Dorlis「マリポーサ」。最近はCDプレイヤーに入れっぱなしで、毎晩ナイトキャップ代わりに聴いています。

3.The last CD I bought (最後に買ったCD)
これも恐らく「マリポーサ」です。年をとったせいか?中音域で、アコースティックで、ミディアムテンポの曲ばかり選んで聴いています。

4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
(1)Eagles「 Take It To The Limit 」。今まで一番たくさん練習し、たくさん歌った曲。
(2)Boston「 A Man I'll Never Be 」。一度やってみたかった名バラード。鴨バンド再結成の折にはぜひ!
(3)Doobie Brothers「 Takin' It To The Street 」。これも、PSSオールスターズでやりたい、大好きな曲です。
(4)小泉今日子「あなたに会えてよかった」。説明不要。
(5)グレープ「聖霊流し」。私に、歌謡曲以外の音楽の世界が存在することを教えてくれた曲です。
たった5曲に絞るなんて不可能ですね。 Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)
ここの常連さんは、昔一緒にバンドしていた人も含めて、音楽好きが多いので、あえて指名しません(ブログでもありませんし)。気になった人は、掲示板で披露してください。
 

コピーバンドでやりたい曲 2004年10月11日

大黒摩季DVD「コピーバンド・ジェネレーション」の影響で、「バンドやりたい病」が再発しています。今朝から、いまバンド組んだらコピーしたい曲のリストを作っていました。暇ですね。古い曲ばかりですが、お付き合いください。

 グロリア・エステファン「Rhythm's gonna get you」
 ダン・フォーゲルバーグ「Same Old Lang Syne」
 デイブ・メイスン「We just disagree」※
 ケニー・ロギンス「Conviction of The Heart」
 TOTO「Rosanna」
 ジャーニー「Faithfully」
 エリック・クラプトン「Bottle of Red Wine」※
 ドゥービー・ブラザーズ「Takin' it to the street」
 ドゥービー・ブラザーズ「Dependin' on you」※
 スウィート「Fox on the run」
 オリビア・ニュートン・ジョン「Hopelessly devoted to you」
 ウィングス「JET」
 ナック「My Sharona」※
 ラーセン・フェイトン・バンド「Phantom of the Footlights」
 ジョン・ホール「Power」※
 スティービー・ワンダー「Another Star」※
 グランド・ファンク・レイルロード「American Band」※
 プリンス「1999」
 ホール&オーツ「Wait for me」※
 ベイシティ・ローラーズ「I only wanna be with you」
 Jガイルズ・バンド「Love stinks」
 スティクス「Rockin' the Paradise」
 リトルリバーバンド「Lonesome Loser」
 ビージーズ「How Deep is your Love」
 ボストン「Amanda」※
 ダウンタウンブギウギバンド「カッコマン・ブギ」※
 子供ばんど「ジャイアントマンのテーマ」
 スペクトラム「侍ズ」
 クリエイション「シークレット・パワー」※
 DCT「うれしい楽しい大好き」
 荒井由美「14番目の月」※
 松田聖子「瑠璃色の地球」
 チューリップ「せめて最終電車まで」
 小泉今日子「あなたに会えてよかった」
 原田真二「タイムトラベル」※
 門あさみ「春・すとーむ」
 スターダスト・レビュー「と・つ・ぜ・ん Fall in love」※
 ジューシーフルーツ「恋はベンチシート」※
 ゴダイゴ「Try to wake up to the morning」
 ハウンドドッグ「フォルティシモ」※
 浜田省吾「終わりなき疾走」※
 沢田研二「世紀末ブルース」
 伊藤さやか「天使と悪魔(恋愛編)」
 森高千里「今度私どこか連れていって下さいよ」
 サディスティック・ミカ・バンド「タイムマシンにお願い」※
 尾崎亜美「春の予感」
※印は、過去コピーしたことや、バンドで演奏したことのある曲です。

フォークロック千夜一夜「ケニー・ロギンス」2002年10月26日

大変思い出深いアーティストです。大学3回生の時組んでいた「鴨II」というバンドは、ほとんどケニーとエアプレイのコピーに明け暮れていました。ロギンス&メッシーナの明るい西海岸若者ユニットからソロに転向、マイケル・マクドナルドと共作、グラミー賞受賞の「 What a fool believes 」に代表されるソングライターとして、また自らパフォーマーとして大活躍だったのですが、最近では離婚−再婚を経て妙に内省的になり寡作になってしまいました。

鴨IIで演奏したのは、その「 What a fool believe 」の他、「 Keep the fire 」の二曲。シンコペーションとコーラスが大変難しく、それだけにやりがいのある、思い出も深い曲です。他にも、アルバム「 High Adventure 」「 Leap of Faith 」に佳曲が多く、機会があれば挑戦してみたいです。バンドやりてー!

ライブは2回(確かどちらも大阪フェスティバルホール)行きましたが、1回目は車の鍵を紛失(車の中に落としていました!)、2回目は「 Please Celebrate Me Home 」を、ケニーにあわせて歌っていたら、声が大きすぎて(?)随分前の席の人まで後ろを振り返った、という思い出があります。

「 Live at Grand Canyon 」「 Outside from the Redwoods 」という2種類のライブ・ビデオを出していますが、どちらも秀作で宝物です。DVDで出ていれば欲しいですね。

フォークロック千夜一夜「近田春夫」2002年10月25日

初めて彼を知ったのは、雑誌POPEYEに連載していた歌謡曲評論コーナー。辛口で、ミーハーで、妙に知ったかぶりの評論でしたが、いい大人が結構真面目に歌謡曲を分析していることが興味深かったです。当時、彼がハルヲフォンというユニットで音楽活動をしていたことは知っていましたが、そんなマイナーな(今風にいえばインディーズ?)ユニットのLPが松江スイングレコードで売っているはずはなく、音楽的に近田春夫氏を知る機会はありませんでした。

大学3回生の時、渋谷「屋根裏」でライブを観ました。その時はもうハルヲフォンでなく、ビブラトーン(もと「人種熱」)とのユニット。「星屑兄弟の伝説」みたいなポップなナンバーも何曲がありましたが、ほとんどがビブラトーン色のエスニック歌謡曲。「区役所」「恋の晩だな」など、独特のリズムとリフと「陽ちゃん」の雄たけびで、おおいに盛り上がりました。

近田春夫とビブラトーンは、平山みきの名盤「鬼が島」もプロデュース、「歌謡曲の過激さ」を極めました。後から知ったのですが、同ユニットのキーボ−ド福岡ユタカは島根県浜田市出身。最近では不思議な音楽作ったり、石見神楽のCD作ったりしています。

その後、よく似た名前の、近田春夫とビブラストーンズ(あれ!どっちだっけ?)を結成。こちらはうって変わって、日本最強のラップ・バンド。曲もラッパーもいいのですが、何よりも歌詞が過激で最高です。小泉今日子をゲストに迎えた「コマーシャルスター」の業界絵図描写なんて、近田春夫にしかできません。

エスニックもラップも、日本で誰よりも早く、器用に、本格的に、下世話に、新しいジャンルに挑戦してきた近田春夫。いったい次に何を始めるか楽しみです。

フォークロック千夜一夜「バリー・マニロウ」2002年10月24日

野音ロック系でない、ホールのエンタテイメント系の人です。

以前はコパカバーナしか知らなかったのですが、シカゴの学生寮にいた頃ラテン系の友人(ノリのいい日本人ではなく、本当に中南米から来た人)に誘われ、シカゴのダウンタウンにある荘厳なホールへ観に行きました。

まさにエンタテイメント!歌と踊りと舞台演出・・・すべての調和が素晴らしく、楽しめました。日本ではきっと郷ひろみが将来こうなるのだろうな、と思っていましたが、予想に反して郷ひろみはラディカル(?)な道を歩み続けています。コンサートの後半で、
「いつもは、ここで、僕のヒット曲のいくつかをメドレーで歌うんだけど、今日はやめます。」
と言って、会場を落胆させた直後に、
「その代わり今夜は、僕のヒット曲の『全部』を歌います!」
といって、会場中を盛り上げる話術なんて、文章にすると臭いけど、ライブで聴くと、たいして曲を知らない私でさえ、嬉しくなるからすごいです。

その後のバリー・マニロウは大ヒット曲こそありませんが、「 Swing Street 」そして最近の「 Here at the Mayflower 」などコンセプトアルバム佳作を発表、今でも現役のエンタテナーです。

フォークロック千夜一夜「ジャクソン・ブラウン」2002年10月18日

同僚の原君は「(いい意味で)アメリカ人らしくない」「これが受ける、アメリカの音楽ファン層の裾野は広い」と称しました。同じく同僚の田中君は、手放しで「これ、いい!」とCDを持って帰りました。30歳前後の二人が聴いたのは、今から約25年前のジャクソン・ブラウンのライブ「 Running on empty 」、私が10代の大学生の頃聴いていたアルバムです。

バックコーラスにローズマリー・バトラーがいたからではありません。ギターをデビッド・リンドレイが弾いていたからではありません。ジャクソンの「うたごころ」が、同世代のみならず、若いファンをも魅了しているのです。

私自身はといえば、当時よりも現在のほうが好きです。ジャクソン・ブラウンの良さが、だんだんとわかる年齢になってきたようです。PSSで大仲君のバンド「ばぶしょ」が好んでコピーしていました。

フォークロク千夜一夜「デイブ・メイスン」2002年10月17日

デイブ・メイスンの過去や芸歴については、実はほとんど知りません。大学1回生の時、林先輩が「これ、演ろう!」と、テープと汚い字の歌詞コピーを持ってきたのが、「 Let it go, let it flow 」でした。思えばこれが、ブルースロック好きの私と「ウェストコーストの爽やかな風」を結びつけた接点だったかもしれません。林さんは、下手くそでしたが、選曲のセンスは抜群でした。

その後、「くわいやぼーいず」でコピーしたのが、「 We just disagree 」「 Every Woman 」「 Take it to the limit(イーグルス)」そして、何よりも「 Will you still love me tomorrow? 」。オリジナルが誰かは知りませんが超スタンダード曲。「くわいやぼーいず」版は、誰にも負けない素晴らしいハーモニー、当時のテープはどこへ出しても恥ずかしくない自慢の出来栄えです。をーい!野間しんじ!どこにいる?

フォークロック千夜一夜「ドゥービー・ブラザース」2002年10月16日

「 China Grove 」イントロのリフは、ディープ・パープルの「 Smoke on the Water 」のリフと同じくらい有名で、当時のロック少年で遊び弾きしなかった人はいないでしょう。70年代半ば、松江にアッシュというアマチュア・バンドがいて、「オリジナル曲さえあればプロでも活躍できたであろう」と評されるくらい上手いバンドでしたが、ドゥービーの曲は彼らも好んでコピーしていました。

トム・ジョンストンのギター・リフを核とした初期のドゥービーもいいですが、マイケル・マクドナルド加入後のブルー・アイド・ソウルAOR路線の第2期ドゥービーも大好きです。アルバム「 Minute by Minute 」はまったく隙のない名盤です。

再結成後最初のツアーをシカゴで観ました。(どうも私はシカゴでコンサートばかり行って遊んでいたような誤解を与えかねませんが、実は、シカゴブルズの試合もよく観に行っていました・・・ではなく、毎日一生懸命勉強していましたよ!)トム・ジョンストンやパット・シモンズによる懐かしのメロディは最高でしたし、曲名は忘れましたが新曲のMTV画像収録も行われ、盛上がったコンサートでした。

一番好きな曲は「 Takin’ it to the Street 」死ぬまでに一度バンドでフルコピーしてみたい名曲です。過去、バンドでやったドゥービーの曲といえば、ケニー・ロギンス版ですが、グラミー受賞曲「 What a fool believes 」一曲。そうそう、アコースティック・ユニット「くわいやぼーいず」で、やはりグラミー受賞曲の「 Black Water 」をコピーして、まやかんライブで披露しました。もう一度やりたいな!野間くん、連絡しなさい!

フォークロック千夜一夜「イーグルス」2002年10月15日

私が関西の大学に進学した最大の理由は、関西でブルース/ロックをやりたかったからです。ところが82年春の時点で、ブルースの暗く重たい雲は晴れ、すでに関西にはウェストコーストの爽やかな風がそよいでいました。最初はあの軽やかさにどうも馴染めずにいましたのですが、変わり身の速さは私の身上(?)秋の学園祭では、すでにイーグルス「 New Kid in Town 」のベースを弾いていました。

泥臭いカントリー・ロック・バンドだったイーグルスが大きく商業的成功を収めたのは、ジョー・ウォルシュが加入して、大ヒットアルバム「 Hotel California 」を発表してから。従来のイーグルスにない退廃的な世界が歌われており賛否両論だったようですが、無駄な曲がひとつもない名盤です。その後、音楽的にも人間関係もうまくいかなくなったバンドは解散、ドン・ヘンリー、グレン・フライら各々がソロで活躍していましたが、94年に「 Hell Freezes Over 」で再集結。(再結成ではないのでしょうか?)前以上に円熟味のあるコーラスを聞かせてくれました。

バンドでコピーした曲は数えるほどですが、アコースティック・ユニット「くわいやぼういず」では「 Take it to the limit 」「 Seven Bridges Road 」「 The best of my Love 」など、多くの曲をレパートリーとし、思い出深いです。

フォークロック千夜一夜「ローリングストーンズ」2002年10月11日

私ごときが評論すること自体失礼なくらい偉大なロックンローラー。すべての曲が驚くほどシンプルで、演奏も歌も技術的には全然たいしたことないのですが、とにかくカッコいいのです。

自分のバンドでやったことはありませんが、守屋兄弟のクッキングソルトというブルーグラスのバンドで「 Wild Horses 」のベースを弾いたことがあります。いまから思えば、PSS時代にボーカル田地野君でストーンズのコピーバンドすれば良かった・・・。

シカゴ郊外の野音へストーンズの Steel Wheel Tour 観に行きました。朝から出かけ、駐車場でバーベキューやって、ビール飲んで、ギターとブルースハープでギグって(「葉っぱ」やってる人もたくさんいましたが・・・)いっぱい遊んで、ようやく夜になりました。まったくアメリカの野外コンサートは大人のピクニックです。前座を経てストーンズがステージに現れたのは9時をとうに過ぎた頃。あとは深夜に至るまでミック・ジャガー、キース・リチャードという、比類なきロックの魂に酔いしれました。今まで、良いロックコンサートはたくさん観てきましたが、この夜にまさるものはありません。誘ってくれたシカゴの西さん本当にありがとうございました。

フォークロック千夜一夜「ビーチボーイズ」2002年10月10日

最近、maiKや愛内りなの一味(?)がカバーアルバム出しました。チューブもサザンも勝てない、永遠の「夏」バンドです。高校生の頃、山本トミアキ君に教えてもらったのが聞き始め。当時は、大滝詠一や山下達郎、チューリップなどによるカバー曲ばかり聴いていたような気がします。自分のバンドでコピーしたことはありませんが、あの明るいハーモニーを一度きちんとやってみたいです。そういえば、アカペラユニット「うーうーうー」で「 Barbara Ann 」をやったいて、ドゥービーズの連中に誉められた覚えがあります。

シカゴ郊外でコンサートを観たことがあります。カール・ウィルソンはすでに他界し、メンバー全員が立派な爺さんでしたが、とにかく明るく楽しいライブでした。マイク・ラブはピンクのスパッツ姿(!)ステージの左右にはビキニやミニスカート姿のカリフォルニア・ガールズが躍り、直径3mのビーチボールが客席を跳ね回る、といった具合。「 Surfin’ USA 」「 Fun Fun Fun 」「 Good Vibration 」・・・まさにヒット曲の連続で、観客全員がニコニコ笑顔で会場をあとにするという、素晴らしいコンサートでした。

アメリカのTVで見たのですが、ビーチボーイズのメンバーとその家族や恋人が、ファイヤストームを囲み、ギターに合わせて過去の曲をハモる企画があって、最近の技巧に凝ったハモネプの緊張感とは違った、楽しいハモリの世界がありました。「くわいやぼーいず」のメンバーと、お互いお爺さんになってから、こんな付き合いかたをすることが夢です。

フォークロック千夜一夜「ボストン」2002年10月09日

初めて「 More Than a Feeling 」を聞いた時は、正直いって「とってつけたような」曲構成やギター・リフがダサく聞こえ、MIT卒の秀才トム・シュルツといえども、西海岸のドゥービーやイーグルスには絶対に勝てないな、と思っていました。アルバムB面の「 Rock’n Roll Band 」「 Smokin’ 」は音楽史に残る名ハード・ブギですが、全体にプログレ的な曲が多く、たいして好きではありませんでした。(すみません、プログレ苦手なんです・・・)

この評価が一転変わったのは、2枚目「 Don’t Look Back 」を聞いてからです。タイトル曲もいいのですが、何よりも「 A Man I’ll Never Be 」です。こんなにせつなく心に染みるロックは聴いたことがありません。そして3枚目。シカゴに留学する時、まさに伊丹空港へ向うタクシーのラジオで偶然「 Amanda 」を聴き、2枚目以降8年ぶりであったにも関わらず、間違いなくBostonの新曲だと確信し、シカゴ到着後すぐにCDを買ったのでした。

バンドで演奏したことはありませんが、PSSの時「バブショ」というバンドで稲垣が何曲か歌っていました。「 Amanda 」はELSシカゴ校の余興で福田コウイチ君と松本七恵の3人で演奏しました。コウイチ君は、子供の頃から鈴木メソッドで音楽を学び、プロのになるべくバークレー音楽学院に進学した腕のいいギタリスト、七恵は(音痴でしたが)英語は上手いし度胸はあるし人気者でした。練習は寄宿舎「リンダマン・ホール」階段踊り場にある部屋で夜遅くまで頑張りました。ウィノナ・ライダーの「 Boys 」を観て思い出したのですが、寄宿舎は男女で階が別れていて、夜9時以降は階ごとの相互訪問( Intervisitation )が禁止されていたので、見つからないようにヒヤヒヤしながら練習したものです。

学生時代に一度、大阪のフェスティバルホールでも観ましたが、その後シカゴ郊外のポプラ・クリークという野外で観たコンサートは最高でした。ボーカルのブラッド・デルプとギターのバリー・グッッドロウが脱退したあとでしたが、新ボーカルは元エアプレイのトミー・ファンダーバーグ、そして新ベーシストのデビッド・サイクスもトミーに負けない美声の持ち主で「 Cantcha Say 」のイントロ部分のアカペラは全身の体毛が逆立つほど美しかったです。アメリカのエンタテイメント界は、実に裾野が広く、奥が深いです。

フォークロック千夜一夜「TOTO」2002年10月08日

もう完全にベテランの域ですが、私がすでに音楽を始めてから出てきたバンドであり、その初期からよく聞いていました。もともと凄腕のセッション・ミュージシャンの寄せ集めですが、楽曲の素晴らしさ、アンサンブルとしての完成度、ライブのノリ、すべてが超一流です。(もっとも初来日ライブの時は、ボビー・キムボールが全然声が出なくて、非難ごうごうでした。それがきっかけか?一時ボビーはグループを離れていました。)

実際にコピーして演奏したのは、PSS卒業直前に中島晋と稲垣とのトリオでスタジオでやった「 Live for today 」一曲だけですが、もともとTOTOのメンバーが参加している曲やセッションはたくさんあります。なかでも、デビッド・フォスター、ジェイ・グレイドン、トミー・ファンダーバーグによるユニット「エアプレイ」は事実上アドバンストTOTO。PSS3回生の時組んでいたAORバンド「鴨2」で「 Stranded 」「 It’ll be alright 」を演奏しました。「鴨2」は、技術的にはまだまだでしたが、練習量に加え、アンサンブルを作るという意欲が最も高かった時期のバンドであり、当時のテープは今でも愛聴しています。

TOTOを実際に見たのは、94年頃ニューヨークのライブハウス。すでに西海岸や日本では人気バンドだったのですが、意外なことに、彼らにとってその時が初めてのニューヨーク。広い野外とかでなく、たかが200人程度収容のライブハウスですから、すぐ目の前でスティーブ・ルカサーやデビッド・ペイチの技を見ることができ、感動しました。また、ジェフ・ポーカロが他界した直後だったのですが、サイモン・フィリップスがジェフの霊に憑かれたような素晴らしいドラムを叩き、これも感動的でした。

スティーブ・ルカサーは、2年前にも松江で観る機会がありました。TOTOとしてではなく、ラリー・カールトンとのセッションで主要ライブハウスを回っていたのですが、ちょうど島根県民会館の30周年(?)企画で来松、天才2人による素晴らしいギター・バトルを聴かせていただきました。守谷刃物の中村君と一緒にいったのですが、事前の打合せもしていないのに、二人とも「ロックを聴くならコレ!」と皮ジャンを着ていったのには笑いました。

フォークロック千夜一夜「ユーライア・ヒープ」2002年10月07日

60年代後半〜70年代にかけて、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンらと肩を並べるブリティッシュ・ハード・ロックの雄でした。その後もメンバーチェンジを重ねつつ、東独やロシアなどの共産圏で演奏したりと、結構息長く頑張っていたバンドです。渋谷陽一の言う「いわゆる農耕民族タテノリのリフ」が得意なバンドですが、ファルセットのコーラスワークと、ミック・ボックスのワウファズギターの音色がおどろおどろしく、当時のハードロックの様式美を見事に体現していました。

ユーライア・ヒープとの出会いは、松江北高学園祭の「音楽の集い」で、先輩が演奏するのを聞いて。吉田勧さんのドラム、吉田順道さんのギター、そして母里ケンのボーカルとアフロヘアがカッコよくて、当時のバンドFASTでコピーしました。実際に私達が演奏したのは、「 Easy Livin’ 」「 Look at yourself(対自核)」の二曲だけでしたが、他にも「 July Morning 」「 Sweet Lorain 」「 Who needs me ? 」など名曲は多いです。そういえば、後に「 Rock’n Roll Medley 」をパンプキン・ライブで演奏しましたし、「 July Morning 」 もPSSで林さん深田さんたちと演奏したような気がします。(誰かテープ持ってない?)

ファルセットのコーラスが参考になりましたが、何よりもベーシスト、ゲイリー・セインのプレイが大好きでした。しっかりとリズムをキープし、ベーシストとしての仕事をこなしながらも、トリッキーで主張のあるフレーズが新鮮でした。ライブ中の感電事故がもとで若くして他界したのが残念でなりません。
フォークロック千夜一夜「ちゃんちゃこ」2002年9月25日

これはかなりマニアックです。最大の(唯一の?)ヒット曲は「空とぶ鯨」。なんとも不思議なフォーク・デュオでした。初期の姫野さんのように舌足らずの