ひとこと(2001年9月〜12月)


ネットの功罪 2001年12月31日

2001年の最後に読んでいる本2冊。
マガジンハウス「世界がもし100人の村だったら」
文芸春秋「2ちゃんねる宣言〜挑発するメディア」
いずれもネットに関係のある、話題の書です。

「2ちゃんねる」とはインターネット上の巨大掲示板。匿名性からくる、過激で無責任なカキコミ内容から「便所の落書き」と言われることもありますが、300万人のユーザーが訪れる人気サイトで、マスコミや社会に与える影響も大きいようです。

読んでいて意外だったのは、サイト運営者の西村博之氏がそれほど過激でなく、真面目な青年であったことです。彼自身はプロのクレーマーでもなければ「オマエモナー」「逝ってよし」と無責任なカキコミを繰り返すタイプでもなさそうです。

発言の自由を奪ってしまってはネットの発展を阻害するだけではなく世の中の風通しが悪くなるので反対です。雪印乳業の大阪工場以外でも杜撰な衛生管理が行われていた事を初めて取り上げたのは「2ちゃんねる」だったそうです。ただあまりにも悪質でしつこい内容のカキコミが目についていただけに、サイト運営者が常識人であったことに少し安心しました。風評被害の発信源や流通経路になりうる危険なメディアであるだけに最低限の自制は必要だと思います。

西村氏いわく、「嘘なのに本当のように」「相手が怒るように」「ネット上で話題を呼ぶように」書く『煽り』とよばれる情報は、ある程度は広まるものの、最終的に誰かが「ソースは?」と確証をもとめ、誰もこたえられない瞬間から広まらなくなる、とのことです。

私もこの1年間、インターネットHPを通して様々な情報発信を続けてきました。ほとんどの読者の皆様にはtobyが誰なのか「ばればれ」なのですが、それでも匿名性を通す事で、普段言えないことを表現し、ものごとの本質を追いかけようと心がけたつもりです。ただ目指したいのは「2ちゃんねる」ではなく「世界がもし100人の村だったら」の暖かさです。

地方VS都市 2001年12月27日

ある地方公務員さんと意見交換したのですが、見事に「守旧派」「抵抗勢力」的なご意見をお持ちの方で面白かったです。

「東京の人は自分達の納めた税金が地方に流れていると言うが、地方に配分されているのは国税だけで、地方税はすべてその地方で使われているという事実を知っているのだろうか?」
「東京に本社を置く企業が多いので東京都税は多く集まるが、その源泉の多くは地方にある工場や支社が稼ぎ出した儲けである。」
「東京に住む学生達が落とすお金(と消費税)の源泉は地方に住む両親の仕送りである。」
「大阪は東京をまねしたから失敗した(?)」・・・・・
もう言いたい放題でした。

東京だって一地方です。島根の「浜田道」だけでなく東京湾の「アクアライン」だってアホな道路です。東京にも意味なし箱モノがいくつもありますし、東京の三セクだって破綻しています。一人当たりの行政支出額は地方のほうが圧倒的に多いわけですが、その代わり東京は民間による大規模なインフラ整備がなされています。いい加減に不毛な「内戦」はやめて、本当に幸せな暮らしを皆なで考えませんか?

CHRISTMAS IS TIME FOR GIVING 2001年12月24日

クリスマスです。

銀座へでかけましたが最後のクリスマスショッピングに忙しい人々に圧倒されました。松屋のルイ・ヴィトン前には60分待ちの行列までできていて、まるでTDSのようでした。スターバックスの2階でカプチーノ飲みながら街行く人々を眺めていたのですが、一緒にいた「うーうーうー」の佐野や小松が「ぜんぜん不景気らしくないですね」とコメント。

バブル期に不動産価格が高騰して家を買うことをあきらめた人々は高級外車を買いました。テロ後海外旅行を控えている人々は国内旅行やブランド・ショッピングに目を向けているのです。その海外旅行もそろそろ価格がもとに戻りつつあるようですし、アメリカのクリスマス・ショッピングも案外健闘しているようです。でも大量生産・大量消費に時代は絶対に戻ってきません。目先の動きに惑わされてはまた地獄に逆戻りです。

もともと日本の個人は蓄え(ストック)があるので今年のクリスマス消費が落ちないのは当たり前。これから来年にかけて金融機関不良資産の償却(企業倒産)や金融機関自体の破綻が増加すれば、個人ベースでも収入(フロー)が落ち込むことは十分予想されるわけで、むしろ来年のクリスマス商戦は大変な苦戦になるのではないでしょうか?

CHRISTMAS IS TIME FOR GIVING...

せっかくの3連休でしたが松江に帰ることができず、家族に何もしてあげることができませんでした。(してあげるどころか、家族より先にTDSに行ったことで「超むかつく」なんてメールが次女から来ていました。来年は一緒に行こうね!)I'LL BE HOME FOR CHRISTMAS なんて曲が胸に染みます。I'LL HAVE A BLUE CHRISTMAS WITHOUT YOU の心境です。年末年始には帰省して、自分の気持ちと時間のすべてを家族のために費やすつもりです。

CHRISTMAS IS TIME FOR GIVING...

3連休のあいだ私は与えられ続けてきたように思います。ライブを通して久しぶりに音楽の楽しさを思い出させてくれた矢田くん、聞きに来てパーティーを盛り上げてくれた社宅の若い連中、そして松江から来て3日間遊んでくれた「うーうーうー」の連中。本当に嫌な出来事が多かった2001年の最後に、素晴らしい友達が素晴らしい時間を与えてくださいました。高揚と安らぎ、笑顔と豊かな心、そして明日へ向かう勇気を頂きました。私はクリスチャンではありませんが、素晴らしい仲間と家族のために今夜は一人静かに祈ります。皆様にとりまして、昨日よりは今日、今日よりは明日が、ほんの少しだけでも良い日になりますように。心から感謝をこめて。メリー・クリスマス。

忘れていました。ミッキー・マウス、あなたにも心から感謝します。また会いに行きますね!

ディズニー・マジック 2001年12月23日

東京ディズニーシー(TDS)へ行きました。

一言でいって東京ディズニーランド(TDL)とはまったく違う大人のリゾートです。園内をディズニーキャラの被りモノがうろうろしているわけではなく、次から次へアトラクションを求めて走り回るわけでもなく、ゆったりと楽しめる一日でした。(それでも死ぬほど歩きましたが・・・)人ごみは覚悟していたのですが、派手なクリスマス企画満載のTDLに家族連れやカップルが集中したのでしょうか?予想していたよりはずっとゆったりと楽しむことができました。

体験したアトラクションは、
海底2万マイル
センター・オブ・ジ・アース
インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮
マーメイドラグーン・シアター
の4つ。マジックランプ・シアターを楽しむまでの時間はありませんでしたが、準備も事前学習もなく行き当たりばったりのわりには上出来ではないでしょうか?

海底2万マイルはフロリダやLAのモノとは全然違う、よくできたライドで感心しました。2時間並びましたが十分満足です。
センター・オブ・ジ・アースの迫力は私の表現力ではうまく伝えられません。ぜひ一度、それも夜になってから乗ってみてください。暗闇から飛び出した瞬間目に映る光景の美しさは、これぞディズニーマジック!です。うーうーうー小松は下ばかり見ていて何もわからなかったそうです。ファストパスを取っていたので、待ち時間無しで乗ることができました。
インディ・ジョーンズは映画3部作の美味しいところ総集編みたいで楽しめました。最初1時間並んだところで安全装置トラブルのためいったん中止になりましたが、夕方再挑戦して乗ることができました。
マーメイドラグーンは人魚姫アリエルを中心にしたミュージカル。人形が素晴らしい出来で大人も子供も十分に楽しめる内容でした。

昼はミステリアス・アイランドで中華、夜はメディテレーニアン・ハーバーでイタリアン。いずれも及第点でした。園内の従業員、ギフトショップのレジ係等TDLに比べると人数が少なく対応レベルも低いようでした。夢を壊さない程度に運営してくださいね。

TDSは絶対に夜です。メディテレーニアン・ハーバーの美しさはまるで笹倉鉄平の作品を見ているようでした。かなり照明を落としてある園内を歩いていると、フロリダのエプコットセンターでまだ幼かった長女Iみがはしゃいでいた様子を思い出しました。アラビアン・コーストのモスク越しにみえる夕焼けは日本の景色とは思えませんでした。そして極めつけは夜9時からのショー、ディズニーシンフォニーです。それまでTDLでお子ちゃま相手の仕事が忙しかったのでしょうか?ミッキーマウスがようやく駆けつけてきて、湖の真ん中で「魔法使いの弟子」のコンダクターを演じてくれました。ミッキーのタクトにあわせて湖のあちこちから上がる水しぶきと花火と美しい照明、美しい音楽にあわせ火山も大噴火、これぞディズニー・マジックです。ぐいぐい引き込まれ最後はみんな思わずミッキーに手を振っていました。

昨日からの疲れもあったのですが本当に楽しかったです。久しぶりに頭の中が空っぽになって子供に返ることができました。TDS文句なしで最高です。いつかはミラコスタに部屋をとって自分の部屋からディズニー・シンフォニーを見たいものです。

ケイゾク 2001年12月16日

NHK「北条時宗」総集編を放映しています。いつの間にか最終回を迎えていたのですね。どうも連続ドラマは昔から苦手で、最後まで全エピソードを観たためしがありません。ところが長女Iみは「北条時宗」の大ファンで一年間通して一度も休まずに観たようです。今年の1月頃には「どうせ、途中であきらめるだろう」とからかっていたのですが大したものです。(もっとも彼女の目的のひとつは時輔役の渡部篤郎のようですが・・・。)

そういえば「北条時宗」、夏までは松江の自宅で家族と一緒に観ていたのですね。あれから5ヶ月。短いようもであり、長いようでもあり。

直接金融と間接金融その2 2001年12月11日

近々株式上場する某企業の財務担当者と話しました。上場してしまえば、株式を印刷して販売することで資金が集められるので、銀行からの借入はあまり必要なくなるはずなのですが、「引き続き取引をお願いしたい(=これからもお金を貸してくださいね!)」との強い要請がありました。世間の株価水準が安くて思うように資金が集まらないせいもあるのですが、財務担当者が資金調達のパイプや手段をしっかり確保しておきたいと考えるのは当然のことです。昨日書いた「証券化」のトレンドばかりではなく、実は伝統的な融資も社会は必要としているのです。

直接金融と間接金融 2001年12月10日

東京における金融のトレンドとして「証券化」「債権流動化」があげられます。企業は銀行借入でなく社債を発行して直接市場から資金調達し、土地や売掛金など売れるものはみな流動化(利益確定の売却)してしまいます。期待される銀行の役割は、融資金の「貸し手」→債権の「機関投資家」に変化しているわけです。銀行は、こうした市場の変化に対応するため、自らの営業体制や体質を変化させていく必要があるのですが、伝統の技を伝承することしか能のない邦銀はまったく付いていけず衰退の一途です。

特に地方銀行の場合、営業基盤である地方において引き続き伝統的融資が主流であるため、地元の経営陣が東京の事情を理解できないという苦しみがあります。実はこの問題を解決するいい方法があります。当HPの読者には、全国の地方銀行の方々がいらっしゃるのでここで開示はしません。何年かたってわが社の東京オペレーションがマスコミで報じられるようなことがあれば「ああ、tobyさんやったね!」と微笑んでください。

10代の才能 2001年12月09日

いまさらですが、宇多田ヒカルってすごいですね。歌声や曲作りのセンスはもちろんですが、何であんな詩がかけるのでしょうか?「 First Love 」もいいですが「 Addicted to you 」が最高です。こんな微妙な気持ち、ちょっと「ややこしい恋(?)」をしていれば感じることはあっても、こういう形で詩にあらわすことはなかなかできません。

長女Iみも年が明ければ15歳。宇多田とほとんど同じ世代です(ミニモニとも同じ世代ですが・・・)。身長はすでに母親を追い越し、考え方も行動も随分としっかりしてきました。きっと目に見えない部分においても十分に多感でいて、いろいろなことを考え、悩んでいるのでしょうね。次女Kみだってもう10歳、学校の外では一人前のミュージカル子役として大人に混じって頑張っています。

単身赴任の父親として、子供達の日々の些細なことがらを共有共感することはできません。せめてこの日記帳を通して世の中の出来事に対して父親がどう向き合い、悩み、行動しているかを見て参考にしてもらえればいいなと思います。

松本七恵 2001年12月08日

宇多田ヒカルがMTVアンプラグドで自らのヒット曲に加えてU2「 With or without you 」を歌っていました。いまどきの18歳にしては渋い選曲です。今から14年前シカゴの語学学校ELSで日本人3人ユニットを組んで校内で演奏しましたが、その時も当時やはり18歳であった七恵が「 With or ... 」を歌いました。宇多田にしろ七恵にしろ18歳の少女が、これほど難解で内省的な歌をいったいどんな気持ちで歌うのか興味があります。私が18歳の頃なんてPOPEYEを読み、桑田やユーミンの曲をコピーして、ひたすら明るく軽かったように思います。宇多田を聞きながら、宇多田に決して負けない才能と感性を持ち、努力家でもあった七恵の瞳を思い出しました(歌は音痴でしたが・・・)。最近連絡とっていないけど、いまでも世界のどこかで頑張っていることでしょう。そういえばギタリストのコウイチ君は元気なのでしょうか?

景気回復 2001年11月28日

元役員のおじいちゃんとお食事をご一緒したのですが、いまの景気の話になったとき「(以前に比べて回復が遅いだけであって)景気は必ず循環している。いままでのように一生懸命頑張れば大丈夫!」と自信たっぷりに言われたのを聞いて唖然としました。企業経営の第一線を引いて何年もたった先輩のご意見であり、多少現状認識のズレはあるにせよ「最近まで、私達はこの人についてきたのか?」と恐ろしくなりました。

昨日聴いた講演でもあったのですが(バブル期のような形での)マクロレベルでの日本経済の回復は絶対にありません。政府や日銀が何をどうしようと本質的な解決はありえません。来年以降米国経済が持ち直したとしても日本にとって好ましい形の回復が付随するとは思えません。(むしろ本格的なスタグフレーション:不況下のインフレーション、が起こる可能性があります。)

狂牛病対策ではないですが、個人も企業も自分の責任と判断で身を守る時代です。その延長がマクロ(統計)での繁栄であり、幸せな社会につながるのだと思います。(隣人への思いやりは忘れずにね!)

デフレの正体 2001年11月27日

朝日新聞編集委員氏の講演を聴いて。

2年前シアトルで開催されたWTO総会が会場内外のNGOによる反対で議事進行できなかったことに象徴されるように、「『米国主導のグローバル自由主義経済』vs『発展途上国』あるいは『環境重視の欧州諸国』」という図式が明確になってきているのだそうです。なるほどなるほど。ファストフードに対しイタリア人が提唱する「スローフード」もそういう動きのひとつなのでしょうね。

現在のデフレを「進みすぎた経済成長の調整、あるいは物価の正常化」という意見にも賛成だし、高い経済成長率だけを追い求めてきた従来の考え方を戒める発想にも納得できました。

ただ、なかば冗談で使っておられた「米帝」という言葉や「米国は全員『自由と平和とグローバル化』を求めブッシュを支持している」という発言には???でした。多くのアメリカ人が「なぜ米国はこれだけ嫌われるのだろう?」と疑問を抱き始めているわけであるし、外国に対する干渉に公然と反対するアメリカ人も出てきているのですから。安易に「くくる」ことがないようにしましょうね。

中小企業のニーズ 2001年11月26日

当HPに何度か登場しているRK内藤君とお食事。彼の仕事は簡単にいえば「産官学の本気インテグレーション」行政による形だけのTLOとは比較にならない柔軟な発想とフットワークで頑張っています。起業したばかりの内藤君になぜそんなことができるのか?それは彼が「産」「官」「学」それぞれのニーズをよく知っているからです。

そんな内藤君自身にもニーズがあります。資金です。本社は地元松江市においているのですが、顧客および知恵袋である大学の先生は全国にいらっしゃいます。少なくとも月の半分は東京での活動になりホテル代もばかになりません。

しかたなく住まいとして御茶ノ水にマンションを借り、東京オフィスは新橋にある島根県のビジネスセンターに入居することにしましたが、決して安くなく立地も彼のビジネスには不便だそうです。(誰にとってもそこそこ便利なロケーション、実は誰にとってもかなり不便なのです。大阪ビジネスセンターも不人気と聞きました。)いっそ御茶ノ水マンションを宿舎兼東京事務所にして、家賃を県に補助してもらうほうがずっとましです。ついでに言えば東京−島根の交通費実費くらい県が負担してもいいと思います。

なんで行政が一私企業にそこまで?と思われるかもしれませんが、彼を含め多くの企業は地元島根に本社を置き、市場を求めて東京や大阪へ一生懸命通っているわけです。存立意義の小さい「箱もの」を造るよりも、将来地元で大きく雇用を伸ばし、税金を落としてくれるであろうベンチャー企業の、いま必要な経費実費を補助する施策のほうが、よほど実態に即した産業振興だと思います。

夢のおわり 2001年11月22日

昨日記者発表したのですが、わが社のNY支店を来年閉店することになりました。9月11日の同時多発テロで物理的な営業拠点を失ったことは致命的でした。今後、業務の中心であった米債投資は東京で、情報発信業務はNY駐在員事務所でそれぞれカバーすることになります。再度NY支店に赴任して本格的な情報発信&コーディネーション業務をすることは私の大きな夢で、その目標に照準をあわせ自分の感性をシェイプしてきただけに残念です。

以前このHPにも掲載しました(6月頃のオピニオン参照)が、NYと東京、東京と地方の情報格差は技術革新のおかげでかなり縮まったわけですが、メディアで報道される情報の持つ真意とか触感みたいなものが伝わるにはまだまだ時間がかかっているのが実態です。

最近、会社のイントラネットを使って「東京早耳情報」を行内向けに発信しています。「主観もバイアスも付加しない、裏取りさえしない(したがってガセも含まれる可能性のある)情報」であることを断ったうえで、すでに第4号まで発行しましたが、少しずつ反応がでてきました。(最初から「ガセも入っているよ」なんて、従来では考えられないタイプの情報を社内で共有できるようになったのはネットのおかげですね。)当分はこんなことを続けながら、次の夢を探していきます。

狂牛病の話その2 2001年11月20日

一斉検査が完了したわけでも、安全性が確認されたわけでもないのに、牛肉を給食に使わない学校を非難したり、スーパーで「安全です」のチラシを配る業者や政府が許せません。人の生命を何だと思っているのでしょうか?

マスカラの成分にはなんと「牛の脳」が使われているのだそうです。数年前のイギリスにおける狂牛病騒ぎの際、大手化粧品メーカーA社は、「牛の脳」の使用を断念し、すべて「豚の脳」に切り替えたそうです。一方「豚脳」への転換を怠っていた大手化粧品メーカーB社は今回の和製狂牛病騒動で大慌て。何を勘違いしたのか、大物政治家C氏を動かしてマスコミに発表しないよう厚生労働省に働きかけたのですが、坂口大臣はそれを一喝!全部公表してしまいました。アホな牛肉喰いパフォーマンスは困り者ですが、さすがは坂口さんです。

A社、B社、C氏が誰か?については週刊誌で報道されたようですし、厚生労働省HPにも実名入りで掲載されているそうです。どうしても知りたい人はメールください。それにしても、牛にせよ豚にせよ、脳の成分を睫毛にぬりたくるという行為は、いかに美しくなるためとはいえ気色悪いですね。

(この日記の翌日、国内2頭目の狂牛病が発見されました。当然に3頭目も4頭目もいるのです。「もういない」といって隠すのではなく、すべて明らかにして真の感染ルートを特定することが大切なのです。)

いい話 2001年11月19日

気持ちい〜!

帰りの電車の中、私の前にいたお母さんと4歳くらいの男の子が上野で降車するときの出来事です。立ち上がった二人のあとに小さな熊のぬいぐるみ・・・
「忘れ物ですよ!」
「あ、すみません」お母さんは熊を拾って降りていきました。

ここまでならどこにでもある話なのですが・・・
ホームに降りたお母さんが、車内の私に向かって大きくおじぎをしたのです。
私も思わずおじぎし返すと、今度は男の子が大きくバイバイ。
私もまたまた小さくバイバイ・・・
なんだかすごく嬉しくて上野から松原団地までず〜っとニコニコしてました。事情のわからない周りの人からすれば随分と気色悪いおっさんだったことでしょう。あ〜嬉しくて、気持ちい〜です。

明日は今日よりも親切になりたいです。裏切らることも多いでしょう。でも「Mastery for Service」です。結局、個人レベルの「何とかしなくちゃ、before it's too late 」って、きっとこんな小さなことの積み重ねなのでしょうね?

学生スポーツ 2001年11月18日

近所の獨協大学グラウンドで関東学生アメリカンフットボウルの公式戦を観戦しました。

公式戦といっても3部リーグなので入場料は不要、スタンドもないのでグラウンド横で立ったままでの観戦、観客も関係者や家族を中心に30人程度だったでしょうか?青い空、流れる雲、色づいた木々、グリーンベイパッカーズそっくりの美しいユニフォーム、キッカー/パンターも兼ね一人で大活躍のRB、意外とレベルの高いチアリーダー・・・ゆったりと気持ちの良い午後でした。大きなスタヂアムに何千も何万も観衆を集める一部リーグの試合もいいですが、学生スポーツらしい「なごめる」雰囲気もいいものですよ。ちなみに獨協大学は今日の勝利で全勝優勝、3部リーグを制しました。来シーズンはたくさんの観衆の前でプレーするのかもしれません。(後日談。残念ながら獨協大学は入替戦逆転負けでした。)

Christmas is time for giving 2001年11月16日

会社の近所の高島屋へ行きました。クリスマス・ギフトもいろいろと並び、ホリデー・シーズン開幕のようです。クリスマス商戦の本場であるアメリカがテロ以降ああいう状態で、日本も景気低迷・デフレ・失業・経営破綻に狂牛病と明るい話題がありませんが、やっぱり年末年始は心豊かに過ごしたいものです。

ディケンズ(でしたっけ?)の名作「クリスマスキャロル」の劇中に「Christmas is time for giving」というせりふがあります。テロで愛する家族が殺されたり、多額の住宅ローンを抱えたままリストラされたり、世のなかには自分より不幸な人がたくさんいます。今年のクリスマス、何かを与えるなんて大きなことはできなくても、自分の周りの人に対して昨日より少しだけ親切にできたら、少しくらいは明るい世の中になるのでしょうか・・・。知らず知らずのうち、スクルージ爺さんになってはいませんか?

年齢を重ねるほどに、関西学院の理念「Mastery for service(奉仕のための練達)」という言葉のもつ意味が大きく感じられます。

メディア不信 2001年11月13日

週刊現代誌で、わが社が、この8〜9月のあいだで最も預金の減少した地方銀行として報道されました。記事によると、ペイオフを前に「預金者が逃げた」銀行の代表なのだそうです。

うちの預金が減少したのは、生命保険会社や地方自治体などに対するあまりに市場感覚を逸脱した(個人顧客や企業からお預かりする預金に比べて異常に高い)金利の預金をお断わりした結果であって、なかには、本当に「逃げた」預金者もいらっしゃるでしょうが、現代の記事は99%事実を反映していないといえます。むしろ、そういう高い金利の預金を預かった金融機関のほうが、運用に困って苦労していらっしゃるのではないでしょうか?そもそもわが社の4〜9月の平均預金残高は前年を上回っているのです。単一の切り口で(たった2ヶ月の結果だけで)観測記事を書く報道姿勢にはあきれてものが言えません。

先日、週刊文春の元副編集長に聞きましたが、日経新聞など全国紙の記者でさえレベルの低下は著しく、まったく「裏」を取らない記事が平気で報道され、抱える訴訟も多いとのこと。われわれ一般市民は、情報の引出しをひとつでも多く持ち、自分自身で判断するしかないようです。

「冷静と情熱のあいだ」 2001年11月11日

映画「冷静と情熱のあいだ」観にいきました。あれだけ難解な原作を、わかりやすい良質のラブストーリーに仕上げてあり、お見事でした。それでもやはり難解なのは、あおいの心理。冷静であり続けることが悪いとは思いませんが、自分の気持ちも順正の気持ちも十分わかっていながら、何故嘘をついてまで一人になろうとするのでしょうか?絶対に付き合いたくないタイプです。一方の順正は原作ほどストイックでなく、スクリーンみながら自分を同化させやすいキャラで良かったです。

脇をかためるユースケ・サンタマリアと篠原涼子は抜群でした。ユースケはまさに今が旬、何をさせても輝いています。篠原涼子は、あんなにいい女だとは知りませんでした。2人とも原作のキャラを見事に乗り越えていました。

フィレンツェというのは本当に美しい街ですね。途中出てくるミラノや東京が顔をしかめたくなるくらい汚く描かれていたのと対照的でした。美しい映像と音楽だけでも観る価値のある映画といったらほめすぎかなぁ?

「冷静と情熱のあいだ」NG集
その1。1990年の東京をトヨタヴィッツが走っていた。
その2。ミラノの公衆電話であおいが泣き崩れるシーンで、手前は雨が降ってみんな傘さして歩いているのに、交差点の向こう側は晴れていた。

思い出 2001年11月10日

松江北高OB会である東京双松会総会に出席しました。最長老である昭和5年卒業の細田吉蔵氏以下70名ほどの参加でしたが、私は若い方から5番目、爺さん婆さんの会でした。

現在の校長である鞁島先生から、会の名称の由来で、学校のシンボルである校庭の双松が枯れてしまったとの報告がありました。NYワールドトレードセンターも同じですが、命あるものいつかは滅び、形あるものいつかは壊れます。寂しいですが仕方ありません。ただ、思い出だけはいつまでも生き続けます。

帰りにHMVで、先日亡くなられた相米慎二監督の「台風クラブ」を見つけ、買って帰りました。この映画で描かれている、思春期の行き場のないエネルギー、無意味な衝動、狂気にはいつも共感を覚えます。私にとって松江北高の校舎にはそんな思い出がいっぱい詰まっています。写真部の部室、学園祭のステージ、自転車小屋。全部取り壊されて存在しないのですが、それでも思い出だけはいつまでも生き続けます。

情緒 2001年11月6日(火)

システムインテグレーションのセミナーに行きました。パラダイムの大きく変化した現代の企業活動にとって、いかに「知財(特許などの知的財産権)」戦略が必要か、といった主旨。毎回内容はそう大きく変わりませんが、ますます絶好調の多喜節を聞いて元気がでました。

黒川伊保子コンサルタントの話もなかなかのものでした。「音相(音の響き、感じ方)と商標戦略」の話が中心だったのですが、彼女が88年に某発電所の図面検索システムを受託、構築した時の話は興味深いものでした。同システムの検索方法はコンピューターとの会話。キーワードや検索条件をコンピューター(女声でアニカという名前だそうです)に話しかけ、それにアニカが応えることで必要な図面を検索し特定するわけです。

当時としてはかなり進んだシステムだったようですが、いつも希望通りの図面が検索できるとは限らず、ある時、何度試してもうまく検索できなかった技師が、思わずアニカに向かって「こんなこともわからないのか!バカ」と叫びました。

黒川さんはあらかじめアニカに、もしも「バカ」といわれたら「ごめんなさい」と応えるようプログラムしていたのですが、使用頻度の低いフレーズであり深層メモリーに入れておいたため、アニカは「はい」や「いいえ」といった通常の応答よりも3秒遅く「ごめんなさい」と応えたのです。この微妙な3秒間が「バカ」といった技師の心に作用しました。なんと技師はアニカに向かって「悪い。俺も言い過ぎた・・・。」と謝ったそうです。

いい話でしょう?言語は「情報」を交換するだけでなく「情緒」も交換しているのですね。

地方自治体の首長 2001年11月5日

鳥取県の片山県知事が石原都政のホテル税構想に噛み付きました。まだ双方の思惑がよくわからないのですが、徹底的に議論してほしいものです。片山知事という人は元自治省官僚ですが、若い頃勤務した鳥取県が忘れられず、志願して総務部長として再度鳥取県庁で勤務、ついには自治省をやめて県知事にまでなった人。島根・岡山・兵庫といった近隣自治体と喧嘩したり、人事施策を通して県庁内を徹底的に改革したり、中四国知事会議は意味がないとボイコットしたり、派手な言動が目立つ人ですが、全国の知事の中でも3本の指に入る、優れたリーダーだと思います。鳥取県西部地震の直後、被災家族に対して直接補助金を支出するという、全国に前例はないけども実に心のこもった、そしてタイムリーな施策は見事としかいいようがありません。業界びいきの守旧派で、住民の幸せを考えているとはとても思えない、国鉄出身の某県知事とは大変な違いです。

業法 2001年11月4日

終日在宅、通信講座に取り組みました。

通信講座はコンプライアンスに関するものです。コンプライアンスというのは法令遵守と訳され、いままで法律をぜんぜん守ってこなかった日本中の企業で大流行しているプログラムです。とはいっても一社員が守るべきことは以前とたいして変わりありません。むしろ法律を守ってこなかったのは企業トップや経営陣の方々であったケースがほとんどなので、社内通達や朝礼でコンプライアンスの話がでても若手社員は醒めています。

そんな醒めた気持ちで通信講座のテキストを読んだのですが、案外面白かったです。そこここに出てきたのが「業法」という言葉。銀行員のもとにはお客様からいろいろな相談ごとがあるわけですが、例えば不動産の仲介を行ったり、個別の税金や遺産相続額についての相談に乗ることは、それぞれの専門家(不動産業者、税理士、弁護士)だけに認められた行為であり「業法(宅地建物取引業法、税理士法、弁護士法)」違反になるのです。

確かに無資格でエーカゲンな人が勝手にアドバイスや仲介をすれば混乱が生じるので、「業法」である程度の網をかぶせて保護する必要性は認めるのですが、銀行員などが行う簡単な相談ごとまで規制しなければならないのでしょうか?いずれもお金がからんだ相談事であり、お客さんが(最終的には専門家にお願いするにしても)まずは銀行に相談しようとするのは当然のことです。われわれも普段から税金や法律のことは一生懸命勉強しているわけで、お客さんに聞かれてお答えしないのは不親切に思えてしかたありません。(有資格者の権益を保護するのではなく)各業界のお客さんが利用しやすいように「業法」で規制すべき線引きを、少し世間の常識に近いほうに、ずらせるべきではないでしょうか?

(この日記に対していろいろな方から掲示板にご意見いただきました。)

ちょっとほのぼの 2001年10月26日

帰りの電車での話。九段下の駅で子供3人くらい連れた母親が乗ってきたので、座っていた私と、やはり隣に座っていた20代の女性の2人が立ち上がり「どうぞ」と席を勧めたのですが、「次の竹橋で降りるからいいですよ」とのこと。隣の女性と思わず目をあわせ(それじゃ座りましょうか)とかけなおしました。東京の地下鉄で見ず知らずの人で目で会話したなんて初めてのことです。たったそれだけのことでしたが、普段の車内があまりにも無機質で殺伐としているだけに、妙に嬉しかったです。

先日も、母親に抱かれてやんちゃを言い始めた女の子がいて、車内の誰もが「ああ、これから子供の泣き声で不快な車内になるな」と覚悟していたのですが、そばにいた40代の女性が、自分の持っている切符1枚で子供を上手にあやし、車内の空気を見事に救いました。ひとりひとりの、ほんのちょっとした心がけですよね。

本気でリスク対策 2001年10月23日

松江の我が家から車で30分の距離にある島根原子力発電所が、国内原発で初めてISO9001の認証取得したとのニュース。んむむ、姿勢と努力は認めますが、いくら品質管理に努めていても、従業員が核燃料バケツで移していたらどうします?テポドンや旅客機が突っ込んできたときに施設や近隣住民を守られます?コストと手間ばかりかかるISO認証よりも、もっと本質的なリスク対策を真剣に講じてほしいものです。この1ヶ月だけでもリスクの意味合いとカバーすべき範囲は何倍にも拡大しているのです。

本気で介護 2001年10月23日

従来は自治体や社会福祉協議会が「福祉」として行ってきた分野に、ニチイ学館やコムスンなどの民間事業者が「介護」として参入してきて数年たちますが、社会福祉協議会の高い市場シェアを崩すことができず、各社ともなかなか収益事業としてなりたたず苦労しているようです。「半官」である社会福祉事業団に比べサービスが劣るのであれば民間事業者の努力不足ですが、厳しい競争社会におかれ教育研修も徹底しているはずの民間介護事業者のサービスが「官」に負けることは理解できません。

例えば、要介護者の預金の出し入れや払込などの銀行取引を代行して行うサービスがありますが、ほとんどの都道府県で社会福祉協議会が銀行と契約して行っているのに対し、民間介護事業者は「顧客(要介護者)の財産には一切手をつけない」よう教育しているそうです。これでは民間は勝てません。勝ち負けというよりも、「介護」が「医療」と同じくらい当たり前の行為として世の中に拡がっていかない限り日本の高齢者社会に未来はありません。民間介護業者が何の不安もなく自由に事業を展開していくためには「介護事故保険」のようなものを創設し安心感を付加し、じゃんじゃん実行していくべきです。

モーニング娘。2001年10月22日

モーニング娘。の新曲「Mr. Moonlight」聞きました。つんく♂もそろそろ限界かな?

いきなり新人新垣のソロで始まり、おおっ!と思わせておきながら、あとは何のインパクトもない平坦なナツメロ。あれなら少女隊の「もっとチャールストン」のほうがずっといいです。前作「ザ☆ピース!」が歌謡曲史に残る名曲だっただけに残念です。

吉澤キャラの使い方はまずまず。いい味だしてます。脇をなっちとゴマキで固める構成も前作同様ナイスです。問題はあとの10人の使い方です。ソロも絡みもほとんど無く、カメラは新人を追いかけるのがやっと。「ザ☆ピース!」でソロとったばかりの石川も、ミニモニの3人も、そしてもちろん(?)リーダーも保田も、ただのバックダンサー、というよりほとんど背景の扱い。いよいよ始まったか?モー娘。の大量使い捨てリストラ時代!

学生アメリカン三昧 2001年10月21日

関東学生アメリカンフットボウル・リーグ戦を観にいきました。場所は、Jリーグ東京ヴェルディの本拠地東京スタジアム。草加の社宅から片道ゆうに2時間かかる小旅行でしたが、半日の〜んびりとフットボウル観戦しました。

まずは日本大学vs東京大学。今季も好調な東京大学が面白いように得点を重ね56対14と大差の勝利。かつてわが関西学院大学ファイターズをいじめ続けた、あの憎っき日大フェニックスの真紅のユニフォームが色褪せて見えました。なんだか寂しいですね。もう一度ショットガンに磨きをかけて甲子園をにぎわせてほしいものです。東大にしてみれば創部43年目で初めて日大に勝てたメモリアルゲームでした。

そして2試合目は、近年わが関西学院大学ファイターズをいじめ続いている、憎っき法政大学トマホークスvs今季絶好調の中央大学。当然中央大学の応援をしました。法政大学側のスタンドには応援団もチアガールもいませんでした。リーグ戦をなめているのでしょうか?相変わらず嫌なチームです。

1試合目とはうって変わり、完璧な守備ラインを誇る両校による、レベルの高い緊迫した試合でした。両チームともなかなかファーストダウンが奪えないじりじりした展開でしたが、強力RB白木を擁するうえ、7年連続の関東チャンピオンで試合の勝ち方を熟知している優位性は揺るがず、23対0で法政大学が勝利をおさめました。

そのトマホークス、最大の弱点はオフェンス。白木以外にボールを前へ運ぶことができるのはQBの桑野ただ一人。パスはまったく無力です。あれだけQBが走っては、ケガひとつでチームはガタガタになります。そのあたりを考えて試合を組み立てていけば今年の甲子園ボウルで関西学院が昨年の雪辱を果たすことは十分可能です。(その前にまず関西リーグを制しないといけないのですが・・・)

21歳の不安 2001年10月20日

阿佐ヶ谷美術専門学校に通っている姪御(ん?従兄弟の娘だから姪とは違うかな?)みず紀が原宿でイラストの個展を開いているので観にいきました。

326系のイラストもインパクトがありましたが、イラストの横にあるメッセージが結構良かったです。東京の片隅で髪立てて、大好きなイラストに一生懸命打ち込んでいる21歳の女の子の、将来に対する不安感とか、宇宙のなかではちっぽけな自分の孤独感とか、ああ、みず紀も一生懸命悩んで頑張っているんだね。

でも大丈夫です。先の読めない不安な時代だからこそ、しがらみや「くくる」発想をすることの少ない若者が強いのです。悩むだけ悩んだら堂々と胸を張って生きてください。

東京地域おこし 2001年10月13日

地下鉄日比谷線の車内が「寅さん」広告で埋まっています。TV東京(私はついつい「東京12チャンネル」と呼んでしまうのですが)が映画「男はつらいよ」シリーズ全48作品の放映権を買い取り、今月から放送を開始したのです。浅草を舞台にした同作品を大切にすることは「東京地元メディアの責任」との判断だそうですが、民間企業が地域のソフトを大切にしようとする姿勢は素晴らしいことですね。車内広告は番組の放映予定だけでなく、歴代マドンナのリストなど資料的に面白いものや、ファンの描いた寅さん似顔絵など楽しいものが多く、通勤の苦痛を和らげてもくれるのです。

破綻懸念先を育てろ! 2001年10月13日

かつて土木建設業の決算書の多くはなんらかの粉飾を施したものでした。赤字会社は公共工事の入札に参加することができなかったからです。責任ある会社に工事を発注しなければならない行政の思惑から業者の質(財務の健全性)に対する厳しい規制が設けてあったわけです。とはいえチェックや運用はかなり甘く、実際は赤字であった業者も公共工事から排除されることがなかったため、現在のような立派な道路や公共施設のインフラ整備ができたように思います。(かなり無駄なインフラも多いですが)

現在の、金融機関に対する不良債権処理など一連の当局規制を見ていると、この土木建設業に対する規制に通じる部分があるように思います。

金融機関が企業や個人に対して融資を行う場合、融資先の財務状況を徹底的に調査し「正常先」「要注意先」「破綻懸念」「破綻」などのランク付けをします。これを定期的に集計して銀行毎に融資全体の質(財務の健全性)を判定する作業を「自己査定」と呼びます。このこと自体は必要なことであり問題ないのですが、「破綻懸念先」以下の融資の場合、そのリスク量に応じて貸倒れ引当金を積む必要があり、銀行のコスト増のおおきな要因になっています。まもなく導入される新BIS基準に従うと、最悪150%(1億円の融資に対して1億5千万円の貸倒れ引当金!)を積まなければいけないのです。つまり、この自己査定に厳格に基づいて合理的に融資を行えば「破綻懸念先」以下に対する融資などできなくなるわけです。

ところが「破綻懸念先」には、ベンチャー企業をはじめとする財務的に弱いけど将来社会に必要とされる技術やアイデアを持っている企業、いま本当に資金を必要としている企業が多く含まれるのです。こういう企業に融資することは銀行の社会的使命です。

同時に「破綻懸念先」には、時代とのギャップが拡がり社会的役割を終えた企業や、放漫経営で市場から早く退場すべき企業も多く含まれています。つまり財務的に「破綻懸念先」だからといって厳格に対応するだけでなく、財務以外のフィルターを用いて選別した企業に対しても「(いい意味での)甘い運用」も必要なのです。これができないと5年後10年後の日本はひどい国になりさがってしまします。

クレジットカード 2001年10月10日

クレジットカードは恐い!というお話。何も「使い過ぎたら返済が大変だ」とか「取立てのおっさんが恐い」といった話ではありません。盗難カードにまつわる、実際にあったお話です。

クレジットカードを盗まれたAさんは、不正使用されないよう、すぐに発行会社に連絡しました。発行会社はすぐに無効カード登録をしたのでAさんは安心していたのですが、請求書(利用明細)をみて驚きました。盗難後、毎日のようにガソリンスタンドで給油などの利用があり10万円近い請求があったのです。

要するに、カード会社のオンラインシステムは抜け穴が多くて、無効登録をしてあってもガソリンスタンドや高速道路などではノーチェックで使い放題の状態なのだそうです。もちろん不正使用された分はカード会社に申し出れば、きちんと保険で払い戻されるそうですが嫌な話です。利用明細は毎月きちんと確認しましょう。

地域のリーダーシップ 2001年10月8日

島根県内の高速道路建設予定地で、県知事や県選出国会議員が参加しての鍬入れ式がありました。逆風下における地方高速道路の起工に際し、澄田知事は、特殊法人改革に伴う新規道路事業の凍結を唱える小泉改革を「不可解である」と評し、「(既定の高速道路整備計画の実現のため)着実に進むよう推進する」とコメント。

国鉄出身の県知事の発想の限界でしょうか?地域インフラ整備や地元建設業者支援のため新しい道路が必要なことはわかりますが、知事の努力で完成した浜田道(日本道路公団の失敗作としてしばしマスコミに登場)の反省を次の施政に活かそうとは考えられないのでしょうか?

世の中の仕組みとベクトルが変わっていることに気付かない、あるいは気付こうとしない知事にリーダーの資格はありません。

市町村合併問題においても同じです。総務省が「早急に合併を進めないと地方も国も破綻する」とメッセージを送り続けているのに、やっていることは勉強会の開催や反対陳情の受付ばかりで、県庁としてのリーダーシップが見えてきません。あれだけ永きにわたり多額の地方交付税を受け取りながら結局自立できなかった地方自治体なのですから、リーダーは一日も早く合併を進めることで低コスト体制へのリストラを進める責任があります。

冒頭の高速道路建設にかかる総工費は43億円なのでそうです。島根県版「あの金で何が買えたか」でも書いてみようかしら?

銀行の不良債権処理 2001年10月2日

銀行の不良債権処理について。

いま「ヤバイ」といわれている大企業30社リストなるものが話題になっています。(流通・ゼネコンなど有名企業満載ですが、実際にはリスト作成後すでに破綻した企業もあるので、残りは28社くらいなようです。)返済不可能な多額の借金を抱え経営の苦しいこれら企業がなんとかなれば、日本経済はかなり良い方向に軌道修正されるであろう、というのが竹中先生のお考えです。

「なんとかなる」方法は、すべてその企業に融資している銀行にかかっています。すなわち、
(1)借金の返済を強引に求め、その企業を倒産させる
(2)借金を棒引きして、返済を求めない(直接償却といいます)
(3)借金が返済されないものとして貸倒引当金を積む(間接償却といいます)
の、いずれかの方法によることになります。

企業にとっては痛みの少ない(2)(3)が望ましいのでしょうが、銀行にとってはいずれも収益が大きく目減りする辛い選択です。(1)にしたって企業が生きているからこそ資金が流通するわけであって、倒産してしまえば銀行の負担は莫大なものになります。しかも、今の銀行は儲けが少ないので(1)(2)(3)いずれの方法にしても、自力で「なんとかする」のは不可能です。

一番ありうるシナリオは、(3)の方法で銀行が引当金を積み増して、その結果赤字に陥った銀行の経営陣をぜんぶ首にして、その銀行の株を政府が買い取って銀行がつぶれないようにする方法です。企業の借金そのものは消えないので破綻リスクはそのまま残りますが、万一破綻しても銀行への影響は少なく金融システム崩壊を防ぐことが出来ます。んー、上手く行くのでしょうか?

600億円がチャラ 2001年10月1日

信じられないような話を聞きました。大和銀行とあさひ銀行の合併に関する話です。

両行とも多額の不良資産を抱え、株価も低迷し、合併するしか生き残る道がなかったことは皆さんもご存知の通りですが、大和銀行サイドには、どうしても合併しなければならない、もうひとつの理由があったのです。

大和銀行は、その経営責任を問われ600億円もの株主代表訴訟を抱えていましたが、驚いたことに、合併することでその訴訟がチャラになるというのです。大和銀行がなくなって、大和・あさひ両行の経営を束ねる大和ホールディングスという持ち株会社が誕生するわけですが、株主代表訴訟の原告(大和銀行株主)は、合併後大和ホールディングスの株主になるため、「大和銀行に対する株主代表訴訟の原告」としての権利がなくなるというのです。日本興業銀行も、富士銀行・第一勧業銀行と合併、みずほホールディングスを持ち株会社にすることで、いくつもの訴訟をチャラにできたのだそうです。もちろん民事で争うことは十分可能でしょうか・・・。

本当にそんなことがあるのでしょうか?仮にそうだとしても、そんなセコイことを考える無責任な経営者が許せませんし、そういう状況を容認する日本の司法制度が信じられません。

千と千尋の神隠し 2001年9月29日(土)

いまさらですが、やっと観にいきました。観客動員記録樹立の「千と千尋の神隠し」。

なんとも不思議な映画でした。ストーリーも情景もキャラ設定も、突拍子もない想像力の賜物。いいとか悪いとかを超越した不思議な展開で、とりたてて興奮することも涙することもなかったのですが、その画像にはぐいぐい引き込まれました。

カオナシのように何だかよくわからないキャラも含めて、登場する神様や「油屋」の妖怪たちの、わがままで切れやすく性悪な様子と、主人公千(千尋)の強さや純真さとの対比が中心テーマだったのかな?と思います。

なんとも懐かしい雰囲気のする建物や情景、油屋の庭にある花畑の美しさ、最近の日本のCGアニメのレベルの高さはたいしたものです。例によって韓国人クリエーターも多数参加していましたが、いい仕事しています。

手塚治虫のメトロポリス同様、あとからDVDでじっくり何度も味わいたい作品です。さびついた想像力のブラッシュアップ(?)にも使えそうです。

さよなら高橋さん 2001年9月28日

高橋さんは、やはりあの高橋さんでした。

ワートレのテロ事件で行方不明になり、本日死亡が確認された、米系ブローカー勤務の高橋さんは、やはり私の知り合いの方でした。新聞の写真に当時の口ひげはありませんが、本人に間違いありません。当時彼は1WTCの80階あたりにあった全信連NY支店のバックオフィス・マネージャーで、肩書きが私と同じだったので、時々情報交換、特にCD(キャッシュカードではありません。大口定期預金のことです。)発行した時はいろいろと教えていただきました。93年2月のワートレ爆破の時、下から非常階段を上がってきた高橋さんの顔は忘れられません。あの時は助かった高橋さんが、今度はだめでした。現地採用で、NYに、そして金融に身を捧げた高橋さん、安らかにおやすみください。合掌。

経験しなければわからない? 2001年9月26日

NYでは阪神大震災と同じ6千人強の方々が行方不明なのですが、被害と紙一重であった、わが社の若手社員でも、あの事件そのものを、会話の中で他人事に扱っていることに対して抵抗を感じます。私自身の思い入れが強すぎるのか?あるいは若い人達の、事件や悲しみに対する感受性が麻痺しているのか?戸惑ってしまいます。

テロでもサリンでも台風でも地震でも、経験した人しか本当はわからないのでしょうが、わかろうとする気持ち、あるいはリスクを真正面に捉える発想が、柔軟なはずの若い人達(しまった!くくっちゃった)には、ないのでしょうか?

あいと地球と競売人 in 川本2001年9月23日

家族で邑智郡川本町へミュージカル。「あいと地球と競売人」観劇にでかけました。車で片道2時間半、物好きな一家です。

好天に恵まれた3連休。途中立ち寄った県央のスポット「道の駅キララ多伎」「石見銀山ブラハウス松田屋」「香木の森」のいずれも、多くの観光客で賑わっていました。

ミュージカル「あいと〜」はこのHPで何度も紹介していますが、島根オリジナルの子供ミュージカルで、地球環境破壊を企てる妖怪にあいちゃんをはじめとする子供達が立ち向かうというストーリー。2年前の松江公演で次女このみが「あまだれ」役で出演して以来、我が家は全員「あいと〜」の大応援団です。オタクと呼んでいただいても差し支えありません。

川本公演は初めてなので心配していましたが、吹奏楽や大人のキャストについてはセミプロ級のツワモノを揃えており、なかなかのものでした。ただ肝心の子供達については、歌もせりふも踊りも学園祭の出し物程度のレベル。地元に劇団もダンススクールもないため、子供達の手本になるものがなく、全員がまったくの手探り状態であったことは同情できます。今日の舞台を契機に一人でも多くのやる気ある子供達が育てばいいですね。

キャストのレベルや舞台の制約を考慮して、松江公演と違った面白い演出が随所にあったのはさすが。あいちゃんが天使に召されるシーンではほろりとしましたし、最後に子供達が戦うシーンでは「掌に汗」でした。美しい挿入曲は何度聞いても最高です。東京から帰省してわざわざ川本まで出かけた甲斐がありました。

「日本人の犠牲者はいませんでした」 2001年9月22日

アルタシロで髪を切っていただいた時、担当の山本さんが言いました。「よく海外で事件や事故が起きたときテレビのニュースで『日本人の犠牲者はいませんでした』なんていうけど、なんか嫌ですよね。」

まったく同感です。日本人だけが助かればそれでOKなのでしょうか?心配している家族に対する外務省やメディアの責任として、日本人の無事を調べ報道する必要性は認めますが、まだ助かっていない、あるいは犠牲になった日本人以外の人や国に対する気配りの一言くらいはあってもいいと思います。日本「くくり」だけで終わらせるのは非情ですし、事件や事故の本質をまったく伝えない「良くない」報道姿勢だと考えます。

狂牛病その3 2001年9月21日

千葉県の堂本県知事は、国産牛肉の学校給食使用を取りやめた千葉県内の市町村に対し「風評被害につながるので慎重に対応してほしい」とコメントしたそうですが、安全宣言には程遠い現段階で「安全です」だなんてしゃあしゃあと発表する県知事の姿勢こそ風評被害以上に危険で無責任です。自分の命は自分で守りましょう。

狂牛病その2 2001年9月20日

考えれば考えるほど政府の狂牛病対策はやばいです。イギリスやEU各国政府も最初はかなりなめてかかっていたようですが、現在の対策は徹底しています。日本には2000年末まで動物性飼料が入ってきていたのですから現在飼われている牛のほとんどが感染の可能性を持つわけです。そのうえ今回の事件では、感染していたと思われる牛の骨肉で飼料を作るくらい現場は無知なのですから、当分国産牛肉は恐くて食べられません。

島根県知事は県内産牛肉の安全をはやばやと宣言したそうですが、そのような無責任なことでいいのでしょうか?狂牛病発症までの潜伏期間や動物性飼料の使用状況を考えると、もっと時間をかけ徹底的に調査すべきではないでしょうか。業者の不利益ばかり心配して住民の健康を軽視していると、O157問題、血友病HIV訴訟やハンセン氏病などと同じ悲劇を繰り返すことになります。

先日の畑村教授の講演で学んだのですが、労働災害が起こる確率を定義した「なんとかの法則(すみません、「なんとか」が思い出せません)」というのがあって、1つの大災害の影には、29の些細な事故があって、さらにその背後には災害にはいたらなかったけど「ひやりとした」事件が300もあるのだそうです。この「ひやりとした」経験を元にリスクを予兆して大災害予防を心掛ければよいのですが、人の心には悪魔が棲んでいて、経済性、損得、儲け、欲といった理由で大災害発生の可能性には目をつぶりがちなのです。

ゼロ・リスクまで求めているわけではありませんが、どうか、もう一度しっかり調査のうえ、自信を持って安全宣言を出してください。安心して美味しい焼肉が食べたいです。

関係ありませんが、牛の管轄は農林水産省で、牛肉の管轄は厚生労働省なのだそうです。国民の命に関わる問題でアホな縦割施政だけはしないでくださいね。

狂牛病その1 2001年9月19日

同時多発テロですっかり影が薄くなったけど、「狂牛病」まじにやばい気がします。あれだけ何年も前から話題になっていたのに、厚生労働省は「日本は大丈夫」を繰り返すだけで、肝心の病気の本質や対応策について、酪農家やJA、そして国民にまったく説明してこなかったように思えます。その結果がこれです。千葉県の学校給食では牛肉→豚や鶏へのシフト、あるいは国産牛から輸入牛への切替を決めたそうです。国民が納得できる政府説明があるまで牛肉は控えましょう。自分の責任で、自分の、家族の、友人の命を守りましょう。

生きている幸せ 2001年9月16日

谷川岳ロープウェイで天神峠展望台にあがりました。もちろんまだ紅葉には早かったのですが、息を飲む美しさでした。珍しく雲のかからない頂上の様子、壮大な一ノ倉沢、熊笹のいい香り、透き通った清流、すべてが一級品です。大自然の中に身体をおき、生ぬるい缶ビールを口にした瞬間「あ、幸せだな」と感じました。

たいしたことではないのです。命あって美しいものを見て少しだけおいしいものを食しただけ。ただただ今日生きていることが幸せだと感じられたのです。もちろんそうした気持ちの奥底に、NYや歌舞伎町における多くの人々の不幸が存在しているわけで、比較優位による擬似幸福感であることを100%否定することはできません。でも、本当の幸せというのはこういうものなのかな?と素直に感じられたような気がします。

地方都市におけるマイカル破綻の影響 2001年9月14日

大手スーパーのマイカルが民事再生法申請を行い、日経平均株価は急上昇しました。負債の整理が進み構造改革が進行するという連想なのでしょうか?前回の北海道拓殖銀行や山一證券のようなスケープゴートは何社か必要なのかもしれませんが、賃金や雇用といった基本的な部分の抜本的な改革が進まないうちに景気回復してしまうようでは、また将来同じことが繰り返されます。

地方におけるコストアップインフレが予想されます。会社更生法ですからサティやビブレの営業は続けられるわけですが、今後店頭にろくな商品が並ぶことはありません。量販による廉売ができなくなるため小売単価は上昇します。そして、もしサティが営業できなくなれば、地方都市における小売流通は大きな打撃をうけます。サティはこの10年間豊富な品揃えと徹底したマーケティングをもって地方の零細小売店を市場から駆逐してきたからです。いまサティが消えてしまえば、地方都市の住民は必要なものをどこで購入すればいいのでしょうか?

さよならワートレ 2001年9月12日

最後の一人の無事が確認されたのは午前1時ごろ。おかげさまでわが社は派遣行員6名、現地採用行員4名、ちょうど臨店検査中であった本店の検査部行員4名、そして富士銀行で研修中の行員1名の全員が助かりました。ご心配おかけました。電話やメールをいただいた皆さん、本当にありがとうございました。夜中は、社宅の一室が東京連絡拠点となり、松江の本社やNY支店行員宅などと連絡を取りあうことで誰もが忙しく、満足に電話にお応えできず申し訳ありませんでした。

TV画面に映し出される出来事は、あまりにも常識はずれで理解を超えていたせいか、不思議なことにテロリストに対する怒りとか、悲しみとか、そういった感情は湧いてきませんでした。ほとんど寝ずに早朝出勤したためか、午前中は頭がぼーっとして放心状態でしたが、午後になって感情が大きく揺らぎはじめました。

大手ゼネコンO社の担当者が罹災お見舞いに来店されました。同社のN専務が本当に心配している、とのメッセージで気づいたのですが、N専務とは当時同社のNY支店長。わが社のNY支店内装をすべて手がけていただいた方で、開店セレモニーでは頭取や初代NY支店長と一緒に薦樽の鏡開きまでしていただいたのです。開店日当日の晴れがましい光景を思い出した途端、支店内部隅々にわたる光景、毎日使用したディーリングボードや机や椅子、キャビネットのきずみたいなささやかなこと、同僚やお客さま、開店前の苦労やら大騒ぎした楽しい思い出が怒涛のように胸に蘇り、あっという間にあふれだしました。お客様の前でしたが、涙がひとすじこぼれました。

届けられた夕刊には、TVだけではよくわからなかった現場の写真が多く掲載されていました。中でも息を呑んだのは、崩落したワールドトレードセンターのピラー(外壁柱)がわずかに残って立っている写真です。毎日通い慣れ親しんだあの美しい建物が、このわずかな、でも特徴のある痕跡を残して、一瞬のうちに消滅してしまったことをあらためて見せつけられたショックは、とても冷静に書き表わせません。晴れた日のお昼には中庭でサンドイッチをほおばりコンクリートのベンチで寝転んでは二つの巨大な美しいタワーを見上げたものです。なくなって初めて気がつきました。私はあのビルが大好きです。私にとってワールドトレードセンターは苦労と誇りの象徴なのです。

さらに夕刊には、うちの社員を含む多くの日系企業駐在員の談話が掲載されていました。命がけで煙を避けながら非常階段を駆け下りる恐怖体験を読んでいるうちに、93年2月の寒い日の出来事を思い出しました。前回ワールドトレードセンターがテロリズムの標的になった地下駐車場爆破事件の日、私は84階の支店内にいたのです。ズンという振動と同時に停電、電話も不通になりました。昼間のことであったし、そのうち復旧するであろうと高をくくっていたのですが、廊下を煙が漂っていることに気づき全員で非常階段を降り始めました。非常階段は非常灯もついており、順調に20階ばかし降りたのですが、なんと下から顔なじみの全信連NY支店行員が上がってくるではないですか。「煙が濃くてとてもおりられない!」全員で迷った挙句、ビルの反対側にあるもうひとつの非常階段を降り始めました。煙はだんだん濃くなってきましたが構ってはおれません。携帯電話は通じず、いったい何が起こっているのかすらわからず、ただ黙って下へ急ぐ何千、何万の人々。それでも我慢強く歩いていくと、突然下から冷たい新鮮な空気が流れてきました。出口はもうすぐです。ところが今度は突然の停電。非常階段に悲鳴が響きました。足元も手元もまったく見えない状態で、全員が前を歩く人の肩につかまり、一段一段確かめるように降りていきます。やっとの思いで1階にたどりつき外へ出ると、今度は屈強な消防士が私の身体の上から覆い被さりビルの壁に押し付けます。何かと思ったらビルの上階から割れたガラスや壁面が崩落してきたのです。次々に襲い掛かる恐怖、煙の匂い、真っ黒な顔、悲鳴、寒さ、緊張感・・・。永らく記憶の底にしまい込んでいた嫌な感覚のすべてを思い出してしました。トラウマやPTSDの一種なのでしょうか?残念ながら、あの煙の匂いに象徴されるこれらの記憶とは一生付き合う必要がありそうです。

夕方、米子にいる妹が電話をくれました。今は東京にいて私が安全でいることはわかっているのですが、恐くて、心配で電話をくれたのです。妹の涙声を聞いているうちに昨夜からの感情の揺らぎ、NY支店開設時の苦労と喜び、ワールドトレードセンターへの気持ち、煙の匂い、そういったもののすべてが混然となって全身の毛穴から噴出してきました。電話を切ると同時に大声を出して泣きました。なんでこんなひどいことがあるのですか?

銀行のはなし その2 2001年9月6日

最近でこそ、入りやすい明るい雰囲気の店舗が増えてきましたが、やはり銀行って敷居が高いですね。私が最初に配属された店なんてすごかったですよ。道路より3段くらい高いところに入り口があって、支柱はエンタシスで、カウンターは大理石の一枚板で、天井は異常に高く、凝ったシャンデリアがぶらさがり、2階には立派な回廊があって、それはそれは前時代的で排他的な店舗でした。

店舗建物を見るだけでも想像できるのは、歴史的に銀行が「威張った」業種だったこと。産業界の、あるいは地域のエリートクラブの中心に祀り上げられた「鎮守さま」のような存在だったのでしょうか?それなりの自負を持って働いた当時の銀行家はともかく、現代のサラリーマン銀行員までもが「自分もエリートだ」なんて誤解をしていることは茶番です。

あなたの周りにいる20代のOLの財布の中身を見てください。武富士やアコムやアイフルのカードが、銀行のCDカードや各種会員証よりも大きな顔して収まっているのです。(私はそれほど見たことないのですが、そうなっているようです。)

消費者金融が悪いなんて思っていませんが、多くの若者があれだけ金利が高いうえ延滞者に厳しい「消費者金融」を選択して、実は安くてとっても便利な「銀行」のカードローンを利用しないのは、ひとえに銀行の敷居の高さが原因です。銀行で簡単にお金を借りられることを誰も知らないのです。そして、それ以前に銀行サイドが「若い個人顧客=グレー層、あるいは信用ゼロ」として、まったく顧客扱いしてこなかったのです。今ごろ一生懸命PRしたって手遅れです。

アイワイバンクや三和のモビット、ソニー銀行がどこまでやるのかな?勘違いの原因のひとつである「店舗」というものを持たない新形態の銀行がどれだけ消費者の当たり前の感覚をもって市場に受け入れられるのでしょうか?

銀行のはなし その1 2001年9月5日

99年2月に、初めて日本の銀行全体の貸出額を預金額が上回ったのだそうです。(地方銀行はそれ以前から「預金>貸出」だったのですが、メジャーな貸し手であったはずの都市銀行や信託銀行までそうなりました。)考えられる理由は、
(1)不況で企業の借入れニーズが減退した
(2)株安で投資妙味がないので資金が預金に還流した
(3)銀行が、不良資産(返済されない融資金)を大量に償却(借金棒引き)した
(4)銀行が貸し渋っている、などなど
どれも、それなりに当たっていると思います。

ただ(4)については、銀行ばかり悪者にしてほしくないな、という想いがあります。

銀行だって営利企業ですから、本当はなるべく貸出を増やして利潤を出したいのです。同時に地銀は地域金融機関として地元企業に対する貸出を増やすことで地元経済の活性化責任を負っています。だから従来は「んむむ、ちょっとこの会社やばいかな?」と思いながらも、積極的に融資していたのです。

ところが「BIS自己資本規制」と「自己査定」という2大「縛り」が銀行界に導入されたため、基本的に「バランスシートのきれいな会社」にしか融資できなくなってしまったのです。おかげで銀行の体力はそれなりについたのですが、本当に資金が必要な企業に資金がまわってこなくなったのです。100%行政の責任にするのは多少気が引けますが、銀行は貸し渋りを「させられて」います。

幸福論 2001年9月2日

1ヶ月も漂流して助けられた九州の漁師さん、すごいですね。最後の2週間は飲まず食わず、でも「朝起きたらまだ生きてる」「人間ってなかなか死なないものだな」のコメントは深いです。助けられた翌日にはユーモアたっぷりの記者会見に応じ、大好物の缶コーヒーをごくり。ああ幸福そうだなぁ、という感じがTVから伝わってきました。

幸福といえば、文芸春秋増刊「新幸福論」がすごいですね。各界の123名が各々の「幸福論」を語るヘビーな一冊で、とても完読はできないと思いますが、「なるほどな」と感じさせられるコメントが随所に見られます。例えば、助けられた漁師さんのような「生きていること」「健康であること」の幸せ。それから自分のやりたいことができる「幸せ」・・・。これからの人生における優先順序をじっくり考えていきたいです。

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