2003年7月〜9月のひとこと


キャップ付きの景気回復 2003年9月19日

選挙が近いせいでしょうか?株価が堅調です。あれ以下はそう落ちることもないのでしょうが、以前のように景気良く株価も上昇し続けるか?と聞かれれば、残念ですが、絶対にNO!です。

今年3月の決算において、上場企業の多くが「史上最高益」「V字回復」を達成しましたが、その多くはリストラ効果によるもの。従業員を減らし、工場や営業所を閉鎖することでコスト削減は成ったのですが、今後の需要には満足に対応できない企業がほとんどなのです。解雇あるいは減俸された従業員の購買力・消費意欲は下がる一方ですし、地方の景気はまだこれから悪くなります。個別企業にもよりますが、景気回復も、株価上昇もキャップ(=上限)があると考えたほうがいいでしょう。

無駄も経験 2003年9月15日

長女Iが一生懸命PC打ち込んでいたので、何しているのかと思ったら、レンタルCDの歌詞を写していたのです。奥さんも、私も
「そんなもの、コンビニでコピーすれば早いじゃん。」
と言っていたのですが、コピーは嫌だ、とPCに向かっていたのです。そういえば、随分タイピングは速くなりました。

「お金を時間で買う」ことよりも、お金で買えない経験を重ねています。時間はたっぷりあります。もっともっと、たくさん経験しましょう。

野中広務が見捨てた 2003年9月10日

野中広務が「捨て身の作戦に出た」と見る向きもありますが、私は「日本が、野中広務に見限られた」ように感じています。

俗に「抵抗勢力」と言われている、既得権益にしがみついているだけの政治家たちは、小泉改革に抵抗しているだけですが、野中広務は、国内外あるいは自民党の内外にある、あらゆる「声」に対する抵抗勢力でした。「声」を黙殺する「非民主的」な野中手法(=伝統的自民党手法)が、良くも悪くもバランスを保っていたわけで、例えが悪くて恐縮ですが、野中のリーダーシップなきあとの自民党および日本国は、フセインなきあとのイラク状態になることでしょう。

残念ですが、これは大きな歴史の流れであり、止めることはできないような気がします。小泉首相が何をやろうが、野党が何を言おうが、派閥がどれだけ弱体化しようが、鈴木宗男や田中真紀子がどれだけ無茶苦茶しようが、頑張ってきたのですが、もう限界です。経世会で、ぎりぎりまで、だましだましやってきた野中も、ついに匙を投げたというわけです。今の日本を平定できる、強力なリーダーシップはどこにもありません。

もう少し早くそのことに気が付いていれば良かったのでしょうが、政治家も官僚も民間も、目の前に既得権益がちらついて「茹で蛙」になっていてはお手上げです。どうする日本人?野中は船を捨てたぞ!

汗と砂埃と涙の日々 2003年9月7日

長女Iからのメール。
「学園祭のルーム出し物コンペで優勝した!」
との嬉しい報告。本気で頑張っていたので、喜びもひとしおのようです。

昨日今日と早朝学校まで送って行きましたが、こんな嬉しい日の朝を娘とシェアできたのも、私がたまたま松江にいたからこそ。ということは、これもシゲの引き合わせ?

私自身も、高校時代の「夏休み〜学園祭まで」の濃密な日々、その間の頑張りにまつわる想い出は山のようにあります。写真部のパネル製作、暗幕、夜遅くまでかけての飾りつけ、ルーム出し物、音楽の集い、ソーダ節、仮装行列、ファイヤストーム、手作りギター。感動と昂揚、汗と砂埃と涙、青空と暗闇、挫折と空虚。長女Iの今日の感動も、いずれ素晴らしい想い出になることでしょう。

ただ、これから貴女の人格や友情を構築していくのは、一見どうでもいいような日々のトリビアの積み重ねです。大きなイベントでない時の、ささいなイベントも大切にしてください。

サービス残業 2003年8月27日

日本企業の強さの秘密は、勤勉で安価な労働力であったと言われます。いまやかつての勤勉さは、経営者の硬直化した発想の中にしか見出せませんし、プラザ合意以降日本企業はコスト競争力を失っています。もっとも日本の人件費はまだまだ低いように思えます。例えば、サービス残業をしていない企業なんてほとんどありません。すべての企業が時間外手当を100%支払えば、日本企業の事業コストは更に上昇し、ますます競争力を失うことになるのです。労働の対価は当然支払われなければならず、そのコストを負担できない、多くの日本企業のビジネスモデルはすでに崩壊しているといえます。

個人的な見解ですが、新しいビジネスモデルに切り替わるまでは、いくらかのサービス残業はしかたないように思います。法人にとって最も重要なことは「事業の継続」だからです。事業を継続させることで、
(1)顧客に財やサービスを提供でき、
(2)株主や仕入先、従業員や銀行、コミュニティといった利害関係者を満足させ、
(3)さらなる事業を継続させることができるのです。
ワルノリして人件費をケチるだけの経営者が問題外であることは、言うまでもありません。

狭隘な地域エゴと市町村合併 2003年8月13日

草加市のゴミ捨ては簡単で、ガラス瓶や缶以外は、ほとんど同じビニール袋にまとめて捨てることができますが、松江市では分別作業が大変です。松江市がリサイクル日本一都市を目指しているなど、その理由はいろいろ考えられますが、
「焼却施設の性能が低いため「可燃ごみ」「不燃ごみ」を住民が分別しなければならない」
というのも、大きな理由の一つでしょう。

そして、こうした施設の更新費用を共同で分担し、より高い住民サービスを受けることも「市町村合併」の目的のひとつです。ただただ早期に合併して特例債のメリットを受けよう、という意味ではありません。「狭隘な地域エゴ」にとらわれることなく、事業内容をじっくりと吟味することで、本当に必要な施設やサービスに税金を使うことが重要なのです。市町村合併は「前向きの行財政リストラ」であるべきなのです。

現在、各地に法定協議会が設立され、市町村合併にむけての大きな動きが起こっているのは喜ばしいことですが、そこかしこに「狭隘な地域エゴ」が見え隠れしているのは残念なことです。

例えば、日本一のたかり自治体(?)八束郡鹿島町。松江市北隣の貧しい漁村であった鹿島町は、島根原子力発電所という迷惑施設を受入れたことで、中国電力や国から、信じられない金額の補償や税収、立派な施設や雇用を享受しつづけており、いまではとってもリッチな自治体です。この鹿島町を含む、ほとんどの八束郡内にある町村は、結びつきの深い松江市との合併を目指して協議中ですが、鹿島町は、合併後も補償などのメリットを、鹿島町が優先して受け続けることを、合併の条件にしていると聞きました。鹿島町民の気持ちもわからなくはないですが、いったいどこまでたかれば気が済むのでしょうか?何よりも、そんな地域エゴ丸だしで、合併がうまくワークするとは思えません。

合併後は、当然に市町村役場間で人事交流が進むものだと思っていたのですが、そうではないようです。八束郡の町村は、ちょうど松江市を取り囲むように配されていますが、例えば、現・松江市の西側にある玉湯町の職員が、合併後、松江の東側にある現・美保関町エリアで仕事することはないのだそうです。余分な交通費や手当てを税金から支出することに抵抗があるとのことですが、それは地域一体感を早期に醸成し、合併を成功に導くために必要なコストです。役場の職員が、旧来の地域に留まっている限り、狭隘な地域エゴに起因する無意味な摩擦が減ることはありません。

合併後は、役場の職員数も減らしていかねばなりませんが、その方法は採用を絞ることだそうです。現在の職員の生活を守ることは大切ですが、頭の硬い旧い職員の比率を高めるよりも、先入観なく広い地域のことを考えることができる、プチ・グローバルな若い人を多く採用するほうが合目的だと思います。

市町村合併は成功させなければ意味がありません。

四半期業績開示 2003年8月5日

企業の「四半期」業績開示が定着しつつあります。今までは、決算と中間決算の一年二回であった発表回数が、米国並みの「三ヶ月ごとの発表」に増え、よりキメ細かい業況把握が可能になるわけです。ただ、このやり方にも落とし穴があります。

年間通して売上高や収益がほぼ一定の企業や業種(例えば、駅の売店)であれば、ひとつ前の四半期の業績と比較することで、直近業績の良し悪しがよくわかります。また、季節によって売上高や収益に変動がある企業や業種(例えば、海の家)であれば、一年前の四半期の業績と比較することで、今年の業績の良し悪しがよくわかります。

受注してから販売、代金回収までの期間がとても長い企業や業種(例えば、造船所)であればどうでしょう?四半期業績を、三ヶ月前や一年前の業績と比較しても、まったく参考になりません。株式や債券の世界のプレイヤーには重宝される「四半期開示」も万能ではないわけです。単一のツールや方法に頼るのでなく、相手に応じた受け止め方や判定が重要なわけです。
 

ポジションパワー 2003年7月23日

昨夜も今夜もそうですが、一緒に飲んだメンバー中、年齢順で私は上から2番目か3番目。そういう状況では、油断してしまうのか?それとも本心がでてしまうのか?自分の発言が、妙に「言いっ放し」で「無責任」なものになっているような気がしてなりません。

もともと私の物言いはかなり「キツイ」ので、オブラートに包んだり、言う前に今一度心の中で推敲したり、場の雰囲気を読みながらそおっと出したりと、結構自分なりに一生懸命気を使って喋っていたつもりなのですが、どうも最近は面倒くさいのか、思うがままに口に出してしまい、後から反省することが増えてきました。

ポジションパワーで言いたいこと言いまくりの、嫌なジジイだけにはなりたくありません。反省反省・・・。
 

「流動性」の確保 2003年7月16日

某・大企業財務部の方に聞きました。
「最近は、支社の預金口座に売上代金が入金になっても、そのまま放っておいています。」
少し前までなら、余剰資金はすべて本社の預金口座に集中し、まとまった金額で資金運用したものです。それが今では、
 運用したところで、この低金利ではたいして利益がでない、
 本社の口座へ集中するための為替手数料がもったいない、
 複数の金融機関に分散しておいたほうが、安心だ、
などの理由から、何もしないのだそうです。バブル期の、常軌を逸した「財テク」と比較すれば、はるかに健全です。財務担当者の本業は、ひたすら「安く」「安定した」資金調達をするために知恵を絞り、汗を流すことです。

財務担当氏は、こんな話も教えてくれました。
「最近、メインバンクの担当者から『当座預金に、あまり資金を置かないで下さい』とまで言われました。」
当座預金は、企業が資金決済に使用するための預金口座で、利息はゼロ。つまり銀行側からみれば、金利を払う必要なない、安い資金調達であり、それなのに銀行員のほうから
『資金を置かないで・・・』
というのは、おかしな話です。

銀行は、万が一破綻したときに預金者を保護するために、預金保険機構に対して保険料を支払わなければいけません。外貨預金や譲渡性預金などを除いて、預金残高の0.08%程度が保険料率です。これは随分低い料率にみえますが、資金を短期で安全に運用する場合、年率0.01%〜0.04%くらいしか儲からないため、仮に金利コストゼロの当座預金であっても、運用利益で保険料をカバーできないわけです。

若い頃は、上司に
「銀行員は(そういう発令があろうがなかろうが)全員が『預金獲得係』だ!」
と、ハッパかけられたものです。海外支店で資金担当をしてたときは、
「この資金が調達できなかったら、大変なことになる・・・」
と、責任感と緊張感をもって電話をかける毎日でした。北海道拓殖銀行の最期は、資金ショートでした。銀行にとっては、預金(資金)が「仕入れ」です。「安く」「安定した」資金調達をするために、知恵を絞り、汗を流すべきなのです。お客様に、
『預金を置かないで』
なんて、言わざるをえない状況は、どう考えても異常です。
 
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去年と同じ会社? 2003年7月15日

自己査定作業をしていて思うのですが、この一年間で合併したり、持ち株会社へ移行したり、分社したりと、その姿をまったく変えてしまった企業が実に多いです。連結ベースでみれば、よくある話なのでしょうが、会計の連続性はおろか、過去との同一性すら見出せないケースがあります。そのすべてが悪いとは言いませんが、一年前の決算と比較して、その企業がいったい良くなったのか?悪くなったのか?まったく把握不可能です。三井住友銀行が、小さな第二地銀と合併した目的は何でしたっけ?