2003年10月〜12月のひとこと


高速道路ひとまず 2003年12月28日

高速道路建設するしないの大騒ぎは、どうにも歯切れの悪い結末になりましたが、
(1)相当の行政コストダウンが図られたこと、
(2)国の資産である道路を国が建設することで、道路公団の存在意義が、ひいては多くの特殊法人等の存在意義を、国自らが意識せざるを得なくなったこと、
(3)本当に悪いやつらが誰なのか、見えてきたこと、
(4)石原国土交通相が現在のシステムの中ではいかに無力であるか、わかったこと、
などを考えれば、十分評価できると思います。小泉首相&猪瀬直樹の戦いは無益ではありません。次は私たち国民の一人ひとりが、自分の既得権益をどれだけ客観的にとらえ、そこから導き出された考えに従って、素直な行動をとることができるかどうか?です。

堅確な事務 2003年12月26日

松江の実家に、私宛の「(架空)請求書詐欺」のハガキが着たそうです。

「未納料金督促請求」「債権者より委託」「至急、下記(携帯電話の番号)へ連絡ください」「27日までに連絡しないと、自宅および会社へ督促に行きます」など、一瞬ドッキリしますが、TVでよく見る、最近流行りの請求書詐欺とそっくりの内容。何の料金なのか?債権者は誰なのか?未納料金はいくらなのか?何も書いてないようです。もちろん「無視」します。ハガキを見た両親が慌てて電話で教えてくれたのですが、もし私に連絡がとれず両親がハガキ記載の電話へ連絡してしまったら大変なことになるところでした。オレオレ詐欺も毎日のように発生しているようですし、油断もスキもありません。

クレジットカードや携帯電話の契約後、たとえば住所や支払いプランを変更したり解約する場合、電話で簡単に済ませることができますが、銀行口座にかかる様々な変更手続きは、銀行員の私ですら腹が立つくらい煩雑で面倒です。相続の手続きに至っては、これは嫌がらせではないか?と思えるくらい時間と手間がかかります。とはいえ、それもこれもオレオレ詐欺などの犯罪行為を防止し、正当な預金者であることの確認を徹底するためです。お客様の常識とズレた、こういう銀行員独特のDNAはいくらか変革する必要がある、と考えていたのですが、これだけワルい奴らが横行する世の中、バカ正直なくらい堅確な事務こそが、銀行の生きる道なのかもしれません。

わたしも建国義勇軍? 2003年12月19日

建国義勇軍の行いは卑劣ですが、狙われた対象(朝鮮総連、オウム真理教、悪徳政治家、広島県教組・・・)をみる限りにおいて、一般人と考え方に大差ないことに気づきます。本当に悪い奴が、きちんと裁きを受けないことが問題なのです。

地上デジタルその2 2003年12月9日

アナログ放送が終了する2011年までには、すべての受像機がデジタル対応する必要があることは、先日も書いた通りです。一般の家庭やオフィスであれば、電気屋さんで受像機を買えば(要らぬ出費ですが)済む話ですが、ケーブルテレビで視聴している場合は大変です。テレビ局側のデジタル化が必要で、これに巨額の設備更新費用がかかるからです。都市型CATVであればそれなりに加入者数がいるため、費用負担は可能でしょうが、ビルの谷間や中山間地の難視聴地域をカバーしているCATV局は大変です。こういうCATV局は全国に7万以上、加入者総数は約600万世帯にものぼるそうです。最悪の場合、これら世帯は、2011年以降TVを見ることができなくなるのです。人気スポーツイベントをペイパービュー独占放映とするくらいは許せるのですが、生活情報インフラであるTV放送のすべてが見られなくなるのは問題です。

地上デジタル放送 2003年12月1日

地上波デジタル放送、本日スタート。TV局と首都圏の家電店だけがはしゃいでいるような気がしますが、こんなもの、本当に必要なのでしょうか?

高画質と音質はありがたい機能ですが、レンタルやセルのDVDやCDでも十分だし、双方向性が必要のない機能であることは、BSデジタルの失敗で明白です。アナログ放送が終了する数年先までに、われわれ視聴者は高いTV受像機を購入しなければいけません。番組を供給するTV局は、地方局であっても、数十億円の設備投資が必要です。景気浮揚効果を期待する向きもあるのでしょうが、右肩上がりの安定的な経済成長が期待できず、年金の財源すら満足に確保できない世の中で、こんな従来型の消費喚起は、更なる悲劇の引き鉄でしかないような気がします。

公立中学校の説明会 2003年11月22日

次女Kと奥さんの3人で島根大学附属中学校の見学会へ行きました。どこのご家族も熱心で、ずいぶん多くの6年生と親が参加していたのですが、迎える学校側の説明は少しも熱心ではありませんでした。マイクの説明は全然聞き取れず、一生懸命作成したであろうパワーポイント資料もまるで研究発表用のもので、学校案内として披露するような内容ではありませんでした。先月参加した、開星中学校の説明会に比べると、ずいぶんドライな内容でした。

私学の少ない地方において、国立大学の附属中学校には、そこそこ育ちが良くて勉強のできる均質な子供たちが自然に集まってきます。公立学校にくらべ、陰湿ないじめや青少年犯罪の極めて少ない、ある意味「楽」な職場環境にならされた附属中学校の教職員に、「熱意があって」「わかりやすく」「相手のニーズにあわせた」広報活動や生徒勧誘をしろというのは無理なことなのでしょうか?

単に今日のプレゼンテーションが下手だったというのであれば問題はありません。ただ、気になったのは、校舎内ですれ違う現役の生徒たちが、まったく挨拶をしないことです。比較してばかりで恐縮ですが、開星中学校の子供達に対する「挨拶」「しつけ」は実に見事で、すれ違う生徒達の一人ひとりが最高の笑顔で元気良く「こんにちは!」と言ってくれます。附属中学校の教職員が、「熱意の感じられない」「意味不明で」「相手の気持ちを少しも考えない」態度で、日々子供達に接していることが無いよう祈ります。

これ以上書いて、次女Kの受験が不利になっては大変(?)ですので、これくらいにしますが、我が家だけでも私、奥さん、長女I、私の妹二人と、たくさんお世話になった附属中学校の更なるクォリティ向上を願った苦言です。

紐付きエンタ 2003年11月11日

島根県出身の脚本家田淵久美子さんを、島根県東京事務所にお連れしました。ドラマ「さくら」「女神の恋」「ニュースの女」ミュージカル「とびらのむこう」などの脚本で有名な方です。常々、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)や石見銀山をモチーフに、ふるさと島根と関わりのある仕事をしたいと考える田淵さんですが、地元行政の動きの鈍さや作品に対する理解の無さに、相当イライラしている様子。

対する島根県今津所長は、行政上の手続と、支援の限界について、懇切丁寧に説明されたのですが、次いで話されたエピソードが、なかなか示唆に富むものでした。

島根県が映画「アイラブピース」を助成する際には、県庁内の観光振興セクションだけでなく、介護福祉や文化教育、産業振興などあらゆるセクションを動かして予算計上したそうです。同時に、舞台である大田市をはじめとする県内の市町村や企業に働きかけることで、かなりの資金を集めることができ、映画は無事に完成しました。ところが、これがために、ストーリーにはほとんど関係のない「島根県ご当地紹介」シーンを多数挿入せざるを得なくなったのだそうです。資金集めのためとは言え、あまりに多く「紐」がついてしまうことは、考えものです。

今後の田淵さんの作品は、島根県発の優れたコンテンツ事業として、ハナエモリに仕事に比肩するものになると確信しています。ぜひ応援していきたいと考えます。

名刺 2003年11月6日

2年以上にわたる東京での仕事を通して、たくさんの名刺を頂きました。(すでに、厚さ30センチくらいでしょうか?)これは、大きな財産です。今日など、終日外出できませんでしたが、次から次に、名刺の先に電話をかけることで、疑問は解決し、ビジネスがどんどん進みます。そして、30センチ分の名刺が手元にあるということは、同じだけの名刺を配ったことになります。その中の誰から、これから電話を頂くことになるのか?楽しみです。

日本人の笑い 2003年11月3日

中国で大騒動を引き起こしてしまった、3人の留学生について。彼らの行為は軽率で愚かであるし、かなり過剰な反応だとはいえ、中国の方々のお怒りはごもっともです。それにしても、海外留学するくらいの教養や常識を持っているはずの3人が、何故あのような愚かな間違いを犯したのでしょうか?

以前、知り合いのタイ人の大学生姉弟が
「お前はバカだ!」
「いや、お前のほうがバカだ!」
みたいな、日本では小学生も言わないようなギャグを言って大笑いしているのを見て、日本人とは笑いの質がずいぶん違うのだなと感じました。私たちの世代はドリフのドタバタの洗礼を受け、ひょうきん族や電波少年といった、若者に人気はあるけど低俗でワーストとされるTV番組とともに育ってきました。ここで毎日偉そうなこと書いている私だって、先日問題になった、ワンナイでの王監督ネタを偶然みて「くだらない」とは思いましたが、それほどの大問題を引き起こすような内容とは感じなかったのです。あとになって、自分自身の良識が麻痺していることに気付いてショックを受けました。

恐らく、3人の留学生、ワンナイの出演者、私、そして多くの日本人の心理にビルトインされている日本人的な「笑いの質」があって、その中のある部分が、地球人一般にとって非常識で失礼なものなのです。

だとすれば、同じような過ちはまた起こります。「攻撃的」「低俗」「非礼」である日本の笑いは、すでに日本文化の一部です。裁判所前で白昼堂々と弁護士に発砲するアメリカ人の銃に対する意識が、アメリカ文化の一部であることと似ています。文化を変えていくには、大変な時間とエネルギーが必要ですが、せめて「非礼」な部分だけ排除する努力だけは今日から始めましょう。家族や友人、通勤電車で一緒になる人たちに、ごく当たり前の常識と礼儀をもって接しましょう。

行政の仕事?自分の仕事? 2003年11月2日

随分前のことですが、住んでいるマンションの管理組合で、住民同士の交流を深めるために、ベンチや子供たちの遊具を敷地内においたらどうか?という提案がありました。思いのほか設置費用がかかることや、管理上の理由から実現には至りませんでしたが、議事の中で、次のような発言がありました。ある準公務員の方がおっしゃったのですが、
「だいたい、公園は市役所が作るものだ。そんなことに、我々管理組合の積立金を使うのはおかしい。」

ははあ、これこそ猪瀬直樹が「続・日本国の研究」に書いていたこと、ふるさときゃらばんがミュージカル「みちぶしん」で伝えていたことだな、と思いました。公園整備は確かに市役所の仕事かもしれませんが、「なんでもかんでも役所にまかせてしまおう」とする発想そのものがどんなものだろうか?と思います。開いたままの側溝のコンクリート蓋をなおしたり、下草を刈ったり、除雪したり、ネコの死骸を片付けたり、市役所がやってくれるのをただ待つのではなく、自分にできることでならば自分たちですればいいのです。

「行政の肥大化はこんな卑近な例からはじます。役所の領域を増やせば、役人の数が増え、予算が増え、と大きな政府になるほかはない。」猪瀬直樹「続・日本国の研究」(文春文庫)より。

今度の選挙も、自民党が勝とうが民主党が勝とうが、肥大化した官僚組織+外郭団体が力を持ち続ける限り、世の中がよくなるとは思えません。そんなことより、市民の一人ひとりが、自らの姿勢を、役所に頼り過ぎないよう修正することが一番大切だと思います。そして優秀な役人に、些事にとらわれない、本来の役人の仕事をしてもらいましょう。

中古市場の整備 2003年10月22日

黒木亮「トップレフト」(祥伝社)読みました。一般の方には、まったく意味不明であろう経済小説。著者は実際に邦銀海外支店や外資など、国際金融の第一線で活躍した人で、これが処女作。文章力や文学性はともかく、なかなかスリリングな展開です。映画「アイラブピース」の時も書きましたが、どんなに優れた演出も、「事実」の凄まじさには勝てません。この小説に出てくる、ひとつひとつのエピソードは、きっと黒木氏が見てきた事実だから面白いのです。

ストーリーは、シンジケートローンの主幹事(トップレフト)を狙う熾烈な争いの連続を「縦糸」に、ハゲタカのような米国投資銀行、救いがたい体質の邦銀、高潔な欧州の銀行と借り手企業といった市場参加者の描写を「横糸」に、進んでいきます。私自身これまでずっとシンジケートローンの「川下」部分に、一投資家の立場で参加してきたのですが、主幹事銀行と借り手企業をめぐる「川上」部分が、正直これほど大変だとは思いませんでした。度重なるぎりぎりの交渉、マーケット急落の場面は、読みすすむだけで胃の痛くなる思いです。

NYでもHKでも、同じマーケットにいたはずの地方銀行海外支店がそういう大変な思いをしなかったのは、それだけのリスクを取りに行かなかったからです。高度な国際金融業務をしていたように見えて、実は国内の「お付き合い」の延長をしていただけなのです。もっとも、それは決して無駄ではありませんでした。数年前から国内でも始まったシンジケートローンに、地方銀行が積極的に参加しているのは、当時のささやかな経験の蓄積があるからです。

急速に拡大した日本のシンジケートローン市場ですが、ここに来て需給のバランスが大きく崩れています。地方銀行の資金貸出意欲が、企業の借入ニーズをはるかに上回る状態が続いており、企業の実力以上に安い金利が横行しているのです。この金融市場を正常な姿に戻すためには、一日も早い「セカンダリー・ローンの流通(ローン債券の売買)市場創設」が必要です。住宅でも自動車でも新築家屋や新車の市場だけでは不完全です。中古住宅、中古車、賃貸、リフォーム、レンタカー、オートリースといった市場が整備されて、初めて誰もが納得する「値ごろ感」が醸成されるのです。

強者だからこそ 2003年10月12日

16才、高校2年の長女Iは、いままさに人生の春。ちょうど世の中のスピードに追い付き、追い越していく年頃。すべてにおいて自信に満ち溢れ、輝いています。勉強は大変そうですが、学校も友達もTVも読書も毎朝の髪の手入れも楽しくて仕方ない様子。肉体的にも精神的にも絶好調、頭の回転が速く、思考もクリアです。徹底的に楽しんで、たくさん経験を積んで、さらに成長してほしいのですが、この時期に陥りそうな間違いの兆候も見えます。

先日TVで、商店街を猛スピードの自転車で駆抜けたり、携帯で話しながら自転車に乗る若者の特集をしているのを観て、長女Iは
「年寄りやママチャリのほうがマナー悪いわ!」
と一言。確かに、若者だけがマナーが悪いわけではありません。ただ、絶好調の人こそ、弱者の目線を忘れがちなのです。わかっていても、ちょっとした一言が誤解を招いたり、相手を傷つけたりします。

残業が続かなくなったり、深酒を避けるようになったり、間接痛が持病になったり、デリバティブがだんだん難解になってきたりと、まだまだ自分が弱者だとは思いませんが、さまざまな場面において、自分が絶好調だった頃に比べると、いくらか弱気になってしまうことが増えてき、同時に弱者の目線に気づく機会も増えてきたように思います。

マネージャーや父親としての経験を積むなかで、社会の中での役割はまだまだ重くなりつつあります。その過程で、どれだけ弱者の目線を意識しながら行動できるかどうかが、関西学院のモットー「 Mastery For Service 」の実践ではないのかな?と思います。

開星中学校 2003年10月11日

小学校6年生の次女Kと一緒に、開星中学校の学校説明会に行きました。もともと彼女の進学の選択肢は、公立中学校と島大付属中学校の二校だけでしたが、私立開星中学校も「進学させたい中学校」の一つとして頭角をあらわしてきましたように感じます。ここで何度も書いていますが、地方は私学が少ないので、そのしわ寄せ、もしくは弊害が公立校に出ています。開星中学校のプレゼンスは、単純に子供達にとっての選択肢がひとつ増えるだけでなく、公立学校のありかたに対しての様々な影響も期待されます。

「小人数の中高一貫教育」
「しつけに厳しく、挨拶上手」
「塾に行かなくても完結する学習指導」
「生徒達の個性や才能の尊重」
など、開星中学校の魅力的な要素はいろいろありますが、今日先生が言われた
「自分の子供を入学させたくなる学校にしよう、と10年以上頑張ってきた」
という姿勢に、同校の素晴らしさが集約されているような気がします。教職員や経営者一人ひとりの不断の努力が、公立校にはない現在の開星中学校の魅力を形成したのです。

「私学は制約が少ないから、自由にいろいろできる」
と指摘することは簡単ですが、家政学校が前身である開星中学校−高校は、少し前まで「あまり行きたくない、行かせたくない」学校だったのですから、この間の努力は並大抵なものではなかったと想像されます。学校長のビジョンとリーダーシップ、教職員による実践において、公立校のそれらを遥かに上回っていたのでしょう。どうか公立校の教職員の皆様にも一念発起いただき、良い学校づくりに励んで頂きたいものです。(もちろん公立校にも立派な先生はたくさんいらっしゃいますが…。)
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銀行の本業 2003年10月6日

三井住友銀行はじめとするメガバンク各行が「顧客紹介手数料を徴収する」との、日経新聞報道。フィー(手数料)ビジネスの時代とはいえ、妙に違和感を感じます。

銀行が、お客様の求めに応じて「販売先」「仕入先」「共同事業者」「コンサルタント」などを紹介する際に頂く手数料なのでしょうが、こういう情報提供行為は、銀行がお金を稼ぐ「生業」ではありません。その情報がお客様の役に立って、お客様のビジネスが拡大するときに必要な資金を「融資」することこそが銀行のビジネス。日本の銀行は「融資」「預金」の金利差だけでは食べていけなくなったのでしょうか?

システムインテグレーション多喜さんがいつも言っていましたが、「情報の対価は情報」であるべきで、こういう情報提供でお金を貰っているようでは、お客様からロクな情報が入ってくるはずがありません。うちの会社が同種の手数料設定をしないことを祈ります。

NY駐在の矢田君に聞きました。米国の金融機関が「フィー(手数料)ビジネスで儲けている」と言われているけど、それはごく一部の話。多くはやはり「融資と預金」の伝統ビジネスで勝負しているのだそうです。やっぱりそうなのですね。いま邦銀の多くが「預かり資産の増強」というスローガンのもと、投資信託や保険商品の販売に力を入れていますが、どうやら進む道はそれだけではなさそうです。