2004年1月〜のひとこと


顧客情報保護とCRMその2 2004年3月25日

先日の日記で、不祥事をきちんと公表開示するようになった日本企業の姿勢を褒めました。それはそれで正しいことなのですが、実際に起こったときの、担当部署のご苦労は並大抵のものではないようです。

該当顧客への謝罪と説明、一般顧客やマスコミへの公表、公表内容の整合性に想定問答と、色々ありますが、何よりも大変なのは当局(監督官庁)対応なのだそうです。不祥事に対する初動、報告、対応策の中身やスピードを厳しくチェックされ、その間は該当部署の仕事が完全にストップするのだそうです。

箸の上げ下ろし行政指導と批判するなかれ、お気に召さないと(泣く子も黙る)業務改善命令が出るのですから、銀行は必死です。でも実はそこまでしなくたって、不祥事にきちんと対応できない企業は、お客様の手で淘汰されるのです。誰だって、鶏の大量死を隠蔽している農場の卵を食べようとは思いません。何度もリコールを繰り返し、情報開示姿勢の悪い企業が製造している自動車が、これからも安定して売れ続けるとは思えません。決算の下方修正や、特別損失の発生が毎期続くような企業が、安定して資金調達できるはずもありません。

ダブルスタンダード 2004年3月21日

週末朝のTV番組の多くが、サッカー山本JAPANのアテネ行き決定と、若きFW大久保選手の活躍を讃えていました。確かにオリンピック出場はめでたいし、大久保選手のプレイは素晴らしいものでした。だけど、大久保選手って海外遠征時の不祥事で、フル代表からは外されていますよね?

せっかくジーコ監督が、きちんとけじめをつけているのに、こんなダブル・スタンダードを許して良いのでしょうか?日本中が、世界が、子供たちが注目しているヒーローなのですから、もっともっと襟を正さないと・・・厳しすぎますか?(本人も協会も問題ありますが、何よりマスコミの報道姿勢が甘すぎます!)

顧客情報保護とCRM 2004年3月17日

日中は春の陽気でしたが、夕方は強風で飛行機が遅れました。地元では、我が社の顧客情報流出事件という嵐が吹き荒れました。随分以前のデータであったとはいえ、該当のお客様と地域の皆さんには本当に申し訳ないことです。現場マネージャーの一人として、再発防止に全力を注ぐことを約束します。

それにしても、こういうことを書くとお叱りを受けるかも知れませんが、情報流出の事実をきちんと発表するなんて、日本企業の姿勢もずいぶん変わった気がします。失敗やトラブルを握り潰すのでなく、きちんと公表・反省したうえで、再発の絶無を期するという、ごく当たり前のことが、つい最近までまったくなされていませんでした。まだまだ問題の多い企業はありますが・・・。

顧客情報を管理することが日に日に難しくなってきています。システムやコーポレート・ガバナンスといった企業サイドの問題もあるのですが、お客様の考え方が多様で、すべての顧客のニーズを満たすことが極めて難しいからです。

例えば銀行業界では、預金取引だけの顧客に個人ローンや投資信託のDMを送ることを止めました。住所・氏名・年齢・性別・預金残高などの個人データは、純粋に預金取引のためのものであり、それを同じ銀行内とはいえ、他の商品をセールスする際のマーケティングやセグメンテーションに利用することは、顧客情報の流用にあたるとの、苦情や判例が増えているからです。

そういうお客様の気持ちもわからなくないのですが、我々は、むしろ顧客情報を最大限活用して営業してきただけに複雑な心境です。加えて、すべてのお客様が銀行員からのセールスやアドバイスを嫌がっていたわけではないわけで、顧客情報管理を徒に厳格化することで、地域顧客と地域金融機関との良好な関係の歴史を崩壊させてしまいかねません。

こんな気持ちでいれば、また情報漏洩が起こってしまうのでしょうか?

「責任」 2004年3月7日

裁判員制度についてNHKで特集していました。なかなか馴染みのない制度なので、プロの裁判官との人数割合はどうするのか?いきなり、死刑や終身刑の予想される重たい事件を裁くのか?など、慎重に検討していく必要があると思いますが、基本的には、この制度は必要なものだと思います。

同番組の行ったアンケートでも、かなり多くの人が制度そのものに対して賛成していましたが、同時に、
「実際に、自分が裁判員の指名を受けるのは、嫌だなあ。」
という意見も多かったようです。こういう、無責任な発想にはうんざりします。「総論賛成各論反対」というよりも、国民の義務に対してあまりにもドライだと思うのです。(裁判員制度は、まだ国民の義務ではありませんが、将来法制化されたと仮定しての話です。)権利の行使(と既得権益の享受?)は、きちんと義務を果たして初めて可能になるものであり、制度に賛成ならば、一人ひとりが進んでコミットすべきものではないでしょうか?

市バスの運行時間に文句を言うくせに、市で決められたゴミの分別ができない。マンションの安全と清潔さを享受しているくせに、自治会の集まりには一切参加しない。権利と義務、そして自治に対する無関心と無責任の問題は根深いです。

話はかわりますが、牛丼販売の中止以降、初めて「なか卯」へ行きました。豚丼は予想よりずっと美味しかったのですが、1杯400円は残念です。以前の牛丼であれば、生卵と漬物をセットして、同じ400円だったのですから、かなりの割高に感じます。

米国産牛肉の輸入再開は、日米政府お互いのメンツでがんじがらめになってしまい、容易に解決しそうにありません。食の安全を考えれば、日本政府の主張が正しいような気もしますが、交渉の渦中にも日本国内で10頭目のBSE感染牛が見つかっているのですから、あまり偉そうなことも言えません。ある程度の検査体制が維持されるのであれば、あとは民間と消費者にまかせるべきではないでしょうか?牛丼屋や肉屋、商社が安全と判断した肉については自己責任で輸入・販売し、消費者が十分に取れるリスクと判断すれば、自己責任で買って食べればよいのです。なんでもかんでも政府の責任にしてしまうと、また官僚機構を肥大化させる理由になってしまいます。何よりも、不便で、コストが高く、味気のない生活になってしまうような気がします。

「〜ほう」言 2004年3月3日

さっき晩御飯を食べたCoCo一番にて。おひやを持ってきた店員さんが、私がまだメニューを見ているので、ひとこと。
「ご注文のほう、あとのほうで、よろしかったでしょうか?」

正しい日本語は、
「ご注文は、のちほど、お伺いしましょうか?」
だと思います。「〜のほう」の連発も、聞いていて疲れますが、いきなり
「よろしかったでしょうか?」
と、再確認を求められたのには、がっくりきました。

WE LIVE IN ANOTHER DOGVILLE 2004年3月2日

「人口が少なく、寂しい」
「灯りが乏しく、夜は特に寂しい」
「以前は多少栄えたこともあったが、現在ではろくな産業がなく、人々は貧しい」
「外部との交流が稀であって、刺激がすくない」
「物流は限定的で、町内でろくな買い物ができない」
「特産品とは名ばかりで、市場価値に乏しい」
「変革には、外圧が必要」
「そのくせ外からの刺激に対して臆病で、保守的、排他的」
「発想が世間とズレていて、勘違いが多い」
「客観的にみて、存在意義がどうにも薄い町」
「行き止まり」
ドッグヴィルの特徴を列挙したつもりですが、なんだか、どこにでもある日本の地方自治体にあてはまる項目が多いですね。

雇用 2004年2月26日

六本木にある農水省外郭団体に行ったのですが、広く贅沢なオフィスでいつもダラダラしている(ように見える)大量の職員をみるたびにムカムカします。そういえば、島根県は財政難から、向こう4年間新規採用をストップするのだそうですが、これはとんでもない間違いです。若く、発想が柔軟で、体力があって、賃金の安い若者を雇用しないでいて、フットワーク鈍く、改善意欲なく、発想の硬直化した年寄り(すべての県職員がそうだとは言いませんが)に高い給料を払い続けるのは如何なものでしょうか?

景気回復のきしみ 2004年2月20日

長らく業績低迷で苦労していた企業の多くが、景気の回復、リストラの進捗、あるいは外部スポンサーの支援によって、一気に業績回復しつつあります。

そのこと自体は大変喜ばしいことなのですが、回復の過程において、銀行から借入れていたお金を一度に返済したり、借入金利の減免を要請してこられるので、銀行にとっては手痛い収益の減少です。

「公的資金などを活用して銀行を救済、次に企業を再建し、景気回復を実現させる」というマクロ政策、あるいは大きな歴史の流れのなかの事象であり仕方ないのですが、お客様との長年の取引がなくなったり、培った関係がぎくしゃくすることが残念でなりません。

東京支店ビジネスモデルも再構築する時期のようです。

新生銀行 2004年2月19日

新生銀行の東証1部上場&初値872円、おめでとうございます!

長銀破綻以降、多くの企業や同業者、そして納税者に多大な迷惑をかけたことは事実であって、風当たりは強かったのですが、常にあるべき金融の姿にこだわり続け、今日の晴れの日を迎えました。

巨額の売却益を出したリップルウッドに対し「濡れ手で粟」と評するマスコミの無責任さには腹が立ちます。あの時外資ファンドの代わりに、長銀と日本の金融システムを救うことができたものはいません。瑕疵担保条項に対する考え方はいろいろありますが、彼らとて巨大なリスクを背負ってきたことには間違いないのです。

責任ある地方自治 2004年2月18日

地方債の利回りは、どこの地方自治体が発行しようと基本的に同じです。自治体ごとの財政力には格差があるのですが、すべて国が償還を保証しており、「デフォルト(期日に償還されない)リスクはすべてゼロ」だから、同一レートなのだそうです。

その一方で、全国の自治体は、税収低迷・地方交付税減額・基金枯渇の三重苦で、4月からの新年度予算策定に頭を悩ませています。このままでは、最低限の住民サービスを行う費用すら賄えない自治体もでてくるかもしれません。仮にそうなっても地方債は国が代わって償還させるから、やはりリスク・ゼロなのでしょうが、そのコストは誰が負担するのでしょうか?また破綻した自治体を、その後は国が直轄、もしくは近隣の自治体が支援するのでしょうが、そのコストは誰が負担するのでしょうか?

財政力に見合った資金調達、その資金量に見合った住民サービスと自治を考え実行していくことが、本当に責任ある地方自治だと思います。

マネージャーとして 2004年2月8日

終日在室。掃除・洗濯をしたり、音楽聴いたりして過ごしました。ベランダで布団を干していると、下から掃除機をかける音。転勤で、本日退寮する大橋さんのようです。

大橋さんという人は、若いのに「人間関係の距離感が絶妙に大人」な人で、いつも感心していたのですが、彼女が在籍した2年のうちにも、そんな彼女でも「熱く」ならざるを得ない、職場の問題や人間関係のトラブルが何度かありました。そんな場面で、自分がマネージャーとして、どれだけコミットできたか?どれだけ部下のためになってやれたか?考えると、実に情けなくなってしまいます。

経験に裏打ちされた冷静な判断力が、マネージャーに求められる資質のひとつであることは間違いないのですが、それが為に必要なコミットの初動が遅れたり、コミット具合が薄くなったり・・・自分はもっと熱い人間だったはずだが?と思い悩むことがよくあります。過度のコミットが不幸な結果を招いた、いくつかの経験が、トラウマになっているのでしょうか?

いくつになっても勉強です。

進路指導 2004年1月31日

全国の公立高校が、大学受験の合否情報を、生徒や保護者の同意を得ないで、実名入りで受験業者に提供し、見返りとして図書券を受けとっていたとの報道。昨日松江北高より、生徒を通して、次のような文書が保護者に届けられました。

業者情報は、生徒の進路指導に不可欠との判断で長年提供してきた。業者からの図書券は「赤本」など進路指導関係書籍の購入に充てていた。今後、教育委員会と相談する中で見直しを図りたい。ついては次の3点を早急に実行したい。
1. 事前に保護者や生徒の承諾を得る方法を考える。
2. 実名を出さない手段を工夫する。
3. 業者からの図書券を断る。


「プライバシーの保護」だとか「金品の見返り」といったコンプライアンスの問題もさることながら、根本的な姿勢において、問題意識のまったく感じられない文書でがっかりします。「業者情報の必要性」も「公立でありながら、地域ナンバー1受験校である責任感」みたいなものも、否定するつもりはさらさらありません。ただ、あの学校においては「一人でもたくさん国立大学に合格させること」が進路指導のすべてであって、それ以外の知識や能力、経験や嗜好を活かしての、本来の進路指導というものはなされないようです。一人ひとりの生徒を「モノ」や「数」としてしか見ていないのでしょうか。全教職員が、村上龍「13歳のハローワーク」(幻冬舎)の「はじめに」を熟読し、いかに自分達の行為が愚かなことであるか気づいてもらいたいです。
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「年頭所感」 2004年1月1日

システムインテグレーション社の多喜社長いわく、
「融資の話をしない時の銀行員は、最高のビジネスプロデューサー」。
ビジネスプロデューサー(BP)とは、ありていに言えば、企業が持つ技術や市場などのシーズとニーズのマッチングをする人のこと。金融庁が提唱する「リレーションシップ・バンキング」の実践に、必要不可欠なスキル・人材です。

一般に、銀行員は多くの業種と付き合いが広く、顧客からの信頼も厚いためBPには打ってつけの職業なのですが、生業である「融資」の話を始めたとたん、銀行の都合中心で審査を行い、必要な融資をしなかったり、逆に不必要な融資をしたりと、顧客のニーズ・シーズから離れてしまいがちです。せっかくのBP経験やセンスが活かせないのです。右肩上がりのマクロ経済の下では、それでも大きな問題にはならなかったのでしょうが、これからはBPの発想を持たない銀行(員)では淘汰されてしまいます。

銀行営業現場での融資経験が少なかったことが幸いし、比較的BP発想で仕事をしてきた私ですが、この2年半東京支店長を一生懸命補佐しているうちに、妙に伝統的融資マインドの衣が厚くなってきたように感じます。銀行組織にとっては望ましい成長なのでしょうが、本当に進むべき方向と逆行しているような気がします。このギャップに気づいているうちはまだ良いのでしょうか?
Before it’s too late…
ギャップを埋める努力を続けることが、私の2004年の目標です。