いじめ

小学校に入学してしばらくしてから、近所の一つ年上の
何人かに、下校途中待ち伏せされていじめられた。
まぁ、殴るだけだけど、とてもショックだった。
幼稚園の時は、よく遊んでいたやつらだったんで、親に
言いつけてやったが、しばらく続いた。

回数は減ったが、4年生くらいまでは続いたかな。
そのうち、それを見ていた自分より下の学年の悪どもが
図に乗って、仕掛けてきた。
さすがに、これには耐えられなくて、全員ぶちのめした。
どういう風にしたかは覚えていないけど、 私は比較的に背が
高かったので、突いたり投げたりしたように思う。

その時、「こいつ、強えーなー」と捨てぜりふを吐いて
悪ガキどもは帰っていった。
その場は治まったが、そこで何かが変わったように思えた。
それは、小さな何かを見つけたような気持ちだった。
この事を境に、上級生からのいじめにも負けないぞ、という
気持ちを忘れないようにした。

次の年には、いつのまにか、いじめられなくなった。
この後、平和主義者だった私は、戦うことは悪くないんだ
強い自分の方が、平和になれるんだ、と実感した。

戦うことを選んだ時点で、戦わなくてもよくなる自分を
育てる決心をしたのかもしれない。
いじめ というもの、いつの時代にも存在するものだ。
何らかの原因で、いじめる側といじめられる側ができる
のであるが、発生初期では、お互いの意識または認識
が違っていることが多い。      たとえば・・・
幼稚な感情表現において、他人に暴力を振るって自己の
存在をアピールしつつ、ほとんど冗談のつもりの人間と、
常に自信が無く、何かされようものならすぐ、いじめられた
と感じてしまう人間がたまたま、居合わせるようなことなど
それこそ至る所で存在しているはずである。
しかし、いじめのパターンは数え切れないほどあるはず
なので、一概には語れないものだが人間生きている以上
どこかに自己防衛と権力拡大、そして自己満足を元となす
いじめが存在しているのである。