遊 び

子供のころの遊びを思い出すと、
自然との調和や、工夫することの喜びがあったように思う。
たしかに当時でもボードゲームや野球盤とかの
できばえのものはたくさんあった。
でも、買ってもらったものってなんだかすぐに飽きちゃうんだ。
それに、どうも他人の手の内で遊ばされているような気分になる。

凧あげ

燃えたね、デカい凧あげられるようになるために
友達といっしょに竹ひごで小さいのから作って
風を読めるように練習するんだ。
なぜ凧にヒラヒラのしっぽがいるのか、何で
反ってなきゃいけないのか、学校では習わないけど
自分たちでいろいろやって覚えるんだ。
小4の時、6年生の人が校庭で雲の中まで
凧をあげて、それこそ先生も一緒になって
凧糸をもってきては結んでいた風景は
今も忘れない。”すげーなー”って

めんこ・ベーゴマ

めんこは、結構もってたぞ。
めんこ ってこちらでは、パッチン って言うんだ
私の最強パッチンは、大判の王貞治だったが、
一度負けて、それからもうお目にかかってない。
・・・・くやしいぞ〜!
べーゴマは、種類をもっていたんだが、当時
どうも勝てなくて、取られちゃったなぁ、結構!

ローラースケート

当時まだそんなに車がバンバン走ってなかった
こともあって、舗装されている道だったらどこでも
練習できたが、児童会館って所に
ローラースケート・リンクがあって、うまくなると
そのリンクにいれてもらえるんだ。
ちなみに、私はこの辺では1番うまかった・・つもり
だけど、その内みんなゴム車輪のものに変えて
静かに走るようになったんだが、私だけは
ずっと鉄車輪で ガーガー走っていたので
ど〜も、やかましがられていたような気がする

自作ゲーム

ゲームったって、今みたいなテレビゲームなんかない時代
それに今と違って、小学生の時ってだいたいどこの家でも
「これ、欲しい〜」ってもなかなか買ってもらえなかったよ。

てなことで、買ってもらえなければ、作るしかない。
かくして私の周りには、同じ思いの仲間が集まったのだった

模造紙、ダンボール、新聞紙と、材料は揃っていた。

特に人気が高く話題になったのは、プロレスゲーム
何といっても、ゲームのキャラクターは
みんな個人で作るから、仲間が増える増える。
ジャイアント馬場から、ボボ・ブラジル、デストロイヤー他
まで、規格内の大きさだったら、だれでも参加できるんだ。
素材は何でもいいから、ブリキのやつまでいたなぁ。


そうそう、あの頃テレビで、「タイム・トンネル」ってのが
放映されていて、よく見てたんだけど

”タイムトンネル・すごろく”ってのを作った時は、
今、東大の教授してる友達が、歴史の本を持ってきて
いろいろとアドバイスしてくれたんだが、小学生のくせに
ものすごくよく知ってるんだなぁ・・これが!
おかげで、とっても ”すごい” すごろくができてしまった。
ただ、ゲームやってても、なんかむずかしくって・・・・
ああっ、いや〜っ、とっても勉強になりました・・!


まあ、自分たちで作った物は改良できるし、
愛着がわく
から、おもしろいものだ。