教 育    

教育とは、何だろう。
教育
とは、一生のことである。
ともすれば、学生時代のみに該当する言葉と
思われている方も少なくない。
伝えていくもの、全てが
教育なのである
今の日本を見ていると、どうも悲しいことが多い。
モラルの低下・・・簡単に言わないでほしい!
これは、伝統と格式を失いかけていることなのだ。
もっと深く考えるならば、
日本は多宗教が渾然一体の文化になりすぎて
”見えない存在”、すなわち どの神仏をも
本心から受け止めていないのである。
思想も、観念も、節操も、なんでもあり・・という感覚なのだ。
諸外国の法廷の場で証人喚問を行う際に、聖書に片手を置き宣誓する
習わしの国が多く見受けられる。
この場合、証人として出た人は、神 に宣誓するのであるが、うそ、偽り事を
さばき、制するのは証人本人である。
しかし、その精神的強さは、みえない存在 を意識するがゆえに成り立っているのである。
現在、直面している日本の文化の危機ともいえる無教育主義的社会は
少しづつ変化をしてきているように思われる。
社会の中で次世代に伝統や格式を伝えるべき人たちでさえ
いままでもっていたであろう、伝統や格式を忘れようとしている。
というよりも、メディアや風潮によって、自分に都合のいい解釈をし始め
また、それを周りが結果的に許してしまっているのだ。
そういう姿を目にしている次世代の若者たちは、悩み、あきらめ
自分勝手になってしまったのではないだろうか。
その中において、通常なら幼稚園児くらいまでに受け継がれるべき
伝統や格式を、成人になっても伝わっていないことにより
今度は逆に、若者たちの中での試行錯誤が始まり、
時には間違った風習が蔓延することになったように思う。

教育とは、学問を教えるだけでなく
良き伝統や格式を伝えていくことなのである。

大人たちよ、今からでも遅くない、
自分たちへの教育を考えるべきである。
正しく見、正しく聞き、正しく話し、正しく暮らす、方法を
今一度、思い出してほしい。
次世代のためにも。
・・・と思う!