社 会    

社会ってなぜあるんだろう
人間だけでなく、ほとんどの生物が少なからず、社会を形成している。
集団で暮らしているものたちだけでなく、単独行動を主とするものでさえ
関わりがある・・・というだけで社会が形成されている。
人の場合、話さない、挨拶もしない、関わらない、などという理由で
自分は他との関係を拒絶し、何をやっても関係ないと思っている人たちが
相当数、存在しているように思う。

はたしてそれで、その社会から逃れていると言えるのだろうか。
それではということで、人のいないジャングルの中で一人生活を
始めたとしよう。
この場合、その人はもはや個人ではなくなっているのである。
そう、ジャングルの中に暮らしているすべての生き物たちと同等の
おきて を背負っているのだ。

知能や能力なんてちっぽけなものになってしまうのである。
生きることに全力を尽くさなければならないのだ。
そのうち時間が経つにつれて、
なわばり ができるだろう。

その人のなわばりは、その人が管理し守っていかなくてはならない。
もし、なわばりに他のものが侵入したならば
その人は全力で戦わなければならないのだ。

逆に、こちらが自分の
なわばりから出たならば、
敢然と叩かれるのである。
それを覚悟で戦いを挑むときには、それ相当の勇気と力がいるのである

すなわち、なわばりの中は自由なのである。
自分が何をやってもいいのである。
ただ、ここで気を付けたいのは、自由と身勝手は違うということと、
たとえ、なわばり内であっても、その中には
まだ、いくつもの細かいなわばりが存在していることを理解することだ。


現代社会における、自由の定義とはそういうものなのである。
無制限と自由とを混同してしまった感覚を、いつどこで身につけたのか
それを理解しないまま、次の世代を育ててしまったのか、
いずれにせよ、
自由には 範囲がある のである。

社会の中から脱皮していると勘違いしている人たちも
実は数え切れない関わりを持ち、それぞれの
なわばりを持っているのである

なわばりを持っているものが、共に暮らす世界を
社会 ・・・・・というんだろう。  たぶん!