ある日のたわごと

更新:2001年04月30日

 

このコーナーは、気分次第でつらづらと書いていきます。

不節操なけええのこと、「くらしっく聴きがたり」なのに

「くらしっく」以外を取り上げるときもあります

 

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第5回:飯守泰次郎について

 

名古屋フィルの常任を務めた飯守泰次郎は、現在東京シティフィルのシェフを務める傍ら、多くのオーケストラに客演をしている。

彼の演奏は極めて実直なもので、適切なリズムとテンポでベートーヴェンやブラームスを演奏できる、数少ない日本人指揮者の一人だろうと思う。だから、東京での評価がうなぎ上りなのも極めて納得できる。

名古屋フィルではブラームスのツィクルス(交響曲全曲、協奏曲全曲、ドイツ・レクイエム、指揮者は分担だったが)を半年に渡って行ったり、積極的にブルックナーやワーグナー(200回記念定期は「トリスタンとイゾルデ」、退任記念の演奏会は「ワルキューレ」だった)を取り上げた。

地味な、トレーナータイプということであまり聴衆の受けはよくなかったかもしれない。名古屋の聴衆は圧倒的に華のあるタイプを好むのだ(5月の小林研一郎指揮でピアノが梯だっていうと完売だもんね)。というわけで残念ながら退任されたわけだ。

彼の演奏会で思い出に残るのはまず「ワルキューレ」(1998年3月定期)。彼の名古屋での総決算とも言える演奏会だったが、終幕の「魔の炎の音楽」の壮大だったこと! 弦をゆったりと響かせていたのが思い出される。

とまぁ、書いてきたのはただひとつ。如何に名古屋での功績が知られていないかという話をしたかったからだ。他地方ではこのあたりの功績がどれぐらい知られているんだろうか。

東京に本拠を移した途端に、人気が出るというのは音楽に限らずよくある話で(ジャイアンツの江藤なんか典型例)、飯守に限ったことではない。それは仕方のないことなのだが、フューチャーした後の評論家の態度が気になる。つまりは、東京以前のキャリアを無視して、新星現る! という書き方をしているのに強烈ない違和感を感じるのだ。

飯守は新星でもなんでもなく、オランダのエンシェデという都市でシェフを務めてきたし、それ以前も歌劇場のポストを務めていたわけだから、地方の歌劇場で経験を積み重ねてオーケストラのシェフになるという、ヨーロッパの指揮者の伝統に則った叩き上げ指揮者のイメージでよかろう。だからワーグナーがよいのも頷けるし、ワーグナーに限らず歌劇はいけるのではないかと思うのだが、閑話休題。

要するに、東京の評論家にとっては「新星」であっても、決して「新星」と評されるべきキャリアではないということを確認しておきたいのである。

次に名古屋に来るのは来年の1月のベートーヴェン。楽しみにしている。

 

(文中敬称略)

 

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