あるいは、
徒然なるままの日々を過ごし
このフロアは、要するに日記でございます・・
2001.10.28(日)
呑み屋にて。
トイレに立ち、手を洗う。そしてふと鏡に映る自分の姿を見て愕然とする。伸びかけの髪の毛、不恰好に太った輪郭、メガネ、輝きを失った眼。吹き出物の多い皮膚。
老けたなぁ(爆)。 というか、手入れしよ。
2001.10.27(土)
わたしが勤める会社に以前から知り合いの女性がいる。といっても、呑み会で1回か2回会っただけで、しゃべくった覚えはあるのだが顔や声が全く思い出せない始末、悪友のFからもバカにされてしまう(バカにバカにされるほど情けないことはないね)。彼女はちゃんと覚えていて、わが上司にさえネタにされるまでになったのだが。
そんな彼女とは部署が全然違うので会うことがなかったのだが、ようやく(・・・)昨日お会いした。こんなに美人だったか、と思うほどキュートでしかもあっかるい。それは呑み会の女王様(上司からの情報による)になるわな、と納得。「今日も呑み会なのよ! けええ君、こんど呑もうねぇ!!」だってさ。
明るくていいねぇ。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。こうやって文章を書くこともなにか面倒くさくって仕方がない。だからまとめて書くことになるんだけど、それじゃ日記じゃない。困ったもんだ、というわけで、おんなじ書き出しで何日分かの日記を書いてみることにしてみよう。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。そんな少ない時間の中でぼーっと考えるとしたら余程のことだ。この頃は悪友Fの別れた彼女に、わたしが(なぜだか)言われた一言について考えている: 「けええさん、あなたもFさんも自分を磨いてくださいよ!落ちこむんならとことん落ちこめばいいんですから!!」
あんまり、鬱っぽい人にいう言葉じゃねえよなぁ・・・というかとことんまで落ちこんでえらいことになったことがあるんだからな、と本人には伝えておいたのだが。
さて、ここで問題になるのは何を磨くのかということだ、まさかこの頃薄くなってきたアタマ(号泣)をつるつるに磨け、ということでもあるまいから、まぁ中身を磨けよ、ってことなんだけどさぁ。何をどう磨いたらいいんだろう。磨こう、磨こうと一生懸命になりすぎてダメになったはずなのに。磨くことが、すなわち考えることや感じることならば、あまりに磨くことはわたしにとってはあまりプラスにならないのかもしれない。。。。。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。となると、わたしの楽しみは食しかなくなってしまうのかぁ(競馬というものもあるけれど、あれは求道的なところがあるので)。ことに、脂っこいシェーキーズのピザがお楽しみだったのだけれど、名古屋地区の全店が閉店してしまうらしい。残念。あれを食べると、ああ、俺は体に悪いことしてるなぁ、という気分になって面白いかったんだが・・・・。
いや、本当に好きだったんだよ、シェーキーズ。こういう書き方すると嫌ってるかのように見えるけど。へそ曲がりですいません、ホント。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。競馬に行かなければ、もう少しボーっとしていられるのかもしれない。けれど競馬に行ってしまう。もう中毒の域だな。どうにかしないと、毒抜きを。
それにしても。結局何が満たされないんだろう。自分自身にもよくわからないのだけれど、その答えは、多分わたしの堕ちていくのが一体どこで止まるのかという自問の答えに似ていると思う。答えは死。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。どうしてこうなっちまったんだろう、とか俺はこれからどうなってしまうんだろう、というようなことは勤務中に考えることが多くなった。
特に、移動時間がやたらと多い再調査業務(ヤワな調査の場合、もういちど見てきてということになる。これが再調査)のときは物思いに耽り放題。こんなこと書くとクビだなぁ・・・へへ。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。仕事が忙しいというのはいいことなのだが、それだけ家の中のことがむちゃくちゃになるということでもある。洗濯は真面目にしているのだが、問題は掃除。部屋は荒れ放題、誰もよべないし。いやはや。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。大学に行っていた時期、そして無職でふらふらしていた時期は物思いに耽って、耽るごとに心持ちが暗くなっていく自分がイヤでイヤでしかたがなかったのだが、減ったら減ったで見つめなおす時間がなくなったような気がしてしまう。現金なものだなぁ (笑)。
それにしても。安心して話せる誰かがわたしの側に居て欲しいと思う。わたしの生まれた日の星占いを読むと「孤独に耐えられない」とあったけれど、当たってるなぁ。数少ない話し相手、悪友のFにも迷惑をかけっぱなしだ。こんなんでいけないのは百も承知なのだが、この頃益々昂じてきた人嫌い、人怖さはどうしようもない。ご新規の(笑)友人をつくることも出来なくなったし、チャットやメル友なんて夢のまた夢。
いろんなことに昔はアグレッシヴだったのに、あの頃の、本当の俺はどこいっちまったんだろうね。
2001.10.某(某)
ひとり部屋でぼーっとしている時間が減った。わたしの病を知ってか知らずか、友人Tがよく連れ出してくれる。うれしいのだが、財布がおいついてくれないのが珠に傷だらけの人生(笑)。
それにしても。お互い彼女がいないもの同士なので、傷を舐めあっている心持ちがしてしまうことに、自己嫌悪を覚えてしまうこと、あな情けなし。
2001.10.某(某)
調査の仕事が名古屋市の守山区の方に入ってきた。そして、図面の割り当てでわたしは驚いてしまった。わたしの旧の実家の、すぐ近くが割り当て区域になっていたからだ。生まれが名古屋のわたしは、乳飲み子の1年半を大阪・高槻で過ごした。そして、名古屋に戻ってきたときに4年間過ごしたのが守山区の、川沿いのマンションだった。
この4年は2年・2年の2つにわかれる。まだ父が事故に遭う前で、仕事が上手くいっていた時期と、父が事故に遭って重い傷を負い、そのショックで母が流産、父は仕事を失い、母が某宗教に嵌っていった時期。わたしにとっては、幸せから不幸に落ちていった場所。そして、不幸の印象が強すぎて、幸せな記憶があまり残っていない場所でもある。
それでも断片的には覚えていて、調査の最中に思い出しては懐かしがっていた。端から見てればホントに不気味なオッサンであるが、しかたがない。
昔はバス通りだった狭い狭い道はただの一方通行の道に変わっていた。自転車で降ろうとして、ずっこけて顔の半分をすりむいて母に叱られた、あの長い坂も健在だった。それからあともう少しでダンプに轢かれるところだった信号も。全てが懐かしかった。
けど、あのとき轢かれてたらどうなったんやろうか。轢かれてたらよかったのにな・・・・。
2001.10.4(木)
やっと元に戻りかけるが、まだせきがひどい。それでも熱っぽさもとれたし、関節の痛みも取れた。よし、これからじゃあ!
2001.10.1(月)
雨が降っている。のどが痛くて熱っぽい。腰や膝には痛みが走る。
おや、俺は関節痛で困っていたんじゃなかったっけ。いつのまにか、風邪まで引いていたのか。さてはて・・・。これじゃ仕事には行けないな・・・・。参った。