あるいは、

徒然なるままの日々を過ごし

このフロアは、要するに日記でございます・・

 

2001.1 2001.2 2001.3 2001.4 2001.5 2001.6
2001.7 2001.8 2001.9 2001.10 2001.11 2001.12

2001.5.31(木)

知り合いの知り合いの女の子(というからにはさして仲がいいわけではない)と会いました。その子のあだ名が「まじょ」というのですが、わたしは失念していて、思わず「悪魔」と言ってしまいました(汗)。

わたしとしては「まじょ」も「悪魔」もいっしょのようなものだと思っていたのですが・・・謝っても機嫌がなおんねえでやんの。仕方なくジュースを奢るところっと機嫌が直る。・・・総会屋の才能があるべ、彼女には(苦笑)。

2001.5.30(水)

先日、何度か話をしているクラシック音楽サークルの例会で、リヒァルト・シュトラウス(ワルツ王ヨハン・シュトラウスとは別人)という作曲家がなくなる前最後に作った 「4つの最後の歌」 という曲を聴きました。

そのうちの3番目”Beim Schlafengehen”という詩(作者はヘルマン・ヘッセ@車輪の下)が本当によかったので、昨日のM氏に負けずに載せてみます。。

3.眠りゆくとき(訳・西野茂雄)

一日の営みに私は疲れ果てた。
私の切ない願いを、星のきらめく夜が
やさしく受け入れて欲しいものだ。
疲れた子供を抱きとるように。

手よ、一切の行為をやめるがよい。
額よ、一切の思考を忘れるがよい。
いま、私の感覚のすべては
ひたすら眠りに沈みたがっている。

そして魂は誰にも見張られることなく
自由な翼を張って漂おうとしている。
夜の魔術的な世界の中で、

深く、千倍にも生きるために。

 

2001.5.29(火)

わが畏友M氏のホームページに詩のコーナー ができたそうで、興味のある方はご覧頂けたらと思います。

わたしも、(知っている詩でしたから)改めて読みなおしたわけですが、しみじみとした趣をあらためて感じました。まるで古今和歌集の感想だけれども、まぁそれはそれで。

わたしの好きな詩は茨木のり子とか、山之内獏とかです。またゆっくり書く機会もあるでしょう。

2001.5.28(月)

で、21日付けで書いたポスターの話。ちょっとマニアックなのでわかる人だけ笑っていただければ・・・。

当日競馬場に出向いて、インフォメーションで申し出ると人のよさそうな職員さんが対応してくれました。

「ああ、お誕生日ですか。おめでとうございます。では、マヤノトップガンとナリタブライアンとビワハヤヒデの中からひとつお選びください」。

「うーん、どちらかというと騎手のが欲しいんですが・・・・」 ←こんなこというやつぁいないだろうねえ。

「探してみますよ・・・・・えーっと、申し訳ないんですが これしかないんですよ」。

誰かと思えば塩村克巳騎手@ネーハイシーザーのポスターでした(笑)。ありがたく頂いてまいったことであります。

2001.5.27(日)

「ロメジュリ級」悪友Fと、競馬・雑感で10番勝負を繰り広げているキングヘイロー高橋の両人がわたしの誕生日を祝うために、わざわざ名古屋まで出てきてくれました。ささやかに呑んで、カラオケで歌ったわけですが、本当にありがたい。久々にぱーっと騒ぎました。

2001.5.25(金)

このところ、昨日の件に関しては薬も病院にもとんとご無沙汰しています。どうも飲む気も行く気もしない、治そうと決めて病院に出かけた頃の必死さはもはやありません。

よくなってきたのか、悪くなったのか。ともかくよくなったと信じたいところです。

2001.5.24(木)

電話で今後について母親といろいろと話していて、それとはなしにわたしの「鬱」についての話しに。曰く、「それは自分の中から出てきているもので、あなたの責任。自信を持ってすれば治る。わたし達はあなたをそんな風に育てた覚えはないから」。

ため息しか出ず。

2001.5.23(水)

某サークル例会での発表を来月受け持つことになる。テーマは「レクイエム・アラカルト」として、古今東西のレクイエムをいろいろと聴いてみる企画とする。といってもわたしのコレクションの中からのチョイスなので、そんなに珍しいものは取り上げられなさそうだが。

で、選曲などをするために改めて聴きなおして、レクイエムってのは、ある意味ヒーリング・ミュージックに近いのだ、と改めて実感。とはいえ、「主よ、永遠の平安を死者に与え、絶えることのない平安をも与えてください」と願うとき、そこには喜怒哀楽を超越したものしか存在しないような気がする。達観してないとそんなことは言えないものだ。

これ以上は「聴きがたり」のテーマになりそう。気が向いたら書くこともあるだろう。

2001.5.22(火)

もうすぐ誕生日ですが、なにもいいことはなさそうです。あ、競馬場行ったらポスターくれるって書いてあったな。馬券も当たらせてくれたらうれしいんだけど。なんとかひとつよろしく。>興行主

2001.5.21(月)

さわやかな気候になりました。暖かいというよりも暑さを感じます。また、夏がやってきたのですね。太っているわたしには地獄の季節の襲来です。あぁ、涼しい夏がどっかに転がってないかしら。

2001.5.20(日)

何度も書いているかもしれませんが、わたしには結婚願望のような、いわゆる世間で言うところの「幸せ」を追い求める気持ちがあまりありません。それよりも誰かと接することへの恐怖が先に立ちます。

先日指摘されたことですが、「けええさんは本音が見えない。わたしたちと話すときはいつも営業用の言葉と顔をしている」 (極めて正しい指摘で、おそらく、彼女はわたしの態度を腹に据えかねたのでしょう) というのも、その恐怖からくるものでしょう。

この「つれづれなるままに」でこそ、心の底で思ったり、考えたりしていることを記していますが、なかなか口に出せるようなことではない。

例えば、「疲れた」とか「何で生まれてきたんだろう」とか思ったとしても、そしてそれを誰かに聞いて欲しいと思ったとしても、そんなことをどうして他人に話せるでしょうか(それが女性ならば尚更のこと)。そんな閉鎖的な人間が、誰かと一緒に幸せな時間を過ごしていくのは、なんと難しいことでしょうか。・・・結局のところ、精神に闇を持つというのはこういうこと。その闇を、絶対にわたしの子どもに伝えてはいけないと思います。この闇で苦しむのはわたしだけで充分。・・・どうせ俺はボーダーライン人格障害だよ(苦笑)。

2001.5.19(土)

ラーメンがすっかりグルメの食べ物になってしまいました。それにつれて、まるでフランス料理のシェフがつぶやくような長口上が目立つようになったように思います。

昨日は近所の某ラーメン屋にいってきました。そこのラーメンについて、店内にはベタベタと張り紙がしてあって、曰く「無農薬有機農法の野菜しか使っていない」とか、「かんすいは天然の上質なものを取り寄せている」とか、まぁ健康によさそうな口上が並べてあるわけです。

しかしね、肝心の味が悪いんじゃなんにもならない。コクもキレもない、ただのとんこつラーメン。久々にまずいものを頂いたような気がします。

2001.5.18(金)

例えば好きな人が出来たとして、しかし絶対にうまく行かないだろうという予感があるとする。あなたならどうしますか?

わたしならばその気持ちが覚めるように努力するでしょう。当然、アタックをかけたりとか、そんな危険なことはしないはずです。お互いが深く傷つく危険性を認めたのだから、その危険は回避されるべきでしょう。

しかし、「ロメジュリ」級の友人Fに言わすとそれはただの怖がりだといいます。そこが「ロメジュリ」と「発情期ニワトリ」との差なんでしょうかね(笑)。

2001.5.17(木)

向き不向きのお話。

わたしの友人Kが、「あんた、保父になりなさいよぉ(注:語り口調がちょっとばかりカマっぽいのである)」 とのたまいました。「はァ?」と聞きかえすと、「あんたなら出来ると思うけど。だって、子どもとかなついてくれそうじゃない?」 だとか。

なつくだけじゃできんだろうし、第一おれぁ子どもキライだぜ? と言い返しますと、「慣れるでしょ」 と言います。う〜むと考えてしまいました。果たして慣れるまで身が持つかどうか。そして今更保父になってどうするのか、まるで「めぞん一刻」の五代君を地でいくようなもの。しかも、わたしには管理人さんはいないしね (笑)。

2001.5.16(水)

日記の日付が1日ずつずれていました(苦笑)。曜日感覚、狂いっぱなし、困ったもんだ。というわけで、先週の水曜日の日記2回分あります。

というわけで本題。

先日、恋愛診断で「発情期ニワトリ級」と診断された話を書いたところ、様々な反響を頂きました。

Fのオトモダチのゴルゴンちゃん(仮名、結構それなりまぁまぁ美形)からは、「あたってますよこの結果。けええさんってホ〜ントに恋愛ベタですもんねぇ〜」、と大変有り難いコメントを頂きました。

ほっとけ。

・・・自分は「ロメオとジュリエット級」なぞもらいおってからに。Fと一緒にロメジュリみたく毒薬でも呷って、永遠の世界へと旅立っていいぞ。わたしは神父役をやってやるぞよ。

ところで、あの話には続きがあって、別の診断(恋愛主義占い)とやらでやったら「恋愛社会主義者」だった。曰く、「恋愛社会主義者は自分がもてないと思っています。恋愛の世界には強い者と弱い者がいて、自分はそのピラミッド構造の犠牲者であると考え、世の中を恨んでいるのです」だってさ。

2001.5.15(火)

日曜日は母の日でした。街には臨時の花屋がカーネーションを売り、多くの人がその花を持って帰路についたことでしょう。家では母親にカーネーションの一輪を渡し、お互いに笑顔を作る。まぁありふれた光景ですが。そんな光景がテレビで流れます。

それをわたしの母親はどんな思いで眺めているのでしょうか。一人息子の情けなさを思って、半ば諦めているのかな、と思ってみたりもします。

− カーネーションの花を渡したとしても、おそらく浮かぶ笑顔はかりそめのもので、その場限りの歓びしか残らないのかもしれないけれど、でもなにかプレゼントのひとつでも、と思うのが人情です。

せめて、人並みの息子としてできることがしたいとは思いますが、なかなかどら息子からの脱却は難しいのかもしれません。

2001.5.14(月)

夏が近づいてきました。陽の力は日増しに強くなり、地面は益々熱を深めていきます。世の中も、私の周りもどんどん変わっていきました。

そんなわたしの日常はといえば、寝つけずに寝返りを打ち、寝ついたら寝ついたらで今度はあまりよろしくない夢を見る、ちゅう具合でなんら変わり映えがするものではありません。

今日は小学校6年生の時の夢。といってもみんなで授業を受けてる、とかそんな牧歌的なものでないのはわたしの夢ですから当然の話。

・・・友人に火傷を負わせて殺しかける夢でした。なんでこんな夢ばっかり見ているのか、いやになる。当然ながら、目覚めも悪い。

たまには、とろけるような楽しい夢も見たいのですが・・・・。なかなかね。

2001.5.13(日)

某海外ボランティアの報告会へ久しぶりに足を運びました。その会の役員さんに娘さんがいらっしゃって、わたしとも顔見知りでしたが、彼女にも会いました。かれこれ4年か5年ぶりぐらいです。

彼女の線の細い文学少女系だった外見が、活発な大学生へと変わっていて驚きましたが、彼女もまたわたしの変貌に驚いた様子でした。おそらく、いろいろと総合的に見るとわたしのほうが変貌は激しいはずですから当然ですがね。彼女が驚いた先は、外見ばかりではなかったようで−

「昔はもっとしゃきしゃきしてたのに、なんかあったんですか?」

「物静かになっちゃいましたね」

「彼女とかっていないんですか?」

「眉間のしわが深いですよ」

うん、人は5年会わないと変わるんだよ、といっておきましたが・・・。

彼女は大学に入ってそれなりに楽しんでいるそうです。わたしはというと、燃え尽きもせず、燃えあがりもせず、何やってるんだか。

2001.5.12(土)

日本を愛することが出来るかどうか。このところの教科書論争を見るに、21世紀初頭の「わが祖国」は明治時代からの厄介な命題を解くために汗を流しているように見えます。

わたしにとっての「わが祖国」は、緯度・経度とマグマの織り成す自然の美しさ(厳しさ、そして哀しみ)と美術工藝の素晴らしさを改めて思いしらすものであって、そのことについて誇らしく思います。

しかし、その自然をぶっ壊すような人間ばかりが住んでいるのであれば、そんな「国」は誇れないのであって、「場所」と「遺物」を誇るに過ぎないことになるでしょう。

いいところと悪いところを理解し、それを愛することが出来るならば男女間でも本物と言われます。「愛国心」もまた同じなのではないでしょうか。

2001.5.11(金)

某恋愛診断のページ にわが親友のFが遊びにいって、20段階中の2段階目、「ロミオとジュリエット級」になったとか。ほんならわたしも・・・とやってみると、18段階「発情期ニワトリ級」 だってさ(爆)。

「あなたには恋愛は向いていません」と書いてあった。そんなことは100も200もよくわかっておりまして、承知済みであります。

しかし・・・Fとわたしにそれほど差があるとは思えないのですがに・・・。

2001.5.10(木)

次に金が入ったら、旅に出ようと決めました。ほんの1日でもいいので、ゆっくり海岸線をたどる旅がしたい。場所は・・・そうだなぁ、紀伊半島を一周するくらいにしておこうかな。

2001.5.9(水)

1930年代まで活躍したイギリスの作曲家、エドワード・エルガーの「ジェロンティアスの夢」を聴きました。歌詞がいいんですよ、この曲は。

Farewell , but not forever! (さようなら、でも永遠に、ではないのです。)

Brother dear, Be brave and patient on thy bed of sorrow.(勇敢で、哀しみの床についているわが友よ。)

Swiftly shall pass thy night of trial here,(すぐに審判の夜をくぐりぬけさせて、)

And I will come and wake thee on the morrow.(あなたを、わたしが目覚めさせるのですから。)

みんなに敬愛されたある指揮者が亡くなった時、追悼演奏会でこの曲が取り上げられ、この ” Farewell 〜 ” の部分を歌った歌手は、そっと泪を流したという話が残っています。

2001.5.9(水)

幼い頃 − それはまだ自分に可能性があると信じていた頃− に見た夢は、怖かったり、哀しかったりするものもあったけれど、それと同じぐらい楽しいもの、うれしいものも観ていたような気がします。

今は。夢自体見なくなったし(決して薬のせいではないだろうな)、たまに見る夢も、誰かとの葛藤や争い、誰かに傷つけられてしまうものばかり。朝起きたときに、深い疲労感が残っているのです。

眠るとき、義務のように布団をかぶり始めたのはいつからだろう。せめて、眠りぐらいは安息の地であって欲しいのだけれど、どうも起きているときと一緒になってきちゃったようだ。寂しいな。

いま、朝5時。結局一睡も出来ずじまい。今から少しでも寝ようと思いますが・・・。

2001.5.8(火)

昨日の朝3時頃コンビニに出かけると、鳥がぴいぴいと鳴いている。西風が蠢き、雲が動き、月光が見え隠れ。なんか吸血鬼か何かが現れそうな夜がそこにありました。

風にも体温がありますが、その西風は生暖かく、まるで疲れ果てた誰かの吐息のようで、本当に妙な気分になりました。

2001.5.7(月)

堀辰雄の「美しき村」を読み始めました。昭和初期、初夏の軽井沢を舞台にした私小説。文章には独特の美学が充満していて、その美学に酔うた気分になります。彼の深い内省と、軽井沢の明るい花々の色の描写とが、暖色と寒色のマーブル模様のごとく展開されていくのです。

あんな文章が書けたらいいのですが・・・。

2001.5.6(日)

財布の中身が1300円の状態で某尾頭橋WINSへ。到着したのがメインレースの発売開始くらいの時間だったので、G1含めて3レース挑みました。詳しくは競馬のページに反省文(笑)を書きますのでそっちに譲りますが、見事に玉砕して財布の中身は10円玉9枚だけになりました。

情けねえったらありゃしない・・・・。来週は勝つ。

2001.5.4(金)

このところポップス系をよく聴いていたので、今度はクラシック音楽系に興味が戻ってきました。ああ、なんと節操のない(笑)。

2001.5.3(木)

昨日の続きですが、抗うつ剤を飲んだからって精神状態が好転するわけでもないんですね。自分が飲んでみてやっとわかった(笑)。無気力、無力感、自責・・・・結局何が変わったわけでもなかった。現状を維持するための最低限の効果が生まれるだけなのかもしれない。

しかし・・・。現状を維持しても、好くなってはいかないことは、確かなんですよね。

2001.5.2(水)

抗うつ剤を飲み始めてからまたぞろ胃の調子が悪くなりました。風邪こじらせてた間は、抗うつ剤どころの騒ぎではなかったので飲んでなかったんですけどね。もともと胃の調子が快調とは言いがかったので、逆にはっきり悪くなってすっきりしています。どうも、どっちつかずというのは嫌いなようで(笑)。

2001.5.1(火)

クラシック系のCD案内書にもいろいろとあって、専門家が「啓蒙書」のようなかたちで書くものから、ファンが参加して自らの見識を公開するものまで、CD以上に案内書のほうが玉石混交の趣があります。

先日手に取ったのは某社から出されている「スジガネ入りのリスナーが選ぶ」名盤案内書。図書館においてあったものです。どんなものがあるのかしら、と見てみると、多くは50年代から70年代の録音でしたが、中にはCDに復刻されていない貴重なLPを選んでいたり、あるいは手に入れることが極めて難しい輸入CDを選んでいたり、果ては発売さえされていないプライヴェート盤だったり。かと思えば口を極めてフルトヴェングラーを絶賛している。よく言えば、よくぞここまでの感がありますが、悪く言えば「見識」を争うように見えながら、結局はどれだけ「渋い」ものを挙げることで「博識」を誇るに過ぎないような気がします。

感性にスジガネが入っているということは、あるいは感性が錆付いているあかしなのかもしれませんね。感性を鈍らせないで置くことが難しいことを改めて感じさせます。