![]()
う〜ん、あまり自分で言うなって感じなんだけど、小さい頃から所謂優等生だったんです。
で、それはやっぱり母親が教育ママって感じだったからなんです。
ウチは、僕が3歳のときに両親が離婚してて、ずっとかあちゃんに育てられたんだけど、
それがなんとも・・・めっちゃ厳しかったんです。
で、「素直な子供」を強いられた感じ。反抗期とか超シカトだったし!
うん、コワかったよなあ〜(回想)。ありゃ女じゃないねっ(笑)
そんな母親だけど、でもやっぱり女一人でこんなワガママ息子?を育てるのは大変だったようで、
家には男の人がとっかえひっかえやって来てたんです。っていうことも、全部、今では
理解できることなんです。う〜ん、俺が覚えてるだけでも4人はいるしね。
小学生のときに、かあちゃんに抱かれて、男の家族から逃げたことも憶えてる。
小学生のときに、隣の部屋で親じゃない男とヤッテる声とかも聞こえてたし。
↑
こんな経験、ありませんか?(笑)ってないか・・・
でも、そういう環境の中で、なんで自分はグレなかったのかってこと。
ゲイであることを除いてはね(笑)。
そんな訳わかんない環境でも、かあちゃんが鬼のようであっても(←大袈裟)、
俺はかあちゃんの過剰なほどの期待に応えたいと、確かにあの時は思ってたんです。
勉強もめちゃめちゃやって、生徒会長とかもやって、
「なんでこんなことしてるんだろ」なんてこと、これっぽっちも思わなかったんです。
毎日は楽しかった。充実してたんです。
友達と一緒に居ても、彼女と一緒に居ても、バレーしてても、
何をしてても充実してたんです。
そして、こういった環境の中で、「強制的な素直さ」が、次第に純粋になっていったことを
今でもはっきり憶えています。
そう、俺はホントは単純素直なんだ!呆れるくらいね。
で、男の人たちはというと・・・
制圧されてたなあ、俺のかあちゃんに(笑)。
夫婦ではない、所謂愛人関係って結構イーブンだと思うんだけど、
皆さん結構ヤラれてたような・・・(汗)
今はどうしてるだろう???
ひでをは大きくなりましたよ!(笑)
俺と俺のかあちゃんとは親友のような関係です。
ウチらのやりとりを見た友達はみんなこう言います。
で、俺自身もそう思います。大事にしなきゃね!こういうの。
ところで、父親は俺が大学1年の時に亡くなったんだけど、実は父親とは知らされずに
それまで何回も交流は保ってたんです。
山形県に免許合宿に行ってたときのこと。
突然かあちゃんから宿にTEL。で、おじさんが入院したから、見舞いに行くから帰って来いって。
合宿中の俺は「はあ?」って感じ。おじさんが入院したけど、なんで予定をキャンセルして
今帰らなきゃいけないの?って言ったところ、「実は・・・」な〜んて、
遠い山形の地で衝撃の告白ってね。
あの時は何気にショックだったなあ。なにがショックだったって、
そのおじさんが自分の父親だったってことより、よく見ればスゴイ似てるのに
言われるまで全く自分の父親だったってことに全く気がつかなかったっていう
おとぼけ具合にショックでした(笑)。
確かにおかしかったんだよね、後で考えてみると。
高校生の俺に、たまに会うたびに小遣いをたくさんくれたりとか。
大学の入学式にもついて来たり、アパート探すときも一緒に来てくれたり。
でも、このおじさんイイ人だ〜ぐらいにしか思ってなかったんだよね(^^;
ここまでくると素直を通り越してただのアホ??もしかして・・・(汗)
で、そんな父親も亡くなって、1つ悩んだこと。
それは、事情はどうであれ、過程はどうであれ、亡くなる前にキチンと
この人は俺のとうちゃんなんだって認識したわけで、
それなのに亡くなったときに全く、ホントに何の感情もない自分がそこに居たこと。
冷めた自分に大学生ながら、スゴイ悩みました。
しかも、それとは裏腹に、財産相続でもめるわ、裏切りには遭うわで・・・
でも、お陰様で遺産相続のプロフェッショナルになりました。
悔しい思いも、その時にたくさんしたから、大学でも財産相続を専攻したし。
今の自分は、母親の影響を純粋に受けて、そして反発してると思います。
優しいところは、かあちゃんの普段の性格に反発してるのかな?(笑)
マザコンとかじゃあなくて、いろんな人がいろんな人生送ってるけど、
これも俺の生き方だって思えるから、ココに書きました。
かあちゃん、ありがとう!いえ〜い!
![]()