格闘編

2000年8月、妊娠3ヶ月。つわりというものを味わう。
2ヶ月の頃からすでにあったけれど、ますます酷くなった。
おなかはすくけど食べられない。
立ちくらみがする。吐き気がする。
部屋の温度がちょっとでも高いと死ぬほど気持ち悪い・・
そんなもんだからいつもクーラーはつけっぱなし。
電気代で爆死しそうでした(爆)

四六時中気持ち悪くて立ちくらみがしていたので今までやっていた家事が
おろそかになって、rzのお母さんに文句を言われるようになった。
その頃はまだ同居していたし、あたしの妊娠の事は二人以外知らなかった。
別にあたしはお母さんに何言われてもいいからまだ秘密にしておきたかった。
きっとおろせって言うって分かってたから・・。
でもrzは文句言われてるあたしが可哀想になったのか、
朝からギャーギャー言われたくないからなのかわからないけど
あたしとrzとお母さん、三人で朝ご飯を食べているときに
とうとうお母さんに話してしまいました。
でも・・そのときはお母さんは「おろせ」とは言わなかった。
むしろ賛成ムード。
それからいろいろ考えたのか、その日の夜お母さんの彼氏(=山ちゃん)抜きで
妊娠の話を持ち出してきました。
朝は産んでもいい。という方向だったのに・・
「おろして欲しい」って言われたんだ。

その日から、うちは妊娠の話ばっかりだった。
顔をあわせれば「おろせ」「おろせ」・・この時期が一番苦しかった。
赤ちゃんを殺すのならいっそあたしの事も殺してよ!
そう思うようになっていった。
お腹の中にいる赤ちゃんの命を奪おうとする全ての物が憎かった。
rzもまた然り・・
rzは産め!ともおろせ!とも言わなかった。
その事であたしはrzの事さえも「疎ましい」と思うようになった。
その時rzはrzで悩んでいたのにね。
自分の経済力で養っていけるのか、育てていけるのか・・
そう考えると「産め」とは言えず
あたしの気持ちと赤ちゃんの事を考えると「おろせ」とも言えなかった。

そんなrzの気持ちを考慮出来るほど、あたしは大人じゃなかった。
毎日毎日泣き喚いてrzを罵って・・
そんなあたしを怒りもせずに、ただ抱き寄せて泣きながら
「ごめんな・・」
rzの涙があたしのほほに伝わってきたとき、
初めて「苦しいのは自分だけじゃないんだ・・」って気付いた。
二人で泣きながらその日は眠った。

相変わらずお母さんの「おろせ」攻撃は続いていたけれど
前みたいにrzを疎ましいと思う事はなくなった。
でもお母さんはお母さんで悩んでいたんだよね。
その時あたしが18歳ということでちゃんと育てられるかも不安だったし
赤ちゃんがいるからには「結婚」という形を取らないといけなくなる。
18歳のあたしを「結婚」に縛り付けてもいいのだろうか。
仕事をしてはやめ、してはやめ・・としていたあたしに育児ができるのか。
rzは事故で足を骨折して、まだボルトが足全体に入っている状態・・
もし足が持たなくなったら入院しないといけない。
入院している間赤ちゃんとあたしはどうやって暮らすのか。
そんなことがいっぱいあって反対していたの。

ある日の夜。四人でご飯を食べていたらいつものように話題はその事に・・
いくらおろせと言っても、説得しても応じないあたしにお母さんは泣きながら
「あたしだって好きでこんな事言ってるんじゃないんだよ。
 あんたたちの将来の事を考えたら、今回はおろしたほうがいい」って。
ずっと涙を我慢していたあたしは、お母さんの涙に押されるように
泣き崩れてしまった。
今までただ「おろしたくない」としか言わなかったけれど
その時初めてお互いの言いたい事を言い合った。
でも決着がつくはずもなく・・

お母さんは中絶費用の事とか、中絶手術の話をあたしにするようになった。
ある日お母さんがあたしにサンダルを買ってきた。
「これはいて中絶しに行こうね」と遠まわしに言いながら。
またある日はあたしが子供をおろさないなら鹿児島で勝手に産め!
うちの名字はあげない!とか、おろさないなら裁判!とか
朝っぱらから怒鳴り散らすことも。
でももうrzも「産んで育てる」という方向で心を固めていたので
そうやって怒鳴り散らすお母さんを怒ってくれた。
話し合うならまだしも!って。
あたしとrz・・
お互いの心が同じ方向を向いていたからお母さんが何を言っても耐えられた。

・・そしてとうとうお母さんたちが産むことを許してくれた。



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