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イラクで日本人ボランティアの人達が拘束されて3日が過ぎてしまった。 解放されるとか言っていたけどどうなったんだろう。 この事件、成り行き次第では本当に日本の将来を左右する事件だと思う。 無事に戻って来て欲しい。祈ることしか出来ないけれど、本当に無事に戻って来てほしい。 そもそも、今、世界が平和でないのはなぜだろう。何が原因なんだろう。 「目には目を、歯には歯を」という感じで、武力には武力で応戦するというのが 私にはどうしても、どうしても間違っていると思えてしょうがない。 「正しい戦争」なんて、あるわけがない。 憎しみは憎しみを生み、そして連鎖していくのだ。 私は昔、仲の良い友達にある日を境に突然無視されたことがある。 しばらくは無視される理由も分からず、凄く腹が立ったり、悲しかったりを繰り返していたけど、 数日後にその中の1人が誕生日を迎えるというタイミングで、私は色々考えてしまった。 半年前の私の誕生日には「おめでとう」と言って誕生日プレゼントをくれたのだ。 私としては、誕生日プレゼントをくれて、お祝いしてくれたのに、私から何もしないのは釈然としなかった。 でも、だからって、今や、私が話し掛けても無視されるのだ。どうしたらいいんだろうか。 いろいろ考えた挙句、買ってきた誕生日プレゼントに、「おめでとう」とだけ書いた 手紙を添えて彼女の自転車の前籠に入れておいた。 手紙には、何か他に書こうと思えばいろいろあったけど、 誕生日プレゼントを贈るのに、「おめでとう」以外の一切の心情はいらないと思った。 ただ、「おめでとう」を伝えたかっただけなのだ。 それから数日後、誕生日を終えた彼女が何事もなかったかのように話かけてきた。 私も何事も無かったかのように、笑顔で会話した。 あれから15年が過ぎたけど、今でも仲良しだ。 相手に「ありがとう」とか、「おめでとう」とか、少しでも愛が感じられる言葉や行動は、 必ず人の心を優しくするものだと思う。人を変えるのは憎しみや、喧嘩や、無理やり心を抑えることではない。 喧嘩を吹っかけられた時こそ、自分の精神力が試されるときだと思う。 吹っかけられた喧嘩に同調していけば、自分も相手と同じ精神レベルになるのだ。 そんな時こそ、「愛」を贈るのだ。。。と、思う。 イラクの戦争も、簡単なことだと思う。傲慢な、一部の人達が、物事を難しくしているだけで、 一般の市民や、イラクで人質になっている3人の日本人の人達にはそんなこと、 とっくの昔に分かっているのだ。 人質の人達に対しては、避難勧告が出ているにも関らず危険地域に入っていったことで 責める人もいるかもしれない。 でも、自分の命の危険を顧みず、イラクの人達の為にいろいろな支援活動をしているその行動、 一体どれだけの人が出来ることか。 その愛と勇気に、私は心から敬意を表します。 |
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2004年04月11日 23時31分38秒
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あぁ、ビックリした。 さっき、職場に、昔つきあっていた人とそっくりな人が来た。 後ろ姿、横顔・・・本人かと見間違えたあの一瞬の動揺を、今でもはっきり覚えている。 私の脳内アドレナリンが、まるで一瞬のうちに全部出てしまうかと思うほどドォーッと分泌された(ハズ)。 本物の彼はここから500キロ以上離れた東京で働いている。 仕事も、今の私の仕事とは全く無縁の仕事をしている。 こんなところに来るはずが無いのだ。 そんな、現実的なことが一瞬のうちに頭をスッとよぎった。 それにより、私の脳内アドレナリンの分泌が急激に抑えられた(ハズ)。 でも、こんなに動揺するなんて・・・。ほんの一瞬だったけど、あの動揺に動揺してしまった。 彼に似ている人を、以前はよく見ていた。結構いろんなところにいるのだ。 でも、どんなに似ている人に会っても、本物の彼の方が、堂々としているし、 姿勢、表情、後姿、立居振舞、すべてにおいて自信満々のオーラが漂っているようにさえ思えた。 もう、会わなくなった今となっては、私の偶像と化した、単なるイメージでしか、ないのかもしれない。 でも、確かに昔、付き合っていた頃は彼の、そういうところが大好きだったし、 私が、それまで知り合った人の中に、彼のような人は存在していなかった。 そして、私の中の彼が、本当の彼であるなら、未だにそういう人を、彼以外に見たことがない。 でも、多分、違うのだ。 私は彼の、本当の部分を見ていなかった。 うまく言えないけれど、他の誰よりも自信に満ち溢れた、カッコイイ彼しか、見えていなかったのだから、 彼の、弱い部分、彼がもしかしたら私に訴えようとしていたことがあったとしたら、 その部分は完全に見えていなかった。 私が彼に何度か言った言葉。 「ロボット人間みたい」 彼は私の前で、本当に自信に満ち溢れた人だった。 私が、自分に無いものを彼に追い求めるあまり、そう、見えたのかもしれない。 あまりにも、自信満々で人間味に欠けるような気がして、何度かそんなことを言った。 彼が何かを訴えようものなら、私は、 「そんなふうにして、女に甘えるのが彼の手なんだな」 と、思っていた。 それでは、どこまでいっても私は彼を追いかけるばかりだ。 彼も、多分、普通の、男なんだ。 それが、あの時の私にはわからなかった。 だからフラレタんだな。。。 あ、でも、「俺は普通っていう言葉が大っ嫌い」って、よく言っていた。 あ、そうか、私はそれに洗脳されていたんだ(笑) 「自信満々の彼=彼は普通じゃない」 でも、もしかしたら、彼の、その言葉の裏に隠された、「限りない普通っぽさ」が 彼自身の一番弱い部分だったのかもしれないなぁ、なんて。 今、思います。 そして、威風堂々としている彼の心の片隅にある、「弱さ」を感じさせないその姿は、 私を永遠に子供だと思っているあの人を連想させる。 やっぱり恋愛癖がここにも出ていた。。。。 |
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2004年03月12日 11時20分35秒
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今まで、自分の手の届かなさそうな人が好きだった。 手が届くか、届かないか、微妙なラインで、かろうじて指先が触れる・・・ というような感じだろうか。 私にとっての「手が届く人」とは、 私の言う事を聞いてくれる人。 私の言うとおりに動いてくれる人という意味ではない。 私の声がきちんと届いているなぁと、感じる人だ。 逆に、「手の届かない人」とは、 私の言う事より、自分の意志を貫きとおす人。 私の声は、多分届いていないだろうなぁと感じさせる人だ。 手の届かない人が、手が届く人になったためしが今まで、ない。 つきあっても、ずっと手の届かない人だった。 手が届かない分、必死に手を伸ばして、頑張ってしまう。 だからその分、どんどん好きになってしまう。 私の、言葉を聞いて欲しい、私を、認めてよ・・・。 なぜ、そんなふうになってしまったのだろう。 手の届く人を好きになって、対等にいられたら、 もっとたくさん恋愛ができたのに。 手の、届かない人、ずっと、今まで、手が届かない人、 いる。すぐそこに、いるのだ。 それは無条件に、愛されたい、認められたい、と、思わざるを得ない存在。 その人は、私を、永遠に「子供」と思っている。 だから私は、自分を、「永遠の子供、認められない、一人前ではない」と、 無意識的に思っているのだ。 それは、世の中の、多くの人に対する、私自身のの役割を卑下しているということだ。 そして、手の届く人・・・。 その人たちを無意識的に見下しているということだ。 このままの私では、手の届かない人を永遠に好きになり続ける。 もっと自分に自信を持たなければ。 その為にもっと勇気を出さなければ。 自らの痛みをもって、他人の痛みを知れば、 人に対して優しくなる。心に余裕が出来る。 大人に、なれるかもしれない。 |
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2004年03月10日 16時04分24秒
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最近、 「○○をした方がいいような気がする」 という気持ちによくなる。 この前は、うちの、仏壇 (造りつけの仏壇で、中にお大師様の仏像が座っておられるのだが) ・・・の掃除をした方が良いような気がして、 半日かかって掃除をした。 お大師様に積もった埃を取り払ったり、ご先祖様の位牌を磨いたりした。 家の人が、私が急にそんなことをしだすものだから、不思議がっていた。 理由はわからないけど、「した方がよい」ような気がしたのだ。 あとで気付いたけど、その日は父の生みの母(父が2歳の時に亡くなった)の月命日だった。 ずっと忘れててごめんなさい、と思った。 その他にも、お大師様の台座の下から過去帳なるものが出てきた。 昔々、江戸時代のご先祖様が残したものだ。 こう書くと、江戸時代から掃除してなかったのか!? と思われるかもしれないが、そんなはずあるわけない。 私が知らなかっただけなのだ。 それだけ、私は仏壇と縁遠かったのかもしれない。 そして、ご先祖様の写真もあった。 江戸時代末期に撮影されたもののようだった。 私の曾々祖母?を養女に迎えて育ててくれた、江戸時代末期のお侍さん。 血の繋がりはないのに、なんとなく父に似ていた(笑) 多分、普通の家には、こんなに過去にさかのぼって仏壇に位牌を置いてあるということが無いだろう。 私の家は3代続いているお寺なので、とりあえず、残っているのだ。 たまに、過去を垣間見るのもいい。 自分のルーツをさかのぼってみるのもいいと思う。 そして、最後にこう思い、手を合わせるのだ。 「ありがとうございます。」 |
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2004年03月04日 16時55分10秒
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今月、休みの日はほとんど予定がない。 先週末もそうだった。 1人で暮していたときは、何もない週末がくるのが怖くて 予定を入れるようにしていたけど、今は親と暮しているので、休みの日に家にいても 一人ぼっちにならなくて、全く危機感がない。 落ち着きすぎだ。 これではイカン。 ・・・と、この前の日曜日に思った。 それでも、今さら誰も誘えなくて、「あ〜〜〜、暇だ暇だ暇だ〜〜〜〜」ともがいてみた。 ある程度もがいたら、気持ちが治まったので、思い立ってお菓子を作ってみた。 味はまぁまぁ。 見た目は失敗したけど時間は潰れたし、気も紛れた。 お菓子なんか、普段作らないのに、やってみると結構楽しい。 2種類も作ってしまった。 しかも、1つはパイ生地を作ってバナナに巻いて焼くだけの簡単レシピだったので、 また明日(祝日)も作ろうと思っている。 もう1つは沖縄のお菓子、「サーターアンダギー」という、ドーナツみたいなやつだ。 揚げる時に、その揚げ方をめぐって母親と口論になりながらも まぁ、なんとかうまくいったのだった。 次の日、会社に持っていって3時のおやつに食べてもらった。 結構評判良かったりして、ある意味自分の格を微妙に上げたかも知れない。 ・・・と、思いたい。 そんなこんなで暇をつぶした。 暇なとき、他の人はどんなことするのだろう? こんなとき、自分の意識を残したままで、他人の体に乗り移って その人の意識を体験したいと思ったりする。 暇な人の意識に乗り移って、あまりの暇さに自分を責める私を、 「あ、この人よりはましだわ」 と思わせたい。 もしくは「あ、こうすれば暇でも楽しいわ」と 参考にできる何かがあるかも。 そんなこと、出来たら怖いけど、ふと思ったりする。 おわり。 |
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2004年02月10日 17時08分10秒
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重い。重すぎる。タイトルが。 でも、最近、このことについて考えさせられることが多いのだ。 代理母出産で双子の赤ちゃんを授かった向井亜紀さんの本を今、読んでいる。 子宮頚ガンを患って、16週目のお腹の赤ちゃんとともに子宮を全部摘出しなければならなかった日から、 本当にいろいろ、身体的、精神的に苦しい日々があった。 何度もチャレンジしては失敗し、挫折を乗り越えてようやく授かった2人の赤ちゃん。 その命の重みはこの本を読めば、誰もが感じると思う。 そして、自分も、方法は違うけど、とても神秘的な体験をしながら生まれてきた。 皆同じ、とても大切な命を授かった人間なのだということを、感じずにはいられない。 そんな本を読んでいたつい先頃、よく知る知人が急逝した。 39歳という若さで、7歳の一人娘さんと、旦那さんを残して、逝ってしまった。 命ってこんなに簡単になくなってしまうのだ。 去年のクリスマス前には彼女の家でクリスマスパーティーをした。 柔ちゃんの結婚式をテレビで見ながら、みんなで批評していたのに。 亡くなる前日には友達の携帯に電話がかかってきていた。 元気だったのに。 以前に比べれば心身ともに疲れていたけど、当日まで普通に暮していた。 それが急に。過労で・・・ということだった。 7歳の娘さんが痛々しい。 泣きながら棺にすがりついて離れなかった。 こんな悲しい光景を目の当たりにしたのは初めてだ。 見てはいけない。あまりの悲しさに目をそむけてしまった。 命って本当に果敢無いのだ。 「消えてなくなりやすい、もろくて長続きしない」 果敢無いとはそういう意味らしい。 望まれて生まれてくる命もあれば、 望まれずに抹殺される命もある。 生きたいという気持ち半ばに逝ってしまう命もあれば、 自ら絶ってしまう命もある。 殺められてしまう命もある。 生まれるときは、たくさんのハードルを乗り越えて、一人で生まれてきたのだ。みんな。 でも、死ぬときはこんなにあっけない。 自分を大切にしなければいけない。 与えられた人生、大切に生きなければ。 周りの人たちのためにも、 突然逝ってしまうようなことがあってはけっしてならない。 神秘の本と、悲しい体験を通して、いろいろ感じた今週でした。 まだ明日もあるけど・・・。 |
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2004年02月5日 16時44分10秒
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ここ何年か、ずっと、私の周りにはネットワークビジネスをやっている人が次から次へとやってくる。 私自身はあまり好きではないのだ。 単に、商品を買うだけならいいけど、それを誰かに勧めたりするのは嫌なのだ。 そういうこともあって、これまで、N社やM社、A社の化粧品、健康食品など、何度か購入したが、どれも続かなかった。 N社、A社はまぁ、買うだけでもいいよ〜的なスタンスもあったので、結構気は楽だった。 ところがM社は違った。 いろんな、健康に関するデータを見せられ、セミナーもかなり勉強になる感じがしたし、 何より、料理に使える健康食品というところが売りであった。 そして、「健康の輪を広げよう、伝えよう」みたいなキャッチフレーズで、 いかにも「世の中に貢献しています」っていう感じの集団を形成していた。 セミナーの人数も半端じゃない。 1泊2日×2回で合計2000名以上は参加していると思われる大規模セミナーを 年に数回、やっている。 有名タレントのディナーショーなんかもあり、料理はもちろんM社の健康食品を使ったフルコースだったりする。 その雰囲気の盛り上がり方など半端じゃなく圧倒される。 なんなんだ、あのパワーは。 そのセミナーに参加すれば必ずこう思う。 「あぁ、M社は良い会社だ。ここの商品は間違いない。なんて楽しいのだろう、なんて勉強になるのだろう」 たとえ最初は斜に構えていたとしても、あの、1回につき1000人以上もいる集団の中では太刀打ちできない。 というか、心ごと飲み込まれるのだ。 それが「マインドコントロール」というものだと思った。 大体、「健康の輪を広げよう、まずは自分の大切な人に紹介してあげてください」とか言って、 かなりその部分を強調するけど、実際、M社の健康食品を買って、毎日言われたとおりに使っていると1ヶ月くらいしか持たない。 1セット10万円以上するものが、だ。 それを続けていくには自分が誰かを紹介しないとやっていけない。 数ヶ月以内に数人以上紹介すれば次のランクに上がってもっと安くで手に入るというやつだ。 中には、その商品で本当に救われたという人もいる。 本当に、純粋に人のために勧めたいという人もいる。 だけど、自分の「儲け心」を腹の中に隠し持って、「あなたの為に勧めたい」と、 平気な顔をして言う偽善者もいる。 あの中の、一体どれくらいの人が、自分の「儲け心」を知っているのだろう。 それを持ちつつ、裏腹な言葉を発している自分に、どれくらいの人が気付いているのだろう。 ネットワークビジネスをやっている人がみんなそんな人ではないけど、 「人のためになる」ということは、決して見返りを期待してはいけないと私は思う。 M社の人が言っていた。 「無償でやるボランティアには責任がない。 私達は高価なものを人に勧めるのだから、それなりの責任を持たなければならない。 ボランティアではないからこそ、私達には見返りがあるのが当然だ」と。 ビジネスとしてやるのであれば、見返りがあって当然だけれど、 だとすれば「人のために」ということを売りにするのは間違ってる気がする。 見返りがなければ人のために働けないというのはちょっと悲しいのではないかと思った。 |
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2004年02月2日 23時02分59秒
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夢と言っても将来の夢とかじゃない。 眠っているときに見る夢の話。 久々に夢を見た。昨日の、寝入りばなと今朝の起きがけに。 どちらもとても変な、意味のありそうな夢だった。 とても大きな横断歩道を犬に手を噛まれながら1人で渡る話。 手に噛み付いたままの犬を引きずりながら渡っていると、信号が赤に変わってしまう。 あせらず、横断歩道の真ん中で、止まっている車の後ろにぴったりついて待機していたが、 私をめがけて猛進して来るトレーラーや、目の前や後ろをいろいろな大きな車が ものすごいスピードで通り過ぎていく様は結構怖かった。 不思議に、車は私を避けて猛進していく。 私は自分の手を噛んだまま離さない犬を抱きかかえて横断歩道の真ん中に立ち尽くしている。 すると、対岸でその様子を見ていた人たちが集団で固まって私の方に歩いてきた。 私1人では、大きな車たちに飲み込まれてしまう、集団になれば、存在を示すことができて、 車からも分かりやすいだろうという配慮だと思った。 気付いたら、対岸はもうすぐそこまできていて、信号も青に変わりそうだった。 抱いている犬を見ると、多分、眠っていて、それを見た私はとても安心した。というような夢。 これまで、何かの時によく、「道」の夢を見た。 失恋してお先真っ暗という時には、「まっすぐで、真っ暗で、誰もいない道」の夢を見た。 時々、道の端に電気のついたお店屋さんがあって、 その店先には必ず男の人が立っていて、ホースで水を撒いている。 行く手をさえぎられて引き返すと、今度もまたお店があって、店先に立っている男の人が 道に向かってお○っこをしているのだ。 それでまた行く手をさえぎられて、私はどこへ行けばいいのだろう・・・というような、夢だった。 確か、車にはねられかけるところで終わった夢もあった。 道の夢って、何か、自分の人生を予知しているような感じ。 今回のは、多分、大勢の人に助けられるっていう意味だと思った。 起き掛けに見た夢は、大量のムカデを殺す夢だった。 最後に、殺したムカデの1匹1匹が袋に入れられて整然と並べられていた。 そこに、見ず知らずの女の子(もしくは私?)がやりきれない表情でペタンコ座りしていて、 いちばん足の長いムカデが入っている袋を私の顔めがけて投げつけてきた。それで終わり。 なんなんだ・・・・。 ムカデって、心理学では男性性の象徴だと聞いた事がある。 マジで?私、いっぱい殺しちゃったよ。 私の心の中、一体どうなってるんだろう???? |
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2004年01月27日 15時28分59秒
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25日、とあるホテルのブライダルフェアで模擬結婚式のモデルをした。 ウェディングドレスを着るのはもちろん初めて。モデルなどするのももちろん初めて。 その1週間前に前代未聞のまぶた腫れ及び、顔面肌荒れに見舞われ、 皮膚科に行ったり、ビタミンCをガンガン補給したり、 大好きな刺激物(キムチやカフェインなど)を控えたり、なるべく早く寝たり・・ とまぁ、これまであまり気にもしなかったことをこの1週間、やってた。 風邪なんかひいても困るし、お腹の調子が悪くなったりしても困るし、食べるものには特に気をつけた。 こんな私でも、当日出られないような状況になったり、 肌はガサガサ、目はプックリなんていう顔で出るなんてことになったら、 ホテルの人たちに申し訳がたたない。みんなこの日のために一生懸命営業したり、企画立案したりしてきたのだから。 と、そんな思いで1週間を乗り切った。 当日は、肌荒れも目の腫れもなんとか治り、 体調もまずまずな感じだった。 挙式は2パターン。今にも雪の降りそうな空の下、結構な風も吹いていたが、バルーンスパークをやったりした。 お客さんが私の格好(ノースリーブのウェディングドレス。しかも背中と鎖骨のあたりはレース!!)を見て、 「ギャー、寒そう、鳥肌立ってる〜〜!」と、言ってくれたが、私は頑張って耐えた。 普段、かなりの寒がりなのに、「仕事」となると、あまり寒さを感じなくなる。 今回は「仕事」ではないけど、ちょっとした責任感みたいなものがあった。 お客さんは私を見て、その姿を自分と重ね合わせて自分の挙式のイメージングをするハズで、 私はその夢を壊してはいけないのだ、それを壊してしまっては、 ホテルの人たちが汗水流して働いたその成果をたちまちすべて、台無しにしてしまうことになるのだ。と思ったりしていた。 ちょっと大袈裟かもしれないが。 本物のモデルさんや、女優さんは大変だろうなと思う。 雑誌や、コレクション、ドラマや、映画、舞台や、その他イベントなど、 いろいろ仕事の種類はあると思うが、どれをとっても1人でやる仕事ではない。 チームワークで進めていかなければならない。 その仕事に対する他の人の想いも十人十色だ。 だからこそ、まず自分をきちんと管理しないと だめなんだろうな。 1週間前、愕然とするほど肌が荒れて、ホントにどうしようかと思ったけど、 これは今までの私に対する神様からの警告なんだと思う。 体を「いたわる」ということ。自分の身体は自分しか労われないんだということを身にしみて感じた1週間だった。 おわり。 |
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2004年01月26日 16時18分23秒
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「恋愛をしたいと思う」と書いたその次の日くらいに、 友達に告白された。 前から何度か言ってくれている人だけど、私はどうしても「友達」としか思えない。 この前、テレビのトーク番組で石田ゆりこさんが出てた。この人、結構好き。 たまに、どうも目が悪そうな人から「似てる」と言われる。 うっそぉー?って思うけど。 ショートで、前髪を斜めにしてると、似てない人でも似てくるんだと思う。 で、この人が言ってた。 中学時代、あまりよく知らない男の子から告白された時のその感想 「気持ち悪い」 さすがに面と向かっては言っていないと思うけど、 この気持ち、分かる気がする。 と言っても、私は彼女みたいに綺麗でもなければ全然、もてない女なので、そんな偉そうなことを ヌケヌケと言っていては、これから先、生きていくのが困難になることは間違いないが、 あまりよく知らない人なのに、相手は私のことをよく知ってる(もしくは知ってるつもり)というのは やっぱり怖くなる。怖い=気持ち悪い。 相手の気持ちを受け取れない時、それは自分の自己評価が低い時だったりもする。 自分が、潜在的にでも、ありのままの自分を認めていなかったり、 嫌っていたり、女(男)としての自分に嫌悪感を持っていたり、 とにかくいろいろな要素からなる、自分に対する嫌悪感、低評価が、 他人の気持ち(褒められたり、好意を持たれたり、期待されたり、お世話されたり)を 受け入れられず、シャットアウトしてしまう。 という話を聞いたことがある。 「気持ち悪い」は相手の気持ちを受け入れられないどころか、 拒絶してしまっている。 拒絶するのにはわけがある。 それは、人を好きになるということに対して、嫌悪感があるのだと思う。 「自分が人を好きになる」ということを、まだ、自分自身に対して許可していなかったから、 相手の中にある、その気持ちを見たとき、一瞬にしてそれが合わせ鏡となり、 自分の中の嫌悪感にダイレクトに響いて来るのだ。 だから拒絶する。 ・・・って思春期の心理状態ですね。 あくまで私の思い込みであって、正しい推測ではありません。 ってことでおわり。 |
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2004年01月20日 16時42分38秒
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今年は「うるう年」らしい。 さっき、カレンダーを見ていて初めて気がついた。 前のうるう年は2000年だった。あの時はうるう年なんて感じてる余裕がなかった。 大失恋をして、立直れない日々が続いていたから。 あれから4年も経つんだなぁ。 4年という歳月が過ぎた今になって、ようやく初めてその年月の長さに重みを感じる。 ハッと気付く感じ。 4年の間、私は何をしてきただろう。仕事に打ち込んだこともあった。でも、彼を忘れられなかった。 1つのことを乗り越えるとき、人は必ずそのことに対して 真正面から取り組まなければ乗り越えられないと思う。 私は4年の間、恋愛らしい恋愛を1度もしなかった。 まだ乗り越えられていないと思う。でも、最近ようやく「恋愛したいなぁ」って思うようになってきた。 やっと、時期が来たのかも・・・と思う。 |
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2004年01月16日 14時35分03秒
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3連休、本業そっちのけでバイト三昧でした。 久しぶりに会ったバイト仲間から 「本業は楽しいか」と聞かれ、 「楽しくない」と答えてしまった。 実際、楽しいとは言えないけど、以前の仕事より 自分の時間が増えたし、気持ちの上では余裕があっていいかなぁと 思ったりする。 でも、仕事が人生の中で占めるウェイトってとても大きい。 これを利用して自己成長をしない手はないとも思う。 そう考えるとやっぱり、やりたい仕事をやる方が、自己成長への道は近い気がする。でも、 やりたい仕事をやっていない=充実していない というのとはちょっと違う気もする。 やりたい仕事をやってるわけではない私にとって、 充実した毎日をおくるには何が欠けているのか。 やっぱり恋愛かなぁ。 |
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2004年01月14日 10時31分25秒
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流行は数年後、必ずダサくなる。 音楽でも、ファッションでも、流行の最先端はすべて。 いいものはいつまでたってもダサくならない。 この違いはなんだろう。 言葉ではうまくいえないけれど、 一時で終わるものは全般的に「うすっぺらい」 感じがする。 作り手の気持ちが別の目的を目指していて、その一時さえ良ければいい、 という感じ・・・。大事にしようって気持ちがない気がする。 いつまでたっても良いものや、年を重ねるごとによくなっていくものは 作り手の気持ちがずっと離れなくて、それどころか より一層強い気持ちで育まれたりして、いつまでたっても作り手が大切に想っている。 だから、その気持ちが入って一種のパワーになり、 いつまでも良いものとして流行に関係なく人々に影響を与えたり、好まれたりするのだ。 ・・・と思ったりした。 2004年01月07日 23時56分58秒 |
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ほんとによく言われる。 自他ともに認める「おっとり気質」だ。 これが自分のダメなところだと思っていたし 今もどこかで思っている。 「天然ちゃん」と言われると、可愛がってもらえているようで 少し嬉しいような気もするが、100%良い意味で受け取って良いのだろうか。いや、いけない。それじゃまるでバカだ。 年とともに、「天然ちゃん」という言葉は不釣合いになってきて、 自分が大人になりきれない、アダルトチルドレンなのだと思えてきた。 若い頃は「天然」と言われても「そうなのかぁ〜」という程度で 特に抵抗は無かったけど、最近はその言葉の中に一種の 「蔑まれているような感覚」を覚える。この年にして天然ちゃんとは・・・ そんな中,「癒し系」は「天然ちゃん」よりも 少し知的なイメージかも・・・と 思えてきた。「癒す」とはそもそも、相手あってのことで、 自分以外の誰かの心や体を穏やかな方向に誘導してあげる力なのだと思う。 「脱!天然ちゃん!知的な癒し系目指してがんばろう!」 2004年01月07日 01時10分01秒 |
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同窓会。 最初に中学の同窓会、そして次に高校の部活のOB会。 中学・・・と言ってもみんな保育園の時からの 友達。だから思い出話がいっぱいで 笑いが絶えなかった。 高校のOB会は年齢差が幅広くて、知らない人の方が多かった。 だから、終わったらまた中学の同窓会に戻った。 戻ったら、TとMとMくんの3人だけになってて、 Mくんはすごく久しぶりだったので いっぱい話をした。同窓会って、昔から全然変わらない人と、変わったなぁ〜って思う人がいるけど、 Mくんは後者のほう。潜在的に今のような部分が あったのかもしれないけど、 話しやすくなっていて、面白かった。 4人で12時頃まで飲んで、その後、Mの音響設備の整った新車でドライブして、 安藤忠雄の建築物を見てまわった。Mくんは感動してはしゃぎまわっていた。 久々に午前様。今朝は、起きたら11時だった。 午後から頑張っていろいろ体を動かそうと思っていたけど、 NHKの「独眼竜正宗」の総集編を見ていたら、いつのまにか5時になっていた。 渡辺謙って、確か最近「ラストサムライ」でオスカー候補になったはず。 やっぱり他の人とオーラが違うと思った。秀吉役の勝新太郎はそれ以上に。 勝新との絡みは他の俳優さんは絶対緊張するに違いないと思った。 昼まで寝て、夕方までテレビ見て、夕方少し歩いて、またテレビ見て、お風呂で本読んで・・・ なんてことない1日。 でもこれでいい。 明日からお仕事です。 2004年01月04日 23時07分06秒 |
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はじめてホームページなるものを作ってみました。 なんか、試しに。 今日はこれから同窓会。 掛け持ちで2件行きます。 久々に会う人達がいるのと、 年に何回か会う人達がいるのと。 2004年01月03日 15時24分59秒 |