この「三池街道を歩く」は、著者の故石川保先生が15年の歳月を掛けて、
実地踏査され平成十二年四月に発刊された「三池街道をゆく」をテキストに
作成しました。石川先生に感謝しつつ先生の汗の結晶である「三池街道を
ゆく」を片手に私も三池街道を歩きました。       平成十四年五月。


三池街道1(岩本橋〜焼石山公園)  街道地図1  三池街道植木〜荒尾編

宮城、二重橋を築造した、熊本県八代郡東洋村出身の橋本勘五郎が明治4年頃作っと伝えられている。 川幅が広く、川岸も低いので、橋を低くする工夫として二つのアーチ橋にしたと思われる。昭和37年7月4日の集中豪雨で橋の一部が破損したので新岩本橋を建設し、分水路を開削現在は公園になっている。又橋の中央欄干には菊の紋が有る。    所在地、荒尾市上井手。                         

橋右上の白壁の家が、細川藩高瀬奉行所の岩本番所跡です。江戸時代に
は国境の川でも有り橋はなく、徒渡りであった。幕府巡見使が肥後に来るとき
には仮橋(幅2間長さ20間)が掛けられた。

 
岩本番所跡の白壁、今も番所役人の
子孫の方が住まわれている。

三池街道はこの番所跡より、干渡橋
間で約10kmです。
岩本番所を東(上流側)え行くと直ぐに
県道(大牟田高田線)に出る次に、少し
北(左)へ行くと福岡県の標識が有る
此処より左へ坂道を登る。
三池街道の始まりです。

登り始めて直ぐに竹林に出る、現在
は人一人がやっとの広さだ。「昔はも
う少しは広く、竹は昔も同じか」と考え
ながら歩いていると、山仕事の人に
出会う「昔、此処は参勤交代の道
で有った」と言われる、参勤交代は解
かりませんが、行くたびかは、お国替
えの大名行列が、島原より、長洲港
に着き、長洲往還(長洲町、荒尾市)
を通り三池新町を経て、新たな領地
へ。又反対に長洲港より船で島原へ
と行かれたそうです。        









竹林お過ぎ暫らく行くと、正覚寺の案内標識の所に出る、この標識より右(北)が三池街道です。この辺りは人家も少なく、のんびりと歩ける。
暫らく行くと赤い岩肌の焼石山自然公園にでる。





焼石山自然公園(4〜5台は駐車出来る)
この辺りの石が焼けたような色なのでそ
う呼ばれている、頂上には展望所も有り、
三池山、小岱山の眺めが素晴らしい。  
公園横を過ぎ十字路を真っ直ぐに行き、 
峠集落までは往時の面影を残して良く 
整備された一本道です。           

                                                      

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