太宰さんの心情を描写したような作品には、前回紹介した「秋風記」のような、どちらかというと下降指向的な
ものと、上昇指向的なものが、あります。
自分の中で、落ち込んだり、自分を奮い立たせたりと、二つの感情の間で、すごく苦悩しながら生きている姿が、
そういった作品からは感じられます。
今回紹介したい「新郎」という作品は、「ろまん燈籠」という作品集の中にある一遍ですが、その上昇指向にあたるもので、
太平洋戦争の戦端が開かれた、昭和16年12月8日に書かれたということで、静謐とした心境と、緊張感の中に、
とても強い意志と覚悟のようなものが感じられる作品で、僕自身もこれを読んで、多くのことを学ばされる思いがありました。
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩う(わずらう)な。明日は明日みずから
思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮らしたい。青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。
舟を浮かべたいくらい綺麗だ。山茶花(さざんか)の花びらは、桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な
花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。何もかも、なつかしいのだ。煙草一本吸うのにも、泣いてみたいくらいの
感謝の念で吸っている。まさか、本当には泣かない。思わず微笑しているという程の意味である。
(中略)
三鷹の私の家には、大学生がたくさん遊びに来る。
(中略)
私は未だいちども、この年少の友人たちに対して、面会を拒絶した事が無い。どんなにいそがしい時でも、
あがりたまえ、と言う。けれども、今までの「あがりたまえ」は、多分に消極的な「あがりたまえ」であったという事も、
否定できない。つまり、気の弱さから、仕方なく、「あがりたまえ。僕の仕事なんか、どうだっていいさ。」と淋しく笑って
言っていた事も、たしかにあったのである。
私の仕事は、訪問客を断乎(だんこ)として追い返し得るほどの立派なものではない。その訪問客の苦悩と、私の苦悩と、
どっちが深いか、それはわからぬ。私のほうが、まだしも楽なのかも知れない。
「なんだい、あれは。趣味でキリストごっこなんかに、ふけっていやがって、鼻持ちならない深刻ぶった臭い言葉ばかり
並べて、そうして本当は、ただちょっと気取ったエゴイストじゃないか。」などと言われる事の恥ずかしさに、私は、
どんなに切迫した自分の仕事があっても、立って学生たちを迎えるような傾向が無いわけでもなかったらしい。
そんなに誠意のあるウエルカムではなかったようだ。卑劣な自己防衛である。なんの責任もなかった。学生たちを怒らせ
なければ、それでよかった。私は学生たちの話を聞きながら、他の事ばかり考えていた。あたりさわりの無い短い返辞を
して、あいまいに笑っていた。私の立場ばかりを計算していたのである。学生たちは私を、はにかみの深い、おひとよし
だと思っていたかも知れない。けれども、このごろは、めっきり私も優しくなって、思う事をそのままきびしく言うように
なってしまった。普通の優しさとは少し違うのである。私の優しさは、私の全貌を加減せずに学生たちに見せてやる事なのだ。
私は、いまは責任を感じている。私のところへ来る人を、ひとりでも堕落させてはならぬと念じている。
私が最後の審判の台に立たされた時、たった一つ、「けれども私は、私と附き合った人をひとりも堕落させませんでした。」
と言い切る事が出来たら、どんなに嬉しいだろう。私はこのごろ学生たちには、思い切り苦言を呈する事にしている。
呶鳴る(どなる)事もある。それが私の優しさなのだ。そんな時には私は、この学生に殺されたっていいと思っている。
殺す学生は永遠の馬鹿である。
ーーーはなはだ、僕は、失礼なのだが、用談は、三十分くらいにして、くれないか。
今月、すこし、まじめな仕事があるのだ。ゆるせ。太宰治。 ーーー
玄関の障子に、そんな貼紙をした事もある。いい加減なごまかしの親切で逢ってやるのは、悪い事だと思ったからだ。
自分の仕事も、だいじにしたいと思いはじめて来たからだ。自分のために。学生たちのために。一日の生活は、大事だ。
(中略)
本当にもう、このごろは、一日の義務は、そのまま生涯の義務だと思って厳粛に努めなければならぬ。ごまかしては、
いけないのだ。好きな人には、一刻も早くいつわらぬ思いを飾らず打ちあけて置くがいい。きたない打算は、やめるがよい。
率直な行動には、悔いが無い。あとは天意におまかせするばかりなのだ。
(中略)
ーーー叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、将来の暮しに就いて、
いろいろ御心配して下さってありがとうございます。けれども、私はこのごろ、私の将来の生活に就いて、少しも
計画しなくなりました。虚無ではありません。あきらめでも、ありません。へたな見透しなどをつけて、右すべきか左すべきか、
秤にかけて慎重に調べていたんでは、かえって悲惨な躓き(つまずき)をするでしょう。
明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、十分に生きる事、それだけを私はこのごろ
心掛けて居ります。私は、嘘を言わなくなりました。虚栄や打算で無い勉強が、少しずつ出来るようになりました。
明日をたのんで、その場をごまかして置くような事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。
決して虚無では、ありません。いまの私にとって、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戦地の人々も、おそらくは
同じ気持ちだと思います。叔母さんも、これからは買い溜(かいだめ)などは、およしなさい。疑って失敗する事ほど醜い
生きかたは、ありません。私たちは、信じているのです。一寸の虫にも五分の赤心がありました。苦笑なさっては、いけません。
無邪気に信じている者だけが、のんきであります。私は、文学を、やめません。私は信じて成功するのです。御安心下さい。
日本を離れていた時、どうしても、日本語が恋しくなってしまいました。
それで、ロンドン中心のピカデリーサーカスというところの近くに、日本の本を
扱っている古本屋(綾波書店だったかな。。?)があったので、よく立ち寄って、
小説とかを、買ってました。古本なのに、定価よりも高いwのは、まあ仕方ないのかな?
そこでたまたま、太宰 治さんの「新樹の言葉」という本を手に取ってから、すっかり
太宰さんに、はまってしまいました。
どうして、イギリスにまで行って、太宰さんにはまるのか、自分でもよくわからないけどw
いくつか作品を読んで、どれもいい作品ばかりなのだけど、そのうちの2つ、今回と次回で
紹介してみたいなあと、思います(^−^)
今回は、その最初に手に取った「新樹の言葉」の中の一遍、「秋風記」です。
内容は、ちょっと暗く、哀しいのですが、とても美しい物語で、つい何度も読み返してしまいます。
部分的にだけ、紹介したいと思います。
ことしの晩秋、私は、格子縞の鳥打帽をまぶかにかぶって、Kを訪れた。
口笛を三度すると、Kは、裏木戸をそっとあけて、出て来る。
「いくら?」
「お金じゃない。」
Kは、私の顔を覗きこむ。
「死にたくなった?」
「うん。」
Kは、かるく下唇を噛む。
「いまごろになると、毎年きまって、いけなくなるらしいのね。寒さが、こたえるのかしら。
羽織ないの?おや、おや、素足で。」
「こういうのが、粋なんだそうだ。」
「誰が、そう教えたの?」
私は溜息をついて、「誰も教えやしない。」
Kも小さい溜息をつく。
「誰か、いいひとがないものかねえ。」
私は、微笑する。
「Kとふたりで、旅行したいのだけれど。」
Kは、まじめに、うなずく。
(中略)
「Kは、僕を憎んでいる。僕の八方美人を憎んでいる。ああ、わかった。
Kは、僕の強さを信じている。僕の才を買いかぶっている。そうして、僕の努力を、
ひとしれぬ馬鹿な努力を、ごぞんじないのだ。
らっきょうの皮を、むいてむいて、しんまでむいて、何もない。
きっとある、何かある、それを信じて、また、べつの、らっきょうの皮をむいて、むいて、
何もない、この猿のかなしみ、わかる? ゆきあたりばったりの万人を、ことごとく愛して
いるということは、誰をも、愛していないということだ。」
湯河原。下車。
「何もない、ということ、嘘だわ。」Kはどてらに着換えながら、そう言った。
「この、どてらの柄は、この青い縞は、こんなに美しいじゃないの?」
「ああ、」私は、疲れていた。「さっきの、らっきょうの話?」
「ええ、」Kは、着換えて、私のすぐ傍にひっそり座った。
「あなたは、現在を信じない。いまの、この刹那を信じることができる?」
(中略)
芸者をひとり、よんだ。
「私たち、ふたりで居ると、心中しそうで危ないから、今夜は寝ないで番をして下さいな。
死神が来たら、追っ払うんですよ。」Kがまじめに言うと、
「承知いたしました。まさかのときは、三人心中というてもあります。」と答えた。
観世縒(かんぜより)に火を点じて、その火のきえないうちに、命じられたものの名を言って
隣の人に手渡す、あの遊戯をはじめた。ちっとも役に立たないもの。はい。
「片方割れた下駄。」
「歩かない馬。」
「破れた三味線。」
「写らない写真機。」
「つかない電球。」
「飛ばない飛行機。」
「それから、ーーー」
「早く、早く。」
「真実。」
「え?」
「真実。」
「野暮だなあ。じゃあ、忍耐。」
「むずかしいのねえ、私は、苦労。」
「向上心。」
「デカダン。」
「おとといのお天気。」
「私。」 Kである。
「僕。」
「じゃあ、私も、ーーー 私。」 火が消えた。芸者のまけである。
「だって、むずかしいんだもの。」芸者は、素直にくつろいでいた。
「K、冗談だろうね。真実も、向上心も、Kご自身も、役に立たないなんて、冗談だろうね。
僕みたいな男だっても、生きて居る限りは、なんとかして、立派に生きていたいとあがいているのだ。
Kは、ばかだ。」
「おかえり。」 Kも、きっとなった。「あなたのまじめさを、あなたのまじめな苦しさを、
そんなに皆に見せびらかしたいの?」
芸者の美しさが、よくなかった。
「かえる。東京へかえる。お金くれ。かえる。」私は立ち上がって、どてらを脱いだ。
Kは、私の顔を見上げたまま、泣いている。かすかに笑顔を残したまま、泣いている。
私は、かえりたくなかった。誰も、とめてはくれないのだ。えい、死のう、死のう。
私は、着物に着換えて足袋をはいた。
宿を出た。走った。
橋のうえで立ちどまって、下の白い谷川の流れを見つめた。自分を、ばかだと思った。ばかだ、ばかだ、と思った。
「ごめんなさい。」ひっそりKは、うしろに立っている。
「ひとを、ひとをいたわるのも、ほどほどにするがいい。」私は泣き出した。