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    私にとって神とは

 まず最初に、二十一世紀の初めにイエス・キリストの本当の愛を知り、祈りの生活が出来ることを感謝します。
 私は、今迄にそれまでの生活がいっぺんに方向転換してしまうような出来事が、2回あったように思います。それらは、自分の罪に対する考え方の根底をなすものとなります。今の生き方や、聖書に対する祈りの姿勢を決定付けた出来事です。
 それは二つ在り、幼稚園の頃友達の額に一生消えない三日月型の傷をつけてしまった事と、三十一歳の時に足首などに後遺症が残ってしまう程の、大怪我をしてしまったという事です。
 ある友達が、鬼ごっこかふざけっこをしていた時だったと思います。私が、幼稚園の先生と並んで園舎から出ようとした時、他の子を追いかけていたその友達が、
急にこちらに向きを変えたのです。私を見つけて駆けて近づいて来て、私が出した足につまづくようにして、その友達は転んでしまいました。運が悪いことに、幼稚園の玄関の敷居の前に伸びるように段差が設けられていて、その子が転んだ拍子に角の部分に額をぶつけてしまったのです。客観的に見て、私が足を出していなければその子は転ばなかったのですが、私の横で一部始終を見ていた幼稚園の先生は、偶発的な事故と判断して処理したように思います。その事で、親などから注意されたという事は、全く有りません。もう、三十年以上前の出来事ですが、その男の子が額から血を流しながら、泣きじゃくって私を指さして「わざとやったんだ。」と言う様な事を、叫んでいたのを今も忘れることが出来ません。もちろん、足を出したのは歩いていたからであり、その子の行動に直ぐ対応できなかったからです。でも、其の時は自分が直ぐに止まっていればと、自分の責任を考えるようになってしまいました。今、主であるイエスを信じて祈るようになって、其の時以来、神様が私に与える試練は、それが総て終わった時に自分に全ての真理を解らせる為の訓練期間であるのかなと思うこともあります。小学生の頃、大人に成った時の自分の悪い行いによって今苦しんでいるのだなどと、総てを悪く考えてしまう程に苦しい学校生活を送っていました。そのとき想定した位の歳に達した今、それは違うのだと証明するためにも、主の前に正しく生きていかなければいけないと思います。
 幼稚園でのその後の事は覚えていませんが、小学生の頃、自分の罪に縛られた生活を送っていたのを覚えています。ここで言いたいのは過去の悲惨な状況ではなく、今の自分の罪をあがなってくださり生きる希望を与えてくださったイエス様のことです。この教会に最初に来た時に人間の罪について、真正面から初めて聞かされました。私は其の時、自分の事を理解してくださるイエス・キリストが残した御言葉が、新訳聖書であるということを知りました。その聖書の御言葉で、罪からの救いについて書かれている所に一番親しみを覚えます。いつも、自分の中に渦巻く煩悩から私を救い出してくれるからです。
 小学校の低・中学年の頃私は、先生から親に「ロボットのように人の言うことに従っていて主体性が無いですよ」と注意されました。親から直すように言われても、直す事が出来ませんでした。それは、周りの人の役に立とうという自分なりの、過去の自分の過ちに対する償いだったのだろうと今はそう思います。 高学年になると、さすがに自分の考えで行動するようになりましたが、たたかれても、持ち物にいたずらされても、じっと我慢することで罪の償いのようなものをしようとしていました。
時々、我慢できなくなり椅子とか投げたりしたので、相手も次第にエスカレートして遂にいじめにまでなってしまいました。直ぐに人を憎み、物が無くなったりすると人を疑い、自分の殻の中に閉じこもっていくようになり、中学では更に、部活の先輩からもいじめられて悲惨な状況になります。今は、主であるイエス・キリストの救いによって、どのような困難も乗越えられると信じることが出来ますが、その頃は悪くなることばかり考えていたのです。

 ただ、主は試練を与えるばかりではありません。
部活の他の先輩の励ましを通して、私に先生に相談する機会を与え、その先輩が一緒になって先生にいじめをなくすように言ってくれたのです。部活の先輩からのいじめは、そのときを境に無くなりました。それでも、友達からのいじめは中学校を卒業するまで続きました。
 高校では、とにかくいじめに合わないようにとばかり考えて過ごしていたように思います。高校一年の時、友達に誘われてブラスバンド部に入部したのですが先輩の中には少し怖そうな人も居て、秋の終わりごろには退部してしまいました。中学のとき、二年生に上がった頃から、いじめられる様になったからです。振り返って、学校生活の中でこのブラスバンド部に在籍していた7ヶ月間が一番充実していました。神様が、苦しみを短くしようとしてくださったのを、自分で駄目にしてしまったように思います。
 高校を卒業して、会社に勤めるようになっても、訳もなく絶望的な気持ちになっては、同級生に合うこともなく、くよくよとした生活を送っていました。その頃の唯一の楽しみは、FMのエアーチェックです。
この時に、神様を知っていればこの後に来る更なる困難も避けられたのではと悔やまれます。
 小学校の時に、友達に怪我を負わせてしまった事は、怪我をさせてしまった友達に高校卒業後のクラス会で、再開するまで自分を苦しめつづけるのですが、辛かった時に、
自殺にまで行かなかったのは其の時々で、熱中するものが有ったからです。小学校の5年生の頃から二十歳位までSF小説や探偵小説を読みました。多いときは、週に4冊位読んでいました。二十歳を過ぎた位から、中学の時に同じ部活に居た友達と、よくお酒を飲みに行くようになりました。その友達に誘われて中型バイクの免許を取ったり、近くにスキューバーダイビングのショップがあったので、何かスポーツを始めようと、いろいろと探していた事も有り一緒にスキューバーダイビングを始めました。海の中の世界は、潜るポイントに拠っては、陸上からは想像が出来ない程にカラフルな場所も在り、幻想的で在り、なおかつ人間にとっては死と隣り合わせの世界であるであるという、とてもその頃の私にとっては魅力的な世界でした。そして、仕事をしていても気持ちはずっと海の中にありました。やがて、ひとつの転機が訪れます。もともと、気を紛らせるためであるがために、本読みは親に止められるまで夜遅くまで読みふけり、遂には、文庫本を読んではいけないと言われる様になってしまいます。スキューバーダイビングを始めてからは、毎月ダイビングショップのツアーに参加して、伊豆の海に潜りに行く様に成ります。ダイビング仲間の中には、毎年2回は海外に潜りに行っている人も居て、うらやましいと思い、収入を増やして自分ももっときれいな海に潜れるように成ろうと、思う様になってしまいます。そうなるために工作機械の技術を身につけようと、定時制の短大の機械科で学び給料の高い会社に転職もしましたが、ストレスと疲れがたまって些細なことで大怪我をしてしまいました。後遺障害にも苦しめられる事に成ります。スキューバーダイビングは万が一の事を考えるとやらないほうが良いと頭では分かっていても、やりきれない気持ちを押さえようといつかは復帰しようとばかり考えていました。怪我で入院している時に買ったノートパソコンを、仕事の出来ない体の状態のうちは一日中雑誌や入門書を見ながら操作して時間を潰していました。仕事に復帰して、それでもスキューバーダイビングは出来そうになかったので、パソコンを自分で組み立てたりして復帰する日をいつにしようかと考えていましたが、そんな時、石川塾生が現れて聖書の世界についていろいろと話をしました。自分の経験と、一致する部分も多かったのですが、新興宗教との差が分からずにいました。ニュースで得た知識や、兄がその様な団体に入りどこかおかしな新興宗教を押し付けてきたという経験からです。疑いの心を捨てられず、新興宗教と変わらないと思いながら、それを確かめに教会に行ったのです。そこで、人間の罪を指摘する御言葉を紹介され、罪から逃れられないのが人間であり、イエス・キリストの内にあるならば救われることが出来るという様な、御言葉の教えをを聞いたのです。直感的に、自分の聖書に対する考えの間違いに気がつきました。
 その後、右足の怪我が原因で、左足も悪くしてしまうなどの多少の困難は有りましたが、最近に成ってそんな私に神様は祝福を与えてくださいました。高校時代の楽しい思い出である楽器の演奏を、今まではスポーツに目が行って暫らく遠ざかっていた、という事もあり始められないで居ました。しかし、この教会でもう一度楽器の演奏を始められるチャンスを与えてくださったのです。個人で所有するのには、余り向いているとはいえない「スーザフォン」という楽器を、教会の中に与えてくださっていたのです。その楽器で、主を賛美する事が出来るのかと思うと、私にとって是以上の祝福はありません。
 この様にして私は、今は脚に無理な力はかけられないという現実をありのままに受け入れる事ができ、イエス様がすべて善い方向へと導いてくださると知り、安心して生活が出来る様にになりました。そして、それまでの苦しい経験が、全て主の手の内で起こった事である事を知ったとき、自分が罪人である事を素直な気持ちで受け入れ、イエス・キリストにより罪は許され、心に重荷を負う事なく新しく生まれ変わった気持ちで、充実したそれでいて疲れることの無い人生を、歩むことが出来ると信じ聖書と共に生きられる恵みに感謝しています。
 今大まかに振り返って、十年単位で艱難が、私に与えられている様に思います。1970年からの10年間は,その後の10年間に比べて困難が増し加わって、与えられたように思います。
1990年からの10年間は、転職を繰り返したり、怪我も繰り返すなどの困難の多い10年間でした。2000年からは、恵みの上に恵みを、祝福の上に祝福を増し加えて頂き歩む者としてくださった事に感謝し、聖書に拠り頼む信仰の生活を送りたいと思います。祝福も艱難も、全て神様の計画によるものと信じ祈り、常に感謝して歩いていき、イエス・キリストが約束された様に、イエス・キリストが再臨する日がもうすぐやって来るので、待ちたいと思いま
す。