Mホテルのロビーについたときには6時半を5分ぐらい過ぎていた。
『takasan』ロビーを歩いていると後ろから自分を呼び止める声があった。マスターであった。彼はホテルの2階にあるカフェレストランに僕を連れていった。ママが来ていないのを知って少しがっかりした。僕はマスターが苦手である。彼は自分の考えを人に押しつけようとすることがある。以前Mで彼と口喧嘩になったこともある。そんなときにママがいてくれれば、中立的な発言をしてくれるので助かるのにと思っていたのだ。
カフェレストランには7割がた客が入っていて、ディナーを楽しんでいた。マスターはお茶も行けるかと聞いてから入っていった。最初に案内された席は両隣に先客がいたので、辺りを見回して他の席から離れている席を見つけて、ウェイトレスにあそこでもええかと聞いた。
ウェイトレスが注文したアイスコーヒーとアイスレモンティーをテーブルに置いて去ったあと、マスターは本題を切り出した。
僕は彼女との10ヶ月間をつつみ隠さず、全てを話した。
彼女が積極的に僕を誘ったこと。最初にそういう関係になった日のこと。彼女がケータイを持つまでは彼女の方から毎日電話をくれていたこと。彼女のダンナから電話があったとき、彼のことを自分の姉のダンナだという彼女の言葉を信じて疑わなかったこと。中絶費用の15万を出してほしいという彼女に20万を封筒に入れて渡したこと。それ以来彼女に申し訳けないことをしたという気持ちでいっぱいで、二人の関係を自分から絶つことができなくなってしまったこと。
僕はジグソーパズルの欠片のひとつひとつを丹念に調べながら、マスターの前に差し出した。
最後にマスターは僕にこう聞いた。
『彼が中絶の慰謝料を求めてきたら、払う気はある?』
『僕は、額の多寡はあれ、彼女には既に払ったと思っているので、さらに払う気はありません。』僕は内心マスターの質問が気に入らなかった。
僕は続けた。『彼が受けた精神的苦痛に対して慰謝料がほしいというのであったとしても、僕は彼女が結婚していることを知らなかった訳だし、これも払う必要はないと思います。』僕はしゃべりながら、自分の言葉に苛立ちを隠せないでいることを自覚していた。
『ただ、僕と彼女の二人でやったことだから、彼女が彼と別れるような結末になった場合、二人は彼に償わなければならないと思います。』
僕はここまで話して苛立ちの頂点にさしかかっていた。もし彼女ら夫婦が別れたとしても、僕は彼女に対して何か責任を取るような事は何もできないし、する気もなかった。
『いずれにしても、慰謝料を求めてきたらというような、仮定の質問に答えることは難しいです。今答えたことを念頭にマスターが彼と話し合いを持たれても困ります。実際の状況になれば、考えも判断も変わる訳だし、そんな質問は意味がないと思います。』僕は苛立ちを爆発させた。僕の苛立ちは信じることができる確かな情報が余りにも少ないことから生じていた。
話を終えて席を立ったとき、既に店に入ってから2時間が過ぎていた。 |