今日は新しく始ったプロジェクトのキックオフの懇親会があった。
プロジェクトというのは、ある企業の業務改革のために、わが社とある銀行がタイアップして結成された。僕はそのプロジェクトの実行リーダーに任命された。銀行の人たちと仕事をするのは初めてであった。
懇親会では、銀行の支店長が話術巧みに語る業務上のエピソードが興味深く、やはり僕たちメーカーの人間とは違うことを感じさせた。商品がお金であるだけに、業務の上でも様々な人間ドラマが展開されることを知った。
懇親会がお開きになったとき、9時を過ぎていた。
銀行の人たちと挨拶をして別れた後、僕たちもそれぞれ帰宅することにした。
懇親会があった場所は、ラウンジMがある場所から北よりの筋を東に2ブロックほど行ったところにあったが、今日はMに行く気はなかった。
ジェシーのことはダイアリーを書くことで自分の心にけじめをつけようと考えていたし、それをMの女の子に見せることでラウンジMともひとつの区切りをつけたいとも考えていた。しばらくMには行かないつもりでいた。
駅でみんなとも別れた後、ひとり地下鉄に乗った。
スナックSに行くことを決めて、一番後ろの車輌の乗車口のところで電車を待った。家に帰る時は、乗り換えに便利な後ろから3両目の2番目の扉から乗ることにしている。
地下鉄のK駅で途中下車をした。スナックSはJRのB駅と地下鉄のK駅がそれぞれ最も近い。というか、どちらからも遠い。
Sに向かって、商店街や公園を通り抜けながら、今日もあんまりおもしろくなかったらどうしようとか、やっぱり僕にはMがあってるのかななどと考えながら、歩いた。
S入ると、珍しくボックス席に3人のお客さんがいるだけでカウンターには誰も座っていなかった。ボックス席にいる客のどの顔も自分が知らないということも珍しかった。
ママをボックス席に残し、ガンちゃんが僕の相手をするためにカウンターに戻ってくれた。
水曜日はガンちゃんの他にみさちゃんもいるはずだが、姿が見えなかった。
ママの話では、みさちゃんは今月いっぱいで昼間の仕事を辞めるのだそうだ。来週も勤めていた会社の送別会で店を休むらしい。
(それって、寿退社ってこと?)僕より後からやってきたお客がママに訊いた。ママはどちらともとれるような答しか返さなかった。
そういえば、みさちゃんとこの前話したとき、最近会社は全然暇だけど、習い事始めたので忙しいって言っていたのを思い出した。そのとき僕は、彼女は転職をするために習い事を始めたんだろうと勝手に想像していた。やっぱり花嫁修業だったんだろうか。
ママは、この店も辞めるのかという客の問いに対し、『彼女は絶対に辞めさせへん』と強く否定した。
『takasan、奥さんのこと大事にせなあかんで。』僕の前にいるガンちゃんが突然僕に話しかけた。
『えっ。何のこと?』最近耳にすることが多くなったフレーズを思いがけなく聴いたので、僕は驚いた。
『彼女は本当は悪い人じゃないと思う。』彼女は僕の問いには答えず、話を続けた。
『彼女って?』
『彼女は、takasanが書いているのを読んでいるとtakasanを騙しているように見えるけど、takasan自身も騙されたって感じているかもしれないけど、』彼女は僕のダイアリーを読んでいた。何故?
『えっ!』
『takasanは、彼女が、彼女自身がtakasanのこと守ったとは考えれない? しかも捨て身で。』
僕は驚かされた。意外な人から意外な意見を聞かされて。
しばらくして僕はスナックSを出た。僕は小雨に濡れながら、タクシーを待つ間、ガンちゃんの言葉を繰り返し思い出した。
僕は、今回の一連のことの中ではじめて救われたような気持ちを感じていた。
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