けっこんまでのはなし
けっこんまでのはなし
 
 


 まめ夫婦は、1999年10月23日に結婚式を挙げました。
かれこれ結婚1年半が経ちます。(早いなぁ・・・・)
まめとだんなさまの間で、どんなことがあったかをまとめていきます。

お付き合い開始

付き合い始めたのは1996年3月10日、今から5年前でした。
初めてのデートは葛西臨海水族園に行きました。
当日は、お互いの家がクルマで1時間弱の距離というところに住んでいたにも関わらず
まめの住む近くのコンビニ前まで、、わざわざ来てくれました。
これには、かなりびっくりしたのを覚えています。
実は、自宅から待ち合わせ場所へ向かう途中「どうせ、まだお互い顔も知らないんだ。
見てイヤならそのままコンビニに入って、素通りしちゃえ!」なんてよからぬことを考えていました。
・・・・・・・・・あとから聞いたら、彼も同じような事を考えていたそうです。(笑)

初めに彼を見たときは「この人とは、うまく付き合って行けるのかなぁ」っていう違和感があったけど、
水族園に着いていろんな魚や動物をみていくうちに、話しが合うなって思い違和感を全く
感じなくなって来て、とても楽しかったのを思い出します。
そして、”この人と付き合おう”と思ったのは、園内を見て歩いていて途中でトイレの前を通った時に言った一言。
「トイレ、大丈夫?」でした。(確かこう言ったかと・・・・・)
なかなか言い出せない”心理的なところ”を分かってくれているんだなーって思い
「この人なら大丈夫!」と確信したのを覚えています。
(今、話すと笑われます・・・・・っていうか、今じゃ聞いてもくれな〜い。)
そんなこんなでお付き合いが始まり、1ヶ月後のまめの誕生日と合わせて箱根温泉旅行に行きました。

それからは、まめの一人暮らしの部屋がお付き合いの拠点となり、土曜日になると
クルマを飛ばして遊びに来てくれました。
そこからクルマや電車で出かけたりもしたし、朝早くに駅前で待ち合わせ、日帰り温泉に行ってみたり。
夏には、必ず1泊もしくは2〜3泊で旅行に行くことが、お決まり行事でした。
白馬や乗鞍に行ったり、遠くは仙台にまで(確か・・・)行ったことも。
出不精のまめとしては、新鮮でもありちょっとだけ辛くも(?)ありました。(笑)
もちろん彼が、まめ邸に泊まっていくのは当たり前なこととなっていました。

結婚の決め手

 結婚を意識したのは、1998年の4月。まめの27歳の誕生日の直前でした。
まめの中で、ちょっとした”事件”が起き、今後のことを考えようというようなことになり
まめはメールで、彼は手紙でそれぞれ返事を書きました。まめの返事は、別れたいということでした。
彼の答えは、まめとは正反対で「○○と一生を共にしていきたい」というような内容でした。
(その手紙は、すぐ見れるところに隠して(?)あります。でも本人が知ると恥かしがるだろうから内緒。)
彼が手紙を置いて帰ったあと、ひとりで読みながら泣きまくり、そのあと彼の部屋に電話をして
留守電に手紙を読んで言いたいことを、吹きこんだのを覚えています。
そしてこの時に ”この人と結婚すればいいのか〜。”と、つい口に出して言っちゃいました。
部屋には、まめ以外だーれも居ないのにね〜。はずかしーわー。

第1次結婚準備

結婚準備として動き始めたのは、1998年7月。ゼクシィを買い式場探しから。
とは言っても、まだ資料を貰いフェアに行って試食をしたいな、なんていう程度のもの。(笑)
そして、何件か試食会・見学会に行くうちにまめの中では「ココがいい!」という式場に出会いました。
それは、都内のおしゃれな位置にある、式場(ホテル)でした。
彼と意見が一致し、そのあと予約を入れたり、お互いの家に挨拶に行ったり。
でも、第1次準備期間はそこでおしまい。挙式が翌年10月なので第1回目の打ち合わせの7月まで
半年も間があったんです。なので、しばしの間式場側とのやりとりはなし。
その後4月に両家の顔合わせをし、6月に結納をしました。

手作り

準備の中で、手作りしようと思っていたものがありました。それは「リングピロー」と「ウエディングベア」。
なかには、席札やカードはたまた衣装まで作ってしまう人がいる中で、「不器用日本一!」のまめが
作れるものといったら、せいぜい上の2点ぐらいしかありません。
まずは、材料を探そうと思いいちばん楽チンなキットものを探すことに。
これは某通販カタログにて、キットが販売されていたので何はなくとも取り寄せることに。
 縫い針やはさみといった道具以外の材料は全て揃えられているのですぐに取りかかれました。
しかし・・・。飽き性・めんどくさがりのまめは、すぐに挫折(^_^;)新居へ引っ越すまでには、
せめてベアだけでも終わらせようと決めていたのに、ボディを2体やっとこさ作り終えただけ。
ピローの方は、全く手もつけずに新居へお運びすることに。
引越し後も引き続き作成を続け(完全に見本は無視状態!)ベアとピローを完成させました。
挙式1週間前くらいには、式場担当者に預かってもらうために持って行きました。
縫い目とかがバレバレで、かなり恥かしかったけど、誉めてもらえたので嬉しかった。

  
左がウエディングベア、右がリングピロー。男の子ベアの衣装は、付いてた布で作ったら失敗したので
自分で生地を買ってきて作りました。両方とも、今でもそのまま飾ってあります。

第2次結婚準備

6月の結納を終え、本格的に準備に入ることに。
いちばん最初にあったのが、ブライダルフェア。ここでは両母親を連れて4人でフェアに望みました。
引き出物やテーブル飾花にブーケや衣装なども見ました。
衣装は、既に母親と行ってその時に決めてあったので1着だけ試着の予約を入れて終わり。
その後で二人で出向き、二人の衣装・ブーケなどを決定しました。

  
そして、フェアと同じときに新居探しも始めることに。
新居の場所は、お互いの通勤にさほど不便でないところと決めていたので、簡単に決まりました。
ただ部屋に関しては、いくつか案内してもらって見ていったけどいまいち気に入らず、
最後の1件を見ようという事に。でも、そこはこれから退去だと言うことでまだ入れなかったので
後で不動産やさんから連絡を貰い、内見して即決しました。引越し日は1999年8月15日と決定し、
この日までの15日間で、新居の掃除家電製品の買い物・搬入、まめに至っては一人暮らしを終えるので、
引き払いなどの手続きと荷作りに追われて、あっという間に引越し当日になってしまいました。
引越し後、勤めながらも家事をこなし、結婚式に向けての残りの準備なども進めました。
父親に挙式の流れのビデオを見せて「こう歩くのよ〜!」なんて教えたり、ピローを完成させたり
顔・襟足剃りに行ったり。ちまちまとやることが多く、なんとなくてんてこまいの毎日でした。
でも、そんなこんなでようやく当日を迎えることに・・・・・・。

挙式・披露宴当日

この日は、秋晴れでとってもいい天気でした。
新婦は早く会場入りしてヘアメイクをしたり衣装に着替えなくてはならないので、
ねぼけまなこの彼を尻目に、式場まで向かいました。片道電車で1時間ちょっと掛かります。
途中電車の中でふと、寝てやしないか心配になって彼の携帯に”起きてるかコール”をしてました。
式場に到着し、いよいよメイクをしてもらい、ドレスに着替えることに。
メイクは、リハーサルをしていたので同じようにやってもらえてばっちり。
ヘアは、色ドレスの時に巻き巻きヘアになるように巻きあげてティアラとベールをつけて。
その後写真撮影をして、親族紹介の後チャペルにて挙式。
その後に、披露宴が始まり”めいいっぱい”その日を楽しみました。
 そして、最後には・・・・”花嫁の手紙”を読みました。
結婚式を既に終えた友達などに、手紙は読むか読まないか聞いて回ったら半々だったので
考えた末、演出の為に(!)読むことに。内容にはかなりの苦労が見えた・・・かな?
で、絶対に”泣くまい!”と思っていたのに、泣いちゃいました。(ちょっとよ、ちょっと・・・)
その後、誰に会うのが恥かしかったかって・・・それは、招待した勤め先の面々でした(^_^;)

その後・・・・・

挙式後に3泊で近いところで、新婚旅行(仮)に行きました。なぜ(仮)かと言うと・・・・・
本当に行きたいところには、1月末頃に行くのが1番よかったから。(・・・・確か)
この旅行は、フンパツして楽しみました。いちばんのフンパツは、部屋に露天風呂が付いている宿をとったこと。
食事も個室でのんびり食べられ、今までにない贅沢を味わったかな?
(ただ、出発後数時間後には、カーナビのモニターが写らなくなる事件があって大変だったけどね〜)
ちなみに、本当の新婚旅行は2000年1月末〜2月に掛け、1週間くらいでモルジブに行きました。
青い空・きれいな海で日本を忘れるくらい、思いっきり楽しんでリフレッシュしてきました。

3泊旅行の数日後、11月1日には、まだ済ませていなかった”入籍”をすることに。
まめは、この日が結婚後初出勤だったので、休むわけにはいかないので朝1番で提出し、出勤することに。
書類は事前に見本を見つつ、しっかりと記入しておいたので、ミスもなくあっさりと受理されました。
そして、市役所からのお祝いで苗木をもらい「あっけなかったなぁ」と思いつつ、市役所を後にしました。
もらった苗木は、まめだんなの実家に持って行ってもらい、植えてもらいました。

そして、兼業主婦を丸1年経験後、2000年10月31日付けで退職し、専業主婦になりました。
8年勤めつづけてきたので辞めるのは惜しかったし社内で反対もされたけど
残業が増え大変になってきたので、思いきって退職しました。
今ではだんなさまが、頑張ってくれているので安心して(?)専業主婦を楽しんでいます。