<雑感 西穂高から中房>   1966/07/25〜07/28   

写真縦位置_左

 
 *** 夏山は涼しくないか ***
 
 先般の立山ー薬師岳ー新穂高縦走に続き、今回は西穂ー奥穂の緊張はあったが楽しい山旅だった。
最初の予定より一日早く歩き通し名古屋行き最終列車に乗り込む幸運に恵まれた。松本駅で生ビー
ルの乾杯までして。
 私は夜行列車を待つのが好きでないし、中房や松本が暑かったのに汽車が塩尻からちょっと木曽
谷に入ると夕方になったせいもあってか、ひんやりした空気が車内に流れこみ煤煙さえ無ければ言
うことないのだが。
 昨日は、無事を祈りつつ槍、穂高を歩いた。今回の山行は極めて平穏無事に終わり淡々と歩けた
感じがする。ただ一般道としては難路とされる西穂ー奥穂ー槍をあっけなく歩いてしまい、心残り
だった数多くの未登ピークを踏み、剣ー立山を除けば当分の間は北アにこだわりは無い。ちょっと
肩の荷を下ろした気持ちに浸っている。
 危険な西穂ー槍の間は晴天を祈っていたが、今日になって晴天の暑さにうんざりし、もう晴は結
構だと思うようになってしまった。勝手なものだ。実際、今日曇りか雨ならば、常念から蝶ヶ岳へ
行き未登の大滝山に登るつもりだったが、今日もまた晴れてしまい、それでも大天井までは迷いな
がら歩いたが連日の睡眠不足と強行で疲労感があり、ルートが風下側斜面についているところでは
名古屋にいるのと変わらないくらい暑い息苦しさを感じ大天井の分岐点に来た時、日陰でしかも風
上になる燕へのトラバース道へ入ってしまった。
 3000mの稜線でも夏山では朝の6時半を過ぎたら東側斜面は暑くなる。私としては平地と同じく
らい応えるのだ。私は今日になって初めて一つの事実に気付いた。夏山に涼を求めて来るのは誤り
かも知れぬいうこと。特に暑さに弱い私は、もう夏山は原則止めたいと考えたりする。
 登山者で混んでいるか否かにかかわりなくだ。夏はどこかでキャンプして読書でもするか、沢歩
きを主としてやるのがいいかも。もっともそうした場合、湿地に多いアブやブヨなどの虫のことが
問題になるのだが。案外いいのが自分の家に篭ることかもしれない。
 山は春秋が自分に最も適している。冬もラッセルを除けば、安全第一でやる余地はあろう。雪の
無い山は迫力に欠ける。

 *** 山小屋は廊下がいい ***
 
 さて今回の山旅で一つの発見があった。それは登山ルートの画一化ということ。最近のガイドブ
ックは燕ー槍、槍ー穂高、奥穂ー西穂という方向ばかり載せている。そして一般登山者はそれを鵜
呑みにして自分ではコースを考えない。逆縦走を試みる者が非常に少ない。すれ違う登山者はあっ
ても抜きつ抜かれつする登山者は槍ー燕では一人も見なかったし、奥穂ー槍では二人組一パーティ、
北穂からずーと遅れたのが二、三組あったかも知れぬ。また西穂ー奥穂では最も多く数パーティに
会ったと思うが天狗以後はずーと遅れ、私が前穂をピストンする間に彼らがどうなったか知らない。
おかげで私は最盛期の雑踏恐怖を吹き飛ばし、意外に静かな山旅を味わうことができた。さすがに
混んでいたのは奥穂ー槍ー燕だが奥穂の小屋以外は素通りしたので不自由はあまりなかった。西穂
の小屋は50人、西岳小屋は10人あまりの宿泊者があったのみ。ただし奥穂の小屋はすし詰めにされ、
人いきれで室内は冬の夜行列車並みに暑く私はたまりかねて廊下で寝たが布団が無いのでだんだん
寒くなり眠れなかった。それでも蒸し風呂のような室内よりはよかった。
 槍の肩から頂上までの登山路が複線になっていたのは面白かった。山頂に着いたときは、あちこ
ちガスがかかったり消えたりしていたが既に私は縦走路でいろいろな角度から四囲の山々を見尽く
していたので心残りもなくすぐ引き返してしまった。話の種にと登ったということだ。長い縦走路
からは白山をかすかに拝めたのに感激した。富士山、南ア、中ア、八ヶ岳、妙高山群も眺めた。登
山客が喜んで拝むご来光にはあまり関心が無かった。布団の中は暖かった。

 *** 山歩きの情景 ***

  私は山小屋で出される食事はすべてお茶漬けにする習慣がついてしまった。実にうまい。今ま
で考えられなかったことだが小さい茶碗なら三、四杯でも食べてしまう。昼も水筒にお茶を携帯し
て片付けようと試みたが多少のご利益はあったろう。その結果私は以前より多くの水をとるように
なった。それ故、朝の歩き始めはできるだけゆっくり歩き汗をかかないようにしなければならない。
もっともこれは防ぎきれるものではない。
 西岳小屋のおかずはキャベツの千切りや新しいナスの漬物など食欲をそそるものがあってよかっ
た。奥穂小屋の外側に設置してある水場には驚いた。これは雨水を貯めたものだろう。これで歯磨
きなどができる。
 殆どが尾根歩きだった今回の山旅では、ルートが風上側斜面についているか風下側斜面について
いるかを意識して歩いた。これは真夏の晴天続きのせいもある。私は歩きながら先のルートがどち
らに付いているかを注意深く探る。直接見通せないときは勘に頼る。そして風上ルートに来ると、
ゆっくり歩き体力を蓄え、風下ルートに入ると同時になるべく速くそこを通過するように急ぎ足で
歩くのだ。西穂ー槍では急斜面が多く比較的楽だったが、槍ー大天井では辛いところがあった。
 天上沢コルは居合わせた登山者が吹き上げる風をルームクーラーに例えるほどの涼しい休憩所だ
った。私は道が天上沢の谷を覗いている場所へ来る度に立ち止まり、まるで焚き火にでもあたるよ
うに体をひっくり返しながら谷を覗きこみ吹き上げる風にあたった。素晴らしい冷風が楽しめた。

 *** 小生意気な独り言 ***

 山行を予定通り無事に終えることは嬉しいことだ。天候などの変化にうまく順応できなく誤った
判断で生命の危険にさらされることは避けたい。
 今回その危険を起こさしめなかった天候に恵まれた。その点、造物主に感謝していいのではない
かと思われるのだが、最近はそれより自分の力量の確認に終止する傾向があることを自戒しなけれ
ばと思う。
 この春以来、山旅で生命の危険を感じたこが幸い無かったが、ただ一つ抜戸岳稜線へ取りついた
ときは神聖な気持ちになった。もっともこの時はうまくやったという気持ちが先に立ち、神への感
謝ということは後回しになってしまった。むしろ生命を全うしたという気持ちが強かった。
 安心感と落ち着きを得た。その結果私は楽天的傾向をとり、山行についはすべてうまく行くと自
分に思い込ませるようにしむけている一面があろう。私の経験が自分でも気づかぬうちに熟達し自
分で計画した山行なら、十二分に初志をを貫徹できると思い込む傾向が頭をもたげている。
 山以外の色々なことなことに対する自分を考えると、やはり自分の生活信条は根本的に変わらな
い、家族の存在も無視できない段階にあるのも事実だ。

					         1969/09/07  記す
  						      2012/03/12 補筆

このときのタイムは西穂高から中房に書いてあります。
to top page

写真横位置_横