*** 戸隠に入る ***
山にしか関心の無い私は「バードライン」などという有料道路のあることなど長野駅に着くまで
知らなかった。しかしバスからの眺めは悪くない。善光寺らしい大きな寺の横を通り過ぎるとバス
はどんどん高度を上げた。小高い山地に入るとまず飯縄山の両耳が視界に入ってきた。この山は大
座法師池からの眺めが最も良さそうだ。次は戸隠表山の鋸、風呂に入って顔だけ出した感じ。親し
みあり、隔たりを感じない。滑稽でもある。仙人池からの八ッ峰、双六からの槍、雲の平からの黒
部五郎より古さを保っているように思える。
牧場の入口で下車。キャンプ場を過ぎ牧場事務所で道を確認する。踏跡の判然としない道が続い
ていた。夕暮れのせいか戸隠山はすぐ近くに感じられたが歩いてみると結構時間がかかった。大洞
沢を左右に渡り歩き帯岩を過ぎ、最後の水場である一杯清水に着く頃は懐中電灯が必要となった。
水筒に水を入れて一不動に着く。田口、戸隠方面の灯りが見える。懐かしくもあり寂しくもあり。
ブロック造りの立派な避難小屋では篠ノ井から来たという二人組のパーティが夕食の支度をしてい
た。
*** 「おじさん」と呼ばれる ***
翌朝、同じ時刻に起きた三人だがα米を使う私は質素ながら時間だけは早い。やはり高妻山に向
かうといっていた二人を残して小屋を後にする。高曇りはしているものゝ稜線からは四囲の山々が
よく見える。後立山連峰も遠望できてご機嫌の私。左前方に顔を出した高妻山は牧場からは見えず
奥まったところに孤高の境地を堅持している。しかしこの稜線は実にアップダウンの多い骨の折れ
る尾根だった。
それでも最後の急な山腹を登りきり平坦な道になるとあっさり頂上に躍り出た。大きな岩がごろ
ごろしていて愉快な気分で渡り歩いた。妙高方面の山々もよく見えたが雨飾は距離のせいもあった
のだろか弱々しく登高欲をかきたてなかった。
乙妻山に向う。ひどい藪漕ぎだ。途中の急な斜面の岩場で足を滑らせ、いやというほど右手を打
った。思わず
「何だ。こんことでどうするんだ!」
と自分に怒鳴りつけてみたが痛みが減るわけもなかった。
這松の気持ちのいい尾根から熊笹の間にもぐり熊の平に出る。池塘がありワタスゲを見る。
平和な草原だ。ガンコウラン美し。静かな乙妻山から引き返すと、すぐあとを追ってきた昨夜の二
人組に会う。高妻山で一服し下山にかかると間もなく二人組が私を追い抜いた。しばらく行くとさ
っきの二人組が立ち止まっている。高校上級か大学に入ったばかりの弟らしい一人が
「おじさん、猿!」
と話しかけてきた。私はその言葉から受けたショックをかき消すように、さも猿にびっくりしたよ
うな振りをして彼の指す方向を覗き込んだ。
あとで考えてみると、やはり私は「おじさん」と呼ばれるのが相応の歳になっていた。やはり寂
し気持ちがこみ上げて来る。いつまでも若くはない。
一不動から南に入ると単に騒々しくなってきた。数えきれぬほどのハイカーとすれ違う。稜線東
側の岩壁や岩峰には苔、草、潅木などが生い茂り崩れがないので、剣岳あたりの壮絶さはない。
広大な庭園と呼ぶべき光景だ。
西側は諦め八方睨から奥社に下山する。蟻の戸渡り面白し。鎖場の下降はさきほど打った右手が
痛く不自由を感じる。奥社に着き参拝。水がうまい。稜線の岩峰に霧がかかり、谷川岳の登山を思
い出す。中社の奥まったところにある民宿曽根原宅に落ち着く。奥社からの美しい杉木立に見とれ
て歩いてきたが今日は随分疲れた。
宿の夜。地図とバスダイアを見ながら考えた。うまくやれば今回予定してなかった飯縄山を早朝
に済ませられるかも。
*** いろいろあった ***
朝5時、私の握りこぶし位の大きな握り飯二個と今朝焼いたばかりの鮭を持って奥さんが部屋に入
ってきた。すぐ飯縄山へ出発。朝もやの山と高原。ゆるく長い森林帯を抜け、四囲の山々と中社、
宝光社の集落を眺める。静まりかえっている。遠方には後立山連峰が薄いピンク色に輝いている。
山頂に近づくにしたがって背の低い笹原となり所々に潅木や大きな岩が転がっている様子は、雲仙
の印象と似ていると思った。バスの発車時刻まであまり時間がないので山頂ではゆっくり出来ず下
山にかかる。宿に帰ると子守をしていた奥さんは美味しいナスの漬物とお茶を出してくれた。
縁側に腰を下ろし後立山連峰を眺めながら腹一杯お茶を飲み、曽根原家を後にした。
私は黒姫山を南登山口から登るつもりでいた。ところがバスの車掌が何も言ってくれないのでと
うとう柏原まで来るはめになってしまった。私は計画を変更し黒姫高原から表登山道に入った。
この山は登る山ではなく眺める山だ。殆ど全山に密生する熊笹に、わたしは全く閉口した。ただ
七ツ池のあたりは笹の背も低く池塘と調和し山側には雲の平を思わせる黒い岩と潅木の美しい庭園
があったりして素晴しい山行となった。下りで通った小泉山道は表登山道より歩きやすかったが、
途中の分岐点で休んでいた単独行の女性に気兼ねして、ろくすっぽ指導標の確認もせず通り過ぎて
しまい、うっかりして北登山道へ下ってしまい石ころのオスタカ林道を3kあまり歩かねばならぬ
破目になってしまった。暑い日ではあったが夏空は時々雲が出てかっこうの涼を与えてくれた。幸
運な山旅だった。
柏原に戻ってみると民宿はどこも満室だった。私は田口へ向った。ところが田口には宿がなかっ
た。燕温泉行きのバスはもう無かった。私は止む無く池の平へ入ることにした。
せっかくやって来た池の平だったが運悪く登山道が途中で通行止めになっていることを知り明日
再び田口へ戻り燕温泉経由で入山することにする。
*** 高谷池の夜景 ***
朝になった。今夜は山小屋泊まりなので朝風呂に入る。温泉はいつも湯がきれいだからいい。
田口に戻り、駅に寝袋と不要なものをリュックなどともに預けサブザックに炊事用具などを入れ
て燕温泉行きのバスに乗る。意外に客はまばらだ。赤倉温泉はちょっとした街だ。
もうかれこれ十年になる。卒業間近の私は学校のスキー講習会に参加した。金ボタンのついた学
生服と手拭で頬被りという、あの頃でも他にこんな格好をしいるスキーヤーは見当たらなかったろ
う。そんなスタイルで平気で滑った。当時のスキー場の面影は私の記憶に漠然としているためか、
それとも赤倉の変貌が激しいためかついぞ見出すことが出来なかった。ただ異様なかっこうの妙高
山は確かに私の頭の中に残っていた。
今日は霧のため妙高山は見えない。昨夜のにわか雨に、しめた!と思ったが天気の回復は予想よ
り遅れているようだ。赤倉より落ち着きのある燕温泉を後にすると霧も次第に消えて、私の登って
いくのに同期して天気が回復してくるように思われた。雨の心配もなくなり涼しい山登りを楽しむ。
しかしここも熊笹が多い。鎖場にかかる頃から晴れてきたが暑い日射しも東からの涼風に心地よい。
妙高山の山頂は細長く広い庭園だ。巨大な岩塊が点在し潅木が生えている。南外輪山との間に広が
る森林帯が美しい。登りながら所々硫黄の臭いに悩んだが反対側への縦走路はもう安心して呼吸し
てよかった。
大倉乗越はすばらしい展望台だ。妙高は独特の重みを感じる。雲の切れた火打山と鬼ヶ城の岩棚
を見る。長助池も美しく眺められる。黒沢池ヒュッテは天文台のようなドーム。その前でさんさん
と降り注ぐ午後の日射しをあびる数人の登山者。全く平和な一幅の絵だ。
3時を過ぎると陽の光も暑さを感じない。黒沢池の湿地帯は広々として美しく草原が黄金色に光っ
ていた。風があるので帽子もなしで歩く。
高谷池。ここもよい、夕日を浮かぶ均整のとれた火打山は圧倒的だ。すばらしい天気。今夜は冷
えそうだ。シュラーフは田口駅に置いてきてしまった。まあ夏でもあるし心配ないだろうなどと軽
く考える。
自炊用の石油コンロも備えられた至れり尽くせりの小屋は妙高山の混雑とは逆に数人の泊り客し
かいない。夜になる。雲一つ無い空には星が輝き昼間かと見間違うほどの明るさで月の光が降り注
ぐ。満月だ。美しいピラミッドの火打山がくっきりと浮かんでいる。池塘や草々、這松などもはっ
きり識別できる。池塘のよこでは風流なテントのパーティが酒盛りをし歌を歌っている。私は小屋
に戻るのが惜しくてならなかった。
*** 心変わりして雨飾へ ***
朝、冷え切った空気の中で食事の支度。例によって私が最初の旅人となる。天狗の庭。岩の庭園
と池塘の美しいバランス。私はこの山旅で湿原のもつ独特の雰囲気に魅了されてしまった。熊の
平、七ッ池、長助池、黒沢池、高谷池そしてこの天狗の庭。それらはどんなに荒廃した人間の心を
も暖かく包みこみ安らぎを与えてくれる女神のようにも思える。
遠くに目を遣ると飛騨山脈がはっきりと眺められる。勿論、槍ヶ岳や立山もだ。陽の昇った明る
い尾根を登りきると火打山の山頂に飛び出た。意外、同宿の登山者二人が先回りして私を迎えてく
れた。空身で写真を撮りにきていた。地元の彼らから苗場山の位置を教わり懐かしく眺める。岩菅、
浅間、奥秩父、八ヶ岳、赤石山系、木曽山脈、御嶽。能生谷、日本海の海岸線も見える。
ここから見る妙高山はどっしりとした重みを感じる。高妻山はとんがり、乙妻山はゆったりと。
飯縄、黒姫、焼山は焼岳に似て赤土の荒肌。金山は平原状。
雨飾はやはりここからでも気を引かない。
しかし私は、この天気のよさに、あわよくば予定していた焼山から笹ヶ峰に下るの止めて雨飾ま
で縦走したいと考え始める。田口駅に預けたキスリングは後からなんとかしよう。
裏火打に下る。急に踏跡が細くなる。複雑な稜線を過ぎ焼山への急登。直射日光をまともに受け
暑い。それでも覚悟していたせいか簡単に登頂、そよ風心地よし。火口にはこれまた焼岳に似て青
い水を湛えた池を見る。焼山の涼風に未練を残しながらも雨飾までゆけるかもしれないとの欲から
すぐガレ場を駆け下る。富士見峠を素通りし金山への登りで7〜8人のパーティを追い越す。
その時、女性の声も聞こえてきた。自分が敗れたメリヤスを着て歩いていることを思い出し、後
悔しきり。私は照れ隠しに気負って歩を早めた。針葉樹林の美しいゆったりした金山の山頂で昼食
にしようか思ったがもう少し行ってからと思いだんだん背の高くなる熊笹の中を猛スピードで下る。
順調に下りながら霧の切れた雨飾を眺める。ここまで近づくとなかなか美しい姿をしている。今
日の山場になるこの長い吊尾根を是が非でも早めに走破しなければとファイトを出す。そして鞍部
の辺りまで来る。しかしこのあたりが大変だった。無数の小さなコブをルートは丁寧に一つ一つ上
りそして下っていた。
*** 旅の終わり、小谷温泉 ***
暑苦しいコブ越しにうんざりしたが、いよいよ雨飾への急登になるなと思ったところに思いがけ
なく水場を発見。
私はやっとリュックを下ろし顔を洗いさっぱりしたとろでパンをかじり地図を眺める。金山はも
う遥か手の届かぬところにあった。雨飾への登りはまた熊笹の中だったが霧が直射日光をさえぎり
意外と簡単に肩の上に飛び出した。やっと間近に見た雨飾のピーク。山頂には人影が二つ見られた。
もう大丈夫だ。遠くから見るとこの肩の上にドームが乗っている感じだが、そのドームの南面の岩
壁がもの凄い。なかなかの迫力だ。下ってきた二人としばしの雑談。焼山の泊まり岩から来たとい
う彼らは私のスピードにびっくりしていた。大望の雨飾山。山頂は風も無く陽が照りつけ暑い。下
山だ。安全な尾根に新しくつけられた道を小谷温泉へ下る。大海川の湿地に出てからは所々に蛇が
出ていたりして嫌な下りだった。長い自動車道にもうんざりしたが、終バスの45分前に着きほっと
する。けばけばしさのない小谷温泉だった。金山で追い越した筈のパーティがもう到着していた。
天狗山から近道を下山したといっていた。発車まで女性二人を含むこの陽気な登山隊と一匹狼の私
は四方山話に花を咲かせる。何故かいつもより口が軽く動いた。
二日分の行程を一日で歩いた後だが疲れを感じなかった。中土には食堂がなく私は八百屋に飛び
込んで、まずトマトをかじり、ついで牛乳とパンでなんとか腹を満たした。
松本から田口駅に電話して事情を話し預けたリュックを名古屋駅へ転送してもらうように頼む。
国鉄はおおらかで私の身勝手な申し入れを承知してくれた。感謝。
慌しかったが後味のよい山旅だった。
4〜5日の山歩きの後はいつも1〜2日程度、足のむくみがくる。しかし今度は予想もしなかった強
行だったのにもかかわらず、たいして疲れを感じない。不思議でしかない。
妙高、戸隠周辺については当分の間、思い残すところは無い。当初の予定になかった飯縄や雨飾
まで登れたのだから。
1969/9/17 記す
2011/3/24 補筆
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