〜 NYボランティア通信 〜

 

「社会起業家」に関するメールマガジン(社会起業家クラブ)に寄稿しています。

 

「社会起業家 : Social Entrepreneur」 とは、

今まで行政主導で行われてきたために、

無駄が多かったり、採算が合わなかったり、時代に合わなくなってしまった事業や、

これまで企業が目を向けてこなかったマーケットや、利益を上げないとされてきたマーケットを、

新しいやり方で事業化して、成功を収めている人々。

という風に、私は理解しています。

 

ただ、ここNYで私は、広くボランティア活動・NPO活動をしている人々・グループを中心に

お話しをお聞きしたいと思っています。

何ごとかをなそうと、活動している人の話しを聞いていると、元気になれます。

 

メルマガの性質上、少し硬い文章なのですが、

興味のある方は、ぜひ登録してください。

こちらから・・・

(週1回発行。NY通信は、隔週掲載です。)

 

NO.34 ホリデーシーズンは寄付の季節2002/11/27)

アメリカは、寄付が非常に盛んだ。この季節は特にそれを感じる。

 

タイムズスクエアにオープンしたホテルでは、「Housewarming Promotion」といって、ホームレスに寄付する食料や衣料を持って来た人には、特別価格で部屋を提供するというキャンペーンを行っている。

スターバックスでも、難病の子ども達のための「Starlight Children’s Foundation」に寄付するため、新しくて包装していないおもちゃを集めている。

New York Caresでは、着古したコートを集めてホームレスに寄付をする活動「コート・ドライブ」が13年も続いており、自由の女神が凍えてうずくまっているポスターとともに、人々に広く知られている。

大きなビルのエントランスには、たいていクリスマスツリーがあって、その下へ恵まれない子ども達へのクリスマスプレゼントが寄せられる。

各種教会でも、ホームレスのシェルターなどのために、寄付を受け付けている。

 

ただ、昨年のテロ事件以来、このような活動にも変化があるそうだ。New York Timesでこの時期に恒例となっている「GIVING」という特別記事によると、セキュリティーの問題があるそうだ。これらの品物にまぎれて、爆発物が持ち込まれる可能性もある。

不審な人物が関係ビルに入りやすいため、警備の費用もかさむ。また、集まった物を車でピックアップする際、路上での一時停車やアイドリングなどの規制が厳しくなったという、影響もあるそうだ。

 

そこで、食料であれば、缶詰のみに限り、包装してある食料は受け付けない方針としたところもある。また、品物は受け付けず、お金のみに限ったところもあるようだ。これによれば、例年の4倍価値の金銭が集まったそうだ。

お金のほうが、価値が高いのかもしれないが、さまざまな寄付のあり方を検討できるほうが良いと感じる。

 

NO.33 SEXとNPOは関係ない?!2002/11/13)

先月初旬、マンハッタンに「The Museum of Sex」(MoSex)がオープンした。

オープン記念展覧会「NYC Sex: How New York City Transformed Sex in America」では、19世紀中ごろからの写真、ポスター、美術品、映画、漫画などの展示を通して、性表現がどのように変わっていったかを見ることができる。展示は大変まじめなもので、学芸員にも米国を代表する人たちが参加している。

 

館長のダニエル・ブルック氏は、ペンシルバニア大学で美術史、経営学を学び、ソフト開発・管理、市場調査などを行うソフトウェア会社の起業家であった。

「あるとき仲間が、アムステルダムにセックス・ミュージアムがあると気付いた。でも、学術的ではない。どうして、本物のセックス・ミュージアムがないのか?」と気付き、このプロジェクトを思いついた。会社を売り、他の投資家たちとともに博物館の建物を購入した。

 

当初、NY州にNPOとして申請したが、「名称が不適切」との理由で認可が得られなかった。そこで、個人の営利団体として運営することになった。公的援助を受ければ、新しい展示のたびに、抗議が来ることを心配しなければならないが、その心配もない。

ブルック氏は、「非営利団体の認定を受けられなかったことは、一時的な逆風に過ぎなかった。でも、きっと、投資家達には、この投資は魅力的なものであると確信してもらえると思う。」と語っている。

今回、収益の一部は、展示に協力した性研究で著名なThe Kinsey InstituteなどのNPOに寄附される。

 

開館当初は、物珍しさも手伝って来館者も多いだろう。所詮、ポルノに過ぎない、との評判も聞かれる。率直に言って、この博物館に展示してあるものすべてに文化的な価値を見出すことは、私にはできない。しかし、NYは、サブカルチャーとして性の文化が盛んで、それが大衆文化に影響を与え、社会運動に発展した例があることは間違いない。これらを伝え残していくのがこの博物館の役割の一つだ。団体としてのミッションが明確であれば、政府に認められなくても気にしないのが真の起業家だと思った。

今後、博物館・美術館業界でどのような地位を築き上げていくのか注目したい。

 

NO.32 問題を持つ人が自ら解決する新しいコミュニティー2002/10/30)

私達がやっている”New York de Volunteer(http://www.nydevolunteer.org)”活動の一つとして、先日、LGBTコミュニティセンター(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル&トランスジェンダー支援のコミュニティーセンター、http://www.gaycenter.org)で行われた子どものためのハロウィーン・パーティーへボランティア活動に出かけた。

 

朝から会場設定、飾り付けを行い、昼過ぎに思い思いの仮装をしたかわいい子どもたちが、親に連れられ次々に現れた。

 

私は折り紙やぬり絵で遊ぶコーナーを担当したが、他にもフェイス・ペインティング、タトゥーのコーナー、クッキーをアイシングでコーティング、紙でできた王冠をビーズなどでデコレーション、スポンジやスタンプをつかって紙袋を彩るコーナーなどが用意され、子どもたちは何度もコーナーを行き来して楽しんでいた。

 

このLGBTコミュニティーセンターは、使われなくなった専門高校を市から払いうけて、1983年に完成した。カウンセリングやソーシャルサービスを行うほか、映画や絵画・ジェンダー問題・文学・歴史などに関する文化関連イベントも数多く行う。

 

今回のパーティーは、「センター・キッズ」というプログラムの一環で行われた。ゲイやレズビアンであるのに異性間で結婚してしまい子どもができ、後に離婚して、一人で育てる場合や、その後に同性カップルになった場合の子育て、同性カップルが養子を迎えた場合など、子どもを取り巻く状況に即応するよう、1989年にできたプログラムだ。

 

同性カップルが家族を作っていく過程で、さまざまな問題が生じる。しかし、こうした人には社会の中で異端とされ偏見もあるので問題が一層増幅される。だからこそ、コミュニティーセンターの役割が重要になる。

 

設立当時、同性愛者・性転換した人たちのグループが60ほど集まったが、今では同様のグループがNYだけで300以上あるそうだ。ちなみに正確な人数はわからないが、NYにゲイの人だけで100万人以上いると言われている。

 

数が多いから、コミュニティーセンターも活性化するのだと思うが、問題を抱えた人が他からの支援をじっと待つのでなく、自ら解決のためのプログラムを作り出す起業家精神が人々を感動させ、こうして問題を抱えた人とそうでない人の間で相互協力関係のある新しいコミュニティーが出来て行くのが、今の時代の潮流なのであろうと実感した。

 

NO.31 ボランティア・ガイドが、街のイメージを作る2002/10/16)

ガイドが街を案内する光景をよく見る。公共図書館やグランドセントラル駅、ウォール街の歴史的街並みなど、無料ツアーも多い。歴史や特徴、エピソードなどを、分かりやすく説明し、笑いとることも忘れない。滞在中、このようなツアーになるべく参加しようと思っているのだが、先日は、シカゴに旅行した際に、シカゴ建築財団(CAF)主催のツアーに参加した。

 

歩いて回れる範囲にある近代〜現代建築物を解説してもらいながら、10人で歩いた。基本的にボランティアがガイドを行っている。料金は、10ドル。シカゴといえば、シカゴ学派で有名な近代建築の宝庫であるため、参加者は後を絶たない。多いときには1度に3〜4グループが出発する。他にも、各種ツアーがあるが、特にシカゴ川をクルーズしながら解説を聞くツアーは特に人気で、他社より若干高いがピーク期は事前の予約が欠かせないほどだ。市内に2ヶ所の事務所を持ち、展示スペースもあり、デザイン・ショップも盛況だ。

 

ボランティア・ガイドは、受講料無料(申込金のみ)の講座を受けた人たちで、約400人いる。ガイドの中には、足の悪い人もいるが、杖をつきながら、みんなと一緒に歩いていた。私たちのガイドは、特に建築を専門にしていたわけではないが、講座を受けることで自分の知識が広がり、それを披露できること、また街に来た人との交流が持てることを喜んでいた。魅力的なボランティアだと感じた。

 

この財団は、1966年に、一つの歴史的建築物保護のために作られた組織である。1970年代から、人々に建築物とそのデザインに対する関心を高めることを大きな目的に転換した。30社近くの寄附、助成金を得ている。大都市シカゴにふさわしく、洗練されてそれでいて温かみの感じられるツアーだった。

 

NO.30 NPOにも色がある!?2002/10/2)

NY滞在中に、一度は目にするであろう「エンパイアー・ステート・ビル」。夜になると美しくライティングされ、マンハッタンの夜景にひときわ輝きを与える。このライティングは、日によって色が異なる。

昨年の9・11以降、約1年間、アメリカ国旗の象徴的なカラー「赤白青」の3色が続いたが、1年が過ぎ、再びさまざまな色が楽しめるようになった。

 

クリスマスの赤緑、バレンタインの赤、イースターの黄白、セントパトリックデーの緑といった、季節や宗教行事にちなんだ色、コロンバスデーの赤白緑、イスラエル独立記念の青白青、インド独立記念の緑白オレンジといった、NYに無数に生活する少数民族へ敬意を表する色など、さまざまな意味合いを持っている。

また、非営利で行われる社会啓発活動と関連して、色付けされるものも多くある。

 

たとえば、9月27〜28日は、乳がん・卵巣がん患者のためのファンドレイジング・イベント「SHARE A WALK」と連動して、そのテーマカラーであるピンクと青色に照らされた。この原稿を書いている10月1日は、これから続くアウェアネス月間に向けて、ピンク・白で照らされている。

ゲイ&レズビアン・プライド月間である6月には、テーマカラーのラベンダーで彩られる日があり、アース・デーには、緑で彩られる。

すでに決まっている特別な日と重ならず、特定の商品の宣伝や個人的な記念日などでなければ、各団体からのリクエストも受け付けている。

 

色が異なるたびに、「この色には、どんな意味があるのだろう?」と興味をそそる。テーマカラーの小さなリボンを胸に付けている人を見かけて、「そういえば、あのリボンの色と一緒だ!」と、後になって気付くこともある。

ワークショップなどの啓発活動も活発にし、詳細情報を広めることは、もちろん大事だ。でも、重いテーマであっても、明るくシンプルにアピールする、素敵な方法もあると感じた。

 

NO.29 ボランティア活動は、ネットワーク作り2002/9/17)

New York de Volunteer」は、ボランティア紹介団体「New York Cares」の主催する公園掃除ボランティア(5月4日実施)に参加するために、「Japan Team」を組織した代表者を中心に、その後も交流の続いた数人のスタッフが協力して作っている団体だ。私も、スタッフとして、関わってきた。

普段、ボランティアに縁のないNY在住日本人にも、積極的にボランティアを始められるよう、情報交換や勉強会、イベントを行っている。

 

米国の同時多発テロ事件から1年が過ぎるにあたって、日本の団体から、さまざまな協力を求められた。実施する事業の大きさに応じて、情報提供で協力することもあれば、メンバーを集めて協力するものもあった。私は、愛媛・高知の団体が、平和の祈りを込めて「インターナショナル・カルチャー・パレード」に参加し、「よさこい」を踊る、というイベントに協力した。

 

愛媛のNPO「チャレンジネットワーク」が呼びかけ、振り付け担当の高知の「須賀ジャズダンススタジオ」のダンサーを含む日本各地からの参加者約40名が、NYで募集した約40名と一緒になってパレードで踊り、その後の交流を行った。一部、踊り子に水を補給し、落し物を拾うボランティアを行った。総勢80名ほどが踊る姿は壮観で、難しい踊りにも関わらず息の合ったところを見せ、沿道の観客から、「ナンバーワン」だと絶賛された。

 

パレードに参加すること、よさこいを踊ることは、ボランティア活動と直接には関わりがない。しかし、このような機会があったことで、何かボランティアを始めようとしてくれた人もいる。交友関係を広げることが難しい駐在員妻や、渡米間もない学生にとっても、一歩踏み出すチャンスとなった。愛媛の主催者団体、高知のダンサー、北海道の砂川でよさこいを踊る若者たちといった日本各地から参加した人とのネットワークができた。参加者それぞれに出会いがあった。ボランティア活動は、ネットワーク作りだ。このような機会を提供することも、ボランティア活動には必要だと感じた。

私たちの活動は、HP http://www.nydevolunteer.org をご覧ください。

 

NO.28 NPOサービスの差別化作戦2002/9/4)

NPO「One Brick」 は、サンフランシスコでできた団体だが、今週末にNYに支部ができる。

仕事初めは、ロウアーマンハッタンをのぞむ桟橋にある公園で、菊を400本プランターに植える。作業時間は11時〜1時までと短く、眺めのよい公園で汗を流す。だからボランティアの応募者は多く、1週間前に予定の人数は集まった。

 

このように短時間で気軽に健康的なボランティアをしたい人はすぐに集まる。

 

One Brickは、ここに目をつけた。このNPOを作ったデイヴは、昨年春シリコンバレーでレイオフにあい、あり余った時間を使い、仲間を集めてボランティア・イベントを実施しているうちに、起業家の目線でボランティアを集めるノウハウを見つけた。

 

それを実現するために、デイブは仲間とともに、昨年12月にNPOを設立、NYの支部は、メンバーの一人ブライアンがMBAをコロンビア大学で取るためにNYに引っ越すことになり、彼が始めた。実に身軽な行動だ。

 

定期的に仕事をするボランティアや専門能力がいるボランティアは待望されているが、その反対の、短時間で楽しく、例えば健康的なボランティアの仕事を求めている人も多い。One Brickはこの反対側に目をつけた。

 

現在では、検索機能が充実したボランティア情報提供サイトはたくさんある。それらを利用したり、さまざまなボランティア団体やNPOにメールを出したりして、この方針に合うボランティアの仕事を探す。

 

これがOne Brickの存在価値で、ボランティアの仕事はOne Brickによって付加価値(例えば無償行為+健康)がつけられ、それがOne Brickのブランド力をつくる。

 

ビジネスでは当たり前のやり方であるが、若いビジネスマンによってNPO世界に持ち込まれると、新鮮に輝いて見えた。

 

NO.27 携帯電話リサイクル2002/8/21)

アメリカの携帯電話は日本に一歩も二歩も遅れをとったが、急速に追いついて来ている。そこで問題になっているのが、廃棄された携帯電話による有害ごみ問題である。

 

The Wireless Foundationは、1993年に、the Cellular Telecommunications & Internet Association (CTIA)によって、設立されたNPOだ。古くなった携帯電話を回収して、社会サービスを行う団体に寄付する。

 

例えば、ドメスティック・バイオレンスの被害者を救済する活動団体や、高齢者に緊急用携帯電話の配布を行う団体などだ。電話番号や保存されたデータを削除して、「911(救急電話)」やローカルシェルターのホットラインなどにのみ接続するように設定し、必要な人に利用してもらう。この事業は、Call to Projectという。

詳細は、こちら→http://www.wirelessfoundation.org/12give/index.htm

 

NYで日本人客を中心に携帯電話販売を行う「セルラーサークル」でも、回収と団体への寄付を開始した。これまでは店員が個人的に寄付を行うこともあったが、お客さんからも集められると思って始めたそうだ。

 

ここでも、「The Wireless Foundation」へ寄付をする。このような寄付行為は、課税されないので、販売店にとっても実益がある。

 

これは膨大な携帯電話市場とNPO活動を媒介する優れた事業である。

この種の事業は日本にはない。規制があるから出来ないのでなく、アイデアがないからやってないだけだろう。ちょっと頭をひねればいいのだが、おしいことである。

 

NO.26 ホームレスを救うリサイクル活動2002/8/7)

ニューヨーク市では、7月1日から、ガラス、プラスチックおよび飲料用紙容器の分別収集を一時凍結することにした。今までリサイクルのために分別していたビールの空き瓶も、ソーダのペットボトルも、牛乳パックも、通常のごみと一緒にして処分することになった。

 

これは、市の財政状況による。昨年の米国同時多発テロ事件により、市の財政は極度に逼迫し、来年度には50億ドルの赤字になるとも言われているほどだ。そこで、ブルームバーグ市長は、この措置は本来的ではないと認めつつも、これまでのごみ収集・リサイクル事業は費用対効果が小さいので、効果的なリサイクルシステムを生み出すまで、当面事業を凍結するという決断を下したのだ。節減費用は、4千万ドルと見込んでいる。

 

ガラス、プラスチックのリサイクルには、1トンあたり240ドルの費用がかかるのに対し、廃棄費用は1トンあたり約130ドルで済むといわれている。単純に廃棄したほうがコストを削減できる。一方、1トンあたり回収費用が87ドルで済む新聞・雑誌等の紙の分別収集は続けられる。特に、ニューヨークでは人件費が桁外れに高いにも関わらず、ごみ収集・リサイクル事業が労働集約型作業に依存しているために、経済効率が悪いということだ。

 

これらの措置に対し、私が住むアパートでは、これまでどおり缶やペットボトルについては、分別収集に協力して欲しいと要請する文書が配布された。

WE CAN」というNPO団体から出された文書であった。缶やペットボトルは、ホームレスを助ける。州法によれば、缶やビンの購入には5セントのデポジットが徴収され、これを集めて返却した際には、デポジットを返金するよう義務付けられている。日本にも同様の仕組みがあるが、こちらでは、通常、購入者が返金を求めることはなく、ホームレスやジョブレスの人々が回収して生活の糧としている。市の分別収集が凍結されても、州の保証金制度は継続されるので、この団体は引き続き、分別したアルミ缶などの寄付を募り、貧困に苦しむ人々への支援につなげるということだ。

 

今回の一件で、行政が手を引くことで、NPOや団体が、より効果的なリサイクルシステムを生み出すだろうと感じた。

 

NO.25 ニューヨーク流社会起業家2002/7/24)

「ニューヨーク流 たった5人の大きな会社」(亜紀書房www.akishobo.com)という本がある。著者神谷秀樹氏にお話しを伺う機会があった。神谷氏は、「ロバーツ・ミタニ・LLC」を創業し、国境を跨った技術移転やそれに伴う投資案件をまとめる投資銀行業務をおこなっている。NHKのNY総局で、「社会的起業家」としてテレビ特集された。

 

投資銀行家といえば、「金銭欲の固まり」というイメージだが、神谷氏は経営方針で、「私たちは違う」ということを明確にしている。投資先は、医療、金融サービス、教育の3分野に絞り込んでいる。それらは、人々にとって最も大切だと思われる順番だ。また、「社員の雇用」について、「自分で自分を雇う(自分の給料は自分で稼ぐ)」仕組みを作り出した。社員は完全な契約社員で、自らの案件に対する手数料を、一定割合で受け取る。一人だけでその案件をまとめることは不可能だが、自分のペースで仕事をすることができる。巨大な組織にはせず、経営方針を理解した少数精鋭に限定する。

 

せいぜい40代まで、週末もなく、体力の続く限り長時間働き、ひたすら金銭的インセンティブだけで働くというマンモス投資銀行での働き方はどこかおかしい。神谷氏は、自分が40代でリタイアする前に、「お金」より大切なものに精力を費やせる仕組みを、自ら作り出すため起業した。

 

彼が最終的にやりたい事業は、「非営利目的投資銀行」だ。お金より、名声より、参加者それぞれが「充実した人生」という配当を得る事業だ。人はある程度満たされてしまうと、お金だけでは得られないものを求めるようになる。一方で、国も企業も対象にしないが、世の中には必要なものがある。それらに対し、採算を度外視して、投資できる銀行を作りたい。とんでもない大金持ちが集まるNYだからこそ、このような発想が生まれる。慈善事業のプロデュースである。それを念頭においてビジネスをスタートしている。
ここで働く人の出身国籍は異なるが、各自が故国で埋もれている技術の海外移転に尽力し、ナショナリティーを持ちつつ、グローバルに活動している。

これが、NY流の社会起業だと感じた。

 

NO.24 NPO活動が連鎖していく2002/7/10)

アメリカでは、HIVエイズへの対策がさまざまな分野で進んでおり、サポート団体も数多く存在する。APICHAは、ニューヨークでアジア人とハワイなど太平洋諸島民のために特化したサービス提供をする団体である。

 

1989年に設立された。医療保険相談からその受給のための手続き、薬の無料提供、住宅の世話、心理カウンセリングや法律相談まで、幅広いサービスを行う。APICHAのクライアント(APICHAと契約を結んで、HIV関連のサービスを受ける人)の世話や予防教育のプランニングを統括するプログラム・ディレクターは、日本人スタッフ福田由美子さんだ。

 

また、ボランティアスタッフも多く活躍している。その仕事は、HIV感染者についてのリサーチの手伝い、フード分配、そして啓発イベントなどで配布する避妊具の包装、街頭配布など、さまざま。現在、出身国もさまざまな約50人がいる。

 

無料電話相談は、一昨年11月に始まり、毎週火曜日は日本語相談日となっている。昨年9月までの11ヶ月で、309件、そのうち日本語での相談は21%で、一番多かったそうだ。これは、日本語情報誌での定期的な宣伝により、電話番号が周知されているからだと考えられている。

 

これらの情報を毎月情報誌に寄稿しているのは、「JAWS」という日本人へのエイズに関する情報提供サービスをする団体の代表である武藤芳治さんだ。英語によるエイズ情報はたくさんあるが、医学的な専門用語に不安を覚える日本人社会に、日本語で情報を提供する団体を立ち上げた。

 

このように、APICHAのサービスの一部門(日本人への情報提供)を、別の団体がサポートするというのは、非常に効果的ではないだろうか。先月末のレズビアン&ゲイ・プライド・パレードを沿道で見ているだけでも、さまざまな団体の存在を知り驚いたが、「JAWS」のようにNPOをサポートする団体もあり、このような団体の連鎖が、幅広い活動を生む原動力になるのだと感じた。

 

NO.23 NPOで仕事を作り出していく人2002/6/27)

ニューヨーク・アジア人女性センター(NYAWC)」は、アジア人社会におけるDV(ドメスティック・バイオレンス)や性的暴行に取り組む団体だ。

 

アジア圏の文化では、家庭内での虐待や暴力、性問題について話されることが少なく、問題が表面化しにくい。このような文化的背景を考えると、アジア人社会独自のシェルターを作り、地域社会全体で問題解決にあたる必要がある。そこでNYAWCは、1982年に東海岸では初めてアジア系の被害者を中心に支援する非営利団体として設立された。

 

ここで働く中込幸子さんにお話しをお伺した。彼女は、テレビディレクター、フリーの翻訳家を経て、現在日経新聞の英訳を主な仕事としている。さまざまなテーマを扱うマスコミの仕事をしているうちに、一つのテーマにしぼって、問題解決に深く関わりたいと考えるようになり、99年10月に、ボランティアとしてこの世界に入った。

 

NYAWCのボランティアの多くは、仕事を持つ20代の女性で、ほとんどが学士号を持ち、英語とアジア圏の言語が話せる完全なバイリンガルである。まず30時間のトレーニングを受け、カウンセリングやホットラインの受け答えの基本につ
いて学ぶ。ボランティア活動の内容は、シェルターでの英語の個人教授をはじめ、24時間体制のホットラインでの相談、ベビーシッター、ウェブサイトやニュースレターの作成、警察や学校・医療関係者への啓発、ワークショップ開催など多岐にわたる。約50人のボランティアが40人のスタッフとともに働いている。

 

ボランティアとして働き始めた当初、寄付された家具をクライアントの女性たちに届ける作業をしたところ、ぼろぼろのベッドであるにもかかわらず、本当に喜んでくれた女性の顔が忘れられないと言う。実は、その人は小さなシングルベッドに息子と二人で寝ており、息子も年頃になったので、ベッドを分ける必要があったのだ。何もしなかったら、新たな不幸が生じる可能性もあったが、それを食い止めることができたという安堵感が大きかったのだろう。

 

その後、仲間のボランティア4人で、その団体の公式ウェブサイトを作成した。コンテンツを作成し、技術面でのサポートはプロの助力を得た。新しいパンフレットを作り、広報活動に専念した。タブーと考えられている問題だからこそ、広報活動が重要だ。実績は認められ、前NY市長からGold Apple Awardを受賞した。その2週間後、「Public Relations Consultant」という肩書きを得て、パートタイムのスタッフとして働くようになった。現在は資金調達にも奮闘している。

 

彼女は、組織の使命を理解した上で、自分の得意分野で、仕事を自ら作り出していく人だ。彼女を見ていると、NPO組織の中でも「起業家」は必要だとよくわかった。

 

NO.22 ひとつのイベントで2度おいしい(2002/6/14)
6月20日に、リンカーンセンターで「In Transit」というコンサートが行われる。プロダクション会社Eagle Rock International社の代表者であり、このコンサートのプロデューサーであるPeter Gross氏が選んだ出演者は、なんと地下鉄ミュージシャンやパフォーマー9人。

 

一口で「地下鉄ミュージシャン」と言っても、楽器の種類もパフォーマンスも、バラエティーに富む。彼らは、地下鉄を運営しているMTAのアート部門「MUSIC UNDER NEW YORK」が主催する、年に一度のオーディションを経ており、レベルも高い。おもしろいコンサートになることは間違いない。通常なら地下鉄入場料1.5ドルで聴ける音楽だが、芸術の殿堂リンカーンセンターのエイヴリィ・フィッシャー・ホールでまとめて楽しめるのなら、チケット35〜65ドルは、高くない。

 

プレイヤーにとっては、あのような大舞台で、大勢の腰を据えて聴いてくれる観客の前でプレイできるとは、まさにアメリカンドリームだ。こうしたイベントが、さらに地下鉄ミュージシャン、パフォーマンスの質を高めることになる。あたりまえのように地下で音楽が聴け、パフォーマンスを楽しめるNYだが、このようなイベントがそれをさらに活性化する。まさに文化貢献・地域振興イベントだ。

 

実は、このコンサートは、NYのボランティア・ネットワーク「New York Cares」をサポートするための慈善コンサートだ。スポンサーはシティバンク、ニューヨークタイムズ、タイムワーナーケーブルなど。

New York Cares」にとっては、売り上げの一部を受け取ると同時に、地域への文化支援をしていることになる。また、スポンサーである企業にとっても、単にNPO団体に献金するだけでなく、同様の支援をもすることになる。両者にとって、「2度おいしい」ことをしているわけだ。

 

社会貢献をするNPO、そしてそれをサポートする企業、それによって影響を受ける社会、みんなが「2度おいしい」、またみんなが「ハッピーになれる」企画だ。そのような社会貢献の仕組みを理解するプロダクション会社の存在が大きい。

 

NO.21 歩くことが、お金にかわる?!(2002/5/29)
暖かくなると、驚くほどたくさんのチャリティーウォークが行われる。障害者のための団体、エイズ支援団体、女性特有のがん患者を応援する団体など、主に病気の人々を支援する団体に寄付することが目的だ。

参加者は、個人あるいは企業で寄付金を集め、それを持ち寄ってイベントに参加する。100ドルから125ドルといった最低額が決められているケースもある。自分ではそんなにたくさん寄付できなくても、周囲の人に声をかけて、賛同者の氏名・住所・寄付額を記したスポンサー誓約シートに記入してもらって、少しでも多くの寄付金を集める。こうすることによって多くの人がその問題に関心を持つようになる。

参加者には、たいていTシャツが配られる。集めた寄付金の額に応じて、プレゼントがもらえることもある。例えば、600ドルでフリース地のスタジアムブランケット、2000ドルで飛行機会社指定の往復航空券といった具合。

企業が社会貢献の一環としてチームを募って参加することも多いので、集まる額も多い。たとえば、5月中旬に行われたエイズウォークには、参加者4万2000人、集まったのは448万ドルだった。毎年、このぐらいは集まる。NYに拠点がある世界最大のエイズ支援組織「GMHC(GayMens HealthCrisis)」に全額寄付される。

日本と違って、小切手決済なので現金の受け渡しはなく、サイン一つで手軽に寄付ができるのが大きい。最近では、小切手に代わって、事前にクレジットカードやインターネットでの決済も多い。

これらチャリティーウォークは、大企業や大きな団体との結びつきが強く、必ずしも有用に寄付金が使われていないという批判がされたり、数が多すぎて選べないといった欠点もあるが、最近では、歩いたりマラソンするだけでなく、ロック・クライミングなど、普段体験できないスポーツにチャレンジする機会を設ける団体もある。いずれも楽しくお金を集め、かつみんなを巻き込んでいくのに有効な方法だ。 

 

非営利セクターは、NY市経済の中で最も急成長中の分野である。
〜調査結果出る〜

ニューヨークタイムズ記事(May22)の日本語訳

 

No.20 日本人のボランティア・ネットワーク誕生2002/5/17)

 NYのボランティア団体「New York Cares」が主催する「Spring Clean-Up Day」というイベントで、今回、初めてジャパンチームが結成された。

 このチーム結成をしたのは、寺田和美さんと日野紀子さんの二人だ。NY滞在歴は10年近くになるが、ボランティア経験はない。NYにいる日本人として、仲間を募って何かNYにお返しできないかと、このイベントへの参加を思いついたそうだ。
 ウェッブ上の掲示板、各種フリーペーパーなどの応募に対し、予想をはるかに越える100名ほどの問い合わせがあり、当日は36名の参加があった。20〜30代が中心で、ボランティアやNPOを勉強中の学生、ボランティア団体に所属中の人もおり、職場や学校などのつながりを超えて情報交換が行われた。

 一緒に活動する他のチームとともに、担当の公園へバスで向かい、おそろいのTシャツを着て、芝生の植え替え、ペンキ塗りなどを行った。材料や道具は全て用意される。公園のレンジャーと「NYCares」の担当者の指示に従い作業をする。予想以上にハードだったが、終了後、他のメンバーとともに交流する打ち上げ会場では、バンドの演奏をバックに、ホットドックやビールが待っており、疲れも吹き飛んだ。ジャパンチームもそうだが、全体的に、高校生も含めた若者が非常に多く、大変活気があった。

 寺田さんと日野さんは、今後、NY在住の日本人にとって、もっとボランティアが身近に感じられるような活動をしていきたいと言う。その活動に積極的に加わりたい仲間も今回増えた。
 今までも、個人レベルでボランティア団体に参加する日本人は、たくさんいただろう。NY在住の日本人を対象としたボランティアも多い。比較的時間に余裕のある駐在員の奥さんに、外務省や日系団体が、文化交流などのボランティア活動を紹介したり、組織したりする例もあったようだ。

 今回のように、既存のボランティア団体に自ら働きかけた上で、周囲の日本人も巻きこんでジャパンチームを作るという動きは、日本人の多いNYならではの動きともいえる。しかし、政府や団体主導でないだけに、新鮮だ。
 それぞれが得意分野でのボランティア情報を持ち寄ったり、既存のボランティア団体の評価や情報を日本人に分かりやすい形で公表したりといった、活動の広がりも期待できる。これらは全て、「ボランティア」をキーワードにした「ネットワーク作り」だ。ボランティア経験の有無は関係ない。NYのボランティア団体の多さと、裾野の広さが、それを可能にしているのだと思う。

*BBS掲示板ができました!→こちら

 

No.19 子ども達の国際環境会議を支える大人たち2002/5/2)

NYの若者たちが、ボランティアで運営している環境教育組織YouthCaN(Youth Communicating and Networking)が、先日、「環境国際会議」を開いた。平日であるにも関わらず、小学生〜大学生、教師ら約1000人が、アメリカ自然史博物館に集まり、21の環境に関するワークショップを行った。参加国は昨年より少なく、5カ国であったが、手作りの世界会議の良さがあった。

学校や課外活動で取り組んだ環境プロジェクトについての発表、参加者と意見交換を行う。特に目を引いたのは、ベラルーシの高校生たちがチェルノブイリの悲劇を繰り返さないための自作ビデオを上映し、自然界と人間社会との連鎖などについて話し合うワークショップであった。また、ジョージ・ソロス財団から援助を受け、スロバキアから渡米し、自国の環境問題を発表したグループもあった。
また、日本とつなぐテレビ会議では、リアルタイムで日本の若者と交流できるとあって、大変な人気だった。兵庫県内の民家で、高校生が日本の割りばし利用についての発表をすると、NYの子どもたちが再利用のアイデアなどを次々と出した。世界にまたがる団体をコーディネートすることは、大人でも難しいが、高校生が中心となって運営していることに驚く。

YouthCaN は、91年に国連主導の環境問題プログラムのワークショップとして始まった。当初から、テレコミュニケーションを利用した国際共同プロジェクトを目指しており、この活動を引継ぎ、拡大したのがニューヨーク大学のクレメンツ教授と、ロングアイランド高校のジム氏だ。今も、アメリカ自然史博物館教育課のジェイ氏と協力して、若者たちを指導する。

また、i*EARNのエグゼクティブ・ディレクターであるエド氏も、地元企業や財団に支援を呼びかけながら、YouthCaNの活動を育ててきた。i*EARNは、80年代後半に、米ソの国家間問題を超えて、子供たちが教師とともに国際共同プロジェクトに取り組むことを目指した世界的な教育NPOだ。日本にも、JEARNという支部的存在がある。

YouthCaNは、このように各種団体の協力を得て成り立っているが、会議の最中も、準備中も大人が取り仕切る姿は見られない。それは、周囲の大人たちの、次世代へ託すグローバリゼーションの願い、子どもたちにさまざまな体験をさせてあげたいという熱意の表れだろう。

【YouthCaNのプロジェクトに関するHP】
NY大学のページ上での紹介は、こちら(英語・日本語・スペイン語)
i*EARNのページ上での紹介は、こちら(英語)
JEARNのページ上での紹介は、こちら(日本語・英語)

取材をしていて、感じたこと→「My Feeling」のページへ 

 

No.18 ワシントンの桜まつりを支えるNPO2002/4/17)

今年の桜は、例年になく早い開花であったと聞くが、NYでは、ちょうど今、桜が満開だ。アメリカで桜といえば、やはりワシントンDCの桜だろう。
DCに日本の桜が贈られたのは、1912年3月。今年で90年になる。今では、全米各地に日本の桜は広まり、NYの各植物園で催される桜まつりでも必ず、「日本」の文字が入る。「Sakura Park」という名の公園もあるほどだ。

さて、本場、DCの桜まつりは、3月下旬から4月上旬にかけて約2週間にわたって行われる。日本との文化交流が一番のテーマだ。日本の若手パフォーマーがやって来たり、茶道を楽しむイベント、カラオケ大会などもある。これらのイベントを企画・運営しているのは、「NCBF(Natural Cherry Blossom Festival)」と「NCSS(National Conference of State Societies)」だ。

まつりのクライマックスは、最終土曜日に行われる「パレード」と「ストリートフェア」だ。
パレードは、地元学校のチアリーダー、消防、警察、軍、各種団体、企業のほか、中国・中南米など民族衣装で踊る人々もいた。日本の企業としては、ミキモトが、桜の女王たちを乗せた花自動車を走らせた。1957年に当時の社長が桜の女王がかぶる真珠のクラウンを寄付し、以後、なくてはならない存在となっている。
3時間強に及ぶパレードの後、ストリートフェアが行われた。「スシ」、「たいやき」、「やきとり」などに、長蛇の列ができていた。折り紙や、日本人形、囲碁・将棋など、日本の文化を紹介するコーナーもたくさんあった。昼時とあって、わずか数ブロックのストリートにぎっしり人が集まり、大盛況であった。ただ、学園祭のレベルを抜けていないイメージだ。

全般的に、昨年のテロ事件の影響もあって、日本からの参加団体が極端に少なかったことが影響している。思った以上に、日本政府や日本を代表する企業のアピールがない。この季節だからこそ、DC中で、いや世界各地から訪れた人々も「日本」を意識する。目に見える形で、日本の貢献をアピールできる機会なのに、もったいない。

しかし、1935年以来、第2次大戦を挟んでも滞ることなく毎年、桜まつりが開催されているのは、政府や企業ではない、市民ベースの団体による運営だったからだろう。そして、この祭りを、今後どのように発展させていくかも、他ならぬ彼らの力量だろう。

 

No.17 NPO運営の英語学校が移民のために闘う2002/4/3)

先日紹介した、NPO運営の英語学校「インターナショナルセンター」で、移民地位向上のための「アルバニーへの1日バス旅行」が行われたので参加してみた。

アルバニーはNY州都で、マンハッタンから車で2時間半ほど北上した所にある。
移民の権利向上を訴える年大会に合流し、移民のための英語教育に必要な予算を増やすよう、主張しに行くのが目的だ。来年度から、当センターも州へ補助金を申請する予定である。

当日は、州政府の会議場に、500名ほどの非営利の移民団や英語教育団体の代表者とメンバーたちが集まり、移民の権利向上を訴えた。

要求は、公立学校における移民の子どもへの英語クラスの予算増、NY市立大学・NY州立大学の入学条件緩和(厳しくなったばかりである)、フードスタンプ(低所得者への食料費補助)の受給条件の緩和、運転免許取得条件の緩和など多岐にわたる。代表者が具体的な要望を説明すると、それを応援するために横断幕を掲げたり賛同を示す拍手が起こる。参加者は、南米系・中国系の移民が多い。子連れの女性も多かった。

当センターからは約30名が参加したが、旅費は無料である上、昼食代として5ドルが支払われた。NPOがここまでやるのは、このような大会へ参加して実績を作ることが、翌年の補助金獲得に役立ち、また、この場で他の団体や移民同士の交流も深まるからである。

移民自身が立ち上がって主体的に動いているというよりは、代表者に連れられて、社会見学にきたという感じだった。
仕事が休めない移民はこのような場へ参加できないし、自分たちの権利向上に対して意識の低い移民が多いが、そこはNPOのリーダーがリーダーシップを発揮して率先しているのである。そうするのは、移民の数は政治的に影響力が大きいので大事にする必要があるし、移民が投票で適確な判断力を持てる状況を作ることが、全てのニューヨーカーのためにもなるからである。

私のように移民でない人や語学留学生も少なからず参加していたが、貴重な体験ができた。

 

No.16 NY日本語図書館プロジェクト
NYには、推計10万人近い日本人が暮らしているといわれる。日本と変わらない生活ができる。とうとう、「日本語図書館プロジェクト」までスタートした。これは、朝日新聞インターナショナル社広告部の竹永さんが2月に始めたもの。日本語の古本を、NY市立図書館に寄付する。古本を扱うブック・オフNY支店と協力して、一人で活動している。

NYにある日本語の本の市場は、3種類に分けられる。一つは新刊書が、紀伊国屋書店・旭屋書店で売られる。もう一つは、古本が、ブック・オフで売られる。そして最後に、ブック・オフでは売れない廃棄処分寸前の本がある。これらを図書館に持っていくのが先のプロジェクトの実態だ。

ブック・オフで廃棄処分される本を、単純に「もったいない」という気持ちから始まった。ブック・オフとしても断る理由はない。新聞社も書店も、活字を扱う点は同じだ。NY在住者の日本語を読む習慣が、少しでも増えれば、自らの売り上げにつながる。
 そもそも、語学取得や勉強のために滞在している短期留学者は、日本語にふれる時間的余裕はないだろう。企業などの短期駐在者は、日本語の新聞や書店をよく利用するが、この層は日本の景気に左右され、現在は減少している。今後も日本語の活字をNYで扱っていくためには、長期滞在者の日本語離れを食い止めることが必須となる。

NY市立図書館は、マンハッタン内に38ヶ所、ブロンクス、スタテンアイランドなどに46ヶ所ある。中でも、ミッドタウンにあるDonnell Library Centerには、ワールド・ランゲージ・コレクションがあり、27言語、15万冊の本が貸し出される。おもな言語は、スペイン語(3万3千冊)、ロシア語(2万2千冊)、フランス語(1万3千冊)、中国語(1万3千冊)という順番だ。利用者数や要望の多さに応じて、予算配分がなされる。特にスペイン語は充実しており、個別のスペースがあり、雑誌や新刊書も充実している。

ちなみに、現在、日本語の本は、ほとんどが元在住者によって寄付されたもので、書架3つ分ほどに過ぎない。日本人のスタッフはもちろんいないので、分類はおろか、並べ方もめちゃくちゃだ。図書館に本を届ける際に、それらをお手伝いすることもあるそうだ。こういった地道な積み重ねも必要なのだと感じた。

 

No.15 NYで日本語絵本を読み聞かせ2002/03/07)

  長期にわたって英語圏で生活する家庭や、片親のみが日本語を話す家庭では、幼い子どもに日本語を触れさせる機会が少ない。親が話す日本語を、子どもは全く理解できないということも珍しくない。英語も日本語も身につけて欲しいと思っても、日本語を学ぶ機会がほとんどない。急速に言語を取得する幼少期に、少しでも日本語環境を与えたいと考える親は多い。こういった親の要請にこたえて、ボランティア団体「こどものじかん」(原正子代表)では、昨年10月から、子ども達に日本語の絵本の読み聞かせを行っている。

 ここで活動しているメンバーのほとんどは、子どもを持っていない独身者であることは驚きだ。仕事を持つ女性が多い。日本で高校教師をしていた人や、元アナウンサーもいる。月に一回であるが、5〜15人がそれぞれ役割を負って積極的に活動している。子どもが好きで集まっただけに、子どもの扱いもうまい。毎回、2〜3歳を中心とした10人以上の子ども達が、読み聞かせや指人形、紙芝居などに夢中になる。

 もともとは、日本語の古本を扱う「BOOK OFF」NY支店の、「地元との交流を深めたい」という提案で始めたが、今は独立して活動している。フリーペーパーなどへの広告やチラシづくりはメンバーのコネクションを利用し、絵本や材料などは、持ち寄りだ。活動場所も含めて、協力してくれる企業や団体を探している。

 代表の原さんは、書店の「地元との交流」と、「子どもに良質で豊かな日本語環境を与えたい」というニーズをマッチングさせ、短期間でボランティア活動を軌道に乗せた。彼女自身は、8ヶ月になる息子さんの子育てをしながらこの活動に携わるようになった。今後も海外生活が長くなるので、日本語の教育環境については、彼女自身の問題でもある。
 海外で生活する日本人には、強い目的意識を持った人が多いし、技術や能力を持って、日本を飛び出した人も多い。「コミュニティーは資源だ」というが、ニューヨークの日本人コミュニティーは、「良質な資源の宝庫」である。それぞれの「資源」が、コミュニティーの中で活かされてこそ、そのコミュニティーは活性化するのだと感じた。

 

No.14 ボランティアが活躍する「アニマルシェルター」2002/02/20)

 NYはペットを飼う人が非常に多い。「ドッグラン」といって犬たちを遊ばせる広場が設けられている公園も多く、そこは週末に大変賑わう。
 高級住宅地周辺では、家庭から頼まれて十数匹ものペットの犬たちを散歩させる仕事中の人を見る。ペットショップもかなりの数にのぼる。

 こうなると、やむをえず手放して野良猫や野良犬なることも起こり、特に、昨年のテロ事件後は、飼い主を亡くしたペットが増え、”アニマル・シェルター”が大活躍した。

 飼い主のいないペットたちにえさを与え、糞を掃除し、散歩させる。子どもが生まれれば、数時間おきにミルクを与え、しつけをする。このような献身的な世話はボランティアがやる。

 NY市郊外のロングビーチ市にある「ロングビーチ・ヒューメイン・ソサエティー」もその一つで、設立27年目の非営利団体である。ボランティアには20〜30代の女性が多く、ペットたちの里親を見つけることも重要な仕事の一つであり、新聞広告などを通じて里親募集をし、里親としてふさわしいかどうかの審査も行う。ここでは過去3年間、全ての犬猫に里親を見つけた。

 日本でも人口の高齢化や不況のせいでペットを飼う人が増えているので、このようなアニマルシェルターが必要である。NPOの新しい分野と感じた。

 

No.13 NPOが経営する語学学校2002/01/22)
 ニューヨークにNPOで運営されている「インターナショナルセンター」という語学学校がある。1961年に設立され、17名のスタッフと約1000名ものボランティアによって運営されている。

 年会費は250ドル(半年の場合200ドル)を払って会員になると、月曜日から土曜日まで毎日7コマある授業が好きなだけ受講できる。また、図書室やオーディオルーム、カフェテリアも自由に利用できる。

 授業は専門の教師資格を持った講師によって行われるが、人気講座は30分も前から席取りをしないと入れないほどのものもある。

 ボランティアの仕事は英会話の練習相手で、「One-to-onepartnerships」といって、英会話の練習、文法、作文、発音などの個人教授を担当している。彼らは、専門の資格は持っていないが、センターが独自のトレーニング・プログラムで養成した人々である。

 さらに、ボランティアの得意分野を活かして、美術展の見学と講義が行われたり、仕事を得るための面接練習が行われるような課外活動も活発である。カフェテリアではボランティアを捕まえて、会話の練習をする人でたいてい席が埋まっている。ボランティアはリタイアした人が多いが、半分以上は現役で、銀行員やパソコン関係の会社員、主婦、公務員などもいる。彼らは英会話に付き合った見返りに異国文化を学ぶ。

 この学校はプログラムを生徒が自分で選択できる上、たえず英語で話しかける相手が身近におり、しかも料金が安い。これは多数のボランティアがいるからこそ実現できることで、著名な語学学校よりよほど活気があり、効果的である。日本でも学んでよい仕組みである。

 

NO.12 NPOが「ニューヨリカン」文化を育てる2002/1/8)

 「ニューヨリカン」は、ニューヨーク生まれのプエルトリコ人のことで、ニューヨークでは社会の低層を担ってきたが、プエルトリコとニューヨークの二つの文化を受け継ぎ、独自の文化をつくったことに誇りを持とうとして出来た言葉である。この言葉は音楽のサルサやラテン・ミュージックなどの言葉と共に、日本でも最近なじみになってきた。

 先日、ニューヨークタイムズ紙のアート欄に、「ニューヨリカン・ポエトリー」の記事があった。ポエトリー・リーディング(詩の朗読)は、アメリカではアートの一つとして受け入れられており、専門のカフェがいくつかある。その中で、「ニューヨリカン」の詩に勢いがあるという記事であった。ポエトリー・リーディングで有名なカフェは「ニューヨリカン・ポエッツ・カフェ」。これは、1974年にNPOとして始まった。ここが他のカフェと大きく異なるのは、詩を単に朗読するだけでなく、観客にチャンピオンを決めさせる「ポエトリー・スラム」がある点だ。カフェを埋めた満員の客が、誰が一番素晴らしいかを決める。シカゴを中心に80年代頃から詩を競い合うやり方はあったそうだが、それを根付かせ名物にした。

 ここから数々の詩人や作家たちが産声をあげ、現在も詩に関わる人たちの情報交換の場になっている。現在では「ニューヨリカン」がアメリカのポエトリーの主流となっているが、それはこのカフェがつくったと言われている。

 今では詩だけでなく、音楽やシアターもプロデュースしている。値段も高く、いつも混んでいるので、本家「ニューヨリカン」の詩人たちは、別のカフェに足を運んでいるそうだ。ニューヨークタイムスの記事には、プエルトリカンのNYからの流出がカフェにも影響を与えているという懸念も書かれていた。

 この話はNPOが新しい文化を創造し、民族の自立を促し、誇りを芽生えさせた良い例である。

NO.11 匿名の効果2001/12/11)

 マンハッタンでは、看板・広告もアート。つまり人の心に訴える。そういう仕事ができる人々は、すばらしいなぁと心から思う。

 気になる広告の一つは、赤、白、青のストライプを背景に、中央にツインタワーを配し、「NEVER FORGET」という白抜きの文字が浮かぶもの。
 もう一つは、白を背景に、中央に赤い十字に見えるツインタワー。そして、小さくメッセージが。Thank you to the Red Cross, FDNY, NYPD and all the rescue workers for their tireless efforts on behalf of all the residents of New York City. (赤十字、ニューヨーク消防署、ニューヨーク市警、そしてすべての救助隊の人々へ。ニューヨーク市のすべての住人に代わって、彼らの不屈の努力にありがとう。)
 二つとも、メッセージの発信者がどこの誰であるか、どこにも書かれていないので、いまだに分からないでいる。

 また、ご存知のとおり、ニューヨークタイムズ紙にジョン・レノンのイマジンの一節、「Imagine all the people living life in peace」 という文字だけを掲げた全面広告。世界中の音楽ファンになじみ深い歌詞が、新聞広告に何の予告もなく掲載された。白地のページにわずか8語。スポンサーを表す名前や写真は、一切ない。そして、数日後には、「Give peace a chance」と書かれた屋外広告がタイムズスクエアに出現した。これらは、オノ・ヨーコさんによるものだということを、オノさんの広報担当者が明らかにした。

 SOHOでは、10月初旬から「Here Is New York 〜a democracy of photographs〜」という写真展が話題になっている(会期はクリスマスイブまで)。
 燃え崩れ落ちるタワー、避難する人々、消防士の顔など、テロ事件にまつわるデジタルプリント数百点を展示。有名写真家の作品であろうが一般人のスナップであろうが、作家名もキャプションもなく、会場に張り巡らされたロープに、クリップで止めてある。一律25ドルで販売され、事件の被害者、特に子どものための基金に生かされる予定だ。

 匿名の意見広告、匿名の作家による写真が売れるギャラリー。訴える思いが強く、芸術性も高いゆえに、多くの人々が共感する。ニューヨークには、何かを強く訴えたいと思っている人々、それを理解する人々が、多く集まる。それらが、社会起業家を生む原動力となるのだろう。

 

NO.10 ボランティア獲得合戦2001/11/28)

 今回は雑誌「TimeOut」に魅力的なタイトルがあったので、紹介したい。

 「タイム・アウト」誌は、NYのレストラン情報を始め、イベントや美術館・博物館・映画、注目のグッズ・音楽・本の情報など、あらゆる娯楽を網羅した週刊情報誌だ。日本の「ぴあ」のようなものだ。先週末にサンクス・ギビングの祝日があり、クリスマスも近づきホリデーシーズンに入った今週号(Nov.22-29)は、表紙に大きく「ANY VOLUNTEERS? Give yourself this holiday season!」とあったのが、目を引いた。

 中身は、テロ事件の被害者や、恵まれない子供達、一人寂しくホリデーを迎えるお年寄り、ホームレス、HIVやエイズ患者・その家族、そして捨てられたペットのため、20のボランティアが紹介されていた。また、慈善目的のパーティーが5つ紹介されていた。

 いずれも、軽いタッチで、深刻さはない。例えば、HIVやAIDS感染のため、ゆっくりと買い物に出かける時間のない人のために、クリスマスの買い出しサービスを提供する団体は、「赤い服を着てサンタクロースの格好をしなくても、自分の買い物の最後に、少し手間をかけるだけで、サンタクロースと同じくらい喜ばれる」といった具合。実際、マンハッタンではこの時期、街のいたるところで、サンタクロースの格好をして、マイクを持って歌を歌ったり、ベルを鳴らしながら、募金を集める人をたくさん見るので、その人たちの苦労と比較すれば、楽だし、直接喜ばれる分、満足感も大きい。
 また、テロ事件の現場の復旧活動を行う人々のために、暖かい食料をサービスしたり、作業後に靴を洗うサービスもある。DJの技術を若者に教えるというボランティアもある。

 どこの団体も、より多くのボランティアを確保するため、必死なのだ。
 ホリデーシーズンに入って、既存のボランティアの数が減るにも関わらず、テロ後の景気の停滞、治安の悪化によって失業者・ホームレスが増加し、ボランティア団体による援助を必要とする人々は増える。ボランティアの需要はますます高まる。記事には、「事件直後には、『今は必要ない。後で君たちの援助が必要になる』と言われたかもしれないが、それが今なのだ」と呼びかけている。
 最近、街にホームレスが増えた。また、恐喝される話しも聞くが、それ以上に、募金やボランティアを呼びかける声が大きくなったことも確かだ。他人のことなどお構いなしのニューヨーカーだが、情報誌にさらりと特集が組まれているあたり、ボランティア獲得合戦の激しさを物語っている。

 

NO.9 すそ野へ広がる献金ブーム2001/11/14)

 NYタイムズ紙の11月12日号の特集版は、「Giving」であった。32ページにわたって、最近の献金の傾向、慈善活動、ボランティア・草の根運動、海外援助活動などが紹介された。この紙面内の広告は全て、関係事業団体のものである。

 先のテロ事件に関する復興基金への献金は、約13億円であるが、それは2000年中にアメリカ人がnonprofit groupに献金した2,030億円の1%にも満たない。いかにアメリカ人が、多額の献金をしているか、ということの現れであろう。
 一方、これは、今までは、一部の高額所得者による多額の献金が主であったが、今回の事件被害への献金は、小さな善意がたくさん集まったのだともいえる。実際、今回のテロ事件に関して献金をした人の4分の1は、献金が初めてという人だったらしい。テロ事件に便乗して慈善を装ってお金を巻き上げる人もいたというニュースも聞いた。
 今回の事件で、アフリカン・アメリカンは、白人の2倍、献金・献血・ボランティアなどの慈善活動をしている、と推測する記事もあった。

 この特集記事では、慈善団体についての基礎知識のようなものもあった。例えば、慈善団体の代表者や事業内容、収支報告については公表されていること、代表者や顧問は無給でもスタッフは有給であること、献金したお金が全て慈善事業に回されるわけではなく、一般経費も必要であること、母体となる企業や団体から援助や補助金を得て運営している団体もあること、次々新しい団体ができるが、献金の際には、事業内容とその予算配分をチェックするようにしたほうがよい、といった具合である。そして、団体を評価できるウェッブ・サイトをいくつか紹介している。

 アメリカは貧富の差が大きい分、今まで、献金や慈善事業に無縁であった人も多い。しかし、大きな災害によって、慈善事業や献金への関心がこれまでになく大きくなった。そして、景気の失速によって、特定の個人や企業による多額の献金に頼ることも難しくなるだろう。これからは、少しでもたくさんの人に、自らの事業への関心を深めてもらい、小額でもたくさんのお金を集めることが有効な手段の一つではないかと感じた。

 

NO.8 フィランソロピー活動の新しい動き2001/10/31)

  11月5日号の「タイム」誌は、最近のフィランソロピー活動の新しい動きを紹介した。コーナー名は、「INNOVATORS―THE NEXT WAVE」である。

 紹介されたのは、いずれも異なる分野で活躍する6組、7人。例えば、レストラン・オーナーWaldy MaloufとTom Valentiは、WTCテロ事件により亡くなった、レストラン勤務者の家族を助ける基金「the Windows of Hope Family Relief Fund」を設立した。多くのレストラン勤務者やその家族は不法滞在者であるため、残された家族が政府やその他の団体から補助が受けられないケースが多い。その問題にいち早く気付き、全米のシェフたちに参加・寄付を呼びかけた。

 Linda Rottenbergは、フィランソロピー活動の草分け的存在である「Ashoka」で働き、後に「Endeavor」を設立した。ラテン・アメリカにおいて、地域の人々が自立できる事業を生み出すことが目的だ。お金を集めて、それを後進国のために消費することが目的なのではなく、利益を生み出し、後継者を育て続けている。チリ政府からの巨額提供を断ったという逸話を持つが、事件後、自らが育てたラテン・アメリカの団体リーダーから300万ドルの寄付提供を受けた。

 ポール・マッカートニー、ミック・ジャガーなどの大物歌手を集め、10月20日にNYでチャリティー・コンサートを行ったのは、「the Robin Hood Foundation」だ。集まったお金は事件の被害救済にあてられる。この団体は、都市の抱える問題、例えば10代の妊娠や無教育、就業教育に関する問題解決を目指している。エグゼクティブ・ディレクターのDavid Saltzmanらは、集めた寄付のうち、経費以外は全て救済資金にあてている。13年間で、9億円を100以上の草の根団体に寄付してきた。ノウハウ提供によって、マッキンゼーなどの大企業サービス部門へも出入りする。この信用によって今回のコンサートが実現したといっていい。

 事件後、社会貢献が脚光を浴びている。しかし、今回、活発な動きをした団体は、事件前に既に新しい動きを起こしていた。だからこそ、先の大規模事件で、実力が発揮された。
 この記事の見出し「How better to give」のように、貢献内容やその目的が正しいか、そして寄付金の使途が明瞭であるか、社会貢献団体を選ぶ時代だと実感した。

 

NO.7 これからのフリーペーパーの役割2001/10/17)

 前回、マイノリティには、「近隣大家族」のような、昔流の精神的なサポート体制が必要だと書いたが、今さら、寄り合いやコミュニティ活動のようなものは、うまく機能しないだろう。
 在留日本人にとって、精神的サポートになりうるのは何かを考えた。その一つに日本語フリーペーパーの存在が挙げられるのではないだろうか。

 NYのフリーペーパーは、20誌近くも存在する。日系のレストラン、スーパー、書店などに置いてある。ミュージカル、ライブなどのイベント情報、在米日系企業の情報、英語の新聞の要約、日系イベント情報など、日常生活に無くてはならない存在だ。日本の芸能ネタ、テレビドラマを日本語で紹介するものもある。媒体ごとに得意分野があり、独特の味を出している。
 広く読まれているものは、広告の量も多いが、日系レストラン、美容院、パソコン周辺機器の購入・アフターケアなど、それ自体が重要な情報源となっている。また、日本人の活躍を知ることができる場でもある。

 日本語新聞を時差なく読め、24時間日本語テレビ放送を提供するサービスもある状況だが、地元の人による、地元の人に向けた情報によって、同じコミュニティの一員だと実感でき、精神的なつながりを感じる。いわば、地元発のローカル・コミュニティ新聞のようなものだ。
 先のテロ事件について言えば、写真を大きく扱ったドキュメンタリーだけではなく、ボランティアに関する情報、心のケアに関する情報、子どもへの対応について、小規模講演会、リサイタル、寄付・献血などの情報、大統領演説の要約などが充実していた。また、事件に関する写真を一切掲載しないという方針のペーパーもあった。差別化もはかられている。このようなフリーペーパーが、会話のネタになることも多い。

 インターネットの効果は大きいが、NYのように先端を行く場所で、紙のありがたさを実感する。海外で日本人がマイノリティであることは間違いないが、中華街・コリアンタウンなどのようにある場所に固まってコミュニティを作ることはしない。そのようなコミュニティがなくても、フリーペーパーが心の絆を作りだし、精神的サポートを果たしているといえるのではないだろうか。

 

NO.6 マイノリティーへの心のケア2001/10/04)

 先日、WTCテロ事件に関して、日系の社会福祉団体による講演会に参加した。事件によって引き起こされる心理的ストレスとその対応について講義とディスカッションが行われた。

 事件直後、一部メディアにより、テロを「パールハーバー」と並べて論じられたことへの抵抗感、剥き出しの愛国心に対する疎外感など、日頃から米国民にしっかり溶け込んでいるように見える人でも、大きなストレスを受けたようだ。また、日頃見慣れた光景への喪失感、社会的混乱や過剰な報道によって増大する不安感・希望の喪失感など、直接的な被害を受けていなくても、間接的なストレスもある。特に高齢の日系人が受けたショックや不安は大きい。
 事件後に急性に生じるストレスとは異なり、被害に遭ったことで、保険手続き・住まいの確保・変更などに伴う手続き、関係者間での対応が必要になり、そこで被るストレスもある。そして、これらのストレスは、少数民族であるがゆえに増幅されていると思われる。

 今年、サンフランシスコで開かれたアメリカ心理学会では、少数民族への精神医療サービスが不充分であることがレポートされている。ちなみにここで挙げられた少数民族とは、アフリカ系・ヒスパニック系、アジア系、太平洋諸国出身者、米先住民・アラスカ原住民。現在の医療機構の中では、納得のいくメンタル・サービスを受けることができない。その主な理由として、医療サービスが高額であるにも関わらず、少数民族に対する保険負担が十分でないこと、また人種によっては精神治療に抵抗感を抱く文化的傾向があること、また言語の問題が障害となることなどがあげられている。

 今回の事件では、先にご紹介した団体は、高齢の日系米国人への訪問なども行っている。また、事件後、アジア系の同じような団体と連絡を取り合って情報交換も行ったという。
 このような状況下で思い起こされるのが、「近隣大家族」のように隣近所が助け合う地方で見られるような精神的なサポート体制だ。
 アメリカのようにカウンセラーによるメンタル・ケアだけが、グローバルスタンダードではないと思う。このような分野こそ、非営利団体が活躍するときであろう。

 

NO.5 災害時におけるボランティア2001/09/18)

 9月11日の忌まわしい出来事から1週間が過ぎた。街は、表面上は、平常の生活を取り戻しつつある。
 マンハッタンで最大のボランティア活動の拠点は、「Javits Center」という国際会議場に設けられた。当初、個人でボランティアを希望する人はここで登録し、のちに連絡が来るのを待つということであった。しかし、間もなく打ち切られた。
 事件から6日目(16日)朝には、建設関連の特殊技能(例えば鉄鋼、溶接)がない限り、ボランティア登録をしに行かないようにと、ジュリアーニ市長がテレビで発表していた。現場では、一般のボランティアを受け入れることができないということだ。

 また、食料品を含む物資も十分集まったので、ボランティアや物資の寄付は、赤十字をはじめとする非営利団体に申し出るよう要請している。現金の寄付は受け付けている。
 NYTimesでは、「Donated goods deluges the city and sits unused」との見出しで、道に溢れかえるペットボトルの山と、整頓されないままの段ボールを映し出していた。前触れもなく、25台のトラックがペンシルバニアから連なってやって来たり、大量のボトルの水をパレットに載せずに置いていく例もあったという。「No more,thanks.」と言いたくなる気持ちも理解できる。

 広範囲に影響を与える自然災害とは異なり、今回は局地的な災害であったため、物流に問題は少なく、救助に尽力する消防署員やボランティアの人々への物資供給に大きな困難はなかったようだ。何かしたいという気持ちが時として独り善がりで、かえって意味をなさなくなってしまう例は、起こりがちである。
 後方支援に回るボランティアにおいても、ネットワークの大きさ、専門性の高さが重要だ。

 現場付近では、救援作業から戻ってくる車に、誰からともなく惜しみない拍手を贈り、それに対し、手を振ったり、かすかに笑顔で答えてくれる作業員もいる。人々は速やかに立ち去り、大きな混乱は生じていない。
 通常通りの生活をし、レストランでの食事、買い物、そして娯楽を楽しんでくださいと呼びかけるジュリアーニ市長の言葉を聞いた。この市長の統率力は本当に素晴らしい。市民を不安に陥れることなく、勇気付ける。爆破騒ぎが何度なく生じる中、ミッドタウンでは、パニックに陥ることなく、人々に秩序があった。

 こういった街での平静状態があるからこそ、ボランティアの人たちが安心して働くことができるのだと思う。ボランティアによる強力な後方支援、市長の冷静で強力なリーダーシップの両者が備わっていることが、国際都市NYの、真の強さだと確信した。

 

NO.4 Back To School!!!2001/09/04)

 長い夏休みが終わり、新学期が始まった。8月に入ると、デパートやショップのバーゲンでは「Back To School」の文字が踊り、各家庭で新学期の準備が始まる。
私がボランティアに通うデイ・ケア・センターでも、小学校前の子どもたちの授業が始まるので、唯一教師の資格を持つBlendaを手伝って、教室をアレンジした。何か新しいことが始まる前のわくわくする気分を少しだけ味わった。

 今回は、学校に関連してニューヨークタイムズ紙の記事を紹介したい。
引退後にボランティア活動に励む人は多いが、最近の傾向として、「教員資格取得プログラム」に参加し、学校の正規教員として第2の人生をスタートするエリートビジネスマンが増えつつあるという。

 華麗なる転身の一例として、イェール大学とハーバード大学両ビジネススクール卒業の肩書きを持ち、従業員6千人を抱える年商20億ドルの金融サービス企業で会長職を務めてきた人が、昨年1月をもって引退し、年俸3万7000ドルの数学教師に転じた例がある。
 また、61歳の元精神科医、68歳の元海外宣教師や、57歳の元銀行員なども教師に応募していると紹介されていた。

 何十年も秘書を使ってきたビジネスマンの中には、まずコピー機の使い方を学ぶところから始める人もいる。しかし、「ティーチ・フォー・アメリカ」という教員養成プログラムの強化合宿などを経て、独自の教材を作るようになる。ビジネスマンは新人教員と比べ社会経験が豊富なため、学習内容の活用の仕方を教えるのがうまい。また、辛抱強く、成熟した人格であるため、効果的にクラスを運営し、生徒の父母とも良い関係を築くことができる人が多いということだ。

 テレビのコマーシャルでも教師募集をしているように、現在、NY市では特に教師不足だ。たとえ引退していても、次の職に取り組むエネルギーのある人を教員として迎えるケースはこれからも増えるだろう。
 先日のタイム誌では、学力も高く、生徒も増え続けるホームスクールの新しい動きについて特集していた。既存の教育現場は危機感を抱いていることであろう。今後、新たな人材が増え、研修機関やその内容も充実していくのではないかと感じた。

 

NO.3 ボランティアの存在価値って?2001/08/24)

 所定の書類が揃ったところで、いよいよボランティアを始めることになった。紹介された「Day Care Center」のドクターと面談し、いつでも好きなときに好きなだけ来て良いと言
われた。

 ここは、アッパーウエスト地区の閑静な住宅地の一角、アパートメントの1階にあり、日中、両親が働いている子どもたちの面倒を見る。対象となるのは、新生児から6歳児まで、約20名ほどだ。親の出勤と同時に連れてこられ、5時から6時ぐらいの間に迎えが来ると帰っていく。

 私たちボランティアの仕事は、子ども達の遊び相手だ。現在、韓国、台湾、南米からやってきた学生6名が登録しており、各自の予定に合わせてやって来る。また、近所の小・中学生、高校生も時々やってきて、子ども達と遊んでいく。彼らもボランティアで働いているという意識を持っている。昔の「町内会」のような雰囲気である。

 一方、スタッフは、誰が来ようがお構いなし、ボランティアが多ければ、スタッフ同士おしゃべりを楽しんで休む。悪いことをしたり、けんかになった時、ボランティアはつい叱るのをためらってしまう。すると、すかさずスタッフが厳しく叱ったり、仲裁に入る。これで、子どもたちは、スタッフとボランティアの違いを知る。この瞬間に、なるほどボランティアの存在価値なんて、こんなものなのかとわかった。

 ここでは、学生の英語力向上に一役買うため、また近所の中学生・高校生達に小さい子どもと触れ合う機会を与えるために、ボランティアを受け入れているにすぎないのである。

 そうはいっても、つかの間、子ども達と無心に遊ぶのは貴重な体験だ。私がよく一緒に活動する韓国人の学生は、特に子ども達と体当たりで遊びまわり人気者になっている。彼女にとっては、ここでの活動が日常生活の息抜きになっているようだと気づいた。

 私は、非常に恥ずかしがり屋の、スペイン語なまりの少年にまとわりつかれるているが、彼の言っていることがよく分からないことが多い。年上の子どもに英語で通訳してもらっている始末である。

 

NO.2 市立clinicで、意外なサービスを発見2001/08/10)

 ボランティアを始める前に相談したカウンセラーに、「TBテスト(肺結核テスト)を受け、問題がなければ、即始めることが出来るわよ」と言われ、軽い気持ちで市立のclinicへ出かけた。

 日本では、結核予防のために、赤ん坊のころにBCGで微量の結核菌を注射し、体の中に結核に対する抗体を作る。アメリカにはそのような習慣がない。抗体を持っている私は、このTBテストに対し、当然のごとくポジティブな反応を示してしまった。そこで、肺のレントゲン写真を撮ったのであるが、無事、異常無しであった。それでも、アメリカでは、数ヶ月間の薬の服用(毎日)しなくてはならない、同時に、副作用の心配があるので、1ヶ月に一度、通院する必要も生じるということだ(全て無料)。
 
 これらについての詳しい説明は、私の英語力では非常に難しかった。まずいなぁと思っていると、それを察知した医者は、電話をかけ始めた。なんと、電話で通訳サービスを呼んでくれたのだ。一つの受話器を使って、目の前にいる医者と会話するのは、妙な光景であった。
 焦っていた私は落ち着き、さまざまな疑問が一気に解決した。電話を切ってからふと、「今の通訳サービス、実は有料だったらどうしよう」と不安になったが、「NY市が払ってくれるよ」ということだ。
 結局、私の場合、薬を飲むことを拒否した。医者は、納得できない様子であったが、自分でリスクを負うのだからと主張した。

 最近のアメリカ政府の調査結果によると、アメリカ国内では5人に1人が家庭で英語以外の言語を話しているそうである。かつてないほど人種の多様化が進むと同時に、かつてないほど人種の住み分けも進んでいる。同時に多言語化も進む。
 先日、大幅に変更したNYの地下鉄路線の案内は、特に影響のある地域にロシア系、中国系住民が多いため、それぞれの言語の案内も配布された。スペイン語はもはや第2公用語と化している。
 こうした費用が予算を逼迫するという意見もあるが、こうした基盤が充実してこそ人々は安心して暮らせるのだと思う。

 先の通訳サービスは、説明義務のある医者のためのサービスにすぎないかもしれないが、通訳を通してきちんと説明する医者に感激すると同時に、このように各国の通訳と連絡できる状態にしておくのは、やはり多国籍民族が生活するNYならではだと感じた。

 

NO.1 ニューヨークでボランティアデビュー?2001/07/26)

 現在、英会話を学ぶために、NY市立大学のHUNTER COLLEGEでESL(English as a Second Language)のクラスを受講している。
 公立校とはいっても、人種のるつぼといわれるマンハッタンで、移民・外国人学生を多く獲得することは学校経営からは重要なことで、そのために学生を支援するさまざまなサービスが用意されいる。

 その中で私の目をひいたのは、「BE A VOLUNTEER!!!!!!!」のプログラムである。
 こちらに来る前にも色々な方からボランティア活動をすすめられていたが、来たばかりでそれを探す余裕がなく、どんなものから始めたらいいかしら?と思っていたのでこれに目がいったのである。

 このプログラムには7種類のボランティアが紹介され、「カウンセラーのCaroleRosenに相談しろ」と書いてあるので、さっそくアポイントメントをとった。

 ボランティア紹介は、6年ほど前から始め、今までに300人以上の学生が参加。人手を求めるところはNY市内にたくさんあるが、その中から英語が得意でなくてもいいから来て欲しいという所とタイアップしている。
 お年寄りの話し相手になったり、病院の仕事の手伝い(食事を配ったり、患者を車に乗せたり、薬を届けたり)、博物館(American Museum of Natural History)での展示案内の補助、保育園で赤ちゃんの面倒を見る手伝いなど、英語ができなくても何とか務まりそうな仕事ばかり。

 NYでは、外国人だからといって優しくしてくれる人はあまりいない。一人で異国の地に来て、慣れない英語を使って生活しなければならない人はたくさんいるが、なかなか友達ができない、ホームシックになる、英語は上達しない、気持ちは焦る…、と精神的に苦痛を感じる人も多いので、Caroleは、カウンセリングをしているうちに、ボランティアを薦めるようになり、正式にプログラムとして立ち上げたということだった。

 NYに住む人と接し、少しでも英語を話す機会を増やすことは、学生にとっても、人手不足のボランティア団体にとっても、非常に有益である。

 さて、私は、「老人相手におしゃべりがしたい」と言ったのだが、「お年寄りは辛抱強くないから、もう少し英語が上達してからの方がいいわね」と軽く言われて、結局、赤ちゃん相手の仕事をすることになりそうである。