神戸から大分に渡る船の中。
韓国から「日本を知ろう」という趣旨でやってきた団体さんと意気投合。
あちらではもてなす側がすべて取り仕切る風習だとかで、
さんざんご馳走になったのに一銭も受け取ってもらえなかった。
とある事情で私はギターを背負ったキカイダー状態だったのだが、
「私たちのメンバーにもひとりミュージシャンがいます」ってんで
音大を受験する予定の高校生がビオラを弾いてくれた。
お返しに何曲か歌ったりして、食堂(閉店後は談話室になっている)が
セッションスタジオになったような感じだった。
他のお客に迷惑じゃないかとどきどきしていたのだが、
客室乗務員も含めて拍手までもらったりして。
歌を勉強しているという女の子がひとりいて、すごくきれいなコだったな。
遊んでるばかりじゃなくて、結構まじめな話もしたりして。
たった数時間だけど、ものすごく濃い時間を過ごすことができた。
983 :茶文字(1/3) ◆xELvisFU :02/06/15 03:18 ID:gD038n/3
ネタ切れなので以前書いた>>142に至る経緯を補足してみる。
神戸大分便のフェリーを利用するのは三度目だったのだが、バイクでは初めてだった。
神戸からは日に二便出ており、第二便なら夜も更けてきた頃に明石海峡大橋をくぐる。
ビールでも飲みながらライトアップされた橋梁と右舷に広がる神戸〜明石の夜景を楽しむと、
二等船室に潜り込んで寝てしまうのにちょうどいい時間だ。
しかし、着いてからの都合で第一便に乗ったため、食事と風呂を済ませて
夕暮れには少し早い時間に大橋を眺めると、あとは何もすることがなくなってしまった。
やがて夜も更けたのだが、寝付けないのでギターを持ち出し、
誰もいないデッキの隅に座って気の向くままに歌い始めた。
船は高松に寄港するために本州を離れており、フレットも見えない暗闇だ。
瀬戸内とはいえ海上の風は強く、どうせ5mも離れれば誰の耳にも聞こえない。
5〜6曲歌ったところで、青年がひとり近づいてきた。年の頃二十歳過ぎか。
物好きなやつもいるものだ、と思いながらかまわず歌っていると、彼は私の隣に腰掛けた。
984 :茶文字(2/3) ◆xELvisFU :02/06/15 03:33 ID:gD038n/3
一曲歌い終えたところで「ご旅行ですか」と話しかけたが、
彼は口元に笑みを浮かべたままちょっと困ったような顔をしただけで黙っている。
強風で聞き取りにくかったのかと思い、もう一曲歌ってから同じことを聞いてみた。
しばらく同じ表情で沈黙したあと、彼はこう言った。
「ナ ヌン ハングル イム ニダ」
私が唯一知っている韓国語だ。言葉が通じなかっただけなんだな。
悪いがそちらの音楽はまったく知らないから、リクエストには応えかねるぜ、
などと思いつつ二曲歌ったところで彼にギターを渡してみた。
彼は大きく手を振って「おれには弾けない」とアピールする。
間がもたないので英語で話しかけてみたら、かろうじて片言のコミュニケーションができた。
彼は私への好意を表したかったらしく、しきりに「ビア?ビア?」と尋ねてくる。
ギターケースの横に置いた空き缶を振って「ビールならもう飲んじゃった」と
伝えると、今度は「ファンタ!ファンタ!」と言い出した。
韓国にもファンタがあるのか。じゃ、お言葉に甘えよう。
「OK、ファンタ!ファンタグレート!」
今のはファンタグレープとかけた駄洒落だが、さすがに通じなかった。
ファンタをご馳走になって一息つくと、一計を思いついた。
そうだ、筆談ならなんとかなるんじゃないか?
そこで私はギターを片づけ、彼を談話室に誘ってみた。
985 :茶文字(3/3) ◆xELvisFU :02/06/15 04:00 ID:gD038n/3
二人揃って談話室に行くと、そこには彼の仲間たちがいたのである。
目の前を飛び交う韓国語に呆然とする私。その中のリーダーらしき男が英語で話しかけてきた。
「なんでこいつといっしょにいるんだ?」
「私がデッキでギターを弾いていると、彼がやってきて聞いてくれたんだ」
いくつかの質疑のあと、彼はこう尋ねた。
「Well, what is your nationality?」
おいおい、ここは国内便の船中だぞ。あんたら以外はたいてい日本人だろ、と
半ばあきれつつ答える。
「I'm Japanese, from Osaka. And going to Yufuin.」
「ああ、日本の方ですか、じゃ、これからは日本語でお話ししましょう」
……しまった、かつがれたか。こいつなかなか面白いやつだ。
そして>>142に書いた大宴会が始まった。
関東の大学に留学中のリーダーの男が通訳になってくれた。
私が福祉関係の仕事をしている、自分自身も少し足が悪いのだけど、と話すと
彼はこんな話をしてくれた。
「実はぼく、大阪に住んだことがあります。日本人の彼女がいました。
あなたと同じように、足が悪かった。でも、ぼくは彼女が好きだった。
ぼくは彼女の顔を愛しました。おっぱいも愛しました。それと同じように、
彼女の足も愛しました。おかしいですか?ぼくは幸せだったよ。
この話はみんなには訳さない。誰も知らない話です。
韓国の福祉は日本よりはるかに遅れてるけど、いつか幸せに暮らせる日が来ると信じてます」
最後に、彼ら一人ひとりからメッセージをもらった。
ひとりの青年が、こんなことを話した。
「ぼくは子どもの頃から、反日的な教育を受けてきた。
長いことそれで育ってきたから、意識は急に変わらないだろう。
でも、こうやっていろんな話ができたことは、きっと何かのきっかけになる。
帰国したら、友だちと一緒に日本のことを真剣に考えたい」
当の日本人を前にして「反日意識はすぐに変わらない」と言ってしまえるあたりに、
私はむしろ彼の誠実さを感じた。
W杯で韓国の善戦が報じられるたび、ついついこの話を思い出してしまう。
彼らのうちの何人かは、あの真っ赤に染まったスタンドで声を枯らしているのだろうか。
がんばれ、Korea。