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131 :774RR :02/02/25 23:12 ID:nUfzdGgc
北海道に自走で行く途中、力尽きて秋田の橋の下で一泊した。
翌朝、友達が腹へってたまらんというので近くの村役場で水をもらって
飯を炊いた。だが友達はおかずが無いと食えん、という、
仕方ないので店を捜すと一軒だけ雑貨屋らしきものがあった。食べ物もあるようだ。
しかしそこのおばあゃん、方言が強くてまったく何を話しておられるのかわからない。
たぶんどこにテント張っているのか、どこから来たのか、とおっしゃておられるようなので
答えたらいたく感心してくれた。間違ってなかったようだ。
それからしばらく話したがやっばりわからない。しかたなく相槌をうっいたらいたく
よろこばれたようでほうれん草を3束もくれた。おばあちゃん、ありがとう。
そして以後3日間、俺たち2人はビタミンC満タンで過ごしましたとさ。
先頭
133 :774RR :02/02/26 00:22 ID:PU/BGcLZ
 北海道ツーリングから福岡まで帰ってた途中、岡山県内の津山付近でライト
のスイッチが壊れてライトが点かなくなった。
 その日は広島の尾道まで行く予定だったので、暗くなるまでペースを上げて
走ってたが、間もなく日が暮れた。
 仕方ないのでポジションランプとウインカーを点けながら低速で走ってた。
 山の奥の国道で外灯もないし、車もまばらで、途中、DQNの軽にからまれ
たりで鬱になっていたのだが、そのうち一台の車がオレの様子に気付いたのか、止まって俺に話かけてきた。
 事情を説明すると、後ろを走って照らしてやるから前を走れ、との事。
 これで福山市内まで普通のペースで走れたYO。ハイビームは眩しかったけど。
 あの時のおっちゃん、ありがとう〜。

 そnおっちゃんと別れた後、警察の検問に引っかかったが、なんとか許して
もらった。
先頭
134 :774RR :02/02/26 00:58 ID:p7djrBib
ヲレが高校生の頃DT50にのって一人で奥武蔵グリーンラインを走っててとき
たまたま刈場坂峠のPで一息入れてた時250cc(正確な車種覚えてない)に乗った
お兄さんが話し掛けてきてくれて付近の林道の話し(当時はそこら中が未舗装だった)
やこれからどの辺行くの?なんて話しをした後、じゃあしばらくの間
一緒に走ろうか、って言ってくれて50ccと250ccの変な組み合わせで
その先いろんな道に入り込んだりしながら山の中走り廻った。
最後に夕方、寄居の駅前に降りてきた時、
「せっかくだから最後になんか食べていこうか」って誘ってくれたのはいいが
ヲレの財布は都内までのガソリン代しか残っていない。
やや間を置きつつ返事に困っていると、「心配すんな」って肩を叩いてくれた。
国道沿いじゃなくてなぜ駅前食堂だったのかは未だ謎なのだがそれはさて置き、
あの時食べたカツ丼は本当にうまかった。
名前も顔も忘れてしまったが、あの楽しかった1日が確実に
存在したことだけはヲレの中の真実として残っている。

お兄さん、ありがとう。
先頭
135 :774RR :02/02/26 01:49 ID:SzEwVeAv
もう10年近くも前になるけど、KDXで新潟の山中を海に向けて下っていたら、下の方から急坂を必死に
上ってくるNSR50か80を発見。NSR君はすれ違いざまにかなり熱狂的なピースサインを出してくれて、
こっちも思いっきり手を振ってお返し。
すれ違ってから振り向くと、その地元の市町村ナンバーだった。

翌年、また同じ道を同じ方向に向けて走っていたら、またNSRが向こうから上ってきた。
もちろん彼は手を振ってくれたんだけど、こっちはびっくり。もちろん手を振り返したあとにすぐに振り向い
て確かめたら、やっぱり去年のNSRと同じ市町村ナンバーだった。

たぶん同じ彼だと思うけど、気付いてくれたんだろうか。去年も同じ坂ですれ違ってるって。
その道は毎年何度もツーリングで通るんだけど、その度に彼のことを思い出すYo。
先頭
138 :774RR :02/02/26 01:55 ID:RkKrEy5I
旅先でしんどそうにしてるとおばちゃんがなぜかたけのこくれました
その後昔の苦労話なども聞かされ
すごくいい思い出になりした
5年前だがあのおばちゃんは元気だろうか
先頭
141 :お面ライダー ◆G3XHcSJU :02/02/26 23:30 ID:C2ZU3E2+
15年くらい前に
富士ラビットに乗った60代ぐらいのオジサンに会ったのだが
そのオジサンは、その昔そのラビットに乗って夫婦で日本一周をしたと
とても嬉しそうに話しをしてくれた。
俺もいつかは
そんな話を若いバイク乗りにできるバイク乗りになりたいと
つくづく思ったものである。
先頭
142 :茶文字 ◆xELvisFU :02/02/27 01:58 ID:AsU9HvC4
神戸から大分に渡る船の中。
韓国から「日本を知ろう」という趣旨でやってきた団体さんと意気投合。
あちらではもてなす側がすべて取り仕切る風習だとかで、
さんざんご馳走になったのに一銭も受け取ってもらえなかった。

とある事情で私はギターを背負ったキカイダー状態だったのだが、
「私たちのメンバーにもひとりミュージシャンがいます」ってんで
音大を受験する予定の高校生がビオラを弾いてくれた。
お返しに何曲か歌ったりして、食堂(閉店後は談話室になっている)が
セッションスタジオになったような感じだった。

他のお客に迷惑じゃないかとどきどきしていたのだが、
客室乗務員も含めて拍手までもらったりして。

歌を勉強しているという女の子がひとりいて、すごくきれいなコだったな。

遊んでるばかりじゃなくて、結構まじめな話もしたりして。
たった数時間だけど、ものすごく濃い時間を過ごすことができた。
983 :茶文字(1/3) ◆xELvisFU :02/06/15 03:18 ID:gD038n/3
ネタ切れなので以前書いた>>142に至る経緯を補足してみる。

神戸大分便のフェリーを利用するのは三度目だったのだが、バイクでは初めてだった。
神戸からは日に二便出ており、第二便なら夜も更けてきた頃に明石海峡大橋をくぐる。
ビールでも飲みながらライトアップされた橋梁と右舷に広がる神戸〜明石の夜景を楽しむと、
二等船室に潜り込んで寝てしまうのにちょうどいい時間だ。

しかし、着いてからの都合で第一便に乗ったため、食事と風呂を済ませて
夕暮れには少し早い時間に大橋を眺めると、あとは何もすることがなくなってしまった。
やがて夜も更けたのだが、寝付けないのでギターを持ち出し、
誰もいないデッキの隅に座って気の向くままに歌い始めた。
船は高松に寄港するために本州を離れており、フレットも見えない暗闇だ。
瀬戸内とはいえ海上の風は強く、どうせ5mも離れれば誰の耳にも聞こえない。

5〜6曲歌ったところで、青年がひとり近づいてきた。年の頃二十歳過ぎか。
物好きなやつもいるものだ、と思いながらかまわず歌っていると、彼は私の隣に腰掛けた。
984 :茶文字(2/3) ◆xELvisFU :02/06/15 03:33 ID:gD038n/3
一曲歌い終えたところで「ご旅行ですか」と話しかけたが、
彼は口元に笑みを浮かべたままちょっと困ったような顔をしただけで黙っている。
強風で聞き取りにくかったのかと思い、もう一曲歌ってから同じことを聞いてみた。

しばらく同じ表情で沈黙したあと、彼はこう言った。
「ナ ヌン ハングル イム ニダ」
私が唯一知っている韓国語だ。言葉が通じなかっただけなんだな。
悪いがそちらの音楽はまったく知らないから、リクエストには応えかねるぜ、
などと思いつつ二曲歌ったところで彼にギターを渡してみた。
彼は大きく手を振って「おれには弾けない」とアピールする。

間がもたないので英語で話しかけてみたら、かろうじて片言のコミュニケーションができた。
彼は私への好意を表したかったらしく、しきりに「ビア?ビア?」と尋ねてくる。
ギターケースの横に置いた空き缶を振って「ビールならもう飲んじゃった」と
伝えると、今度は「ファンタ!ファンタ!」と言い出した。
韓国にもファンタがあるのか。じゃ、お言葉に甘えよう。
「OK、ファンタ!ファンタグレート!」
今のはファンタグレープとかけた駄洒落だが、さすがに通じなかった。

ファンタをご馳走になって一息つくと、一計を思いついた。
そうだ、筆談ならなんとかなるんじゃないか?
そこで私はギターを片づけ、彼を談話室に誘ってみた。
985 :茶文字(3/3) ◆xELvisFU :02/06/15 04:00 ID:gD038n/3
二人揃って談話室に行くと、そこには彼の仲間たちがいたのである。
目の前を飛び交う韓国語に呆然とする私。その中のリーダーらしき男が英語で話しかけてきた。
「なんでこいつといっしょにいるんだ?」
「私がデッキでギターを弾いていると、彼がやってきて聞いてくれたんだ」

いくつかの質疑のあと、彼はこう尋ねた。
「Well, what is your nationality?」
おいおい、ここは国内便の船中だぞ。あんたら以外はたいてい日本人だろ、と
半ばあきれつつ答える。
「I'm Japanese, from Osaka. And going to Yufuin.」
「ああ、日本の方ですか、じゃ、これからは日本語でお話ししましょう」

……しまった、かつがれたか。こいつなかなか面白いやつだ。

そして>>142に書いた大宴会が始まった。
関東の大学に留学中のリーダーの男が通訳になってくれた。
私が福祉関係の仕事をしている、自分自身も少し足が悪いのだけど、と話すと
彼はこんな話をしてくれた。
「実はぼく、大阪に住んだことがあります。日本人の彼女がいました。
 あなたと同じように、足が悪かった。でも、ぼくは彼女が好きだった。
 ぼくは彼女の顔を愛しました。おっぱいも愛しました。それと同じように、
 彼女の足も愛しました。おかしいですか?ぼくは幸せだったよ。
 この話はみんなには訳さない。誰も知らない話です。
 韓国の福祉は日本よりはるかに遅れてるけど、いつか幸せに暮らせる日が来ると信じてます」

最後に、彼ら一人ひとりからメッセージをもらった。
ひとりの青年が、こんなことを話した。
「ぼくは子どもの頃から、反日的な教育を受けてきた。
 長いことそれで育ってきたから、意識は急に変わらないだろう。
 でも、こうやっていろんな話ができたことは、きっと何かのきっかけになる。
 帰国したら、友だちと一緒に日本のことを真剣に考えたい」
当の日本人を前にして「反日意識はすぐに変わらない」と言ってしまえるあたりに、
私はむしろ彼の誠実さを感じた。

W杯で韓国の善戦が報じられるたび、ついついこの話を思い出してしまう。
彼らのうちの何人かは、あの真っ赤に染まったスタンドで声を枯らしているのだろうか。
がんばれ、Korea。
先頭
143 :774RR :02/02/27 19:18 ID:a2FqcW7O
そう言われてみると、北海道で5年くらい前、
ラビットの集団(15台くらい?)が向こうから走ってきて、
かなーりびっくらこいた記憶があるなー。
最後尾にトランポが伴走していて、そこにはすでに
自走不可となったラビちゃんがわんさかと・・・(w
先頭
147 :1 :02/02/27 23:00 ID:6aAvfd1E
こないだ、凄く房総で親切な民宿に泊まった。

家から離れてふと本が読みたくなり、思い立って出発したのが昼過ぎで、
到着したのは日没後。それにもかかわらず表は寒いからと快く迎えてもらった、
宿泊客は俺一人なのに。ビールをたのんだら、モツの煮込みやダイコンの煮付け
をおつまみにサービスしてくれて、しかも宿泊も格安だった。宿のノートを
見ていたら、オンシーズンにはライダーが多いみたい。季節外れの変わり者を
珍しがって泊めてくれたのだろうか。
なんか嬉しかったので、花粉症の季節がおわったら、また行きます。
先頭
149 :元STEED弼 :02/02/28 00:20 ID:q3rJt1Qq
北海道の釧路で、なりゆきでとあるおじさんの家に泊めてもらった。
そのおじさん、釧路でほとんど自給自足の生活をしてる人で、
とにかくたくましい人だった。
家の温泉に入れてもらったり、
おじさんがしとめた鹿の刺身とか、虹鱒の筋子とか、アイヌねぎとか、
珍しいものをいっぱいご馳走してもらった。
酒もいろいろいただいた。
中でも15年ものの焼酎梅漬けは今まで飲んだ酒の中で一番うまかったなー。
次の日に、おじさんが飼ってる鶏を一羽もらった。
生まれて初めて鶏をしめた。
とにかくおじさんの家での経験すべてが俺にとっては異次元の世界でした。

俺がお世話になったときは、ライダーハウスを作ってる最中で、
プレハブの建物を見せてもらったけど、
今ではもうライダーハウスをオープンしてるのかな?
また北海道に行く機会があったら、会いたいです。

やっぱりツーリングはいいですね。
俺もじじいになったら、若いツーリングライダーに夢を与えれる人になりたいです。
先頭
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