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932 :774RR :02/06/13 16:36 ID:RC5K096W
工房時代に内緒でバイクに乗ってた他のクラスのヤツが夜中に事故死した。
クラスの皆は銘々「バカだな」とか「禁止されてることをやってからだ」とか
「規則を守らなかったんだからしょうがいない」と悲しい顔をしながらもバイクに乗っていた行為に対しては
大半が否定的だった。俺も皆に合わせたが実際は違っていた。
死んだヤツこと武田とは喋ったことがあった。何のことはない、街中でバイクを停めてると
偶然同じ場所に武田がバイクでやって来たことがきっかけだった。
「もしかしてOO高校のヤツじゃない?」互いに無面なんじゃ?と訝しげにしていたが
乗っていた車種がかなり似ていたのと、行った先の店が同じだったことからなんとなく自然の流れで
走ろうぜということになったのだった。
で、着いた港の所で喋ってみたらこれまたびっくり、お互い同じ場所の合宿教習で免許を取ってたのだった。
ただ時期が違っていたけれども。でそんな話で盛り上がって同じ高校でバイクが好きで実際乗ってる奴を
発見できたことがうれしかった。持っていたバイク雑誌を眺めてて「将来大型取ってこのバイクがいい」とか
「このバイクカッコ悪いなあ」「いやいや、これはカスタムで生きるマシンだろ」とかたわいもない話をして
その日は終わった。
それ以来学校で会うとバイクに乗ってる身振りをしたり、あそこの峠すごいらしいと
ほんのちょっと会話を交わしたりしてた矢先の事故だった。
通夜はあったが、行く気が起きず、変わりに事故現場とあいつとしゃべった港へ行って
線香をあげてタバコを吸った。後日、やっぱり線香を上げに家へとお邪魔したところ、
ご両親に会ったらば「君がOO君だったの、、。」
「和幸がね、同じ高校でバイク仲間が見つかったって最近喜んでたのよ。」
俺はそれを聞いた途端、涙が止まらなかった。ガレージを見せてもらうとバイクはほぼ無傷で
投げ出された恰好で、どうももらい事故だったらしい。
それ以来あいつの事故現場を通って走るようになった。

数年後同窓会があってそれに参加したときに、なぜだか武田の話が出た。
成績も女ウケもよくかなり人気だったそうだ。
「へぇ〜」俺は適当に相槌をうっていると、
「バイクなんかにハマらなきゃ今ごろいい人生送れてたのにな」
誰かがそう言って皆が同意してた。俺は何も言わず会は終わった。
帰り道、あまり喋ったことのない女が話しかけてきた。斎藤といって武田と内緒で付き合ってたという。
俺のことも聞いていたらしく、色々武田のことを話した。バイクに関しては彼女は最後まで反対だったようだ。
「バイクに乗る人とはワタシ絶対付き合わない。だって嘘吐きなんだもん」
「嘘吐き?」
「武田君は絶対事故を起こさないし、死なないって言ってたのに」
「そうだな、守れない約束をするやつは嘘吐きだな。」
すぐにその場を離れたかった。その会話自体がすごく痛かった。

あうぅ、ゴメン、書いてたら妙に長くなってしまった。
もっと要約するつもりだったんだけど、酒のみながら書いてたらこんなんなってもうた。
スマン
先頭
941 :774RR :02/06/13 19:19 ID:Q9tnjEtP
高校の頃よくつるんでいた友達3人で最後のバイクツーリングに行った。
3人とも進路はバラバラ、1人は東京の大学、1人は関西の大学、そして俺は地元の大学だった。
夜、まだ肌寒い宿の庭でこの先もバイクに乗れてるかな〜と一人つぶやいていたら、
「俺は絶対金貯めてアメリカをバイク横断するぜ」
「俺はオーストラリア。」
「う〜ん、俺は北海道でいいや。」と各自が好き勝手なことを喋っていた。

数年後、バイトとサークルと研究等で日々忙殺される俺の元へ一枚の絵葉書が。
見るとダチの一人が本当にアメリカ横断中だった。
それから数日後にはもう1人がオーストラリアから、、、。
ちょっとだけあの日の夜を思い出して胸が熱くなった。
先頭
946 :774RR :02/06/13 21:23 ID:Q9tnjEtP
就職活動も無事済んで、後は遊び呆けるだけになってしまったので
記念にバイクツーリングでもと、夏休み+αの3ヶ月弱で国内の色々な場所を走破しようと計画。
北は北海道から南は沖縄まで、安い宿と節約術を駆使して最初の1ヶ月は順調だった。
ところが、バイクがヘソを曲げてしまい金沢に缶詰になってしまった。修理完了までヒマだったから
地元の女の子をナンパ→ガタ〜イのコンボも決まったが、ハッスォーし過ぎで当たってしまった、、、。
両方の親から散々叱られたが、めでたく?ケコーン。
子供が生まれてからも色々言われっぱなしだったが、カミさんとの色んな意味での相性が良かったらしく、
今では普通の家庭になってますわ。
でも、子供になれ初めを聞かれると何も言えない夫婦であった、、。
両方の実家でも未だに孫がそのことを聞くといや〜な笑顔でねえ?とこちらを見てくるのが苦痛。

若者よ。燃えあがるのはいいが、避妊は慌てず確実にネ。
先頭
949 :774RR :02/06/14 11:46 ID:fsq3gw3q
>>932
これとはチト違うパターンだ、ツマランカラ読まなくてもよろし。

高校時代に勿論バカやってました、昔の言い方すると族より雷系です、
どうした事かそのころのメンバーは進学していった、それぞれ大学でも
単車を相棒としていて、大型とった奴、アメリカンな奴などなど・・
折れはモトクロスに明け暮れていた。

1年目は何かとみんな地元で集まったが、だんだんと帰ってくっるやつが
少なくなってな・・、長期休みなどもロングツーリングとか、レース参戦で
みんなすれ違いで会わなくなっていった。

4年が過ぎ、地元へ帰ってきた。
一人足りない、アパートへ行っても違う人が住んでいた。
普段は目立たない、ちょっと暗めの奴だがバイクに乗ると恐い奴だった、
クラスメイトの噂では「バイクで逝っちまった」そうな・・・
知らなかったとは言え、葬式にも顔を出せなかったし。

次の日曜日はみんな集まって、昔よく行った海までみんなで走った!
似合わないのに花束なんか買って磯に投げ
「おまえの分まで走りつづけるからな〜」
チェッカーズの「仲間がバイクで死んだのさ・・・」を何度も口ずさんだ。

そんな想いも、生活に流され数年が過ぎて単車に乗る事も少なくなった頃・・・
そう、そいつは生きていたのよ? 大学の方で就職して、親は転勤だって。
なんか、話するのも恥ずかしかったなぁ・・・

てか、おまえもたまに連絡ぐらいしないから殺されちゃったんだよ、噂に。
先頭
959 :774RR :02/06/14 19:36 ID:TmWdG696
10年程前、キャンプしながら1週間のソロツーリング中の出来事。
そろそろ布団で寝たいなぁと思い、昼過ぎから宿を探しながら走っていたが、どうにも見つからなかった。
今日もキャンプかなと諦めつつある海辺の町に着きキャンプ場を探すと、少し行った岬の方に有るらしい。
早速行ってみたがメチャ混み&フナムシだらけ。とてもキャンプする気になれず町まで戻った。
すでに時刻は19時過ぎ。他のキャンプ場は近くには無かったので、何処でも良いので寝れそうな所を探すことにする。
港に小さなフェリー乗り場が在ったので、待合室でゴロ寝させてもらおう、ダメならその辺で野宿だな、
ま、それもツーリングの醍醐味よ、と楽しくなってきた俺は、まず食料を調達する事にした。
港のそばに、1店だけまだ開いていたスーパーマーケットに飛び込む。
品数は少なかったが、何とか晩メシを確保してホッとした俺は、
何気なく、ホントに何気なくレジのおばちゃんに話し掛けた。

”この辺に泊まれる所か、野宿出来そうな公園なんて、無いですかねぇ?”

するとそのおばちゃん
”あら、寝る所無いの?ちょっと待ってなさい、親戚が民宿やってるから聞いてきてあげるわよ”
と客が他にいないのを良い事に、レジを放り出して電話を掛けに行ってしまった。
暫くして戻ってくると、
”泊まれるわよ。もうパートは終わる時間だから、宿まで車で先導してあげるわよ。ちょっと待ってなさい”
と言う。
正直、泊まれる所があるならその方がありがたいと思っていたので、素直に好意に甘える事にした。

おばちゃんの車に付いて行った先は、大きめだが普通の民家。
不思議に思いながらもおばちゃんに礼を言っていると、中からお婆さんが出て来た。
”急だったもんで、晩御飯が用意できなんだよ、ごめんねぇ。その分安くするからねぇ”
と言いながら部屋に案内してくれた。
どうもここは学生が合宿に使う時だけ民宿として使っている団体専用の様で、普段は営業していないらしい。
その日も他に客は誰もおらず、おばちゃんの電話をうけたお婆さんが特別に開けてくれたのだった。

通された部屋を見てビックリ。20畳位ある大広間。ここを使えと言う。さすが合宿仕様。
なんだか広すぎて落ち着かない。

バイクに満載の荷物を降ろしに行くと、今度はお爺ちゃん登場。
”ありゃぁ、でっかいバイクだねぇ。おもてに停めとくの心配だろう、こっちの奥に入れなさいよ”
と自分の車をわざわざ動かして、車庫の奥にスペースをつくってくれた。

スーパーで買ったメシを食い終わり、風呂(お湯をはって沸かしてくれた)にも入って、さあ寝るか。
しかし広すぎる、、、こんなに広い部屋なのに端っこに布団を敷いてしまう罠。
これじゃいかんと思い立ち、20畳のド真ん中に敷き直し、開き直って大の字で眠ったよ。

あの時のおばちゃん、お婆ちゃん、お爺ちゃん、夜遅くの飛び込みなのに色々良くしてくれてどうもありがとう。
何気ない一言から、意外な出会いがあった。
ちなみに料金は、美味い朝メシが付いて、とっても格安だったよ。
長文失礼。
先頭
963 :774RR :02/06/14 21:12 ID:LUprtjlt
788の話によく似てるんだが、
大学2年のとき、所用で新宿に向かうと見たことある学生服の子が1人でうろうろしてた。
よく見ると俺の母校の子。そういえば昨日実家から同じ中学に通う弟が修学旅行なんだよって
言ってたっけ、と思い出した。
なんか困ってる様子だったから声をかけて卒業生で同級生の兄だと言うと安心した模様。
聞けばグループの子達にいじわるされたのか、なにかで1人にされたらしい。
東京の地理も詳しくなく、金もあんまり持ってなかったので身動きが取れずにマジで困ってた模様
俺は相手は悪くないと庇いながら説明してるこの子をみてむちゃくちゃ同情してしまい
乗ってきたバイクでどこかに連れてってあげようと思った。幸いいつもメットを余分に持っていたので
その足でアルタ前、都庁、を皮切りに原宿、渋谷、池袋、等々
回れるところを連れていってあげた。宿の手前でその子を降ろすと
「楽しかったです。ありがとう」と感謝されてちょっと照れた、(W
後日、弟にその子のことを聞いたら、おとなしいけどもてるからそれでよく妬まれてるという話だった。

それから1年経った夏休み、失恋した俺は東京に居たくなくて帰省。
偶然立ち寄った店でバイト中のその子と再会。一応去年のときの写真やお礼を弟経由で受けとっていたが、
実際にまた会ったのはこれが初めてだった。
少し健康的な顔になったその子はとても魅力的で、随分と明るくなっていた。
で紆余曲折あって、現在のカミさんとなりましてん。(WW

出会った当初がそれだから、今でもバイクに乗ることには反対されてないのが救いかな。
ちなみに当時乗ってたZUは不動車になったものの現在ガレージの隅眠っておりまする。

なんかこのスレに触発されて、書いてしまった、、。
まあ、暗い話じゃないから許してちょ。
先頭
972 :774RR :02/06/14 23:01 ID:xnvyeFFc
旅先ではないのだが、、。
以前、PCを始めた当初メールにハマっててバカ正直に自分のプロフィールさらして
メールやってた。それで実際に会おうってところまでになって50kmほど離れたところにまで行ったのよ。
当時はデジカメとかあまり普及してなくて、そんなスキルも知らなくてさ。
で、会ったはいいが好みじゃなかった。
向こうもそうだったらしく、その子とはものの1時間もしないうちに別れた。
なんかフラストレーションが溜まってしまって変なハイ状態。
せっかくバイクでプチツーリングなんだからと言い聞かせて本屋でそこの名所なんかが載ってる場所を調べて
色々な場所を巡ってみた。いく先々や途中の田園とか海岸沿いの風景がとても眩しくて、
なんか自分の矮小さに気づいて恥ずかしくなった。

後日、なんとなくその地方にまた行きたくなって前回、回れなかった所へ出かけた。
やっぱり気持ち良くて高台の所で一服していたら、財布を拾った。
金も数千円だったし、ネコババする気もなかったから届けてあげた。
そしたら、すげー感謝されまくってそこでメシを御馳走になった、、(笑)
で、おいとましようと帰ろうとしたら、そこの娘が帰宅。で一目ボレ(激笑)
その後その地方へ手土産を持っては、そこの家へとお邪魔し娘よりも先に両親を口説いて
結婚に持ちこんだ。(ニガ笑)
そういうキャラじゃなかったし、恋愛とかもめんどくさいと思っていたから
その時の俺は知ってる人間曰く違う人みたいだったそうだ。
カミさんは最初俺のことは眼中になかったらしいが、親からのプッシュとしつこく遊びに来る情熱に(今だったら粘着か)
なんとなく付き合うことにしたらしい。
何はともあれ結婚できて良かったよと今でもしみじみ思う某所在住のGPZ乗りでした。
先頭
978 :774RR :02/06/15 01:41 ID:QcIHtVyd
工房の頃、俺も含めて回りのバイク好きは原付のミッション車が精一杯で、
大学生になったら就職したら絶対絶対大型取るぞぉ〜!!と各々が話していた。
時は流れて・・・・10年後。
俺はわざわざ休みを取ってその峠に向かった。
かなり整備されていたことと、二輪車で攻めてる奴らが皆無だったこと以外は全然変わってなかった。
なんでそこへ向かったかといえば、タイプカプセルとこの日にもう一度会おうって約束してたからだった。
2〜3年前までは当時の仲間と遊んでたり近況はだいたいわかっていたが、ここ最近全員が社会人になってからは
誰とも連絡を取ってなかった。約束の時間になった。雨でなければバイクと言っていたので、
バイクで来る奴をひたすら待っていた。

大学に入ってそれなりに就職して、その間に色々なことがあったけれど、あの当時の楽しさみたいなものを感じたことがなくて、
青臭いあの頃が無性に懐かしくって、あの約束もそんな思いをが生まれた頃思い出したのだった。
当時の仲間でその後ステップアップした奴もいれば降りた者もいた。とにかく高校を卒業して以来峠を一緒には走ってなかった。
かくいう俺も大型免許までは取ったものの、バイクは途中ブランクがあった。

しばらく待っていると当時の原付に乗って来る奴もいれば、大型に乗ってきた奴もいて
3人程が集まった。あと3人いたのだが、そいつらも仕事や海外等だったみたいで
連絡を受けたことを聞いた。結局全員が覚えていたのだった。俺は胸が熱くなった。
その後、峠を軽く流してファミレスでタイムカプセルを開けて中の物を見ては大笑い。
自分の手紙を読んで当時を思い出したりした。
そのあと仲間の1人の家で夜明けまで20代もあと2〜3年残すばかりになった男達が
酔いつぶれるまで酒を飲んだことは一生涯の想い出といってもいいぐらいのモノだった。
その後、仕事が忙しくてバイクに乗れるのも月に2〜3回ほどになってしまったが。
10代の頃の自分がなんとなく今でも俺を支えている気がする。

長駄文になってしまったが、どうしても書きたかったから許してね。
先頭
981 :774RR :02/06/15 02:08 ID:zF8nC7Zp
4年前、北海道の山中でガス欠になってしまった。
携帯も圏外だし、車も通らない。
どうしようかと思ってたら、軽トラにのった50代位の
農家のおじさんが運良く丁度通ってくれた。
理由を話すとそのおじさん、10km先にスタンドあるからここで待ってろ言われた。
言われるとおりまってると、30分後位にペットボトルに入れたガソリン持ってきてくれた。
そのうえ何故か缶コーヒーとじゃがいもくれた。
お礼を言ってお金払いますって言ったら、おじさん格好いいこと言うんだよ。
「お金はいいから、次に君が困った人見つけた時に助けてあげてよ」って。
助けてもらっといて、こんなこと言うのもなんだけど
普通のヤンマーのキャップが良く似合う農家のおじさんだったんだよね。
そのせりふにちょっと驚いたのと、俺も次に誰かを助けれたときには
同じ台詞言うぞって思ったよ。
日高から紋別へ向かう途中だったな。

それから4年、残念だが未だにその台詞いう機会がないなぁ。

ちなみに、ガス欠になった理由は、マップルに載ってたGSが
その時になくなってしまってたこと。
みなさんもマップル過信すると危険だよ。
ガス補充は早めにネ!
先頭
982 :SR400 :02/06/15 02:44 ID:F3vHqe9h
東京-福岡、下道で帰ったのが去年の秋。
名阪国道(?)の道の駅で、関西弁の夫婦に、
「なんや、兄ちゃん福岡からかー。よー来たのー。
ま、気ぃつけてな!腹へるやろー?」
と、声をかけられ、露店で売ってた串揚げをおごってもらった。
「え?いいんですか?」と恐縮すると、
「当たり前やんか、大阪へのお客さんやんけ。」と、言われた。
DQNの産地として有名な大阪だが、俺は好き。
先頭
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