10数年前、会社を辞めた記念にツーリングをした。
山陰山陽、四国、紀伊半島を巡る1ヶ月のツーリング。女の私は、親がさすがに
野宿を許してくれなかったので、安い宿を予約しておいた。
四国の最後の夜、志度町と言うところの「○○○旅館」に宿泊した。
素泊まりだったのに、夕食も朝食も用意してくれた。初老のおばさん一人で切り
盛りしていた。旅館は、小さいけれども由緒ありそうな古くてしっかりした、風格の
ある旅館だった。
出かける時に、おばさんからちょっと寂しそうにお話を聞いた。
この旅館は400年も続いた旅館だったらしい。息子さんは、仕事で東京に出て帰っ
てこないという。「400年続いたけんど、わしの代で終わりだ」と、ちょっと寂しそうに
笑っていた。
おばさん、元気かな…と、ボロボロになったツーリングマップを見ながら時々思う。
225 :酋長 :02/06/28 23:05 ID:FxELv4+P
うーん、難しいところですな・・・。
俺は一回行ってお世話になったところは
もう一度訪ねてみる事が多いので、実際はそんなに手紙は出さないね。
いいなあ、と思ったところは何回行っても楽しいしね。
で、その時友達になった奴と、結構な確率で再会してしまう(w
だけど行ったことのない所もどんどん行ってみたいので
結局行きたいところがねずみ講のように増えてしまうという・・・。
230 :バラデーロ :02/06/30 09:08 ID:ZRikU+03
>225 酋長さん
逆の立場なんですが、家の近所で2回ほど動けなくなったバイク乗りを
助けたことがあります。1度目はエンジンがかからなくなっていたので、
軽トラで10kmほど離れたバイク屋までバイクを運んであげました。
2度目はタイヤがパンクしていたので、それを直してあげました。
1度目の方はその後なんの連絡もなし。2度目は後日お礼を言いに尋
ねて来られました。(2人とも家からそんなに離れていないところに住ん
でた)
1度目の方は学生さん、2度目の方は社会人だったので、「学生さんだ
からその辺のことが分からないかもしれないね」というのが自分と家族
の一致した意見でした。
231 :酋長 :02/06/30 17:56 ID:hjYJ7uQv
んん〜、俺も社会に出て分かったことってのも沢山ありましたしね。
いま学生さんである人のことをどうこう、と言う意味ではなく。
逆に言えば学生のときにしか出来ないこと、かけない恥ってのもありました。
それはそれでいいと思う。
で、思い出したが俺が学生生活最後?の北海道ツーリングのかえりみち。
仙台近くのある海浜公園にたどり着いて、芝生にテントを張りました。
朝から三陸海岸をひたすら走っていたので、もうへとへと。
早速朝まで爆睡ですわ。おやすみなさ〜い・・・。
翌朝、周囲の異様な物音で目が覚めました。
珍走の集会ならまだラッキーで、どうやらそれは公園を清掃するような音。
「こりゃやばい!いなくなるまでシカトしとこう」と思ったが
20分、30分、いつまでもやっている。
とうとう根負けして恐る恐るテントから顔を出して、
できるだけ素敵な笑顔で「お、おはようございま〜す」と挨拶してみました。
すると掃除のおばちゃん、この不法滞在者に嫌な顔ひとつせず、
「あらまあ!どこから来たの!事務所でお茶でも飲みなさいよ」と
公園の管理事務所に案内されました。
すると上司らしいおじさんが出てきて「せっかくだから朝ご飯でも食べなよ」と
お茶と一緒にさらにカップ焼きそばまでも!済みません。頂きます!
俺は自分が神奈川からきた学生であること、来年から就職予定であることを話すと、
「そうか、学生最後の放浪旅行か。若いもんはいいなあ。
これからは君のような若者が日本を背負って立つんだな。頑張れよ。」
と、目を細めて笑顔で励ましてくれました。
社会人としてある程度の年月を重ねたうえでのその言葉は、重みがあった。
おじさんおばさんにお礼を言って、日常の待つ自宅へ走って行きましたが
来年からは未知の世界に飛び込むその漠然とした不安、
来年もそして北海道に行けるのかという気持ちが、
「よし、やったろうじゃん!」という方向に変わったような気がしました。
その時は珍しく、帰ってからお礼状を出しておきました。
だがその半年後、両親に土下座して留年のお許しを頂いたのは
話としては出来過ぎてるかな・・・。
さて5年後のいま、俺は日本を背負えるような立派な若者になれただろうか?
・・・さすがに背負うのはまだ無理かな、というところで(W