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869 :774RR :02/09/12 11:37 ID:4dP529pe
観光バスネタ

美瑛の新栄の丘でまったりしていたところ、
西日本方面から来たと思しき観光バス到着。
ぞろぞろと出てくるおっちゃんたち。すでにほろ酔い、いい気分のご様子。
私を見て、「おねえちゃんバイク?」と、よくあるように話し掛けられる。

「どこ泊まってるの?キャンプ場?俺らの宿一緒に泊まろうよ。俺がテント張って待ってるからよ。がははは」

などなど、かなり品のないエロエロ話をねちゃねちゃ振ってきた。
私の記憶の中で、美瑛の新栄の穏やかな風景と、エロ話がセットになってしまった。
ちょっとウチュ。
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871 :FZ海苔 :02/09/12 14:39 ID:tASOaRzk
立場が逆になっちまんだが北海道での話を一つ。

俺が18の時、青春18切符で各駅停車を乗り継いで北海道周遊の旅をしていた。
各地を廻り、富良野のYHに宿泊。次の日はマウンテンバイクを借りて町を走った。
山道が走りたくなって町から離れていった俺と友達。
キツイ坂を登り下りしながら快調にサイクリングを続けていた。
とびきりキツイ上り坂を走っていたその時。

ガシャッ!!

と音を立ててチェーンが外れてしまった。
ただ外れたのならいいのだが、フレームに絡み付いてしまい素手では取れない。
困っているとオフロード乗りが留まってくれて、レンチを取り出して修理してくれた。
本当に嬉しくてお礼を言うと、

「もうちょっとで下り坂だよ。二輪同士、頑張っていこうなっ!」

爽やかにそう言った彼は、去り際に手を振ってくれた。
嬉しくて涙が出そうだった。

利尻島を自転車で一周したときもバイク乗りが声を掛けてくれたり、
ピースをしてくれたりした。俺も立ち上がって万歳をした。
服を脱いで踊ったりもした(w<アホ
元々バイクに乗るつもりだった俺だけど、その夏の思い出が決定打になったのかなぁ・・・
そんな俺は20歳、YAMAHA FZ400(4YR)に乗っている。
北海道でチャリダーにピースを出すのが夢だ(w
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872 :774RR :02/09/12 15:50 ID:0WB+Amnp
初めての北海道ツーリングでのこと

宗谷岬へひた走る途中、スタンディングガッツポーズをしてくれたおっさんの姿を忘れることが出来ない。
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873 :774RR :02/09/12 18:21 ID:j6JqV7lD
アハハ、北海道は印象深い人が多い。

どこだったか人家などほとんどない山の中を走ってたら、
向こうから黒ずくめのアメリカン集団がドドドドドドドドドと
やってきて、全員いっせいに手放しでバンザイの格好でピース
してくれたときはビビった。いやマジで、心臓バクバクした。(w

でも後ろのほうの一人がバランス崩してコケそうになったのを見逃さなかった。
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875 :774RR :02/09/12 21:25 ID:7pZ5lNLA
もう数年前になりますが北海道をまったりとソロツーリング中の出来事。
対向車線にバイクの姿があり、かなり早くから手を振ってみた。
よく見るとそのライダーは忍者赤影のコスプレ。
おもむろにスタンディングして背中からおもちゃの刀を抜き出し、めいっぱい振り回して応えてくれた。
すれ違った後で路肩にバイクを停め、一生懸命鞘に戻そうともがく姿にほのぼのしちゃいました。
微妙に年配ネタスマソ。
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883 :774RR :02/09/13 01:31 ID:7u+73WRZ
旅先で…とは違うんだけど。

父がハーレーのサイドカーに乗っていて、かっこよくて自慢の父さんでしたが、
2年前に50歳でガンで亡くなりました。
余命宣告されてからは、体力のあるうち時間を惜しむように毎日乗っていました。
うちは父と私の2人家族なので、残された時間を少しでも一緒に過ごそうと思い
私は会社辞めて毎日のように横に乗せてもらいあちこち行きました。

四十九日が終えて、家に1人で放心状態で引き篭っていた頃、
父のツーリング仲間だったハーレーオジサン達が来て、
父のサイドカーでツーリングに連れ出してくれました。
親友だったおじさんが父のバイクを運転して横に私が乗り、
ハーレーやBMWで6台くらい連なって走ってくれました。
いつもツーリング中に無線のマイクでくだらない会話していた事や、
車庫から出す時は毎回すごく嬉しそうな顔してた事や、
別人の様に衰弱した父の車椅子を押すのが辛かった闘病中の事や、
色んな事を思い出してずっと涙が止まらず、風景も何も見えませんでした。

弔いツーリングをしてくれたオジサン達の優しさで、鬱から立ち直れた気がします。
いい仲間がいた父は、短いけど幸せな人生だったはず、と思えました。
あれから私も二輪免許取って、父のもう1台のバイクのボロボロCB400に乗ってます。
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894 :774RR :02/09/14 23:38 ID:UHuhClQJ
今年の盆休み、道北のキャンプ場で、近くに親子連れがテントを張っていた。
親は夫婦ではないらしく、子供に「ママ」と「おじさん」と呼ばれていたが、
夕飯を作っていたり子供が遊んだり、見た目は普通のファミリーキャンパーだった。

翌朝5時頃だろうか、子供の良く響く声で漏れは目覚めた。
「おじさーん、ママのおっぱい触っちゃだめーー!!」
子供は同じセリフを何度も連呼し、しまいには母親がひっぱたいていた。
彼らは急いでテントを撤収し、まぶしい朝日の中を逃げるように去っていった。
同じく周りで聞いてた奴、いるんじゃないか?(w
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901 :774RR :02/09/16 00:13 ID:aJoDVIJu
旅先じゃないけど、

2年くらい前に、GSXR250Rを買って、喜んでいた時の話
当時は久しぶりに所有できる喜びでいっぱいだった。
が、ある寒い冬の朝、エンジンがかからず、とりあえず放置して出勤
帰ってから、一所懸命押しがけするもかからず、バッテリーも上がり、
しょうがないのでGSで充電頼んでみようと思い、GS巡りをしていたとき、
押していける範囲ほぼ全てのGSで充電を断られ、歩いていると、
車のパーツ屋があって、ダメ元で頼んでみたら、
充電してくれて、結局直らなかったけど、近くのバイク屋を教えてもらい
翌日には知り合いの所に引き取ってもらえるようになりました。

正直ありがたかった。
ベアーズの兄ちゃんありがとね。
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903 :旅先ではありませんが… :02/09/16 04:52 ID:UDKV8JLu
904 :旅先ではありませんが… :02/09/16 04:53 ID:UDKV8JLu
以前僕が投稿した話を…

97 名前: 今日も元気の良いカブ 投稿日: 02/03/25 21:23 ID:48VfuqDY

本日の午前0時5分未明、僕は彼女に振られました。
彼女との付き合いは一年と数日。
仕事で取り返しのつかない失敗をしてかなり落ち込んでいる
僕に追い討ちをかけるかのようなパンチ。仕事の失敗、振られたこと。ダブルパンチでした。

寝て目覚めた後、さあ、今日も仕事だ。
カブに乗って出勤だ!
自宅のバイク置き場に来て、カブを見た瞬間、思い出しました。
そういえば、彼女と付きあう二週間くらい前にお前を納車したんだっけな。

彼女の家に行くのにもカブに乗り、デートに行くときにもどんなときにでも
お前に乗っていったんだなー。このカブで彼女との思い出を作ってきたんだなー。
でも、もう彼女はいない。
このカブだけが残った。
そう思うと涙がぽろぽろ出てきました。
悲しくて、悲しくて、目の前が見えません。

手探りでセルを探し、エンジンスタート…。
最近暖かいのに、今日は寒い日。
でもカブのエンジンは元気よくかかる。

おまえ、いつも元気だな。
友達のバイクとガタガタの砂利道を走行したとき、正直、壊れるかと
思ったよ。友達のバイクは調子がおかしくなったが、お前は全く平気だった。
さすがだな。さすがカブだけのことはある。
いつでも、どんなときでも元気なんだなお前は。


そして走り出す。
カブの優しい静かなエンジン音に慰められるかのように走る。涙で前が見えない。

だけどカブの速度がゆっくりと上がるにつれ風で涙がどこかに飛んでいく。

カブ、やさしいな、お前。
僕もいつまでも涙を流していてはいけない。
そうか、僕もカブのように生きなければならない。
いつでも元気よく、どんな悪い状況でもタフで。
男はカブのようにタフでないといけない。

お前が少ない燃料でも頑張ってたくさん走るように、
ほとんどない幸せだけど頑張って生きてみせる。
彼女はいなくなってしまったけど、
お前だけはついている。

エンジンが動かなくなるまで付き合おう!
長い付き合いになりそうだな、よろしく、我が愛車カブよ!

そして仕事の責任をとるためにカブとともにまた走り出すのであった。
僕は大丈夫。カブのようにタフなのだから。

ある男とカブの友情でした。

終了
905 :旅先ではありませんが… :02/09/16 04:56 ID:UDKV8JLu
その後…。
カブスレには依然とお世話になっております。

カブは相変わらずギンギンに走りつづけております。
いつも元気であります。
そして僕も。

こいつ(カブ)と一緒に新たなナオンのケツを追っかけております。
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909 :。 :02/09/16 15:59 ID:am2fm8Jn
910 :。 :02/09/16 16:02 ID:am2fm8Jn
911 :。 :02/09/16 16:13 ID:am2fm8Jn
1988年の話。

飛び込み5回でやっとこさ手に入れた小型免許と、新車で買ったDT125Rで
初めての長距離ツーリングに出掛けた時の事。

旧型のDT125に乗る友達と二人、夜10時頃大阪を出て、
翌朝には岐阜を過ぎスーパー林道を抜け、昼過ぎに信州(上高地)に到着。
道端で仮眠・観光の後、中の湯で一泊。

翌日は乗鞍岳を越え白山スーパー林道へ。
しかし既に時間が遅く通行出来なかった為、五箇村を横目にそのまま
日本海側へ北上、途中ドシャ降りの雨に見舞われるが、カッパを用意
していなかった為、ずぶ濡れに。(カッパを買って行くおカネが無かったのね)

トンネルで雨宿りしているうちに日はとっぷりと暮れてしまうが雨も止み、
気を取り直して出発。夏の終わり(ちょうど今頃)だった為、富山に着く頃には
服も乾いていた。


夜10時半頃、(金沢)石川で寄ったホカ弁やさんで、おカネが無いので二人して
「かき揚げ弁当」だの「のり弁」だの安いメニューを注文すると、
そこのアルバイト(?)の25歳位のおねえさんが、
「どこに行って来たの?」「(店の)中で食べて行きなよ」
等と、気さくに話し掛けてくれたので、僕たちも、
「大阪から下道で来た」「上高地に行って来た」「道中殆んど眠っていない」
「さっきはドシャ降りの雨で大変だった」「このまま夜通し走って大阪へ帰る」
等、自分達の冒険(?)について、照れながら言葉少なに話した。

すると、別れ際、おねえさんは梅干のおにぎりを二つずつ持たせてくれた。
「傷む(腐る)といけないから(具は)梅干にしたね」

すっごく嬉しかった。

でもまだ19歳の自分には何だかよく意味が解らず、
「かき揚げ弁当(安メニュー)のお客さんに一個100円のおにぎりを二つも
サービスして儲けはあるのだろうか・・・?」
等と馬鹿な事を考えていた。
(おねえさんには僕達が弟のように思えたのでしょう)


30歳を越え、マンションを買い、車にも乗り、結婚もした今でも
貧乏だけど楽しかったあの頃の想い出は人生の宝だと思っています。

「物より想い出」ですな・・・
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