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349 :774RR :02/10/22 07:13 ID:wRq6rFet
私も感謝を込めて1つ。

遊びに行った帰りの夜中に突然ガス欠。しかも財布の中はほぼ0円。
家まで押したら約3時間ほど。しかも見知らぬ土地。
途方にくれながも2時間ほど歩いたところで4tトラックがパッシングしながら
近づいてくる。一度通り過ぎた後に気になって戻ってきてくれたとのこと。
「ガス欠か?丁度現場帰りだからガソリンなら持ってるぞ」
と言われ喜んだのも束の間、財布は空。しかし「困ってんだろ?タダで
いいよ」と先に言われ、甘えさせていただきました。最後に言われた
「困ってる時は助けてやるのが当たり前なんだから、逆の立場になったら
絶対助けてやれよ」という言葉が忘れられません。
  
押して歩いたのは辛かったけど辛さ以上に素晴らしい体験を
させていただきました。心から有難う、と言いたいです。
先頭
352 :前スレの477 :02/10/23 11:33 ID:/51LD9+K
以前応援してくださった皆様へ。
化学治療が無事終了したため、退院できることになりました。

まだ「患部に放射線を照射し、癌細胞を死滅させる」という治療は残っているのですが
とりあえず、またバイクに乗れる日が近づいたようで、とても嬉しいです。

入院中は、このスレに書き込まれた旅先での素晴らしい話がとても励みになりました。
これからも、このスレを見て「また旅に出られるように・・・!」と
完治に向けて頑張りたいと思います。

旅先の話ではなくて、申し訳ありません。

編集注)このあと約70レスほどみなさんのオメデトウカキコがありましたが、省略させていただきます。ご了承ください。
376 :774RR :02/10/24 00:53 ID:YiRakYW8
退院おめでとうございまつ。続けての療養もがんがってください。

かつて自宅療養してた頃・・・窓から見える晴れ渡った空と、時たま聞こえる近所のスーフォアの音に
己の身を憂い、埃だけが積もる愛車を雑巾で拭いて、月に一度エンジンだけかけていました。
愛読書はツーリングマップル、脳内ツーリングの毎日ですたが今は復帰して走りに行ってます。
生きてるってスバラスィよね。
381 :774RR :02/10/24 15:41 ID:FRT6SEfn
>>352さん
退院、おめでとうございます。
かなり早い退院でしたね。お疲れさまでした。

前スレで、初雪のふる前にバイク走らせたい、
といってましたが、念願かないそうですか?
無理せず、ゆっくりバイクに復帰してください。

うちの父親もかなりのバイク好き(今年62歳)で、
去年の夏、神奈川県立がんセンターに、5ヶ月間、入院してました。
お見舞いに行って、外をちょっと歩くと、必ず、がんセンターの向かいにある、
免許センターにいって、一発試験の風景を、ねまき姿で見ながら、
「あんなんじゃ、大型は無理だな・・・」
「クラッチ滑るバイクのらさせて、かわいそうに」
なんて、ブツブツいう父親を見たとき、とても小さくて、よわよわしく見えました。

そんな、父親も無事、大腸ガンを克服し、今はバイクにまたがってます。
つい2週間前も、千葉マザー牧場まで一緒にツーリング行きました。

352さんも、はやくバイクにまたがって、風を感じてくださいね。
これからも、いいバイクライフをすごしてください。

 おつかれさまでした。
先頭
418 :352(前スレの477) :02/10/28 19:51 ID:5JB/OlmZ
たくさんのお祝いの言葉と、お気遣いありがとうございます。
25日に退院いたしました。
来月中旬から放射線治療がはじまるため、それまでは自宅療養です。

ツーリングの話をしてくださった方々がいらっしゃいましたが
私は北海道在住のため、今シーズンはもう乗れないっぽいです。
「明日は平地でも雪が・・・」と、天気予報でも言っていました。
もし、来年北を走る方がこの中にいるのでしたら・・・・
どこかの道ですれ違えると、嬉しいです。

あまり関係ない話を続けるのも申し訳ないので、以前のツーリング先での出来事をひとつ。

知床ツーリングに行ったときの話。
野営場にテントを設営した後、疲れた体をほぐしに熊の湯へ。
中に入ったところ、すでに先客が何人か居ました。
どうやら、地元の小母様方のようです。
色々と世間話をするうちに、「そういえば、うちにあんたと同じ位の年頃の嫁がいてね・・・」
嫁の愚痴を小一時間聞かされ続けました・・・・。

それ以来「話を切り上げる勇気」というのを頑張ってだすようにしています。
419 :774RR :02/10/28 20:06 ID:lJHsXldl
話を切り上げる勇気・・・漏れも持ちたい
ナンシーおじさんの話を小一時間聞かされたこと多数
早く出発したいのにー!
420 :774RR :02/10/28 22:26 ID:d9vzKnPP
その前にナンシーに話し掛けられないようなオーラを出すべし(w
421 :774RR :02/10/28 22:52 ID:QwCPYXCa
俺は旅の出会いの中でナンシーと会うのは好きだけどねぇ。。。
旅の途中の出会いは多ければ多いほどいいやん。
多分向こうも何かを話しかけるダシとしてナンシーになってるんだと思うし。

まぁ最近の若いモンはドライやっちゅーから話しかけられるのもイヤなんかなぁ。
俺も22(来月の頭で23だが)なんで若いほうやとは思うんやけど。。。
423 :352(前スレの477) :02/10/28 23:25 ID:5JB/OlmZ
えーと、言葉が足りなかったですね。
私も>>421さんと同じで、出会いは多ければ多いほどイイ!系です。
そうでなければ「忘れえぬ人」にも、出会えないですからね。
旅先で地元の人と話をするのは大好きなのですが
なにせ、場所が場所だったもので・・・
熊の湯の湯温って結構高めで、小一時間入った日にはフラフラなのですよ(TДT)

なので、ケースバイケースで「話を切り上げる勇気」を。
自分気が弱い人間なので、結構大変です・・・。
424 :774RR :02/10/29 00:33 ID:gzHwB7Eg
ナンシーおじさんって何物でつか?
…もしや「これ何cc?」と話し掛けてくるおぢさんでしょうか?
426 :774RR :02/10/29 01:21 ID:Nla6GXL4
>>424
http://member.nifty.ne.jp/akira/nancy.htm
先頭
430 :774RR :02/10/30 03:58 ID:N4IdLJj2
431 :774RR :02/10/30 04:26 ID:N4IdLJj2
旅先での出会いをおひとつ。
今年の夏の終わり、北海道ツーリングでのこと。
北海道は稚内の、なんだっけ、森林公園?だったかな。
そこでキャンプしようと行ってみたらば熊出没で閉鎖中。
仕方ないんで公園を観光してよそに行こうとしてたんです。
で、氷雪の門の前で写真を撮ってたら一人の女性ライダーに
話し掛けられたんです。
やたら話し好きな女性というか、よく話す人で。
自分も女性ライダーで話が合う人って初めて出会ったんでいろいろ
楽しく話してたんです。
でもほんとに話が長くて。夕方で風もあって寒くなってきて。
自分は早く話を切り上げて稚内温泉導夢に行きたくて、そのうち
相手への対応がおざなりになってきて。
いかにも「寒いから話切り上げたい」オーラを発していたんです。
で、それが通じたのか話が終わりに向かったんです。

でも話の最後のほうでその女性に言われたんです。
「あなたと話したおかげで嫌な気分がはれた」と。
なんでも稚内のYHに予約しに直接行ったら断られて、わざわざ電話しに
行かされた、そのYHの対応で嫌な気分になってたらしい。
自分はその人と別れたあと、自分の望んでいた稚内温泉でマターリしたんですが、
心はなんだかもやもやとした気分でした。
 自分はいままでバイクで旅にでても、他人とできれば関わりたくないというか、
「一人にしといてくれ」という空気を発していました。
少なくとも自分からは話し掛けたりしませんでした。
でも、この出会いで人と話すことで楽しい気分になれる、
自分なんかと話すことで楽しい気分になれる人もいるってことに
気づかされました。いままでの自分は人との出会いを自分の都合だけで
選んでいたんだな、と気づかされました。
これからは他人との出会いを避けるような自分を変えていこうと思います。
そしてこれから先、旅先で自分から積極的に話しかけて、いい出会いに
めぐり合えるたび、稚内での自分が変わるきっかけとなった出会いを
思い出すでしょう。
先頭
437 :774RR :02/11/01 03:25 ID:RQTiKIxY
438 :774RR :02/11/01 03:26 ID:RQTiKIxY
439 :774RR :02/11/01 03:28 ID:RQTiKIxY
440 :774RR :02/11/01 03:29 ID:RQTiKIxY
5年ほど前のこと。
林道ツーリングを初めたばかりの私は、初心者のくせに「いけいけどんどん」てな感じで、コースの難しさも考えずダート路を走り回っていた。

とある夏、私は仙台付近の山岳路へソロツーリングに出かけた。
それほどハードな道ではなかった。この程度なら都内でもありそうだったし、もっとハードな山道をいくつも越えたことがあった。
その道は、行き止まりだった。仕方なく、引き返した下りカーブでのこと。

一瞬の油断と傲慢が、私とマシンを谷へ突き落とした。

「谷ィ落っこちてoffライダーは一人前」と言われる。
しかしそれは、落っこちてもちゃんと対策がとれてからの話。
初心者のくせにソロで出かけた私には、技術も経験も装備もない私には、なにもすることができなかった。

なんとか体と荷物だけは、林道まで引き上げることができた。しかし愛馬は、もうどうしようもない。

悲しかった。このまま相棒を谷へおいたまま、東京へ帰るのかと思うとつらかった。
しかも実にくだらないことに、ぼんやりしているうちに腹だけは減った。
今考えても本当に自分は馬鹿かと思う。
コッフェルを出し、飯を炊き、馬鹿みたいに食っていた。

ぼんやりとへたり込んでいてから、半日ほどが過ぎた頃。日は陰り始めていた。
全く交通のない林道に、どういう訳かユニック(クレーンを装備したトラック)がやってきた。
私は両手をぶんぶん振って、道をふさぎ、「止まれー、止まって、ください!」と叫んでいた。

それは、いずれこの道を改良することになっていた、土木会社の車だった。
本格的な工事を始める前に、調査のため訪れたという。

ドライバーと助手に話すと、「ああ、いいよ」と簡単に引き上げを請け合ってくれた。
クレーンの先のカギを握って、私は谷に降り、愛馬にそれを固定しようとした。
しかし、中年のドライバーは、若い(あんちゃんと言っていい歳の)助手に、
「おまえ、固定やれ。」と言った。
あんちゃん(感謝を込めてあえてこう言わせていただきます)は、「シロートには無理」と言いながら、絶妙のバランスをとるように、我が愛馬にロープを巻き付け、クレーンのカギにセットした。
あっという間にセローは引き上げられた。

「どうか、お名前と会社名を。改めてご挨拶とお礼に伺いたいのです」と何度も言う私。
不機嫌ともとれる顔をしたまま、どうしてもそれを何度も固辞する二人。
「東北人はわかりにくい」といわれるが、そんなことはない。彼らはただ、奥ゆかしいだけなのだ。
「気をつけて」とだけ言い残し、彼らは去っていった。

マシンには何ら故障もなく、私にも何らケガもなかった。
だが、意気消沈した私は、その足で家へ帰るべく、東北道に乗った。

数時間後、一人暮らしの、家へ帰った。
そこで、もっと驚くべきことがあった。

留守電のランプが点滅していた。
メッセージを再生した。
それは、上京してから、私を実の息子のようにかわいがってくれた、さるバイク乗りが、病でなくなったとの、奥さんからの知らせだった。

本当にかわいがってくれた人だった。
右も左もわからない、ガキでおのぼりさんの私に、バイクを始めいろいろなこと、男として、大人としてしなくてはいけないことを教えてくれた、真の江戸っ子だった。
尊敬できるおじさん、先輩、そしてとても及ばない、ライダーだった。

丁度、私が谷に落っこちる直前、亡くなったという。

私は、何の宗教も信じていない。
今でも。

しかしこのことばかりは、例外。

「俺、今度あの世に行ン。
葬儀、来てくんねェ。
シま(ひま)ねェかも知れねぇけど。
頼むよ。

ついでに、ユニック呼ンどいたン。」

…ということだったと思う。
谷に落っこちていなかったら、私は恩人の葬儀にでられなかった。
落っこちたままだったら、私は恩人の葬儀にでられなかった。

仙台の親方、あんちゃん、本当にありがとうございます。
何度お願いしても、がんとして会社や名前をお教えくださらなかった、心優しきお二人。
今ここで、場所を変えてお礼言うことしかできません。

田舎からでてきた若造を、かわいがり、バイクを教えてくれたおじさん。
教えてくださったこと、数々のご愛顧、
本当にありがとうございます。
最後に、馬鹿な私を助けてくださって、本当にありがとうございました。
どうか、安らかに息うてください。



みなさん、長文失礼しました。
先頭
461 :774RR :02/11/04 15:10 ID:Et14+G6Y
今から7年前位か。
仕事疲れを癒すため、北海道を16日間廻った。
稚内で、出会った医大生の2人組と同じキャンプを張ることにした。
風が強い中、なかなか着かない火に業を煮やした彼らは
エチルアルコールを炭に噴蒸して火を付けようとした。
ガソリンじゃあるまいし、ちょっとしたお遊びだった訳だが、
噴霧した気体に着火した瞬間、強風が・・。
漏れは見た。布団位の炎の雲が漏れに覆い被さってくるのを。
ライダージャケットに引火して漏れは火だるまになった(らしい)。
叩いても消えないので湿った芝生の上で転がり廻って消した。
熱でゆがんだジャケットのチャックはZ字型になっていて
脱ぐのにだいぶ苦労した。
3人で大笑いしながら飯を食べ、翌日写真をとって別れた。
帰宅してからも頭とひげの半分は茶色いままだったが
なでるたびに笑いがこみ上げた。
そんな漏れから皆さんへ・・・ 火の近くでは石油製品は脱ぎましょう。

おーい、二人ともまだ覚えているかい?
先頭
465 :774RR :02/11/04 22:34 ID:r5O3cUYh
自分は街乗りばかりしてて旅の話ではないけど、
この前神奈川の僻地まで、就職活動中の友達(♀)の相談にのるためVTRでいったのだけど、
深夜0時くらいにどうやって東京まで帰ろうかとその僻地のローソンで地図を立ち読みしながら考えていたら、
コンビニの兄ちゃん二人が、「どこまで行きたいんすかー?あーそれなら簡単な行き方はこうっすよ−」
って教えてくれて、嬉しかった。
帰り道は何か寂しくなかった。


ついでに、3京上って東京着いて、環八に合流したら、深夜1時過ぎているのに原付乗っている高校生2人組が
信号待ちで、「すいませーん、ここどこですか?」と聞いてきたので、「どこ行きたいの?」と返したら、高島平に行きたいとの事
「一生まっすぐ走っとけ!」と言っときました。

旅に関係なくスマソ
先頭
469 :774RR :02/11/05 22:59 ID:NHwlKaQX
前に林道に落ちた話があったので俺も一つ。
ただしあんなに感動モノではないけどね。

広島最長の林道を走ってた時のこと。
道に変な形で四駆が停まっていたので、「何かあったな」と思い、
谷を覗き込むと、四駆のドライバーと初心者っぽいライダーの2人が、
バイクを引っ張り上げてた。当然、俺も参加。
車のワイヤーが届くところまで上げて、あとは車で引きずり上げた。
当然、バイクは傷だらけだが、贅沢は言ってられない。
ドライバー氏は普段着だったので泥だらけになってしまったが、
俺達がバイクのエンジンチェックをしている間に
「それじゃあ…」てな感じで行ってしまった。
エンジンもかかったので、今度は俺も「気いつけや」てな感じで、
落としたライダーと別れて山を降りた。
そうしたら偶然、先ほどの四駆の人と遭遇。
四駆氏「エンジンかかった?」 俺「はい、ありがとうございました」
俺が落としたわけでないのに、ごく自然とお礼の言葉を言っていた。
やはり単車乗り同志、身内と感じていたからだろうね。

その後河原で休んでいたら、今度は先ほど谷に落としたライダーが
山から下りてきたのだが、すぐに引き返して、ナント、山に戻って行った。
谷に落ちて単車は傷だらけ、自分も傷ついているのだから、
普通なら「今日はひとまずオウチに帰ろう」と思うのが、
彼は、もう日暮れも近いというのに、再度アタックを開始したわけだ。
彼の根性にあきれ、あれくらい頭のネジが飛んでりゃ、きっと大物になる
だろうと俺は思った。
先頭
470 :774RR :02/11/06 12:18 ID:5LZVWkQq
471 :470 :02/11/06 12:26 ID:5LZVWkQq
俺が高校生の時の話。
今となっては某マンガで有名な榛名山の峠を走ってた。
俺んちは山の麓にあったので、いじってはセッティングに走るというのが
日課になっていて、ある平日の夕方も普段通り走ってた。
頂上で一服して、暗くなってきたからさて帰るかと思って山を降りだした時
ヘッドライトのステーが取れてライトがぶら下がった状態に。
CBR250R('87)のカウルを外してネイキッドにしてたので、ステーが
緩んだようだった。
いつもの走り慣れた峠だから、麓のコンビニでガムテープでも買って
治せばいいやと思いつつ、ぶら下って前輪の真下しか見えない状態で下山を開始。
ところどころ暗いものの慎重に走れば問題なかった。

そのまま下山し、ここを攻めてる人なら誰でも知ってるコーナーに差し掛かった。
このコーナーはとても暗い。

慎重にブレーキングしてと進入しようとした時、変な気配を感じた。
バックミラーを見ると、うっすら明かりが見えるブレーキランプと自分の視界の間に
何やら棒のような物が横切っている。

???


速度を落として振り返ると、、、誰か乗ってました。
ビビリまくった俺は何を思ったか猛ダッシュ。
その時は急いで山を降りる事しか考えてなかったです。
錯覚だろうけど、バイクが重く感じてしょうがなかった。
あの時の俺はK.シュワンツ並に速かったような気がする・・・
温泉街まで降りる間のあの長い長い時間。
ほんの10分くらいだったろうが、俺にとっては地獄から這い出る思いのとんでもなく長い時間だった。

温泉街へ到着し、とある宿の前にある自販機で停止。
大汗をかいてたのでメットを脱ぎ、タンデムシートを見る。
別に何ともない・・・
それを見て安心したのか、俺は自販機の前に座り込んでしまった。
たまたま宿の人が出てきて、様子が変な俺に声をかけてくれた。
事情を話すと、一瞬変な顔をしたが『ちょっと待ってなね〜』といい宿に入っていった。
何かを手に宿の人をもう一人連れて出てきたその人は俺のバイクに塩を撒いて手を合わしてくれました。
丁寧に礼を言い自宅へ帰ったが、やはりバイクは何ともなかった。。

あの後、車に乗り換えて峠を攻めてた頃もありましたが、特に何ともありません。



ただ、一回だけ。
そのコーナーを下る時に、誰も居ない後部座席から『フッ!』と息を吹きかけられた事がありました。

それだけです。
今もたまに実家へ帰るとそのコーナーに行ってみますが、別に何ともありません。
雪が降る前に・・・来週、また愛車デスペラードで行ってみます。
先頭
472 :DQNライダー :02/11/06 15:24 ID:EreC4AMK
九州、四国を結ぶフェリーの作業員が忘れられません。
ガムを噛みながら誘導する若い作業員。
軌道がずれてるとタイヤに蹴りを入れて直す(無言で)。
船内のバイク乗り達の最初の会話は「あれはないよねー」からだった。
今年もいたら因縁をつけてやろうかと思います。経済893ばりに。
先頭
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