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927 :774RR :03/01/06 22:53 ID:0wcqTPYN
いい話しが多いけど、楽しいばかりがツーリングでは無かった事を・・・
数ヶ月前伊豆スカイラインをマターリ走っているとちょっと
古めのレーサータイプのバイクの3人組が漏れの横をかっ飛んで行った。
どのくらいついて走れるかしばらく後ろについて走った。こっちは山走るバイクじゃないから
当然離されてしまったが、数分後下り坂の左急カーブにさしかかるとどうも事故った
雰囲気。だいじょーぶかなぁと思って近づくとさっき迄前走ってたバイクの1台が転がっていた。
しかも対向車にぶつかっていた。
対向車の運転手は、突然車の前をバイクが横切って車の左側にぶつかったと。人の
よさげな老夫婦の旦那さんが運転手だった。
バイクは車にぶつかった後ガードレールに激突し彼は横になったまま動かなかった。
救急車が来るまで動かせないしどうにも出来なかった。そこにたまたま看護士・看護婦カップルの
ライダーが運良く通りかかり、駆け寄って持参の救急箱から聴診器を取り出し彼の胸にあてた。
そのとたん看護士があわてた。心音が無い、あわててヘルメットを脱がせた。息もしていない。
目に細い懐中電灯を当てた。瞳孔も開いている。
その後は、看護士と看護婦と二人で心臓マッサージ・人工呼吸を延々と。
救急車が来るのに20分以上かかった。横になったライダーの耳から血が流れていた。
結局救急車が来るまで状況は変わらなかった。
どうする事も出来ずただ見ているしかなかった。膝ががくがくしていた。
ツーリングは楽しい。すばらしい。しかし、これだけの状況を見てしまうとその日
まともに走れなかった。力が入らなかった。
教訓にしては重すぎる。
皆さんくれぐれも無理せず。充分過ぎるほど気をつけて運転してツーリングを楽しんでください。
自分にも何度も言い聞かせています。
928 :邪道ライダー :03/01/06 23:17 ID:kgKW0Iju
↑どこかで見た覚えがないのでコピペでもなんでもないですよね。
そういえば何年か前に久々のツーリングにて出かけたところ、自宅を出発して
2km位のところで転がっているガンマ発見!!
数メートル離れたところに横たわっているライダー(シールドスモークなので
表情分からず)の口元から赤いものが地面に流れているのを見たときは
イヤなもの見ちゃったなぁー!でした。今でも思い出す。
全く逆の意味で今でも忘れ得ぬ人です。
先頭
933 :774RR :03/01/08 07:18 ID:bjsyb4C+
937 :933 :03/01/08 23:24 ID:bjsyb4C+
去年、最後のお話し。
関東南部でも雪が散らつくと予報があった、去年の大晦日。
ホワイトニューイヤーだが、なんだか知らないが結局、年越しの雪は東京では拝めなかった。
年末年始も関係ない俺は、20時に仕事を終え、いつもどうりに帰路へ着く。
シールド越しに今年も終わったなー、なんて考えながら、いつもどうりに走っていた。
年越しの街には意外や意外、バイクが多かった。前をけっこうなスピードで走っていたカブを抜く時、
「カラッ・・・カラッカラッカラッ」 それは明らかにチェーンがチェーンボックスに干渉している音。
まぁその時は別に深くも考えず、ちゃんと見れやればな・・程度に思いゆっくり抜かしていった。
世田谷通りは、40km(メーター読み45km)で走るとうまく信号を抜けられるようになっていて、
とくに上り線の早朝は、輸送トラックなどみんなキッチリ40kmという、まーダルいのか、いいのかわからん道である。
そのおかげである程度すり抜けても、信号にひっかかり信号待ちをしていたら、また後ろにさっきのカブが。
相変わらずのチェーンが当たる音。。気になる気になって仕方ない。。。
しばらく走り、ある交差点での信号待ちもカブは後ろについていた。
・・・・あれ?カブついてきてないな・・・と。直感的に、次の交差点でUターン。
すると対抗車線にとまり、メーターや下を見ながら、首をかしげるカブ乗りが。
ゆっくり後ろに停まると、こっちを不思議そうにふりむくカブ乗り。
「チェーン切れちゃった?」 「あ、よくわかんないんだけど、急に。エンジンはかかって・・(略」
「ちょっと見てもいいかな?」「あ、いいですけど。。」やはり、チェーン切れ。そこで、
「年末年始でこんな時間。バイク屋もやってないし。明日の朝一、明るい時に俺がチェーンつなぐ応急処置とるからさ。」
「でもバイクは・・・」「とりあえず、キミのU字ロックと俺のこのロックで、ちょっと道はいったとこに停めとこうか?」

とりあえず、バイクはちょっとした裏路地の川沿いにチェーンでくくりつけ、彼の家までバイクの後ろに乗せ送った。
初めて会った人間がここまでしてあげるというと、ちょっと不安もあったのだろうか、彼は小さい声で、
「ありがとうございます。あとは、なんとか自分でしてみます。。」と。
とりあえず、その日は携帯アドレスを交換して、帰路に着いた。(といっても初詣ツーリングにすぐでかけたが。)
元旦の朝、メールでの連絡において、こっちから修理するよ、との提案。(俺ってヒマ人w)
最初は遠慮していたが、こっちがあんな長いとこに停めておくのは・・・しかも俺のチェーンついてるし・・
店に持っていったら、4000円取られるぞ・・・・など、こじつけ気味に説得した。
昼過ぎ小雪がちらつく中、彼を迎えに行き、その後カブが駐車してあることまで逝き、
応急したあと、彼に「この小窓からチェーンのたるみを見て注意したほうがいい」やらなにやら
得意の能書き垂れをベラベラしゃべり、楽しそうに(?)うなづいてくれている彼。
その後、彼がリードする、約20分間の世田谷通りツーリング。
彼のカブは右折レーンへ、そして自分は直進・・・手を振り「またね」と、そんな元日を過ごした。

3日前、彼の働く石焼ピザ屋に招待された。小さなチェーン店だそうだが、味はけっこうおいしい。
調理場から出てきてくれた彼は、ピザのチーズのことについてやオリーブオイルのこだわりについて能書きを垂れてきてくれた。
俺は楽しそうにうなづいた。
先頭
941 :BIOS :03/01/09 12:39 ID:cyhIxApT
948 :BIOS :03/01/09 16:32 ID:cyhIxApT
今からもう10年以上も前の話・・・。
当時はまだバブル景気のせいもあり、北海道に来るバイク乗り達も大勢いた。
俺もその一人だった・・・。
当時の「夏は北海道ツーリングに行こう!!」などと雑誌の謳い文句に乗せられ
、んじゃ、俺も北海道に行ってみようと何とも安直な考えからだった。
とりあえず一揃いツーリングに必要なモノを買い揃え、関東に住んでいた俺は、
東北道をひたすら北上し、青森港に到着したのは昼過ぎだった。
当時の状況から考えてキャンセル待ちもせずに船に乗れたのはラッキーだった。
しかし、函館に上陸する頃には夕闇が迫る時間帯になっており、キャンプすら
した事の無い俺は途方にくれていた。
とりあえず、風呂にでも入っておこうと思い、谷地頭温泉でひとっ風呂浴びて
道にたたずんでいたら声をかけられた。
見ると年齢は70は過ぎているだろうと思われるばーちゃんだった。
俺は正直に初めて北海道に来た事、泊まる所が無くて困っている事などを話した。
そのばーちゃんはにこりと笑って、なら家に泊まっていったら良いと言ってくれたの
だが、俺はそんな初対面の人に迷惑はかけられないと断った。
ばーちゃんは笑って話し相手になってくれたお礼だよと言い、これから夜になるし
事故でもしたら大変だよと説得され泊まる事になった。
晩メシ(山盛りいっぱいのイカの刺身)までご馳走になり、その日はグッスリ眠った。
それから、2〜3日一人暮らしのばーちゃんの手伝いなどをしながら泊めてもらった。
帰る日程などもあり、明日出て行く事を告げるとばーちゃんは少し寂しそうな顔をして
また、いつでもおいでと言ってくれた・・・。つづく

941の続き・・・

ばーちゃんに別れを告げ、残りの日程で北海道を堪能し地元に帰って行った。
地元に帰ってからも手紙などのやり取りをし、北海道ツーリングに行くたびに
土産物などをもってたびたび訪れるようになった。
ばーちゃんの家に訪れるたびにまるで孫の様に可愛がってもらい、まるで小さい頃に
死んだばーちゃんのようなやさしい人だった。
ある日、ばーちゃんに書いたはがきが該当者無しのハンコを押されて戻ってきた。
あれっ、おかしいな?と思いつつその時はあまり深く考えずに今年も行くから
別に良いっかと思い土産物を手にその年の夏にばーちゃんの家に訪れた。
ばーちゃんの家に着いて呼び鈴を押したが返事が無い。
出かけているのかと思いしばらく待っていたが帰ってこない。
不安になって近所の人に話を聞いてみたところ、
「ああ、おばあちゃんね。今年の春に亡くなったのよ。聞いてない?。」
えっ、ウソだろ!!去年の夏はあんなに元気だったじゃねーか・・・。
頭の中が真っ白になった俺の手の中には、ばーちゃんに渡すはずだった土産物が残った・・・。
これ、ばーちゃんに食べてもらいたかったよ。もっといっぱい話ししたかった。
ばーちゃんの作ってくれたイカ刺し、ちょっと不恰好だったけどどんな料亭で食べるより
美味しかったよ・・・もう涙が止まらなかった。

ばーちゃん今年も俺、函館に行くよ・・・。

今、思い出しても泣けてくるばーちゃんは忘れえぬ人です。
952 :Road☆ ◆XV1600r8Tg :03/01/09 19:44 ID:bCKCRWds
>>948
若いころ、陸王に乗ってたっていう
バイク好きの俺のジーサン思いだして泣けた。
晩年は病院生活だったが、
俺が免許とってからアメリカンで見舞いに行くと
自分のことのように喜んでくれたよ。
退院したら2ケツで温泉でも行こうなって話してたが
結局、退院することなくあの世に行っちまった。
ジーサン、向こう側で自慢の陸王乗ってるのかな。。。
956 :BIOS :03/01/09 20:54 ID:Jb2tq3Rw
つけたしみたいで書くのはためらわれるんだが、春先ぐらいに帰ってきた手紙の
中には体が悪くなったとは一言も書かれてはいなかった。
(後で聞いた話によるとその時にはだいぶ体の具合が悪かったらしい・・・)
その時に一言、体の具合が悪いと書いてあればムリをしてでも逢いにいけたのに・・・
遠慮すると怒ったくせにこんなところで俺に遠慮しても俺はちっともうれしくないよ、ばーちゃん!!。
でも、今になって考えてみると俺に心配をかけさてたくないばーちゃんのやさしさだったのかもしれないな・・・。
(今はそう思うようにしてる)
人との出会いは良いモンだが、こういう別れだけはカンベンしてくれ・・・・・。
ダメだ・・・思い出になったはずなのにいまだに泣けてくる。
957 :阿吽 :03/01/09 21:17 ID:XftVdcIK
>>956
(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)
年食ったせいか涙もろくていけん。
そいえば「蛍の墓」もビデオ買ったが未だに途中までしか見てない。。
見られない。。

漏れにはもう婆ちゃんはいない。
しっかり親孝行することにするよ。
先頭
959 :774RR :03/01/10 01:26 ID:D8DeWDLy
960 :774RR :03/01/10 01:44 ID:D8DeWDLy
963 :774RR :03/01/10 02:02 ID:D8DeWDLy
ずっと北海道に憧れ、いつかバイクで旅行したいと思いつつ鉄道やレンタカーでの旅をしていた頃、とある町でツーリング中の彼に逢いました。
その次の年、「北海道で就職する」と告げると、「絶対遊びに行くから一緒にツーリングしよう。祭りも一緒に参加しよう。また朝靄のハルニレ見に行こう」いろんな約束を交わしました。
四月になって北海道での新しい生活にまだゆとりを持てずにいた頃、久しぶりに電話がきました。
「実はね、事故ってバイク廃車になったんよ。今日やっと起きてもいいって言われて一番に電話しとるん。でも夏には行くから。就職祝送るよ。」
自分のことで精一杯だった私は「何やってんのよ、もう!」とか言って優しい言葉かけられませんでした。

彼が事故ったという話を別の友達にしたところ、様子を見に行ってくれることになりました。
お見舞いに行ったというその日、友人に電話で聞いた内容は「足はひきずってるし喋ってはってもロレツ回ってへんねん。素人目にもヤバいぞ。見舞い行った方がええんちゃうか?」
「仕事急には休めへんし無理やわ。夏には来るって言ってたし待ってるもん。」
それから数日して彼が亡くなったと連絡がきました。
私はお見舞いに行かなかったからみんなで騙そうとしてるんだな、と思おうとしました。
きっと約束の日になったら彼はあの町に来る。そう信じて買ったばかりのバイクに跨り、行ってみたけど彼の姿はありませんでした。

その後も毎年同じ日に通いましたが、二度と彼に会うことはありませんでした。
その町が大好きだったから、と彼の両親が散骨に来たという話を聞いても彼の死を信じることができずにいました。
でも彼からの連絡が誰にも無いということから、少しずつ彼の死が現実なんだと分かり始めました。
今までいろんな方が事故らないように、死なないようにと書き込みされてましたが、本当にこれ以上大好きなバイクで大事な人を無くしたくないです。いろんな約束果たせなかったこと、駆け付けることも出来なかったこと、思い出以上に悔いが今も残ります。
彼が大好きだったバイクを降りるつもりはありません。彼の分もいっぱい走り続けようと思います。
稚拙な文章でお目汚しすいませんでした。
先頭
964 :774RR :03/01/10 02:06 ID:eYS4d4hS
地元の半島を走行中にツーリングらしきお兄さん二人に
ピースサインをされた。  
初めてだったのでとても嬉しかった。

別の日に県外DQNワゴンに煽られた。
相手するのも疲れるので無視した。
先頭
981 :BIOS :03/01/11 19:15 ID:R4yoIKaS
983 :BIOS :03/01/11 22:04 ID:o41R3th1
ツーリングにすっかりハマった俺は、休日になるたびに走りに出るようになった。
ある日、地元で有名なツーリングスポットに行き走りを満喫した後、すこし高台にある駐車場で休憩
していると俺を呼ぶ声がする。
誰だ?と思い振り返ると高校の時の同級生だった。
ヤツとは高校生の時、同じクラスになった事もあり中の良い友達だったが、高校を
卒業してからは逢う事も無くなり疎遠になっていたヤツだった。
ヤツもバイクでここに来ていて、
「お〜久しぶり。お前バイクの免許取ったんだ?」
と俺が尋ねると、ヤツは照れくさそうに笑いながら、
「おぅ、今更バイクなんてって笑われたけどよ、乗ってみると良いモンだなバイクってよ。」
それからバイク談義になりいろんな話をした。
その後、ヤツとは電話で話す様になり、二人でバイクで走りに行くようにもなっていった。
夏になり、俺が北海道にツーリングに行くんだとヤツに話をすると、ヤツも北海道に行きたいと
言いだし、俺も行くから一緒に行こうという事となり、その年の夏は二人して北の大地を
回る事になった。
俺が北海道を何度か行った事もあり、俺が案内する形でその夏、北海道を一緒に旅した。
釧路、帯広、富良野、登別、札幌などを回り札幌では夜、二人で飲みに行き語りあった。
帰りのフェリーの中では、すっかり北海道にハマったヤツが、
「また二人でぜってー北海道にいこうぜ。そん時もまた案内役ヨロシクな。」
と酒に酔った真っ赤な顔でうれしそうに語った。

その年の冬、ヤツは事故にあった。
事故の知らせを聞いた時、悲しさよりも怒りで胸がいっぱいになった。
「バカヤローが!!また二人で一緒に北海道に行くんじゃなかったのか?。まだ一回しか
お前は北海道に行ってねーじゃねーか・・・」
病院に着いた時には、もうヤツは永遠に手の届かない所に旅立った後だった。
ヤツは即死だった。
しかも、遺体の損傷が酷く死顔すら拝めない状態だった。
(享年25歳)
家に帰って来てヤツと北海道に行った時の写真を改めて見た。
「ああ、この時お前、牛にびびってたっけ。この寿司屋じゃお前ホタテばっか喰ってたな・・・」
思い出が浮かぶたびに声にならない嗚咽がもれた。
悔しさ、悲しさ、寂しさがごちゃまぜになりいくらでも泣けた・・・。

「なぁ、これでまた北海道に行かなきゃならない理由が増えちまったよ・・・」

今年の夏もまた北海道に旅立つ・・・・・
先頭
985 :774RR :03/01/11 22:14 ID:Ud7BOgYu
朝から即席シフトペダルを作ってくれた男鹿半島の自動車修理屋さん! おかげで旅を続けることができました〜! アリガトウ 方々まわってそこに案内してくれたおじいさんにも感謝! どっちも2ちゃんは見てそうもないけど。
先頭
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