人口36万都市北海道旭川市の中心街から南南東?旭川医科大学方向へ向け、上川神社辺りから医大にかけての地域です。

昔、神々がここで手拍子おもしろく歌い舞った。これを見たアイヌもイナオを奉り、仲に入っておどる。神人合一の喜びをしたところというアイヌ伝説をうみ、ここをヘッチェウシ(へイッといってはやした所ということで、神の舞踊の場所の意)といっていたのを意訳して『神楽岡』と名づけられた。
また、1885(明治18)に岩村通俊永山武四郎等と共に上川に来て近文山(現在の嵐山の後ろらしい)に登って国見した時に、『何ぞ甚だ西京に類するや。これ実にわ邦他日の北都なり』と。けだし石狩嶽は比叡山に似、その川は鴨川の如く、而して規模の大、遠くこれに過ぐ。
と、北京計画のため旭川にやってきて近文山で国見をしたさいに上川平野が京都に似ているとし、嵐山を命名し、京都と同じようにそれに対峙する小丘を神楽岡と名づけたという...

旭川の開村に深く関わっている様ですが・・・
どちらが本当なのでしょう? 御存じの方いらっしゃいましたら御教え下さい。