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その1 - 98年4月 私が暮らす茨城は、すっかり春です。わが家にとって今年の春は、「めでたさも中ぐらい」です。長男は中2から中3に、次男は小6から中1に、いずれも無試験で進んだからです。 わが家は中学校受験とは縁がありません。息子達は公立小学校から隣の公立中学校に当然のように進み、しかも小学校と中学校の学区の広さが全く同じなので、私立中学に進んだ少数の友達が「転校生」のようにいなくなるだけで、まるで小中一貫教育といった感じです。 私は、家でパソコンに向かって仕事をしている人なので、PTA仲間からは教育ママ風(言葉が古い!)に見えるらしく、上の息子が小学校4年生になった頃から「藤崎さんのところは、中学は私立でしょう?」と言われ続けていました。その頃、わが家の息子達は夏も冬も公園でサッカーボールを蹴って真っ黒に日焼けしていたので、「外遊び組」にとっては、藤崎クンが抜けるのは惜しい、できれば「お勉強組」に行かずにボクらのグループにとどまって欲しい、という存在だったようです。私が「ううん、うちは公立」と否定しても、中学入試に落ちたときのために言ってるんだろう、と思われ、なかなか信じてもらえませんでした。 今はもう、誰もそんなことを言いません。塾にも習い事にも縁のない二人の息子を通して、藤崎さんは楽な方を選ぶ人なんだ、ということが、周囲の人に伝わったからです。「楽」であること。大人も子供も、それを基準に進路を決めて行けばいいと私は思います。精神的に楽なことと肉体的に楽なことが対立するとき、私は精神の安楽を選びます。今のように自宅で仕事をしているのも、子育て期にはこうするのがいちばん楽だと思ったからです。あと、働いている自分の姿を子供に見せたい、というのもありましたが。 皆さんは楽に生きていますか? 何かに苦しんでいる方、考え方を少し変えるだけで、ずっと楽になることもありますよ。一度きりの人生、楽しんで下さいね。ではまた。 -------------------------------------------------------------------------------- その2 - 98年5月 今日はわが家の老犬をご紹介します。彼の名前はレオ、推定年齢は11才です。彼は自分で「この家の飼い犬になる」と決めてわが家に居座った、押しかけ飼い犬です。 正確な時期は覚えていないのですが、10年ほど前のある日、私が二人の息子を保育所に送り届けて家に戻ると、わが家の小さな庭の片隅に、丸い目をした中型犬がうずくまっていました。前日もその前日も時々庭に現れ、しばらくして目で探すと姿を消していた、首輪のない犬です。 当時、私は駆け出しの在宅翻訳者で、まだパソコンも使っておらず、翻訳会社から送られてきた英文を和訳して400字詰め原稿用紙に手書きし、速達か宅配便で送るというスタイルで仕事をしていました。 その日、犬のことが気になった私は、振り向けばいつでも犬の姿を確認することができる位置に陣どって仕事を始めました。迷い犬なの? お腹が空いているの? 頻繁に彼の方を見ると、彼も不安な目でこちらを見ています。もう仕事は手につきません。風邪でも引いていたのか別の理由があったのか忘れましたが、その日は偶然、夫も家にいました。私は夫には何も言わず、子供達が離乳食を食べていた頃に使った小さな食器に牛乳を入れて庭に置き「こっちに来てごらん」と犬に呼びかけました。夫はその声で初めて、犬の存在に気がつきました。 犬は立ち上がり、私に、いいえ牛乳に近づいてきました。そしてピチャピチャと音を立てて、最後の1滴まで牛乳をなめました。動物好きの夫は、このシーンを見ただけで、すっかり飼育係長(?)の気分になっていました。こうして、この犬はわが家の一員になりました。オスなのにしゃがんで小用を足すことから成犬でないことがわかり、次男よりも年下、と夫が宣言しました。 レオという名前は、当時TVアニメのジャングル大帝レオを見ていた子供達がつけました。あれから約10年、彼は自分の時間を生きながら私たちを笑わせ、走らせ、癒し、気がつけば老犬です。心の中でナイフを研いでいるかも知れない中3と中1の息子も、そう遠くない日に彼の最後を看取ることになるでしょう。 ありがとうレオ。わが家を選んで居座ってくれて。 -------------------------------------------------------------------------------- その3 - 98年7月 酒鬼薔薇少年が神戸で小学生連続殺傷事件を起こしてから、1年以上が経ちました。被害に遭った小学生たちの一周忌の前から、新聞やTVは再びこの事件について報道し始めました。犯人の少年には二人の弟がいて、わが家の息子たちと同じ学年です。新聞に、この弟たちがやっと学校に通い始めたと書いてあるのを見つけたとき、想像を絶する彼らの辛さを思い、ため息をつきました。 学校に行けるようになったからと言って、彼らの苦しみが終わるわけではありません。法律的には加害者でも被害者でもない彼らが、少年凶悪事件の犯人の弟であるという事実を、今後もずっと背負って生きなくてはならないのです。 ともあれ、彼らにも夏休みが来ました。中学校生活最初の夏と、最後の夏です。 私に相談メールを下さる方の多くは、ある意味で彼らに似ています。自分の力ではどうすることもできない不運に見舞われて、あるいは気がついたら非常に辛い立場にいて、どの方向に歩き出せばいいのかさえ分からなくなった方からの初めてのメールは、たいてい長くて混乱しています。 メールを読み終わった私は、しばらく黙って、その人のことだけを考えます。それから、私だったらどうするか、私の立場で考えてどうして欲しいか、一気に返信を書きます。すると二通目の相談メールは、かなり内容が整理されて読みやすいものになります。 日本語があまり得意でない方からもメールが来ます。そういう方にとって、日本社会は住みにくく、日本語は難解で分かりにくいようです。私はできるだけ平易な文章を書くように心がけ、言い換えのために国語辞典を引いたりもします。 参議院選挙で自民党が大敗して、世の中は変わるでしょうか。変化していく社会の中で生きにくさを感じている方、どうぞメールを下さい。平均3日ぐらいで、私からの返信が届きます。 (以上、昔の日記) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− これから、頻度は低いと思いますが、メール・カウンセラー藤崎洋子の日記を書きつづっていきます。 藤崎洋子は「ココロの相談室」 http://homepage2.nifty.com/y-f/ で仕事をしています。 ご用の方は、 VYH01104@nifty.ne.jp までメールで御連絡下さい。 -------------------------------------------------------------------------------- その4 - 2002年7月末 ここに日記を書きに来たのは、ものすごく久しぶりです。わが家の息子達は今、大学生と高校生。老犬レオは健在で、この夏は玄関を占拠しています。私はメール・カウンセリングを続ける傍ら、錦糸町に女性専用のカウンセリング・ルームを開き、また有料メールマガジンを発行しています。以上、日記と言うより近況報告でした!。 藤崎洋子は「ココロの相談室」 http://homepage2.nifty.com/y-f/ で仕事をしています。 ご用の方は、 VYH01104@nifty.ne.jp までメールで御連絡下さい。 -------------------------------------------------------------------------------- その5 - 2004年8月末 約2年ぶりに、日記を書きに来ました。息子達は大学3年生と専門学校お笑いタレント科1年生になり、それぞれ都内で一人暮らしをしながら自分の道を自分のペースで歩いています。老犬レオは昨年、16歳で天寿を全うしました。私は錦糸町のカウンセリング・ルームで月曜から木曜まで、金・土・日は茨城の自宅で仕事をしています。メール、電話、チャット、面談とカウンセリングのメニューを増やし、色々な方の色々な需要に応じられるようにしました。有料メールマガジンの発行も続けています。詳しいことは、http://homepage2.nifty.com/y-f/ を見て下さいね。 ご用の方は、 VYH01104@nifty.com までメールで御連絡ください。 |
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2002年07月31日 11時17分02秒
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