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4.工事金の支払い
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職人は技に生き、技に誇りをもっている。その道一筋に打ち込むことこそ生き甲斐であり、本来なすべき勤めであった。
そのため究極の技を求め、日々修行をしたのである。その一筋の中には『お金』に対する欲というものが切り離されていた。それは美しくもあるが最大の欠点でもあった。
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- 写真・建築施工現場
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@ 利害関係
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現在地域の親方達は、工事金の支払時期をあらかじめ約束をしておく。構造材搬入時、棟上げ、竣工といった区切りに施主から工事金額の何割かを受け取る。次いで親方は木材や建材、職人の賃金等の支払いを行うのである。
記録の土蔵は竹中という人物が工事予算執行の中心となり、各支払いが行われている。何故竹中氏を経由しなければならなかったのか、今ひとつ不明な点が残るものの、職人達は彼の会社の社員ではなかった。それは記録の中に、大工・左官・手代共に代表者又は個人の氏名が記載されているからである。
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それらから明らかなことは、竹中氏は施主に対して職人達の個人名(支払先)を伝えなくてはならない立場であった。総合的に判断すると、竹中氏が賃金の一部を手数料として受け取ったとは思えない。職人が嫌がる部分を引き受けた、単なる人助けであったのかも知れない。しかし、彼も商売人であるから、その見返りとして建築資材に関する注文を受ける。そうしたことで利害関係は成立することになる。
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- A 技に生きる職人
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竹中氏が元請けであったり社長的な存在であれば、施主に支払いの人役を会社名で請求するのが一般的である。各職人達は賃金を直接施主に請求できない仕組みが何故必用であったのか、明確な答えは記録からは伝わってこないが、徒弟制度の掟に生きる職人から、ひとつ推測できる理由がある。
現代においてもいえることだが、職人は技に生きる人々である。『技法』の奥を追求する名人級の職人ほど、それ以外を雑務ととらえ避けようとする傾向がある。
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写真・工具
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記録の土蔵においても、職人は木材や土佐漆喰購入に関して自らが注文を行っていない。少なくとも注文等の手配を行えば、業者渡しの価格と施主(個人)渡しの価格という差額が収入の一部として加えられたはずである。しかし、そのためには書類の発想や納品処理から支払いといった経理事務等が必用となる。
そうした事務的処理を行えば技法の『発想』や『開発』に支障があったはずである。職人本来の勝負は『腕の良い職人』、『よく働く職人』、つまり同じ時間で高度の技を仕掛けて、更に他の者よりも数多く施工する。
地域で誰にでも分かりよい部分で勝つことであり、地域で評判を高めることが職人の『勲章』であった。そういった意味で、次の仕事確保のためには誰よりも優れた技を残すこと、村や町で一番の評価を得ることが何よりも優先されたのである。
- そんなところから技法(施工)以外の業務を意識的に避けたと推察できる。彼等は職人という職位に誇りをもち、技法を重視し完璧な仕上げにこだわり、職人であることを貫き通したかったのである。
また、左官職人の場合工程上の乾燥期間を必要とするため、同時に現場を幾つか必要とする。現場を掛け持つ施工者として時間の制約上、事務処理を切り離さざるを得なかったはずである。当時親方達は材料等の注文に、現代の電話やファックス、運搬にはトラックに代わる手段を備えることは不可能であった。したがって住宅程度の建築資材は、殆どは施主が手配したといわれる。
施主は網元であった。多忙な中で資材等の調達を行う時間がなく、竹中氏に依頼したとも推察できる。時代背景を考えると、竹中という人物が『発注・搬入』の中心に位置することによって工事は順調に進行したはずである。
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写真・土蔵入り口の
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- 施主は工事費の支払いに、番号10などのように資材が到着以前に請求されている。しかし現場に未到着を理由に、いくらかの金額を差し引いてもいる。地域でお互いが知り尽くした関係にあっても、お金が絡むと世間の掟に従って支払いが行われていることが分かる。一定の間隔をおいた慎重な人間関係が伺える。
- 石記録には玄関とあるが、出入り口の意味である。
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10. 大正1年旧12月30日 竹中半四郎 渡20円58銭
但し尺角玄関石 10間8分7厘 代高26円8銭のところ室戸よ
り運送賃5円50銭を石当地着迄引如此
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- B どんぶり勘定
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さて、解説はここで少し横道にはいる。現代、住宅建築において親方や職人達の一部は積算や契約書を作成していない。『どんぶり勘定』といわれ、坪いくらで口約束をする方式が残っている。
これらは思い違い等によるトラブルが多く、今後改めていく必要がある。しかし、現場を仕切る親方・棟梁達は、各職の工程や材料の発注・搬入、また職人への支払い等、本来の建築施工(職人としての物造り)業務以外の雑務が多く、詳細な積算・書類や経理的処理を行う余裕が無いのも事実である。
もしも親方が事務員をひとり雇用すれば、当然建築予算に人件費が加算されよう。見方を変えると、事務処理を省いた分だけ建築工事費は格安になるというメリットを持っている。
そうした実情の知識を持たない者が『どんぶり勘定』を決定的に否定する評論家がいるが、それは表面的な捉え方で誤っている。
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- 建築職人達は仕事内容、素材や手間についてはコンピュータの如き勘をもっている。それは多くの経験を積み上げ、一定のレベルを超越した中で成せる職人・親方の『技』なのである。
どんぶり勘定を引き出すための知識・根拠あって構築した工事金額であり、その金額に添って彼等は建築自体を操作し動かしていくのである。
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- つまり『職人』こそがシナリオから演出・主役迄こなせるスーパーマンなのである。・・・しかし、これは電話・ファックス・トラック・加工機器或いはパソコン(メール)を備えた現代職人社会の話である・・・。
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土蔵新築にあたり予算の流れを構成する上で、竹中氏は現代風に例えると銀行と宅急便を備えた重要な役割を背負っていたことになろう。
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