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9.技の報酬
今も昔も建築職人の給与は日当が多い。1日いくら、雨や風で現場仕事が不可能な日は休日として収入ゼロとなる。
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@ 悪天候手当
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当時1日というのは季節にもよるが、朝7時前後から夕方陽の暮れ迄とされていた。その報酬として賃金は、記録から推察すると下記のような数字になる。
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・大工職人 80銭
・左官職人 95銭
・手元 50銭
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職人の賃金構成は、弟子の時代は1年ごとに格差がある。一定の経験を有した職人でも、腕達者な職人、現場ひとつを統制できる職人。それぞれ求められる能力によって親方は賃金を支払う。施主も同じ考えの基に職人を選ぶこととなる。当時も現代も職人の世界は本質的に変わってはいない。厳しく細かいランク付けの中で、1日の技・能力を賃金に変えていくのである。
したがって、金額の合計を単純に人役で割れば1日の賃金が算出されるというものではないが、記録には詳細な項目がない。そのため金額を人役で割り、その数字をもって当時の賃金と考え解説を進めることにする。
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各部材厚み |
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土壁・280o |
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木枠・ 90o |
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建具・ 75o |
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建具・ 35o |
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・数字で気のつくことは、左官職人が大工職人よりも15銭多いことである。その理由として稼働日数、つまり工事現場での仕事量が関わっている。
大工職人の場合、現場において工事完成まで継続して仕事がある。土蔵等は別として、左官工事は現場単位の日数が限定され比較的少ない上に断続的である。
左官職人の稼働日数を大工職人と比較すれば、断続に加えて天候の影響を受ける頻度が高い。したがって通年の収入計算によって左官職人達は賃金協定をした。つまり、雨の影響による休日の保証『悪天候手当』である。大工職人の賃金に幾らか加えることによって、自分たちの年収調整を行ったとのである。地域には、そうした格差を伴う協定は最近まで残っていた。
こうした格差を要求できるのは、高知県独自の製法による日本一と言われる壁素材、土佐漆喰との出会いが、彼らの地位をより向上させることができと考える。
賃金協定においても理由はともかく、大工職人・棟梁よりも1日の労力に対する報酬が優位であったことは、その時代背景の中で施主が土佐漆喰の技を必用としたからであろう。
上記の賃金は記録番号 56・57・64 から割り出したものである。
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56. 大工 85人 石山隆馬 賃68円
57. 左官 126人8歩 松坂岩之助外数人 賃120円46銭
64. 手元 178人5歩 賃89円25銭
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土蔵内部階段 |
A 現代職人の賃金
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現在地域における建築職人の賃金は17,000円(平成10年:1998)といわれている。先に述べたように年齢や経験、腕前が良ければ高い賃金で仕事の依頼がくる。全ては地域の施主や仲間に『選ばれる』ことから、賃金は決まる。したがって職人が一律に17,000円受け取っているわけではない。下記に現代の高知県の賃金を記す。
(高知県建設労働組合15,000人の組織、50名以上の支部の10%アンケ−トから)
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・大工職人手間平均賃金 15,462円
・稼働日数(全職種)平均 20.7 日
・年収 約320万円
・県統計平均一般企業男子年収 467万円
・(吉良川建築職人賃金 17,000円)
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アンケ−トの集計から、県下的には東、西の賃金格差が依然と続き昨年の調査では約5,000円の差が生じており早期の解消が望まれます。・・・とまとめている。回答者の年齢によって集計結果は違ってくるが、東部が高く西部が低い結果は10年以上続いている。
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土蔵窓(内部から)・枠幅310o |
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B 賃金と技は優位だが・・・
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しかしこの数字には背景がある。これは筆者の独断と偏見として記すものだが、東部は比較的1日いくらといったような『日役』が多い。西部は工事全体の『請負』が多い。元請を行なう西部は、木材や建材・建具や設備代の数%が職人の収入となる。
表面的な賃金よりも取引から生じる収入が加算されているため、実際の平均賃金は高い。西部はどちらかといえば営業タイプの職人が多いのである。
東部は徹底的に技を追究するタイプの職人が多く、在来軸組工法においては超一流の建築物が多い。それは職人以前に、予算をつぎ込む施主が多いということでもある。
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したがって職人同士の技法に対する競争が厳しく、他のこと(元請け)に興味を示さない部分もある。・・・(比較的である)しかし、腕(技)の評価は県下一でないと納得しない。同じ時間、同じ道具を使用して、その評価基準となる賃金は数字の示す通り県下一となっている。 |