
2001年7月20日
夏の日差しが降り注ぐなか、今回の旅がはじまりました。
この日のお昼にマクデブルクを出発した私たちは、アウトバーンをひたすら南へ向けて下っていきました。
7月はドイツの人たちにとって夏休みのシーズン。案の定、アウトバーンはあちこちで渋滞していました。
それでもなんとか閉館間際のツーリストインフォメーションに滑り込み、地図や日本語ガイドを手に入れ、ホテルの確保もばっちり!
夏至は過ぎたとはいえ、22時頃まで明るいこの時期のドイツ。チェックインを済ませたら、夕暮れの街の散策のはじまりです。
まずは小ベニス地区と呼ばれる、昔の漁師の家が並ぶ一画。本当に絵のように美しく、いつまでも眺めていたくなるような景色でした。
旧市街には3本の橋が架けられています。
この像は、もっとも下流の橋に据えられている、皇妃クニグンデの立像です。
彼女は死後120年余り経ってから、夫のハインリヒと共に聖人の追号が与えられました。
小ベニスの家並みはここから望むことができます。
本来この橋には5体の像があったそうですが、橋は戦争により破壊されてしまいました。
でも彼女の立像だけは無事に残り、現在もバンベルクの人たちに微笑みかけています。
土曜日の朝、ここではこどもたちのフリーマーケットが開かれていました。
橋を渡る前に、歴史のお話しを少し・・・
バンベルクの街は、周りを7つの丘に囲まれており、街の中心にはレーグニッツ川が流れています。
紀元7世紀頃には、すでに大聖堂の丘に大城塞が築かれていました。
後に神聖ローマ皇帝となったバイエルン公・ハインリヒ2世は、西暦1007年バンベルクに司教座を創設しました。
皇帝とその妻クニグンデはこの地に滞在し、多くの僧院や教会が建設されました。
バンベルクの街は1802年まで、独立した司教兼領主国の主都として存続し、その後やがてバイエルンに編入されたのでした。
宗教都市として栄えていたバンベルクですが、1693年〜1746年に司教兼領主となったローター・フランツや次代のフリードリッヒ・カールが商工産業を奨励したことから、街はさらに大きく発展していきます。
現在見ることのできるバロック式建築物の多くはこの時期に建てられたもの。
旧市街に残る中世からのたたずまいは、数々の戦争でも大きな被害を受けることはありませんでした。
そして、バンベルクの街はヨーロッパを代表する建築史上の総合芸術品として、1993年世界遺産に登録されたのです。

沢山の観光客が訪れるからでしょうか、街はとても活気があります。
お天気も良かったので、あちこちのレストランではオープンテラスが開かれ、バンド演奏や大道芸を楽しむことができます。
私たちも雰囲気の良いレストランで夕食をいただくことにしました。
写真は私達がはいったビア・レストランZum Kechelofen。Katzenberg(猫山通り)にあります。
バンベルクに来たからには、有名なラオホビール(燻製ビール)は是非ともいただかなくてはいけません。
これは16世紀の火災の後に偶然発見されたものらしいのですが、今でも麦芽を乾燥するために、ぶなでいぶすという昔ながらの方法で作られているそうなのです。(写真右)
こげ茶色のビールはスモークの香りがし、不思議と苦味が少なくてとてもおいしい!かなり飲みやすいです。
ついでに食事もBier-Haxeという豚のすね肉のビール煮込み料理を注文してみました。
これまた大当たり!ドンドン!ってな具合で、とってもいけます。
いままでもHaxeは食べた事があったのですが、一皿が大きい上にちょっと味が濃いために、最後のほうは飽きて食べきれないくらいだったんです。
でもここのBier-Haxeはまろやかで、あっという間にペロリです。
皆さん美味しいものを知っているのか、あちこちのテーブルに、この料理が運ばれていました。
お腹も一杯、ほろ酔い気分でいい気持ちになったところで、しばしお散歩し、ホテルに引き揚げました。。
そして一夜明けた21日。この日もまずまずのお天気。
さっそく散策を始めました。
街の中心は、レグニッツ川の中(!)に建っている旧市庁舎。
川中に立つ市庁舎はドイツでも非常に珍しいもので、1386年には既に文書に記されていたそうです。
なぜこの場所なのか、いろいろな説があるそうですが、一説にはこの川を挟んで島側(小ベニス地区のある方)に住む市民達と、丘側に住む領主司教達との境に建てることで、当時市民が獲得した参政権を示威した、とあります。
現在に残されている市庁舎は1460年に大火事の後再建されたもの。
その後1668年に、手前の木組みの小屋が増築されて、このような形になりました。
この旧市庁舎内には、ルードビッヒ氏という個人の収集家の磁器コレクションが展示されています。
その際、階段室や街の迎賓用に今も使用されているという広間を見る事ができるそうです。
(私達は時間が無くて見学しませんでした。)
さてこちらは、レグニッツ川の中州に建つ城ガイアースヴェルトとそれに続く歩行者用の木橋です。
上の市庁舎はこの橋の上から撮影したもの。
このお城は中州の所有者であったガイアー家のものでしたが、後に司教の手にわたり一時は司教兼領主のレジデンツとして使われていました。
しかし新宮殿ノイエレジデンツが完成したことにより、その意義は薄れてゆきました。
街の迎賓用に使われるホールが現在も残っているそうです。
ホールの見学はできませんが、塔には土日を除き登ることができるそうです。
土曜日に訪れた私達も当然塔には登れませんでした。んー残念!
美しい街並みを眺めながら、丘の上の大聖堂へと行ってみましょう。前日のKatzenbergを通り、階段を登って行きました。
バンベルクの大聖堂は西暦1012年にハインリヒ2世により建てられました。
しかし、その後2度に渡る火災にみまわれたため、1237年にロマネスク様式とゴシック様式混合建築として、現在の姿に再建されました。
教会内部にはハインリッヒ2世と妃クニグンデのお墓や教皇クレメンス2世のお墓などがあります。
その一つ一つに豪華なレリーフが施されています。
実は教会の入り口にはカエルのような像があります。
元は獅子の像だったそうですが、だんだんとこの様な形になったために、あとから伝説が付け加えられました。それは・・・
西側の建設を担当した技師が、東側の建設よりも早く仕上げたいが為に、悪魔と取り引きをしました。
悪魔はそれを了承し東側の基礎部に2匹のヒキガエルを埋込み、工事を遅らせた・・・というもの。昔の人の想像力はおもしろいものですね。
さて、大聖堂に残る多くの芸術作品の中でもひときわ有名なのが、写真左の「バンベルクの騎士」です。
この等身大の像は1230年頃の作品といわれていますが、誰がつくったのか、またこの人物が誰なのかわかっていません。
しかしその風貌から、中世キリスト教世界の王侯・騎士の理想を表しているといわれています。
そしてこの大聖堂からは、隣接する宝物館へ行くことができます。
ここにはハインリヒ2世や妃クニグンデのマントや教皇クレメンス2世の靴下などが展示されています。
千年近く前に作られたものとは思えないほど、美しく立派なマントやその他の作品が展示されていて、とても興味深く見る事ができましたよ。
こちらはドーム広場に建つ旧宮殿です。
現在は市の歴史博物館になっています。
大聖堂と直結する皇帝と司教の王宮だったもので、写真右下のレリーフの美しい門をくぐると、ドイツルネサンス様式の建物に囲まれた、美しい中庭に入ることができます。
夏はここで野外劇が開催されており、私達が訪れた時も舞台が設けられていました。
夜になると、多くの人たちが観劇するために毛布を抱えてやってきていました。
7月でも夜は寒いってことを、さすがに良くご存知なんですね。
広場を挟んで大聖堂と向かい合うように新宮殿が建っています。
1697年〜1703年にかけて建設されたバロック様式の宮殿です。
内部はガイドツアーで見学できます。
ガイドはドイツ語のみですが各棟に日本語の説明ガイドが置いてあるので、それを見ながらまわることができます。
領主司教の豪華な部屋や迎賓用の広間として使われた中国風の小部屋などがありますが、特別豪華なのは、現在も演奏会が催されるという皇帝の間です。
広間の壁にはハインリヒ2世を始め神聖ローマ帝国の16人の皇帝が描かれ、天井を高くみせるために、だまし建築の技法が用いられています。
部屋の中央に立つと平らな天井がアーチ型の丸天井に見えるらしいのですが、私にはさっぱりわかりませんでした。なんでだろう・・・。
この宮殿には素敵なバラ園があります。
夏はバラの季節。色とりどりの花と香りで広いお庭は満たされていました。
写真はバラ園から望む聖ミヒャエル教会です。
皇帝ハインリヒ2世の案により、1015年に設立したベネディクト修道院の一部がこの教会となりました。
現在は老人ホームとしても利用されており、レストランも2軒あります。
かつての修道院醸造所はフランケン醸造博物館となっていて、見学することができます。
私達は時間がなかったために、教会内部の見学とテラスからの眺めを堪能してきました。
教会は白を基調にした明るい装飾です。
テラスからの眺めは素晴らしく、旧市街が一望できますよ。
バンベルクにはこの他にも見どころがあります。旧市街はただ歩くだけでも楽しくなるほど美しい街です。
1日の滞在ではちょっともの足りないような素敵なところでした。
バンベルク関連ページ
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