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『金閣寺』は2日程前に読み終えた。それからの僕はなにやら覚め切った状態でいて、もしかするとこの不眠症もそれによるのではないかと思うが、そもそもこの症状は『金閣』を読み出す前からあったものなので、どうやらそれは僕の思い過ごしらしい。 でも僕は間違いなく、この読後に今までにない爽快な気持ちになっているのは確かだ。そう、それは爽快というべきものである。これは『潮騒』を読んだ後の爽快さと同じものである。・・・僕はこの場で三島由紀夫を論ずるのではない・・・これを読み終えるまではなにやら焦った心持ちでページをめくっていたが、いざこの劇が終わってみると、なんだかたいした作品でもなかったのではないかと思われる、その実は、僕の気づかぬシミをこの刺すようなつむじ風は残していっていたのである。だから、『金閣寺』は僕にとって台風みたいなものだった。その後に現れる残酷なほど青い空! 僕は『金閣寺』を手放しで褒めているようだけど、これに勝る影響力をもった小説を僕は読んだことがある。ちなみに彼の作品の中で僕が一番好きなのは『音楽』です。 ―閑話休題。 少し古い話だけど、夏の甲子園は西東京代表の日大三高が優勝した。終わってからなんだかんだいうのは卑怯だけどほんとの話、僕は日大三高が優勝すると思っていた。これは冷静な分析だけでなく、ひそかに期待もしていた。この学校になぜ肩入れしていたのかはよくわからない。そのほか、優勝するだろうと思っていたのは(私心は除いて)松山商業・常総学院である。このうち、常総学院は早々に敗れて関西を去った。近江?籤運がよかっただけだ。松山商業もわが母校・智弁学園に勝ったときは少し悔しいながらも冷静に見ればやっぱり松山のほうが強かった。智弁はいつも準々決勝あたりで負けていく。ただのグッドチームであり、それ以上のものではない。それはまるで、試みるがなかなか精通のできない少年のようだ。 ぜひ勝ち上がっていって欲しかった高校がもう一つある。東東京代表の城東だ。この高校は都立(つまり公立)で、学区では偏差値的にも優秀な学校なのである。公立だから、優秀な選手の引き抜きはない。また、全員平等に同じ試験を受けて、合格しなければ入学できないし、そのハードルは高い。例えばうちの母校なんて、みんな引き抜きである。某仙台の高校も、野球部を含め体育会系はほとんど引き抜きで、外国人まで入学させるらしい。 もちろんそれで勝ち上がっていくのも立派な一つの戦術だ。・・・でもさ、そういう"マジ"になって学長たち「大人」が子供らの夢らしきものを捏造するのって、方法として間違ってないか?どうせ寄せ集めだろって揶揄されるのはそんな大人だけじゃなくて選手当人たちにだって及ぶ場合がある。 高校野球にあるべき華やかさとは、選手当人たちが秘密裏に持っておればいいのであって、そういう選手の持つ秘密をかんぐるのが我々観客の楽しみなのである。 ついでに言うと、そういう寄せ集めが何の後ろめたさもないとにかく華やかさが一番大事なプロの世界では僕はやはり巨人ファンなのである。 でもね、レアルのジダンは要らないよ。いや正確に言うと、ジダンはいいとしてもフィーゴは要らない。バルサに帰ったほうがリーガが面白くなるし。グアルディオラはプレミアに行くらしいね。 僕は他人に影響されやすいくせに流行に逆らおうとするから疲れることも屡々。生半可な事件など僕には存在しなくて、平和な日常の均衡を破る劇は突然始まる。そういうのは普段は意識しないからか寝込みを襲わないくせに、予感するとその予兆からどんどん劇は肥大していく。その終わり方はたいした大団円を迎えるのでもなく、むしろ劇の中に生きることに飽きた僕が、途中で舞台を降りるだけのことだ。しかしこういう劇のほとんどは自らが望んで作ったようにも見えて、そして望んで進んでいたようにも見える。なぜ飽きるのかといえば、自分の思った通りに劇は進んでいくからだ。もちろん始めはうなぎを素手でつかむことよりも難しいくらいに、するっ、するっ、と逃げて捕らえにくいが、そうこうするうちに罠を仕掛けることを思いつくのである。・・・そしてしばらく後に、劇に踊らされた自分を恥じて憎んで少し笑って舞台につば吐きかけて家に帰るのだ・・・。 |
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2001年08月29日 03時57分23秒
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眠れない、というのは、具体的に言うと2〜3時間で目が覚めてしまうということである。もちろんその後無理やりに寝てしまうのだが、その寝つきが以上に悪い。結局トータルで10時間とか寝てしまうときもあるが、寝起きは異常に悪い。寝起きがいいのは、中断することなく8時間ほど寝たあとだ。 こういう夜が続いて10日ほど経つ。今夜もそうだった。1時過ぎに寝て、目が覚めたのは4時ごろ。ちょうど夜が白み始める頃合いだったと思う。いつものようにもう一度寝ようとしたが今日は無理だった。目を閉じてみるがなぜか意識だけが妙に冴え渡っていて、足の先までが脳みそになっている気に襲われる。しかし、体だけはそれに呼応せず、重い。また、何かしら体が痒い気もする。体を布団にこすりつけたりして気を紛らわそうとしても、なんかまだ気色の悪い感じがする。実際、首の後ろや脛などを蚊に刺されていた。 このままじゃ埒があかないなと思ったので、意を決して起きることにした。ここまでくればもう自分との戦いで、眠ることなどに悩まされる自分でありたくない、などというおかしな対抗心が生まれてきた。カーテンを薄く引くと、重たげな朝がすぐそこまで降りてきていた。しばらくぼんやりと外をみていたが別に何も起きないし、窓の外には白いタオルが一枚何の気なしに揺れているだけだった。テレビも何も面白くないので、結局僕はこの日記を書くにいたったのである。 僕はこういう眠れない夜というのは大好きである。ただし、次の日が一日何の予定もないときに限って。(ちなみに今日は朝10時半からテレアポのバイトがある。)この眠れない夜というのは、青春の象徴であり、とりわけ自分の生活において、次の来るべき朝には、何かしらイノベーションが起こりそうな気がするのである。眠れない夜に僕は色々と夢見るのである。この夢とは単なる未来の希望というものではなく、過去の忘れかけていたバネのような記憶を取り戻し、現在においてそのバネをはじけさせる、といった具合に。そのバネの動力を得て、僕はその中で止まりかけていた、日常を大きくジャンプするのだ。 |
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2001年08月28日 06時40分52秒
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この月曜日からまたバイト生活が始まった。今日は朝10時から夜10時まで働いていた。といってもあいだ3時間ぐらいベローチェでコーヒー飲みながら本を読んでいたんだけれど。 そもそも、僕が日記を書き始めたのは中学の2年ぐらいからのことで、そのきっかけは『アンネの日記』を読んだことである。確か中学二年のときの夏休みの読書感想文の宿題にこれを選んだんだと思う。今から思えば何故あんなにぶっとい本を選んだのかはよくわからない。なんか、僕のことだから、見栄みたいなのもあったと思う。「こんなに分厚い本を読んだんだぞ」という空振りの自慢。・・・と書いているうちにその理由を思い出した。僕は、母親に連れられて『アンネの日記』の劇をどこかに見に行ったのだ。それは有名な役者などが出る大掛かりなものでなく、地方の素人劇団が集まって作ったものだと記憶する。「一度劇を見てるから本が分厚くてもすらすら読んでいけるだろう」という平凡な狡猾さが僕をしてその本を買わしめたのだ。 見栄はあったのは認めるが、僕は馬鹿正直にもこれをちゃんと最後まで読み終えた。 この本はアンネたちが隠れ家生活に入る以前から始まる。アンネはたいそう"モテタ"らしい。男友達などがこぞってアンネを自転車で学校からの帰り道を送ろうとする。二人乗りをして送ってもらうのだが、前にいるその男がアンネに告白しようものなら、アンネはそれを言わせる前にわざと自分のかばんを道端へ落として「あっ落ちちゃった!」と白々しく男にそのかばんを拾わせるのだ。そして再びこぎ出したときにはもうさっきのような雰囲気はなくなっていて、男もどこかがっくりして自転車をこぎ続けるのだとさ。 そのほか、アンネが隠れ家生活に入って、同居人の若い男と恋する件や、性に目覚めようとして夜に寝床の中で独り自分の乳房に触ってみる・・・そんな箇所が僕にとっての『アンネの日記』である。そういうところしか僕は覚えていない。そういうところしか興味がわかなかったということだ・・・ 僕は何も『アンネの日記』論を展開したいわけではなく、僕の日記の始まりについて書きたかったのだ。 その後も日記は途切れ途切れしながら大学に入ってからも一応続いていた。今はワケあってノートを広げて書くことができないので、こうやってポソポソとキーボードを叩くのが精一杯だが。高校の頃から僕の日記はだんだんとエッセイじみてきていたが。まず、「最近の俺」というのが短く書かれてあって、「最近思うこと」が果てしなく続いていく、といった感じに。 今読んでいるのは三島由紀夫の『金閣寺』である。なにを今さら、という感じもするけど、実は今まで僕はこの本を読んだことがなかった。ぼくは三島由紀夫を研究対象にしているけど、厳密に言えば『金閣寺』は研究対象から外れている。他の彼の作品について論文を書こうとしているのである。昔から彼の小説を読んでいるが、なぜか『金閣寺』だけは遠ざけていた。何故だかよくわからないけど、一つにそのあらすじや三島の思想、その研究論文は嫌でも文献に目に付くし、そういう「売れ線」は今更読まなくたっていいじゃないか、と自分に言い聞かせていたからだ。(断っておくが、僕が本当にその本を単純な意味での「売れ線」などと思ったことはなく、世間一般に『金閣寺』は三島由紀夫のマスターピースであると思われているということをいいたいのである) 誤解のないように言っとくと、『金閣寺』は評判通りめっちゃすごい。ちょっと喋りすぎなのは三島特有だが、でも、すごい。とりあえずそれだけは言っとく。『禁色』なんて屁だね。まだ最後まで言ってなくて半ばぐらいなんだけど、一気に最後まで読んでしまうだろう。 学生最後の夏が、風前の灯・・・ |
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2001年08月24日 02時59分40秒
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題は僕の盆休みの予定です。あとは最後の九十九里を残すのみなんだけど。 なぜ二度も九十九里に行くのかという理由は、別にありません。この前初めて行ったのだけど、めちゃ気に入ったというわけでもなし。ってゆうかむしろ僕は浜辺で酔いつぶれてただけだけど。その時は友人Yの運転する車で行ったのだけど、新宿で降ろしてもらった後、Yは後続車と接触事故。怪我といえば相手の車に10センチほどのかすり傷ぐらいで済んだのだけど、それに対するYの払う賠償額はどれぐらいになるのか楽しみ。一応警察沙汰になったのだけど、減点はされなかったというのが驚き。 昨日は日帰りで秩父へ。秩父といえばセメントっていうイメージがあるけど、実際あんまりそれは感じなかった。大きなトラックなどが轟音を立てて走っているのに何度も出くわしたけど、そんなのはどこの田舎道にもありふれた風景だ。秩父といえば、温泉。あと、これは昨日行ってから知ったのだけど、お寺巡りの名所。巡らなかったけど。温泉が気持ちよかった。僕が行った所は、入浴3時間で700円。タオルはレンタル(有料)できる。食べ物や飲み物も充実してるけど、インフレ気味。350mlの缶ビールが350円だった。よかったのだけど、あえてケチをつけるなら、ものすごく客が多くて(ほとんど家族連れ)、小さな子供らが風呂場ではしゃいでいるのが少し感慨を殺いだ。また、露天風呂もあるが、湯船を覆うように屋根があって湯につかりながら星空を見上げることができなかった。帰り道に初めて首都高を運転したのだけど、これがまあまあ緊張した。かすり傷もなく無事帰ってきた。僕の住む世田谷区内某所から車で、高速を使わずに4時間ほど。高速なら、秩父近くの花園ICから練馬まで約1時間で片道1800円。日帰りとしては適度の場所にあると思います。お薦め。秩父近くの長瀞(ながとろ)にも行ってみたい。 僕がそんな風にのんきにやってるうちに(?)、小泉首相が靖国に行ってしまってた。どうせ約束を破った(=前々から言ってた、15日に行かなかったこと)のだから、もっとむちゃくちゃな派手なことをやって欲しかった。例えば神道にのっとった形式で参拝するとか、息子に軍服を着せて登場させるとか。 そうそう、今度自衛隊について書こうと思っています。乞う御期待。 |
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2001年08月14日 18時55分33秒
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宜野座勝っちゃった!! ・・・仙台育英に合掌。 先日録画した「サムライたちの海」というNHKの番組を見る。 語り手が直木賞作家の白石一郎という白髪の怖そうなジイちゃんなのだが、僕はこの人の本を読んだことがない。なんでも『海浪伝』というのがこの人の代表作らしい。 この白石という人も武士、その中でもとりわけ海賊というものに分類されるものが大好きなんだなあと白石氏に結構興味深げに見ていた。 第一回目は藤原良友について。少しは平将門についても触れたものの、将門は「陸の人」であるので、話題の中心ではなかった。 藤原北家の出身である良友が、なぜ海賊というものに変貌していったかという話だった。 僕なんかも海や船というものがなぜか大好きなんだけど、その理由はよくわからない。ただ漠然とした憧れをもっている。 また、「海賊」という言葉の響きやイメージ。うまく言葉にできないけど、「猫みたいな女」の反対側にあるのが「海賊のような男」であるような。 ・・・もう少し考えを深めてからまた海について書きます。 今年のレアルのユニフォームは超ダサい。なんか、ほっそりとした字で「REALMADRID.COM」などと胸の所に書いてあるのだ。超弱そう。そういえば今日テレビ東京でFIGOのインタビューやってたのをチラっと見た。僕は前からも言ってる通りFIGOは好きじゃないので「スペイン語の勉強のために」と思ってそれなりにじっくり見てた。でもスペ語とポルトガル語を混ぜて喋ってたのが気に食わなかった。まあしゃないっちゃあしゃないけど。去年のユニフォームはかっこよかった。そのユニフォームに奴のサインを入れて二人にプレゼントするらしい。僕の知り合いのFIGOファンはとりあえず10枚ほど葉書送るんだとさ。間違いなくあたらないだろうけど。 しっかし、試合前の集合写真見たけど、やっぱすんごい顔ぶれね。ちょっと話がずれるけど、ラウールもずっとレアルだけど、そういう意味で、トッティもずっとローマに居続けて、ローマを愛して、そしてセリエAで優勝できたのはほんと心からおめでとうって言いたくなる。よかったよかった。 |
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2001年08月10日 04時51分10秒
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上宮太子が負けた。 僕は上宮太子に思い入れがあるわけじゃないけど、この高校は大阪予選決勝で大阪桐蔭を破って甲子園に出場してきた学校なのだ。10年程前にこの大阪桐蔭は夏の甲子園を制覇している。その頃小学生だった僕はなぜかこの大阪桐蔭を応援していた。もしかしたら特別な理由があったのかもしれないけど、とにかく僕は大阪桐蔭を今年も応援していたのだが、大阪の決勝で上宮太子に負けてしまったのだ。だから上宮太子には、なんとしてでも勝ちあがっていって欲しかったのに、あえなく初戦敗退。0−12。まあ相手が悪かったってのもある。名門茨城は常総学院。でも今日の第二試合目の、宇部商業は花咲徳栄に敗北。日大三高は予想通り&期待通りに勝ち上がった。 明日はぜひ宜野座に勝って欲しい。でもな、これまた相手が悪いんだよな・・・仙台育英・・・春の選抜の再戦。必見。 今日は夜シフトでテレアポのバイト。 うまく"替わり"ができないこの頃。"替わり"とは、初めは我々アポインターが電話をして、何とかうまい具合に喋って家庭教師に興味がありそうな家庭だったら、「ちょっとお待ちください」って言って、社員の人と替わることを指す。これが3時間電話かけまくっているうちに2回もできれば上等なほうだ。 んで、チーフに、「どうすればうまい喋りってできるんですかねえ」と相談してみたところ、「(電話で喋る奥さんの)子宮を震わせる声を出せ」とのこと。 もちろんちゃんとしたこと(?)も教えてくれたけど、とにかくこの指示が一番印象的だった。まあ要するに、心理作戦らしいですわ。その通りっちゃ、その通りなんだけどね。テレクラみたいなもんらしいですわ。若い男が30代の奥様と電話でお話をすることの猥褻さ。それを言いたいみたい。 ずーっと昔、先輩に連れられて一度だけテレクラに行ったことがある。その際、受付の人に「初心者には難しいよ」と言われつつ初めての僕に特別に一本を回してくれて、結果、呼び出しに成功。先輩も受付の人も驚いてたのを尻目に待ち合わせ場所に行ったら、まあ可もなく不可もない今風(「今風」ってどんなん?)の一つ上の、某大手に勤めるロングのストレートだった(以下、ロンスト)。ロンストとカラオケに行って、某売れっ子のファンだと言うので3曲ほど歌ったら喜んだのでチュウすると、「私、初めてなの・・・」 この瞬間、なにか行き場のない怒りやら切なさやら説明のできない「疲れ」が込み上げてきて、ブスッとした僕の顔をみて、「ねえ、どうしたの?なにを怒ってるの?」などとさらに追い討ちをかけるロンスト。待ち合わせに失敗しないために僕は携帯を教えてあったのだが、「もう電話するな」と言い残して足早に逃げた・・・。途中、何度も後ろを振り返って追いかけてきてないか確認し、速攻で電車に乗って家に帰った。刺されやしないかと、とにかく背中が心配だった。家に着いてすぐに携帯が鳴った。ここまでついて来てて、俺が家に入るのを 見届けてたんちゃうんか?と思わせるぐらいのグッドタイミングだった。僕はビクゥッとなって恐る恐る電話を取ると、「どうしてあんなこと言うの?」とロンスト。しばらく沈黙した後、何も言わないまま「ぴっ」と電話を切った。それ以来、電話はかかってこなかった。偽名、偽住所など使っててよかったあ。 ・・・ある秋の日の出来事。 テレクラって、いろんな人が利用するのね。僕は「遊び道具」と思ってた。 僕が残酷?出会いってそういうもんだと思う。これに関して言えば、「僕とあんたは馬が合わなかったのね」っちゅうことでしょう。俺がもし残酷ならば、ロンストも同様に残酷ということになります。僕を理解できなかった彼女、彼女を理解できなかった僕。ただそれだけ。 そういえば、こんな人もいた・・・ その年の夏前に知り合ったこれまた一つ上の某国立大に通う典型的なギャルと知り合ったことがある。この人はチュウが嫌いで、エッチも「結婚するまでしない」と宣言する人だった。生理が半年に一回しかこなくて、学費を自分で賄ってる人だった。気に入られたみたいだけど、「この人とは一度もセックスすることがないんだ」と思ったからこれも投げた。 |
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2001年08月09日 03時20分59秒
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この週末は、江戸川の花火大会に行ってきた。 7時15分から始まるこの祭。僕が篠崎駅に着いたのは7時ちょうど頃。すでに駅は家族連れやカップルやらで前に進むこともままならぬ状態。駅前も「臨時待ち合わせ場所」というありあわせの横断幕の下には一人待つ彼氏や彼女だらけ。河川敷まで歩いて20分ほどかかった。1発目はその道中に打ち上がって、直前のカウントダウンがそれを僕らに知らせてくれた。道行く人々もたまらず拍手などしたり、若いのはとりあえず叫んだり飛び跳ねたり。 花火ももちろんよかったけど、僕がこの日一番夏を感じたのはその行き道。 空が完全に黒色になる直前に、前髪を逆撫でる風が額にあたる。僕はレアル・マドリッドのシャツを地肌にきていたのだけど、少し汗ばんだ腋下を風が吹き抜けた。この風とともに夏は過ぎ行くことを僕は残念に思った。風が汗を引かせるのではなく、このぞっとさせる絶望感が僕を怖がらせるのだ。 それにしても河川敷が人でぎちぎちだったことと言ったら!2年前にもここに来たけど、もっとスペースに余裕があった。今回は強引に間に入り込んでちょこっと小さく座ってビールを飲みながら。「じゃあ次回は?」というツッコミは無視します。 今日日曜日は家でダラダラ。無産の一日。(もう月曜か) 小泉純一郎は靖国参拝するんだろうか。僕としてはぶっちゃけどっちでもいいんだけど、ここまで「俺は行く」って言ってるんだから、ぜひ行って欲しい。当日靖国に行ってみるのも面白いだろうけど、右や左やその他の連中にからまれても嫌だし、あんまりうろちょろしてたら職質とかされてもかなわんからどうしようかと思ってる。 僕の理屈がどう飛躍するのかというと、昔の恋人にどれだけの思い入れがあるのかということだ。「思い入れ」とは、いろんな意味に解釈できるけど、まあ押しなべて言うなら、どれだけ大切にしているかということ。思い出としてどれほどポジティブなものであるかということ。ネガティブな恋愛とは、これまた押しなべて言うなら「時間と金の無駄やったな」で片付けることができてしまうもの。でも、それがあるおかげでいまや失敗しなくなって済んでいるのなら、見方を変えればそれもポジティブになってしまう。あのころに戻りたい、あの人ともう一度付き合いたいって思うのが前進なのか後退なのか。周りが反対するのにも関わらず、「もう一度君とやり直したい」って言うのがどういう価値を持つのか。 ・・・どういう価値も持たない。如何なる価値もない。少なくとも僕はそういう二次的な価値を気にして恋愛するのではない。つまり、恋愛することは自分のプライドなどあってないようなものなのだ。自分流に相手を動かしているようで、相手に自分を合わすことである。 結局僕の結論としては、小泉は何を考えているのかわからないということだ。小泉批判論も多くある中で、どこのニュースも小泉の「乞食発言」について触れなかった。(僕の知る限りね)今や政治はメディアによって作られるようになった。投票率とかそういうのはよく知らないけど、横山ノックを選んだ人間にも責任はあるということだ。末広まきこという元無党派→自民党"非"公認は、無党派時には圧勝したが、今回の選挙では完敗した。これは、前回支持した人たちが公約を守らなかった末広まきこにクルリと背を向けて反発運動までしたからだ。今回は、オオニタアツシも当選。はっはっは。オオニタアツシになにを期待するというのか?僕は最近の小泉氏は、ベルリンオリンピックのころのヒトラーのように見える。恋が愛に変わる瞬間の男女の持つ、ある意味グロテスクな感情が小泉氏にうかがえるのだ。「痛みの伴う構造改革」なんて、言い換えれば「平和のための戦争」って言ってるようにも聞こえる。 こういう風に書くと、僕は小泉首相を嫌っているように思われるかもしれないけど、僕にとって政治なんてどうでもよくて、僕は僕個人の幸せが守れればいいのだ。ただの野次馬として、彼が靖国に行くのか見守りたいのである。 |
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2001年08月06日 04時34分55秒
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