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第参拾壱話 葬儀 4  「一膳飯」 H15.4

 今月は一膳飯(いちぜんめし)についてお話いたします。この一膳飯は枕飯(まくらめし)とか、仏餉(ぶっしょう)というところもあります。
 枕飾りにこの一膳飯を供えます。亡くなった方の枕元に供えるわけです。地方のよって、枕団子(次回お話いたします)か、この一膳飯のどちらか一方を供えるところもあります。
 この一膳飯は、普段故人が使っていたお茶碗に、ご飯を高く丸く盛り上げるのが特徴です。誕生の時や婚礼の時にも、同じように高盛り飯にするところもあるようで、この盛り方は亡き方へたくさんいただいてほしいという
家族の思いやりの心の表れかもしれません。
 今はご飯を炊くのは炊飯ジャーなどですが、昔は薪を使いかまどでご飯を炊いていました。この一膳のご飯は、普段使っているかまどではなく、別のかまどをしつらえ、できるだけ早く炊いて盛り付けたようです。しかもすべてを盛りきってしまうということであったようです。そして一人で盛り付けるのではなく、親族の一人ひとりが少しずつ盛っていたといいます。このようなことは現代ではなかなかできないことですが、以前はそのような事をして、この一膳飯を供えたということを知っていることは大事なことです。
 別のかまどを作るのは、死者の汚れから近親者を守るという意味で、近親者みんなで盛り付けるというのは、死者の汚れから近親者を守るという意味と、
別れの悲しみを分かち合うという意味があるようです。また早く炊いて供えるというのは、食べ物の力で、亡くなった方を現世に引き戻し、生き返ってほしいという願いがこめられているようです。この意味でも、ご飯を高盛りにするのも、生き返ってほしいという願いがあるかもしれません。またこの一膳飯は、浄土に旅立つためのお弁当であったり、箸を立てるのは不幸のしるしであり、また亡き方のものであるというしるしでもあるようです。このように、ひとつひとつのことに大切な意味があることを知ると、一膳飯ひとつにしても粗末にできない「礼」であることを思います。

    
〜 春立ちて 梅花が咲くように
         日々新たに ほほえみを咲かそう 〜


第参拾話 葬儀 3  「枕飾り」 H15.3
 今月は
「枕飾り」(まくらかざり)のお話をいたします。
亡くなった方の枕元に、枕飾りという飾りを作ります。まず、小さな机、あるいは経机の上に白い布をかけ、その上に左から花瓶、香炉、燭台(しょくだい)をおきます。花瓶には一般には樒(しきみ)か、白い花を一本飾ります。樒を飾るのは、昔、野辺葬をしていたころ、その毒性が死体を鳥や獣から防ぐ働きをしたからとも言われています。白い花は汚れのない悲しみと慈悲の心を表しています。
生きている人の故人への思いやりが表されているといっていいでしょう。また香炉の右側に飾った燭台には、装飾のないロウソクを飾り、み明かりを灯します。
 この明かりは「二灯一光」(にとういっこう)と言って、お釈迦さまが最後に阿難(あなん)というお弟子にお話したことから由来しています。もう幾ばくもない命であると悟られたお釈迦さまは阿難に「私なきあと、自らを灯火とし、私の説いた法を灯火として生きなさい」と論されました。これを難しくいうと、自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)といいます。自らの光と法の光がひとつの光となって、いつまでも正しい道を進めますようにという願いが、このロウソクの灯にはあるのです。
 正面の香炉には線香を焚くのですが、ロウソクの灯とともに、葬儀の日まで、できるだけ絶やさずにおくという風習があります。この風習は現在ではなくなってきたようですが、線香の香はあたりを清浄にする力があり、ロウソクの灯は、「二灯一光」の意味のほかに、亡き人が極楽にいくまでの道を明るく照らす光であるとも言い伝えられています。あるいは線香や灯を絶やさないというのは、遺体を見守るという昔の人の知恵の現われかもしれません。
 この花瓶、香炉、燭台を三具足(みつぐそく)というのですが、そのほかにリン(小さな鐘)を置き、水、一膳飯(いちぜんめし)、枕団子などをお供えします。
 それでは、来月は一膳飯のお話をいたします。

第弐拾九話 葬儀 2  「北枕(きたまくら)」 H15.2
 今月は
「北枕(きたまくら)」についてお話しいたします。
 遺体を安置する場所は、床の間のある部屋がふさわしいでしょう。床の間には、お持ちの方はお釈迦様や阿弥陀様の軸を掛けるとよいと思います。もし床の間のある部屋がなければ、きれいに清掃して整えれば、どの部屋でもよいと思います。
 神棚があれば、半紙を張っておきます。この半紙を張る意味は、日本古来からの言い伝えでは、神は死の汚れを忌み嫌うというので、汚れのない白い紙で隠すわけです。死者がでたときには仏壇も閉じるといわれていますが、この神様に白い紙をはって隠すことからきているようです。しかし、本尊が祭られてある仏壇を閉じる必要はないでしょう。閉じるよりお灯明を灯し、お線香を手向け、
本尊に守っていただくようにお祈りをするほうがよいと思われます。
 さて部屋に布団を敷き、遺体を北枕にして寝かせます。掛け布団は、薄いものでよいのですが、天地をさかさにしてかけます。普段足に来る方を頭の方にするわけです。
 頭を北にするのは、お釈迦様が亡くなられたときに由来しています。お釈迦様はクシナガラというところで、沙羅双樹のもとに薄い敷物をしき、頭を北にし、顔を西にむけ、右脇を下にして静かに休み、そのまま八十才のこの世の生涯を閉じられました。
 お釈迦様が頭を北にして亡くなったことから、亡き方の頭を北にして安置するのです。お釈迦様が亡くなられたときには、多くの弟子たちや動物たち、また天から降りてきた菩薩たちが悲しみのなかで嗚咽(おえつ)し、涙をこぼします。それはお釈迦さまが亡くなることで、素晴らしい教えを聞くことができないと嘆いたのです。私たちは死んで後、自分が北枕にしていただくことは簡単なことです。しかし、「もっと生きていて、私たちに生きる術を教えてほしかった」と嘆いていただくのは難しいことです。北枕ばかりをまねするのではなく、
お釈迦さまの生き方も、生きているうちに見習い、真に別れを惜しんでくれるような生き方をしておくことが大切です。このことを北枕の儀式から教訓として学んでおきましょう。

 〜 春を思えば 力がみなぎる 夢を抱けば 勇気がみちる 〜
 
第弐拾八話 葬儀 1 「末期の水」 H15.1
 明けましておめでとうございます。今年もこの『仏事の心構え』を宜しくお願い申し上げます。さて、今月からしばらく今回は
「末期(まつご)の水」について考えてみましょう。
 末期の水とは死水(しにみず)ともいって、亡くなったばかりの方の口に水を注いであげることです。故人との血縁の深かった人から、新しい筆の穂先か、割り箸の先に脱脂綿あるいはガーゼを白い糸で結びつけたものに、お皿か小さなお椀にくんだ水をしめし、故人の唇に注いであげるのです。故人に手を合わせてから、心をこめて行うことが基本です。
 末期の水を行うのは、幾つかの理由があります。そのひとつは御釈迦様の臨終のときの故事から由来しているといわれています。
 御釈迦様が亡くなる前に「私は喉が渇いた。水を飲みたいのだ。さあ、水を持ってきておくれ」と弟子のアーナンダに言います。アーナンダは水を取りに行くのですが、あいにく川は牛の引く車が通ったばかりで、濁っていました。しかし不思議とその川に近づいて水を汲もうとすると、川の水が急に澄んで、透明なきれいな水になりました。それは天で見守っていた神々が神通力できれいな水に変えたのだといわれていますが、アーナンダはその水を急いで汲み、御釈迦様に水を飲ませてあげたのです。
 この故事から、水を差し上げることは、亡き方の苦しみを除いてあげるということと、さらには、できるならば生き返って欲しいという願いがこめられているといわれています。
 あるいは、死後の世界で、渇きの苦しみにあわないようにとか、清らかな水を注いであげることで、煩悩による汚れを洗い流して身体と心を清め、天の世界に無事、還(かえ)っていただけるようにという意味もあるのではないかと思われます。

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