(6)高等教育の流れについて

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<考察>

大学の目指す方向として次の3つの方針を掲げているそうだ。

1.「競争的な環境を整備する」
2.「諸規制の緩和を推進する」
3.「国公私立大学を通じて高等教育、学術研究に対する公的投資を拡充する」

 この3つの方針のうち、(2)、(3)については、多少は理解できるが、(1)については多少おかしいと思う。高等教育というものがどのようなものなのか粗い知らないからこのようなことが言えるのかも知れないが(1)はおかしいと思う。

 自分は家庭教師のバイトをしていて多少なりとも、中学生を通してだが、教育の流れを見てきたような気がする。そもそも、最近の教育は”個性”とか、”自由”というものが特に大事にされているらしい。学習の自由、教育の自由。そこで勉強していくんだから”勉強をする”という意思が強い人間になっていくと思う。しかし、(1)でいっていることを自分なりに解釈するならば”勉強させる  ”環境を作っていくのが教育なんだろうかと思うし、できるならば”自己学習させる”環境作りのほうがよいのではないだろうか。

 話は少し変わって課題2の”グローバル化に……。”で資料を読んでいたとき、さまざまな教育方針が打ち出されて非常に驚いた。通信技術の発達による通信授業や、インターネット上で大学の単位を取ることなど、自分がまったく知らない教育があったのだが、教育というものは一体何のために行っているんだろうとふと思った。小学校の時は、人間としての最低限のことを学ぶため。中学校は、高校に入るため、人間としての質と高めるため。高校は社会人として世に出るため、大学に入るため………。と、〜のためというのが多い気がする。自分は勉強があんまり好きなほうではないのでうまくいえないが、自分を高めていくことが”教育”というものではないだろうかと思う。

 近い将来、教育の流れは急展開するであろう。それが、高等教育や中等教育、大学かもしれない。しかし、勉強をしやすい環境にすることが”教育”なんだろうか。研究施設を多額の資金を投じて設立することが教育なのだろうか。

 もっと生徒(教育を受けるもの)のことを考えた教育方針を作ってほしい。

 

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