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| 藤村操 『巌頭の感』 | |
| 悠々たる哉天壌。遼々たるかな古今。五尺の小躯を以ってこの大をはからむとす。ホレー | 明治36年18才の学生が華厳の滝に投身自殺したとき残した遺書。 |
| ショの哲学ついに何等のオーソリチーを価するものぞ。万有の真相は唯一言にして悉す。曰 | 「不可解」を問い続けた青年の最後の言葉。 |
| く不可解。我この恨みを懐いて煩悶終に死を決するに至る。すでに巌頭に立つに及んで、胸 | 大いなる開放と安心、積極的な生き方まで紙一重のところにいたのにと、 |
| 中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲観は大なる楽観に一致するを。 | 現世を生きる者から見ると、惜しまれる。 |
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| 金子みすず 『はちと神さま』 | |
| はちはお花のなかに、 | KKなどには、たまらない郷愁を誘われる情景が |
| お花はお庭のなかに、 | うたわれているが、金子みすずはそれら一切の |
| お庭は土べいのなかに、 | 存在が、絶対的な神秘の現れであることを感じ |
| 土べいは町のなかに、 | とっていた(わかっていた)のであろう。 |
| 町は日本のなかに、 | |
| 日本は世界のなかに、 | |
| 世界は神さまのなかに、 | |
| そうして、そうして、神さまは、 | |
| 小ちゃなはちのなかに。 |
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| 兼好法師 『徒然草・最終段(第243段)』 | |
| 八になりし年、父に問いて言はく、「仏は如何なるものにか候ふらん」といふ。 | 八歳のころの兼好については利発な子だったというだけのことだろう。 |
| 父が言はく、「仏には人のなりたるなり」と。 | しかし、後年『徒然草』のなかで俗っぽいことも山ほど書いた兼好が |
| 又問ふ、「人は何として仏には成り候ふやらん」と。 | この段を書きしかもそれを、自身で最終段に置いたということは、 |
| 父又、「仏の教へによりてなるなり」と答ふ。 | 兼好についてなにごとかを暗示しているのではあるまいか。 |
| 又問ふ、「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。 | |
| 又答ふ、「それも又、さきの仏の教へによりて成り給ふなり」と。 | |
| 又問ふ、「その教へ始め候ひける第一の仏は、如何なる仏にか候ひける」といふ時、 | |
| 父「空よりやふりけん、土よりやわきけん」といひて笑ふ。 | |
| 「問ひつめられて、え答へずなり侍りつ」と、諸人に語りて興じき。 |
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| 立花隆 『宇宙からの帰還』(中公文庫) | |
| 「どんな神秘体験にも引き金になるものがある。私の場合は、たまたまそれが宇宙から地球を見るという体験だったということだ。同じ体験を別の人は高い山に登って地上を見たときに得られるかもしれない。私が山の高さではなく、何万マイルもの高みに登らなければ、その体験が得られなかったのは、多分、私の精神がかぶっていた殻が固すぎたからだろう」 | アメリカの宇宙飛行士12人へのインタビューをもとに書かれた本。1983年刊行。宇宙飛行士たちは宇宙へ出たことで何を感じたかが語られる。神(宇宙的意志)の臨在、遍在がわかった、というものが多い。宇宙飛行士たちの「絶対的存在原理自体」への言及、は以外に少ないがあるいは同じことなのかもしれない。KKにはよくわからない。神との一体感であれ存在の真実の衝撃であれその体験についての言及をひとつだけ引用した。存在の本質について感じるところのある人は、この本も読んでごらんなさい。 |
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| カート ボネガット ジュニア 『The Sirens of Titan』 | |
| 空想科学小説で、邦訳がある。『タイタンの妖女』(ハヤカワ) | 荒唐無稽な設定はかえって現世のありようを際立たせ、「そうなろうとする宇宙的意志(無関 |
| いま手元にこの本がないので、かって読んだときの印象を思い出して右に記した。 | 心な神)」のもとで生きてゆく人間の悲しみと、慰めが語られる。全編を通じてオーケストラの |
| 通奏低音のように鳴りつづけているのがこのHPがテーマとしているものと同じものである。 | |
| たぶん。 |
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| 山根一真 『メタルカラーの時代4』(小学館文庫) | |
| 山根一真 『その、白川さんがおっしゃる浄土って何ですか?』 | 「ただごとではない」原初の風景。 |
| 白川義員 『聖なる世界です。今、世の中の価値観も思想も哲学も収拾つかないまでに | 白川義員氏は命をかけるほどの危険をおかしてもそれを撮る。 |
| おかしくなっているのは、聖なるものを失ったところに原因があるんです。ですから私は | 白川義員氏が世界的に多くの人々から感謝されているということは |
| 聖なるもの、私が「原初の風景」と呼ぶものを撮らねばならない。人々がこれは | 人間は捨てたものではないということだ。 |
| ただごとではないという信仰心すらもつような、聖なる風景です。』 | 我々が帰るべき原初はたしかにあるのだ。魂のふるさとが。 |
| 我々が日常経験しているすべてがただごとではないのだ。 | |
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| 西脇順三郎 『旅人かえらず』 | 「永劫の旅人(本人の序によれば、生命の神秘、宇宙永劫の神秘に属するものか |
| 通常の理知や情念では割り切れない人間)」の「旅」が詩という内的な映像と音楽で | |
| 100に余るシーンに展開する。実存に触れた人なら、この詩のただごとでなさはすぐわかる。 | |
| しかし西脇順三郎が初めて「存在の根」に触れたのはいつどんな時かなどということが | |
| この完成された詩からわかるはずもない。 |
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