★歌『花水木』縁起


  米国高校生の交流団を迎えるにあたって、同僚K女史がトピックメーキング的な活動内容を考えていた際に、O氏のアドバイスで、「ハナミズキの植樹」が検討された。その際、歌なんかがあると更によかろうということで、私に依頼があった。英語の作詞においては、K女史がALTのRobinに、イメージを語って、彼から出てきたフレーズを、私が、歌に乗せやすいように加工するという形で行った。
  さて、O氏とK女史は、私など知らない次のことにちなんでこの活動を盛り込んだのだった。
  明治四十五年,東京市から米国に桜の苗木三千本が贈られ、ワシントン・ポトマック河畔に植えられた。大正四年、その返礼として贈られてきたのがハナミズキ、"dogwood"だった。バージニア州の州花にもなっている。
  当初、カリフォルニア州フラトン市(福井市の姉妹都市)のトロイ高校との交流のため作った曲だった。その時は、学名の"Cornus florida Linn."という響きに魅せられて、"Florida Linn"で通していた。現在までに、あちらからは3回、こちらからは2回の相互交流が行われている。その後、バージニア州リッチモンド市のガバナーズスクールとも交流が始まったが、彼らが来た際には、彼ら自身も記念植樹で実物を見ており、しかも州花ということで馴染みが深く花に対する名前もすぐ出てきたのだろう。彼らの要望で、"dogwood"に歌詞を替えて歌った。
 ハナミズキの花は五月の初めころに咲く。白と淡紅の二種類があり,葉の出る前の梢にほのぼのと咲きそろい,遠くから見ると霞のようにたなびき,白い光茫と見紛うので灯台木ともいわれる。アメリカからの交流団は、花の時期にピッタリというわけにはいかないが、アメリカの学校歴に合わせて、5月や6月にやってくることが多い。まさに、花によって友好を確認できるという歌詞が生きてくる。
  ポトマック河畔のサクラがアメリカの人々に受け入れられ大切にされたのとは対照的に、日本における「ハナミズキ」の歴史は、そんなに平坦なものではなかったらしい。ただ、その反省にたって、戦後特に見直しが行われたのだろう。日本の至る所、また、街路樹などに見られるようになってきた。
  桜や花水木が日米の友好の象徴としてずっと人々から支持されるよう、その一役でも、この歌が担ってくれたらと思う。