まだ習い始めた頃(十数年前)
管理人も若かった・・・
メインの曲「亀城太鼓」は前傾姿勢を保つのがたーいへん
駅前開発で七夕飾りを飾るアーケードが撤去され、毎年淋しい祭りになりつつある土浦駅前
結構、「女子チーム」の方がお客さんうけがよかったりする。でも結婚してバタバタと消えていった・・・
ほとんどストリートパフォーマンスに近いものがある。ホテルの催しものとかの仕事も承ります!
★亀城太鼓によせて★
茨城県土浦市を拠点に活動してる亀城太鼓、実は持ち曲が「4曲」しかありません(滝汗)
たまーにホテルの催しもので司会者が
「それでは、沢山ある曲の中から、今日は4曲お届けします」
なんて言われたあかつきには、(いや・・・最初から4曲しかないんだけど・・・) と、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなる時があります (^^) 誰か新曲作ってくだされ。
メインは毎年8月の第一週の土・日と行われる「キララ祭り」(旧・七夕祭り)です。
お時間のあるかた、近くまできた方は是非見に行ってあげてください!
by.りな
今まで一番長く続いた習い事というか、趣味がこの亀城太鼓じゃないでしょうか。練習よりも呑み会の方が多いんじゃないかっつーこの会。 会費は月千円です。 若い打ち手を随時募集しております!!
管理人のモットーは 『広く浅く』 正確に言うと、飽きっぽいので長続きしない (><) ここでは、普段は地味なサラリーウーマンの管理人が、お休みの日に何をしてるか、趣味や今までの習い事のページでふ。
生まれて初めての習い事は3歳の時。 習い事の定番 『ピアノ』 ですた。 でも、まさか3歳の幼子が自分から習いたい!と言ったわけもなく・・・・ 母に連れられて、 『歌』 を習いに音楽教室の門を叩いたわけでした。 ところが、入門試験で先生に、
「お気の毒なのですが、お嬢さん音が取れないようですので、ピアノの方が向いてるかと・・・」
遠まわしに、 「あんたの子供は音痴だってば!」 と言われた母はショックのあまり、その後人が変わったかのようにスパルタ教育でピアノを叩き込まれたので、あまりいい思い出が残ってません。 むしろトラウマになってます。
その後、10数年に渡って、ピアノに縛りつけられたりなは、中学卒業と同時に自分の意志でフルートを習うことにしました。 高校時代はブラスバンド部でフルート担当。 しかし、当時通ってた劇団との両立ができずに、上達はしませんですた。
コースデビューは22歳の時、親戚が経営してる居酒屋さんのゴルフコンペに強制参加させられたのがきっかけですた。 りなの家も飲み屋さんなのですが、ママがゴルフをやらない為に、りなが代わりにあちこちの飲み屋のコンペに顔を出してたのです。
お客さんに誘われて、ハワイでゴルフのチャンスがあったのですが、仕事でいけずにママが 『キャディー』 として参加。 ところが、カートを池に落としてしまい。 つくづくこの人はゴルフに向いていないな・・・ と思いました。 おみやげで買ってきてくれたゴルフウェアはりなのお気に入りです。
今までの最高はグロスで 『102』 (もちろんレディースティーから) 100を切ったらご褒美に新しいゴルフクラブを買おう! ・・・・と思いつづけて10年がたち、諦めたりなは誕生日に自分で新しいクラブを買いました。 (−−;
きっかけは、りなの元彼ビリーの影響。 サーファーだったビリーは、夏は起きたらりなを置いて (と、言うよりりなが起きれなかった・・・) 海へ、冬は夜中からスノーボードへと、かなり活動的なやつですた。 サーフィンはりなにはまったく向いてなかったです。 ビリーのあまりのスパルタに、昔のママを思いだしたりなはギブアップでした。 サーフボードを顔面で受けたりなに駆け寄って、ボードが壊れてないか心配してた薄情なビリー (−−; 別れて当然よ!!
スノーボードは年々仲間が結婚や出産で、かなり行く回数が減りました。 そろそろりなも潮時かなと思ってます。 りなのボードは 『バートン』 の 『シャノンダン』 かなり、古いモデルですが、海外から取り寄せてもらったりなにはとっても大事な板です。
血迷ったりなが、 『30の手習い (?) 』 で習い始めたのが、ベリーダンス。 きっかけは親友のまきが、見に行ったダンスが、それまで見た 『フラメンコ』 や 『ジャズダンス』 などとまったく違ってて感動した!! と熱く語ったのがきっかけでした。 茨城県に初めて 『ベリーダンススクール』 が出来ると聞いて習い始めたのです。
ベリーダンスはエジプト、トルコ、レバノンなど中東全域を発祥とします。腹部や腰をくねらせるように踊るため、欧米で「belly (腹)dance」と呼ばれるようになりましたが、アラビア語では「ラアス・シャルイ(東の踊り)、またエジプトでは「バラディ(国産の、自然の)」と呼ばれます。 明確な歴史は不明ですが、オスマン・トルコ帝国が栄華を極めた14〜17世紀にアラブ全域に広がり、形式化されたというのが定説。現在もアラブ諸国ではベリーダンスが盛んに踊られています。特に結婚式のようなお祝いの席では、ベリーダンスはなくてはならないもの。これは腰や腹部を微震動させる「ラアシャ(シミー=shimmy)」というベリーダンス特有の動きが女性の性的興奮を表し、子孫繁栄につながると信じられているためです。 本来、女性が肌を見せることのないイスラム社会のなかで、ベリーダンサーは特別な存在です。
お師匠さんのサーラ先生。 現在、都内、茨城、山梨で教室を開いてます。
剣を頭に乗せて踊ったりといろいろと技を見せてくれます。
りなが持ってるのは 『ダルブッカ』 と呼ばれる太鼓です。 亀城太鼓の仲間が見に来て 「あいつここでも太鼓叩いてるよ・・・」 と呆れてますた。
サーラ先生は、現在吉祥寺にあるレストラン 『カスピアン』 にて、毎週土曜日に踊っています。ステージは夜7時〜と8時〜の2回。時間の変更などもあると思うので、問い合わせしてから行った方がよいです。
これは趣味とか言えるレベルじゃないです。 なぜならば、肝心のマシーンを持ってないからです。 お友達のもず夫妻に連れてってもらわないとできない・・・ (−−; ジェットスキー屋に勤めてる友達から 「買ってしまえ!!」 と言われてますが、維持費が結構かかるので悩んでいます。
もずちゃんの旦那様&りなの会社の同僚でもあります! 痩せてるがとってもタフガイ!!
近所の川。実は近くに霞ヶ浦もあるのだが、どうにも汚いイメージがあるんでふ。 が、霞ヶ浦でジェットスキーをやってるの知り合い曰く、 「え〜、川の方が汚いよ」 だそう。
手前左がもずちゃん! りなから見ると 「命しらずな女」 でふ。 たまにりなはヒヤヒヤしてしまうことがあります。(^^; 旦那様が心配する気持ちがよくわかります。
川に落ちまくりのりな。 ウェイクボードはまったく立てない。体重を減らさないと自分の身体を支えられないようだ。
もずちゃんと旦那さんはウィンドウサーフィンをやってたので、ウェイクボードもお手のものです!
夫婦で仲良く二人のり、・・・しかし、そのスピードは無茶とも言えるほど速い・・・ 怪我しないように!
上の画像は、りなが作ったサーラ先生のPhotoカードです。