その16 日本への帰省(2005.5.4)
 2カ月の日本への里帰りから戻ってきたところです。3月の初め、まだ沈丁花のつぼみが堅いころに到着し、水仙が春の訪れを告げ、梅、桜が満開となり、サツキやツツジがあちこちで色あざやかに咲き誇り始めた4月終りまで、私の実家に滞在させてもらって、日本での4年ぶりの春を堪能してきました。
 この帰省の一番の目的は、なんといっても「再会」です。両親を始めとする家族・親戚とのつながりは、ニュージーランドでは持つことができないだけに、大切にしたいつながりです。また、小学校時代の幼馴染みから、中学校、高校、大学、そして会社で知り合った友人、さらには娘が通っていた保育所のお母さん仲間まで、本当にいろいろな人と会うことができました。私のことを知り、理解してくれている人たちと、思い出や近況をおしゃべりしたり、笑いあったりすることが、こんなに楽しい喜びであったのか、そしてそんな人たちが日本にいてくれることがなんとありがたいことか、と心から感じました。
 そして、帰省の次の大きな目的として、娘の小学校への通学がありました。1年生を3週間、春休みをはさんで2年生を2週間、病気や登校拒否になることもなく、買ってもらったピカピカの真っ赤なランドセルを背負って、うれしい反面、緊張しながら通っていました。


帰ってきたら、お隣のタマリロが赤く色づいていました。ちょっとトマトに似たすっぱい味で、サラダに入れたり、ジャムにして食べます。
 とはいえ、ずっと順調だったわけではありません。始めの1週間は、外国からやってきた英語が話せる転校生、ということでちやほやしてもらい、楽しそうでしたが、2週目は、なにやらクラスの子と衝突があった模様。登校班の集合場所まで送っていくと、「行きたくない」と涙ぐむほどだったので気をもみました。3週目になって、どうやら乗り越えたらしく、すっかりなじんで、ずっと日本の小学生だったような顔つきで通っていました。
 6年生を送る会から始まって、コマ名人によるこま回し、春の遠足、終業式(通信簿まで頂いてしまいました)、始業式、1年生を迎える会などのイベントに加え、給食や体育の時間のドッジボール、音楽のピアニカ、子供だけでの登下校など、日本の学校ならではの体験一つひとつが新鮮で、楽しかったようです。
 字もみるみるうちに上手になりました。ニュージーランドで留守番の夫にあてた手紙の文字の上達ぶりに、夫が驚いたほどです。それぞれの漢字で違うややこしい書き順に加え、アルファベットにはない、はらうとか、はねる、といった漢字独特の筆使いは、私がいくら言っても聞く耳もたずだったのですが、先生に言われたり、赤ペンで直してもらうと、素直に受け入れることができたようです。親がごちゃごちゃ言っていたのは、大切なことであり、正しかったのだ、ということがようやく理解できたようなのでした。
 また、足し算、引き算も、毎日の宿題プリントのお陰もあって、集中して、正しくやれるようになりました。日本の教育の素晴らしい一面を目の当たりにした感じです。


我が家のフィジョア。今年はちょっと小粒ですが、味は甘くておいしいです。
 後半の2年生になると、仲良しのお友達もできて、遊びに来てもらったり、遊びに行ったりできました。毎日、夕食時には、給食に何を食べたかから始まって、休み時間にだれと何をして遊んだとか、おすすめのテレビ番組を教えてもらったとか、いろいろな報告で楽しませてくれました。最後の日にはクラスみんなからのメッセージまで頂いて、娘にとって本当にいい経験になりました。見守るしかなかった親の私としては、なにかとサポートしてくださった先生方、そして仲間として受け入れてくれたクラスの子供たちに感謝の気持ちで一杯です。

 学校が休みの日には、いろいろな所に行きました。ディズニーランド、芦原温泉、愛知万博、花見、買い物、友人や親戚に会いにあちこち出かけたりして、よく体力がもったものだとつくづく思います。
 おいしいものもいっぱい食べました。竹の子やウド、ふきのとうやたらの芽などの春の恵み、新鮮で種類が豊富な魚介類、選ぶのに目移りしてしまうおいしいパン屋さんなど、なければ我慢できますが、久しぶりに味わうと幸せになりました。
 本もたくさん読みました。図書館に通って日本語の世界にひたり、本屋であれこれ購入しました(荷物にとても入りきらないので、船便で送ることに)。

週末に出かけたクイーンストリートはすっかり秋!
 こうやって2カ月も日本にいて、思いっきり生活を楽しんだせいか、なんだかニュージーランドでの生活がまぼろしのように思えてきて、その感覚はオークランドに戻ってきてからもどこかしらで続いていました。それが2、3日して、昼食時のサンドイッチを作っていた時に、なぜか突然、ニュージーランドに帰ってきた!という実感がこみあげてきたのでした。いつもの食パンで、いつもの具を入れる、という馴れた作業をすることで、脳がやっと反応したのかもしれません。
 楽しいこと満載の日本滞在でしたが、娘が、今までに無い一面を見せたのは、予想外でした。ちょっと注意されたり、気に入らないことがあると、すぐにわめき、あれこれわがままを言います。娘を溺愛してくれている私の母にして、「こんなにキーキー言うなら、次回の帰省は考えさせてもらう」とまで言われる始末。私がしかるとさらにパワーアップして泣き喚く娘に、「こんなに泣かせてはいけない」と父まで心配させてしまいました。久しぶりの無条件にやさしい祖父母を始めとする周囲の対応に、娘がつい甘えてしまったのだと、いま振り返ると思います。たぶん、親の私自身が、無意識にしろ、ニュージーランドでは緊張して過ごしているのでしょう。もうちょっとふだん、のんびり、穏やかに対応していってやろうと、反省しています。

アルバートパーク(街の中心にある広い公園)も秋が深まっていました
 5月からは娘の学校の新学期も始まりました。学校が始まって2日目には、さっそく仲良しのクラスメイトが家に遊びに来ました。6月には娘のバレエの発表会があるので、レッスンが週に2回に増えました。私も心機一転、ニュージーランドでの生活をまた新たな気持ちで楽しんでいこうと思っています。

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