その1 初めての帰省(2003.10.27)
 9月、10月は毎年、こちらに住んでいる日本人の家族の帰省ラッシュです。9月下旬に2週間のスクールホリデイがあって学校を長く休みやすいこと、飛行機の混雑がピークから外れていること、日本の気候がいいことなどが理由として挙げられます。娘の小学校の知り合いの中でも、中国、パキスタンへの帰省の話を聞いたので、帰省シーズンなのは日本だけではないようです。
ニュージーランドの夏はもうすぐそこ。10月末は天気がよかったので、週末に海を見に行きました。
 かくいう我が家も、9月中旬から4週間、初めて帰省しました。2年前の9月に大阪を離れたので、2年ぶりです。気温が30度を超えるという大阪の残暑に体が耐えられるか心配でしたが(オークランドでは真夏でも25度程度)、到着後数日で涼しくなり、体調を崩すことなく無事に過ごせました。
 オークランドに戻ってきてから、会う人ごとに「日本は変わっていた?」と聞かれますが、2年間離れていると、私自身が変わったんだろうなあと思います。以前は当たり前で気付きもしなかったことが、懐かしく感じられたりしました。雑草のネコジャラシのユーモラスな形、金木犀の香り、山バトの低いつぶやくような鳴き声、新聞配達のバイクの独特の音、雨戸を開け閉めする音などなど。
 ましてや5歳の娘にとっては、3歳で日本を離れるまでは保育所に通っていたとはいえ、日本にあるものすべてが新鮮で楽しかったようです。私の実家の近所の保育所に体験入学し、ちょうど運動会、遠足と、日本の秋ならではのイベントに参加することができました。ニュージーランドでは5歳から小学校に通い始めるので、娘も立派な(?)1年生で、まだ大した量ではないですが、宿題もあったりします。日本の保育所は勉強はないし、先生やクラスの子の言っていることは日本語だから全部分かるし、娘にとっては本当に楽しい所だったようです。
 運動会では、日本ならではの組み体操やダンスなどを楽しみました。練習のたびに新しいこととの出会いがあって、例えば馬飛びやとんぼ返りなども初体験で大喜びでした。なにより運動会で娘がおもしろがったのは、「ぜんた〜い、止まれ」といった号令です。私自身が子供の時には当たり前のこととしてなじんでいましたが、こういう号令はきっと昔の軍隊から来ているのでしょう。ニュージーランドで子供たちが集合する時は、「では次は、YEAR1のgirlが来なさ〜い」と先生が叫ぶと、わやわやわやとあちこちから該当の子供たちが集ってくる、という感じなのです。
 また、遠足はお芋掘りに出かけ、お弁当は稲を刈った後の田んぼで食べたそうです。ニュージーランドでは見かけることのない田んぼで拾った稲の小さな粒を、大事そうに持って帰ってきていました。
 行事だけでなく、日常生活も発見の連続でした。保育所から帰ってきて、「今日は地面に絵を書いた」とうれしそうに報告してくれた時には、始めはピンときませんでした。ちょっと考え、芝生ばっかりでむき出しの大地がほとんどないニュージーランドでは味わえない体験だったのだと気付きました。  
一面草のじゅうたんで、茶色の大地を見つけるほうが難しかったりします。
 保育所以外にも、日本ならではのものをいろいろ満喫できました。例えばカラオケ。こちらにも何軒かあるにはありますが、家族連れで行く感じではないので、行ったことはありません。初めてのカラオケに、のりのりだった娘です。
 また、自動販売機でジュースを買って飲んだのも、娘にとっては貴重な体験でした。自動販売機の前で記念撮影までしたほどです。オークランドでこんなお金の詰まった箱が路上においてあったら、あっという間に盗難にあうでしょう。日本ではどちらを向いても自動販売機があるのでびっくりしていました。
 駅前にあふれかえるように置いてある自転車には、私が感心しました。こちらでは自転車、特に大人が乗るタイプは高級品なので、駐車する時にはチェーンでがんじがらめにして盗難を防ぎます。日本は安全な国なのだなあ、と改めて感じると同時に、このいい点をもっと大事にしていければいいのに、とも思ってしまいます。会う人、会う人、口をそろえて、「最近の日本は物騒になった」と話すので、世界で一番安全な国の将来へ危惧を抱いてしまいます。
 電車が発達しているのも、日本の長所でしょう。オークランドは人口の増加に公共の交通機関の発達がついていっておらず、車でないと身動きとれないし、ラッシュアワーには交通渋滞になるし、町中では駐車場探しをまず考えないとならないし、といった不便さがあります。それに、女性であっても夜に電車に乗って、自由に行動できるのも、安全な日本ならではです。それにしても夜、電車に乗っている仕事帰りの男性はみんな顔色が悪く、疲れ切った感じで(日本にいたころは私もきっと同じような顔色だったのできづかなかったのでしょう)、どうしてこんなに遅くまで働いて日本の平均寿命は高いんだろう、とふと疑問に思ってしまいました。
 娘の思い出はまだまだあります。「はじめてのお使い」は、子供だけでお使いに出かける、という日本のテレビ番組の録画ビデオを見てからの娘の悲願でした。もっとも、いくら日本でもさすがに家から送りだすのは心配だったので、店からちょっと外れたところで待っていましたが、とりあえず独りで店に入って牛乳と自分の好きなお菓子を買ったことは、今でも時々口に出すほど楽しかったようです。ニュージーランドでは法律で、14歳以下の子供だけでいることは禁止されていて、少なくとも我が家の辺りでは、子供1人でのお使いは考えられないことなのです。
 そのほかにも、数えで七歳になる年なので七五三のお祝い、私の母親の還暦のお祝い、夫のおばあちゃん、お父さんと一緒に奈良見物、近所の公園で楽しんだ花火(ニュージーランドでは1年に1週間、ガイフォークスというお祭りの期間以外は一般家庭の花火は禁止)、お友達家族と行ったユニバーサルスタジオなど、盛りだくさんでした。
 ただ、こうやって挙げていくと、日本に住んでいればどうってことのない日常生活なのですが、一つひとつが私たち一家にとっては大切な思い出なのです。両親や姉妹と久しぶりにのんびり過ごし、友人や親戚などの親しい人たちと会い、欲しいもの、便利なものがすぐに入手でき、行きたい所へ気軽に電車で出かけられる、といった生活が今は懐かしくて、ちょっとホームシック気味の今日このごろです。
 でも、これからニュージーランドは夏を迎え、クリスマスを中心に楽しいイベントが満載です。日本にいる間にデイライトセービング(日本でいうサマータイム)で1時間早まり、夕方6時でもまだ真昼のように明るい今日このごろ、ここらで気を取り直して、ニュージーランド生活をまた新たに満喫することにいたしましょう!

ショーウインドウは早くもクリスマス気分になっています。

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