恐れる事はない ただ信じなさい。 箴言 4:23 「 油断することなく、あなたの心を守れ命の泉は、これから溢れるからである。」

 

「 人間は丁度揺れ動く波と似ていると思います。」何時も気ままな風にもてあそばれて安定がない。 自分が何をして、これから何をし、何処へ行くのかも風まかせです。毎日が落ちつく事なく問題が多い。自分自身の 答えを持っていないと言う事です。心は常に迷走しているのだから不安と恐怖がついて回るのです。 何時も悩み・考えているのですから、正しい判断を下す事は出来ません。仕方がないから、この辺で 手を打ってこれで我慢しましょう!これと思うけど!と上手に妥協して行動して行くのです。 神さま言われました。箴言4:23『油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから溢れるからである。』 「 心 」が大切だよ!と言われたのです。私も今だから、確信を持ってその通ですと宣言できます。

( 正直言って私も過去は”心”以外のものを愛していました。 )

私は違うよ!お金よ!お金さえあれば何でも手に入るからお金が一番です。いや! 私は地位だ!いや、若さだ!力だ!私は・・・・・と言われるのも当然だと思います。でも。心の片隅ではそれが絶対の力とは思ってもいないのです。 もし、そう思っているのなら金持ちとか権力を持っている人達は 悩んだり迷ったりしないはずです。それらの物を手にしているのだから・・・。でも、人の羨むような生活と地位を持っている人でさえも 現実に悩んでいるのです。人々はみんな迷いさ迷っているのです。それは、生ける神様から背を向けた結果なのです。神様から離れた人々は 全て悩みの中にあるのです。 自分の歩む全ての道が最高だと言って計画立てているように見えますが、実は失敗を計画立てているのです。彼らの心が悪魔に支配されているから 希望が見えないのです。勝利がないのです。 そんな、私達に神様は教えて下さいました。神様は”心が大切だよ!”と言われたのです。その心を私にゆだねなさい。 そうすれば、あなた方の心に平安がきます。

私達の心と考えが神様の御言葉で満たされるとき全てが変化するのです。どんな状況や環境でも 肯定的な心が与えられて、私達の出会いの全てがかって体験した事のない事実を体験するのです。偉大な神様の奇跡です。神様から背を向けて 生きていた時は、心が浮ついていて、ナントか成るだろう〜と安易な考えで生きていました。でも、神様を信じて歩む人生は本当に平安な人生です。 ここに、”失望と悲観”に捕らわれていた「 会堂司ヤイロ 」が完全に主によって心を変えられて、勝利者になった聖書の個所を見て行きたい と思います。マルコ5章22〜43を読んで下さい。>
”会堂司ヤイロ”が沈痛な思でイエスさまの前に平伏して熱心に願いました。「私の小さな娘が死にかけています。どうぞ助けてください。 お願い致します。」 ヤイロの強い要請によりイエス様は行動を起こされたのですが、彼の娘の所に行くまでに、今、やってあげなくてはならない 事が起きてしまったのです。


イエス様は一人の女の人を哀れまれ病を癒してあげたのです。でも、ヤイロは”危篤の娘の事で心は一杯だったので 長血で20年間も病んでいた女性が癒された事など眼中にはありませんでした。人を哀れむ心より”自分の事・娘の事だけを考えていたのです。 「イエスさま、私の娘は危篤なのですから、緊急をを要しているのですから、他の事には関わらないで!少しでも早く娘の所に行って下さいよ! ”ヤイロはこのような思いで一杯でした。「早く!早く!」「娘の命を助けてくれる方がさきです!他の人の事はほっといて早く娘の所へ行ってください・・・」 ヤイロの心は”焦りと不安”の雲で被われました。( 自分・家族をここに当てはめて一緒に考えて見て下さい。) 彼の不安は敵中しました。ヤイロの娘は死んでしまいました。会堂司の家から人々が泣きながらやって来ました。そして、失望の言葉を はき捨てました。「あなたのお嬢さんはなくなりました。このうえ、先生を煩わす必要はありません。」

イエス様はその話しを聞き流されました。そして、使いの者の言葉を否定されたのです。イエス様は会堂司に言われた。 『恐れる事はない。ただ信じなさい。』ここに二人のカウンセラーが現われました。最初の人は 「あなたの娘は死んだのだ!どんな手を施しても死んだ者は 生き返らないし、イエスさまであっても手のつけようがないでしょう。」と否定的な思いを与えました。 会堂司は落胆しました。脳天を打ちのめされたのです。もう、世の終りが来たかのような恐怖と絶望でした。
しかし、そばにおられたイエスさまは聖霊に満たされて、力強く言われました。『信ずる者はどんな事でもできる、恐れないで信じなさい。』と 激励して下さったのです。今日わたしたちもこの世を生きて行く時に絶え間なく、二つのカウンセリングする者が現れるのです。


これだ!あれだ!こっちだ!あっちだ!上だ!下だ!何をしたら良いのか、どっちに行ったら良いのか、迷う事が多くあります。 真っ先にでてくる問題は不安のカウンセリングです。仕事が上手くいかない。私はこれが苦手で出来ない。こんな事はやった事がない! 「 不安と恐怖と絶望 」が私達の心を占領して、私達の判断力をにぶらして行くのです。生きて行く生活の知恵を得るために は、どんな事があっても、どんな難問にであっても、恐怖と不安、絶望とあせり、怒りと憎しみ等の心の姿勢を捨てなければなりません。 このような要素が心の中にある時は、絶対にどんな事も決断を下してはいけません。こんな時は、神の知恵と悟りが、 私達に現われないで、返って盗んだり殺したり、滅ぼしたりするサタンが働いているからです。

反対に、私達が静かに天の父なる神様の 前に立つならば、平安と信仰を持ってくる父なる神様のカウンセリングの声が聞こえてくるのです。父なる神様からくる声はサタンがもたらす ”不安・恐れ・悲しみ・挫折感・失望・病等”ではなく、「 常に喜びと希望と平安 」で満たして下さるのです。それだから、 私達はどんな事があっても、神様の信仰で対応して行かなければなりません。何時でも心に主の平安と喜びをいただける神様の ことばを受けられるみなさまであります様に心からお祈りいたします。アーメン。クリスチャンとは神様を生きて体験できる 者たちの群れです。どうぞ教会に行かれて神様の言葉をしっかり聞いてください。信じてきかれるならあなたの心にある問題の 解決は必ず確信の言葉となってあなたの行くべき道を教えてくださるのでしょう。

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