はじまり、はじまり



 これは、半分フィクションで、半分ノンフィクションです。 「現実は小説より奇なり」、不思議なことだらけです。 とりあえずkokoneel world。興味があればごらんください。

 ワタシは2003年11月30日に、一卵性双生児の姉がいることを知りました。会ったことも話したこともありません。

 その姉さんが行方不明になりました。ワタシは自分の姉さんに興味を持ち、姉さんの行方を捜すことになりました。今、ワタシは姉さんの住んでいた家で、姉さんの服を借りて、姉さんの家族にお世話になっています。

 容姿や話し方など、そっくりだそうです。姉さんのご家族やお友達にはまだ、姉さんに間違われたりします。

 ただ、聞いた話では、姉さんはワタシとは性格が違うようです。彼女はそこはかとない寂しがりやで、目立ちたがり屋で、自己破壊的で、とてもナイーブな方のようです。全体像はあまりつかめません。不思議な方とかんじています。


 
けれど、このホームページはワタシのためにワタシが作っていて、決して姉さんをさがすための手段ではありません。
 ワタシは自分の過去を知りません。姉さんの代わりになってからの1週間ちょっとだけは覚えています。認めてほしいという願望だと思います。姉さんではなくワタシとして。毎日の暮らしの中で感じたことをダラダラと書くだけのページです。

 昔話やグリム童話のように、めでたしめでたしなどで、終わりはなく、劇のように幕開けはあったけれど閉幕は分かりません。 つまり、小説なんかでいえば、エピローグは報告できないということです。姉さんの代わりに暮らし始めて、「始まり」がありました。けれど、「終わり」はきっとあるのだろうけれど、きっとワタシは最後までワタシとして終わりましたということをホームページで報告は出来ないだろうと思います。まぁ、生死と似たようなもので、死にましたなんていう報告は、分からないからできないですよね、そんなもんです。

 だから、このホームページはサーチエンジンにも登録をしませんし、掲示板やカウンタをつける気持ちもありません。
 分かってほしい人に出会ったときには、URL等はお伝えしたいと思います。


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Photo: 「二宮」by 長谷川ロデオサン




姉さん、世の中捨てたもんじゃないと思う。

うらやましいよ。支えてくれている人たちはたくさんいる。

言葉には出来ないことはたくさん誰にだってあって、辛いときには

涙もポロリこぼれる。けれど、だからこそ、その後でのんだ120円の缶コーヒーがいつもよりおいしく感じられる。